本記事は、藤井聡氏の著書『超入門MMT』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=PIXTA)

なぜインテリほどMMTが嫌いなの?

そんな中で、なんとかMMTを否定し、これまでの自分たちの理論や考え方が正しいのだ、決して間違っていないのだ、と主張したい主流派の経済学者たちは、あの手この手でMMTを否定する理屈を編み出すのですが、それらはことごとく否定されているのが実情です。

典型的なものとして、「MMTは無尽蔵にオカネを刷れと言うが、そんなことをすれば、過剰なインフレになるじゃないか!」という批難があるのですが、そもそも、そういう主張こそがMMTの主張であり、MMTはなにも無尽蔵にオカネを刷れなどとは言っていません。インフレ率が適切な水準に収まるように、「貨幣発行量を調節せよ」と言っているにすぎないのです。

そんな経緯を経て、それでもどうにかMMTを否定したい人々が今、必至になって主張している批判は次のようなものです。

「財政拡大でインフレを目指していては、いざというときに財政をしぼることができなくなって制御不能なインフレになってしまう。だから、財政拡大でインフレなど目指すべきではない」

これは、MMTに対する不当な言いがかりにすぎません。

そう断じるのには4つ、理由があります。

1つめ。日本は、財政を拡大したり縮小したりする能力を実際に持っています。

特に今の日本政府は、デフレになりすぎるくらいに財政を縮小するほどの能力を持っているのです。

2つめ。MMTは政府の一般会計の増減だけでインフレ率を制御すべしなどとは一切、言っていません。

所得税の累進制を強くしたり、法人税を強化することで、財政政策を意図的に拡大したり縮小しなくても「自動的」にインフレ率を安定化することができます。MMTは、そうした自動的な安定化の仕組みを強化することを主張しています。

3つめ。財政を拡大するだけで制御不能なインフレになることなど、十分な生産能力を持つ先進経済大国である日本が陥ることはありえません。

日本でそんな過剰なインフレになるのは、生産能力が激しく毀損(きそん)する場合に限られています。

4つめ。右記の批判は、なにもせずにデフレを放置することは、現在と将来の日本国民に激しい被害をもたらすという現状認識を一切忘れた、著しく不条理な批判です。

それはちょうど、栄養失調で命を落とす危険性がある状況の人が、栄養失調を治そうとして、食べる量を増やそうとしているときに、「食事を増やすとお前は過剰な肥満になるぞ!」と脅しているようなものです。

そんな脅しをかける人は、「栄養失調で死にそうになっている」という現実を無視する不条理極まりないメチャクチャな人物ですよね。

あるいは、「あらゆる食べ物には毒が入っているから、なにも食べるな!」と主張するような、極めて暴力的な批判です。そんな主張に従っていれば、人々は餓死する他ないのですから。

こうした理不尽な批判があとをたたないのは、世のインテリたちの多くがこれまで、「財政をふかすと破綻するぞ!」と何十年も言い続けて、今さら引っ込みがつかなくなってしまっているから、としか言いようがありません。

彼等はただ単に、自分たちが間違っていたということを認めたくないが故に、躍起(やっき)になってMMTを否定しているのです。

だから、インテリたちのMMT批判は、常軌を逸したものとなっているのです。

しかも、彼等が信じている財政破綻論は、ある種「宗教的」な思い込みにすらなっていて、あらゆる理論的な議論を拒絶するようなものとなっているのです。

たとえば、彼等が「信奉」している思想のひとつに、アメリカの財政学者ジェームズ・M・ブキャナンの著書『赤字財政の政治経済学─ケインズの政治的遺産』(文眞堂)で展開した思想があります。

民主主義においては、政治家が人気とりのために公共事業などの「バラマキ」に走りがちで、その結果、財政赤字が膨らんでしまう。これがブキャナンの財政思想です。

ブキャナンはこの財政思想の理論化で1986年にノーベル経済学賞を受賞し、世界に多大な影響を及ぼしています。そして、彼の思想が世界中に蔓延する中で、「民衆の主張や要求を一切無視して〝財政規律を守る〟ことこそが、国全体を守る上でとても大切で、道徳的に正しい行為だ」という風潮が強化されていったのです。

そして、この風潮が、先進国のエリートたちの常識となりました。日本の政治家や官僚、学者たちといったインテリ層も、ブキャナンの財政思想に汚染されました。住民たちはみんなバカである、そして、そんな住民が好む財政拡大は不道徳なものである、という考え方が日本のインテリ層の常識となったのです。

『赤字財政の政治経済学』が日本で発刊されたのは1979年です。この70年代の中盤から後半にかけて日本では、田中角栄の「金権政治」や「ロッキード事件」といった事件が起こっていました。田中角栄は、ブキャナンの財政思想のイメージそのままに、いわば「土建のバラマキ政治」で政治権力を握り、賄賂事件で逮捕された政治家でした。

また、このときは戦前の日本の政治も取り沙汰されました。軍事政権が暴走したのは軍国主義日本の民意であり、無駄な国債を発行しまくって愚かな戦争を始め、最終的に自滅した、という解釈もまた、ブキャナンの財政思想の妥当性を強化するものでした。

日本のインテリたちの頭の中で、リアルタイムの田中角栄や過去の軍国主義のダーティなイメージとブキャナンの理論とが重なっていったわけです。

日本のインテリたちの多くは、次のように考えています。「財政拡大は単なる民衆のエゴである。我々インテリは、財政拡大を叫ぶような手合を黙らせて〝緊縮〟しなければならない。さもなければ日本はメチャクチャになる」「戦前の日本を見ればわかる通り、国債には危険性がある。日本を守るために我々インテリは、積極財政を叫ぶ民衆を黙らせて緊縮財政を貫くことが必要だ。それこそが正しく道徳的な行為だ」

実にこれが、日本の平均的なインテリ、つまり政治家や役人、学者の共通認識なのです。住民エゴを無視して緊縮すべきだという主張は、誰も反対できないような「ポリティカル・コレクトネス」(政治的に適切な発言)となってしまっています。

だから、日本のインテリたちはMMTに対して激しく反発するのです。MMTは、「インフレになるまでは財政赤字を拡大すべきだ」と主張する理論だからです。

たとえば、すでに紹介した通り、インテリ左派の代表的なメディアである朝日新聞は、MMTを、《かなりの「トンデモ理論」》と表現してこきおろしました。朝日新聞の一部の記者は、「国家の暴走」ということにとりわけ警戒心を抱いていて、それを批判し、止めることが正義だと信じているからです。

また、ブキャナンの理論は、インテリたちの、いわゆる「選民思想」をくすぐるものでもありました。愚かな民衆を正し、我々インテリの言う通りに緊縮をやれば国は救われる、という考え方は選民思想以外の何物でもありません。

インテリたちがMMTを即座に否定したくなるのは、自分自身の虚栄心のためでもあるのです。インテリであることを疑われないようにするために、単なるポーズで国債発行を不道徳呼ばわりしているわけです。

そしてもうひとつ、インテリたち、特にインテリ左派たちがMMTを嫌う理由として、MMTの貨幣論があるようです。

オカネの本質は「国家の負債」である

この負債は、国民が国家に対して負っている「借り」「負債」を返させるために、わざわざ国民に対して負う「負債」です。これは、実は国民は国家に恩がある、という考え方でもあります。親子の関係にも似ていると言うことができるでしょう。

ところが、世界中のエリートたちの多く、とりわけ「左派」のエリートたちは「国家権力」そのものに根本的な反感を持っているのです。そしてその傾向は、日本において特に強いものでもあります。

なぜなら、日本のインテリ層は、『戦前の日本は「国家」が暴走してトンデモない戦争を始めてしまった、だから、俺たちインテリは、そういう国家の暴走を止める義務があるのだ!』という独善的なメンタリティを持っているからです。

そんなメンタリティを持っているインテリ層は、国家に強力なパワーがあることを前提とするMMTの発想そのものが、許せないのです。

かくして日本においてMMTはより一層、インテリ層の人々に嫌われてしまうわけです。

いずれにしても、ブキャナン思想にせよ、国家を忌み嫌う左派思想にせよ、そういう「思想的」な次元で、MMTは嫌われる理由があるのです。

多くのエリートたちが、MMTを蛇蝎(だかつ)の如く嫌う理由もそこにあります。

ですが、そんなMMT嫌いの根拠は、単なる思想的な気分にすぎず、現実経済の動向とは無関係なものです。だからこそ、リーマン・ショックやコロナ禍を経て、今、多くの知識人たちが、自分たちの好き嫌いが実は間違っていたのだ、ということを少しずつ理解し、なかば反省する心落ちになりながらMMTの真実性に気づき始めている、という次第なのです。

超入門MMT
ジェームズ・M・ブキャナン
(1919年10月3日〜2013年1月9日)
米国の財政学者・経済学者。1986年にノーベル経済学賞を受賞。著書で展開した財政思想は世界に多大な影響を与えた
超入門MMT
藤井 聡
1968年、奈良県生まれ。京都大学大学院工学科教授。京都大学工学部卒、同大学大学院修了後、同大学助教授、イエテボリ大学心理学科研究員、東京工業大学助教授、教授を経て、2009年より現職。2011年より京都大学レジリエンス実践ユニット長。12年から18年まで、安倍内閣・内閣官房参与(防災減災担当)、18年よりカールスタッド大学客員教授、『表現者クライテリオン』編集長。主な著書に『ゼロコロナという病』(共著・サンケイセレクト)、『こうすれば絶対よくなる! 日本経済』(共著・アスコム)などがある。

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