次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスが混在する大変化時代のどこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUU online総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。
今回のゲストは、株式会社ピーバンドットコム代表取締役の田坂正樹氏。プリント基板のEC事業を中核に、プリント基板周辺の上流工程から下流工程にかかわるサービスを展開し、2017年には東証マザーズ上場。19年には東証一部上場へ市場変更を果たし、さらなる事業領域の拡大を目指すべく21年12月には中期経営計画を発表した。
IoTや宇宙開発、EV・自動運転といった新しい産業トレンドが生まれ、継続的な成長が期待される電子回路市場において、どのような舵取りを行うのか。今後のビジョンを伺った。
(取材・執筆・構成=杉野 遥)
1971年生まれ。東京都出身。大学卒業後、株式会社ミスミに入社。株式会社ブレイク・フィールド取締役を経て、2002年株式会社ピーバンドットコムを設立し、代表取締役に就任。2017年東証マザーズ上場、19年東証1部に市場変更。2021年ゲンダイエージェンシー株式会社社外取締役に就任。
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手掛ける。2013年4月 株式会社ZUUを設立、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の2018年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。
EC事業を中核に、プリント基板周辺の上流から下流までを一気通貫する
「GUGENプラットフォームビジネス」へ進化
冨田:まずは事業の変遷からお伺いしたいと思います。マーケットや顧客ニーズの変化に対して、どのような観点で事業を展開されてきたのか、教えてください。
田坂:ピーバンドットコムは、ハードウェアを作る際のメイン部品である「プリント基板」のEC販売というサービスで創業しました。2002年に創業しましたが、今まで大きくピボットすることなく、同じ軸でビジネスを続けています。もしかしたら珍しいことかもしれませんね。
私たちはプリント基板のEC事業を中核として、お客様の業務効率化につながる従来にないサービスを提供し、取り扱うプリント基板の周辺商材を増やすなどして事業を進化させてきました。最近は、大手でいえばホンファイが行っているようなEMS(Electronics Manufacturing Service:電子機器の一括サービス)も行っています。私たちの場合は小ロットのニーズを受け入れており、具体的にはアイデア出しの部分から、製造、実装、検査、組み込み、出荷までを受託しています。EMSにおけるお客さまの多くはハードウェアベンチャーです。
こうしたプリント基板周辺の上流から下流までを一気通貫するビジネスモデルが、現在の私たちの領域です。簡単にアイデアを具現化できるサービスの実現という意味を込めて、私たちは「GUGENプラットフォーム」と呼んでいます。先日発表した中期経営計画では、より新しいサービスを付加するべく準備しているとお伝えしています。
創業以来、目まぐるしく変化する製造業界のトレンド
価格競争から品質勝負へと戦略の転換で成長を続けた
冨田:中期経営計画は2030年のありたい姿、つまり長期ビジョンに基づくものだということで非常に珍しいと感じました。何か大きなトレンドを察知されて方角を示されたのだと思いますが、創業から現在に至るまで、市場環境や顧客ニーズはどのようにシフトしたと感じていますか?
田坂:創業した2002年当時の製造業は、中国・ベトナムといった「人件費の安い国へ進出してコストを下げる」というのが大きなトレンドでした。その中で私たちは中国や韓国、台湾各国の工場製品をネット経由で販売するという形でビジネスを始めました。「国内メーカーよりも安く買える」という点が強みでした。
2010年代に入ると、中国深センの沿岸部の企業がすごく発展してきたんですね。中国の電子部品メーカーがネットを通じて日本へ直接販売する、というトレンドが出てきた。そうした状況に対して、私たちは「品質・納期」で戦ってきたわけです。
そして最近起こった市場変化としては、2010年代後半あたりから“ハードウェアベンチャー”という新たな存在が登場したことです。ハードウェア製造にはソフトウェアと比べて大規模な設備投資が伴うため、ベンチャーの参入は難しいと言われてきました。しかし近年においては、行政やベンチャーキャピタルによる支援などで、製造業においてもベンチャー企業が台頭してきており、新たなプレイヤーが続々と生まれています。こうして新たに立ち上がったベンチャー企業が私たちの顧客となっているという点が大きな変化ですね。
さらに直近のお話をすると、新型コロナの流行と米中の貿易摩擦が大きな変化ですね。「サプライチェーンには中国が入っている」という従来の状況から、「中国を介さずにモノづくりをしよう」という流れが日米間で出てきています。
コアコンピタンスは約2万5000社にもおよぶ取引実績と
EMSによるサプライチェーン上の領域拡大
冨田:ありがとうございます。次に業界の領域についてお伺いしたいのですが、自動車、家電、半導体、医療、FAにしても、もともと広い範囲に対応されていましたよね。中期経営計画では、さらに新しい成長分野であるIoT、宇宙開発、EV・自動運転、農業・ロボットまで拡大していくと。今後はプリント基板以外の商材ラインナップを拡大されていくのでしょうか?
田坂:そうですね。今までとは違う産業のアプリケーションに使われるということで用途が広がるでしょうし、ハードウェアのモノづくりにおけるプレイヤー自体も変わってきています。私たちとしては、社会動向やニーズの変化をいち早く察知して、商材ラインナップを広げていく必要があると考えています。
冨田:御社はプリント基板というニッチな領域でナンバーワンを取り、これからさらに領域を拡大していこうとされています。ニッチな領域でトップになった企業の多くが「マーケットの壁」にぶつかり、ブルーオーシャンからレッドオーシャンへ領域を拡大するという動きがあると思います。
レッドオーシャンで勝つためには、ケイパビリティが重要です。御社はどういったケイパビリティを獲得してきたとお考えでしょうか?同時に競争力の強みとなるコアコンピタンスもお聞かせください。
田坂:以前は価格競争に勝って顧客獲得をしていた部分がありました。そこから深セン沿岸部の基板メーカーとの戦いが始まったことで、私たちは付加価値の部分、つまり品質や納期を強化し、価格競争から抜けた、というのが今の段階です。品質に満足できない製品・サービスでは長持ちしませんから、徐々に私たちの元へお客さまが戻ってくるようになりました。そしてサービスへの信頼を勝ち得たことでお客さまのサプライチェーンに深く入りこめるようにもなってきました。
こうした流れでビジネスを続けてきた結果、今では2万5000社ほどの取引実績があります。BtoBのモノづくりには、商慣習としてイーコマースがどこまで入り込めるかというのが課題でしたが、中堅・大手企業間とのWeb-EDI(Electronic Data Interchange:標準化された規約にもとづいて電子化されたビジネス文書を専用回線やインターネットなどの通信回線を通してやり取りすること)の連携が増加傾向にあることなどをふまえると、サプライチェーンとしてのイーコマースが認められるようになったという印象です。
この2万5000社の取引実績というのは1つのコアコンピタンスと考えます。これからは日本企業各社のサプライチェーンの中で、従来のサービスに加えてサプライチェーンに必要とされる商材を提供して戦おうと考えています。
冨田:サプライチェーン上におけるビジネスチャンスとしては「商材」と「発注先」という観点があると考えます。発注先というのは「サプライチェーンのこのフェーズではどこに発注するか」というような意味ですが、御社にとってはこの発注先もマーケットになるのでしょうか。
田坂:そうですね、例えばASKULさんはアルファパーチェスという子会社を作ってBtoB商材購入のプラットフォームを運営されていますが、こうしたプラットフォームにおける「電子部品の供給先」として私たちを選んでいただくことも重要であると考えています。
私たちのビジネスもプリント基板周辺の上流から下流までを一気通貫する「GUGENプラットフォーム」と呼んでいるとおり、サプライチェーンのある一定フェーズにおいては、部品調達の段階からすべてを網羅したいと考えています。BtoBの中でも資材調達のプラットフォームが再編成されている印象がありますが、他社のプラットフォームとの連携も視野に入れながらマーケットを増やしていきたいです。
冨田:これまで長く培ってきた豊富な実績と合わせて、EMSも対応できるからこそ、サプライチェーン上で領域を広げられる。この2点がコアコンピタンスと理解しました。
開発環境をイノベーションするため、どこにもないサービスを創出する
田坂:今後は取引実績約2万5000社分の設計データのアーカイブを活用したサービスを考えています。設計データに解析を加えてお客さまへご提案する。教師データのようなものがありますから、こうしたデータも活用していきたいです。
冨田:狙っているのは、電子部品の生産受託サービスということですね。EMSと同様に、どこかへ発注するときはすべて御社が一括して受けられる、という。ここからは意思決定されるうえでどんな視点をお持ちなのかを伺いたいと思います。今回の中期経営計画を発表された背景にも御社ならではの特徴が出ているのではないかと思います。
田坂:当社は「開発環境をイノベーションする」ことを経営理念に掲げています。古くからの商慣習をインターネットの活用で変えていく、その想いが下敷きになっています。
その中で「既存の企業が提供しないサービスを創出する」というのが1つの意思決定基準ですね。売り上げが期待できるからといって、他社が提供しているようなサービスを始めようと思わないのは、こうした意思決定基準があるからです。
冨田:冒頭で「事業内容は今まで大きくピボットしていない」とおっしゃっていましたが、一つ一つのビジネスをしっかり深掘りして、徐々に事業基盤を広げてこられたことの表れなのだろうなと思いました。
中期経営計画にもありますが、GUGENプラットフォーム事業である、データ管理、CAD、資材管理という所から、満を持して新規領域に出てきたということですよね。「餅は餅屋」といいますか、自社のコアコンピタンス、強みをしっかり蓄えてきてから出てくるべきだとのお考えと理解しました。最後に、未来構想をお話しいただけますと幸いです。
田坂:中期経営計画を策定した背景としては、この不確実性の高い時代の中で、私たちを取り巻く経営環境は確実に変化してきていることから、短期の視点ではなく、より長期的な世の中の変化を捉えた経営が必要になると考えたことが第一です。また、東京証券取引所の市場区分の見直しも、中期経営計画を検討する一つのきっかけとなりました。当社が目指す企業と社会の姿を実現するためには、より高みを目指す必要があると判断しました。しかし、現状ではプライム市場に上場するためには、流通時価総額が足りていない。このハードルをいかに乗り越えていこうかというときに、「私たちは開発環境をイノベーションするんだ」と改めて経営理念に立ち戻った中期経営計画を策定しようと思ったわけです。
一時期、製造業は海外へ出て、国内ではシュリンクするのかと思われていました。ところが3年ほど前からIoTなどの新しいトレンドが出てきたことで、電子部品の需要が増えてきたんですね。そうした状況で、私たちの培ってきたものを生かしたらどうだろう。ハードウェアをつくる際に役立つ新しいサービスを提供できるのではないかと考えました。
中期経営計画にあるように、第一フェーズは「飛躍に向けての基盤構築」です。その後に続くのが、培ってきた資産を使って私たちしかできない独自サービスを提供すること。成長に向けて準備している段階です。
冨田:満を持して作られた中期経営計画がマーケットに知っていただけるように、我々が一助になれば幸いです。本日はありがとうございました。
プロフィール
- 氏名
- 田坂 正樹(たさか・まさき)
- 会社名
- 株式会社ピーバンドットコム
- 役職
- 代表取締役
- ブランド名
- P板.com(ピーバンドットコム)
- 出身校
- 多摩大学 経営情報学部 (1995年3月卒業)