次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスが混在する大変化時代のどこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUU online総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。

今回のゲストは、株式会社農業総合研究所代表取締役会長兼CEOの及川智正氏。2007年の設立以降、農家の直売所事業と産直卸事業の2本柱でビジネスを展開しているが、ここでは及川氏に農業に対する思いや、今後の展開などについてお聞きした。(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

株式会社農業総合研究所
(画像=株式会社農業総合研究所)
及川 智正(おいかわ・ともまさ)
株式会社農業総合研究所代表取締役会⻑CEO
大学卒業後、株式会社巴商会入社。2003年和歌山県にて新規就農。2006年エフ・アグリシステムズ株式会社関⻄支社⻑就任を経て、2007年10月に株式会社農業総合研究所を設立し、代表取締役社⻑CEOに就任。 2019年11月より現職
冨田 和成(とみた・かずまさ)
株式会社ZUU代表取締役
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手掛ける。2013年4月 株式会社ZUUを設立、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の2018年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。

「豊作貧乏」をなくすために独自の流通プラットフォームを構築

株式会社農業総合研究所

冨田:本日はよろしくお願いいたします。御社は2007年に和歌山県で創業し、全国の集荷拠点で集荷した農産物を都市部のスーパーマーケット内に設置したインショップ「農家の直売所」で販売する「農家の直売所事業」、生産者から直接農産物を買い取り、ブランディングをしてスーパーマーケットに卸す「産直卸事業」を展開しています。2020年8月期には流通総額100億円を達成、21年8月期は123億円を記録し、その勢いは増すばかりです。まずは、これまでの事業の変遷からお聞かせください。

及川:事業内容は創業当初から変わっていません。私が成し遂げたいことは1つだけで、持続可能な農産業を実現し、生活者を豊かにするといった、農業が衰退しない仕組みを作ることです。その中で最も大切なのが、豊作のために農産物の販売価格が下がり、かえって農家の皆さんの収入が減る「豊作貧乏」をなくすことであり、そのために流通の仕組みを考え、さまざまな施策を打ってきました。

株式会社農業総合研究所

冨田:全国92カ所の集荷拠点と物流センター4拠点をダイレクトにつなぐ農産物流プラットフォームを構築し、首都圏や大阪などのスーパーマーケットの直売コーナーで販売し、鮮度のよさや適切な価格設定で人気を呼んでいます。徐々に市場が広がったようですが、どの辺りから手応えを感じたのでしょうか。

及川:これは、世の中の変化が大きく関係しています。今では地方に行くと道の駅やファーマーズマーケットといった農産物直売所がありますが、20年前にはなかったものです。当社は創業してから15年近く経ちますが、ちょうどこういった施設が広がるタイミングで、その波に乗ることができました。我々が農産物直売所などで買うという消費スタイルを作ったのではなく、世の中の動きにうまくフィットしたというのが、正直なところです。

冨田:私は母方の実家が農家を営んでいて、小さなころから果物など田畑の収穫を手伝いながら育ってきました。トラックに乗り共選所まで届けたこともあります。少しばかりですが農産物の流通を知っているだけに、御社の取り組みは画期的ですし、社会的意義を感じています。一方で、農産物の流通を変えるのは難易度の高いことであり、そういった中で何が御社の競争優位性だとお考えですか。

及川:冨田さんがおっしゃるように、この業界は参入障壁が高いと思います。ただ、我々が行っているのは生産者を集めて拠点を作りスーパーマーケットに運び、売れた分だけお金をお返しするという、ビジネス的に難しいわけではありません。では、何が参入障壁かというと、野菜や果物の流通で儲けるのが難しいという点です。シンプルな話、我々は1個100~200円の農産物を扱っていて、100円だと利益は5円ほど。10個売れて50円の利益が出ますが、1個の返品で50円のマイナスが出ます。こういったビジネスの積み重ねで123億円の流通総額を出しているわけで、それが割に合わないと判断され、高いハードルになっているのです。

冨田:難しいビジネスとされる中、なぜ御社は農家の直売所事業と産直卸事業を成り立たせることができたのでしょうか。

及川:大きく3つあります。1つ目は、スーパーマーケットに直接のアカウントを持っていることです。15年間に及ぶ営業活動で獲得してきましたが、これにより、仲卸を通すことなく小売店に品物を入れることができました。2つ目は、産地を抱えていることです。全国96カ所の拠点で野菜と果物を集める場所を運営しているのは、当社の大きな特長だと考えています。3つ目は、集荷拠点とスーパーマーケットをつなぐ物流インフラを構築していることです。

冨田:自社で物流インフラを持つというのは、他社にはないことだと思います。

及川:そのとおりで、これがもっとも難しい点です。スーパーマーケットに行くと大きな白菜が100~200円で売っていることがありますが、地方から運ぼうとするとその価格で販売することはできません。農産物はかさばり鮮度が求められ、グラム単価が非常に安いからです。それをうまく運ぶインフラを持っていることが、我々の強みだと思います。

冨田:直近の決算書には、「独自のポジショニングにおいて市場流通と直売流通の中間に位置し、農産物流通におけるユニークなポジションを確立」と記載していましたが、まさにこのことですね。

全国の市場と業務提携を結び2035年に取扱額1兆円を目指す

株式会社農業総合研究所

冨田:及川さんは現在会長職として、1つ1つの意思決定を下していると思います。どういった特徴があるのでしょうか。印象としては果敢に攻めるというよりは、農産物の流通プラットフォームの領域だけでも大きなポテンシャルがあるので、幅を狭めて深掘りをしている印象です。

及川:経営の特徴は「奇をてらわないこと」、地道が肝心だと思っています。農業は天候に左右され、果物や野菜、花、お米と扱うものが多岐にわたる幅広い分野です。先進的な取り組みも大事ですが、もっと大切なのは一歩一歩進み、実績を積み重ねていくことです。時間はかかり遠回りになりますが、それが結果として近道になると信じています。生産者とお客さまの双方から信用・信頼を勝ち取りながら仕事を作り、事業を拡大していきたいです。

冨田:そうであれば、新しい分野というよりも、現行のビジネスを突き詰めていく決断が多いということですか。

及川:私自身が農業を3年間経験し、どの会社よりも農業のことを知っていると自負しているからこそ、そうなっています。言葉は悪くなりますが、あまり知らずに参入する会社は、もっと切り口が鋭いビジネスを考えてくるのです。我々もかつてはそうでしたが、一番伸びる方法が地道だと気付きました。

冨田:スーパーマーケットの青果市場は3.6兆円ありますが、御社は愚直に取り組むことで、123億円の流通総額にまで達したわけですね。

及川:まだまだですが、粘り強くやってきた結果です。これからビジネスが大きくなると、スーパーマーケットだけではなくコンビニエンスストアなど他の小売店のアカウントもありますし、今は果物と野菜がメインですが、お米や花、それに肉だって農産物ですから、商品の幅を広げることもできます。ただし、その中で影響力を作るには、スーパーマーケットにまずは注力すべきです。

株式会社農業総合研究所

冨田:コロナ禍で外食が減って中食や内食になり、スーパーマーケット自体は好決算で追い風です。こういった流れは御社にも影響しましたか。

及川:新型コロナウイルスの感染拡大が始まり2年が過ぎましたが、2020年は非常にプラスに働きました。外食需要が激減しスーパーマーケットに消費者が流れ、野菜も高騰したからです。一方、今年(2021年)はどうかというと、マイナスに転じました。1年前は外食に行くはずの果物と野菜の行き場がなくなり、中食や内食需要が高まることで価格上昇を招きましたが、2年も続くとそれらを最初から小売店に切り替えようという動きになったからです。その結果、スーパーマーケットに農産物が多く集まり相場が下がりました。店頭で売れる点数は去年と今年で変わっていませんが、それにより売り上げが低下したのです。

冨田:なるほど。行き場に困ると単価に影響するのですね。それでは最後に、御社の未来構想をお聞かせください。

及川:私が目指すのは、2035年に果物と野菜の取扱額を1兆円にすることです。こう話すと無理ではと笑われますが、12年で0から100億円に到達しましたから、100億円を1兆円にするほうが難しくありません。これを実現することで、豊作貧乏をなくすことでき、思い描く農業の世界を作ることができます。

具体的には、今の市場外流通といわれる産直流通だけを扱うだけでは、間に合いません。スーパーマーケットの青果市場4兆円のうち、市場を通らないものは4000億円ほどです。残りは市場を通っているのであれば、本丸に対してコーディネイトする必要があります。従来のように産直は伸ばしていきつつ、既存の市場流通と我々がコラボレーションして既存の流通にも入っていくことを考えています。

その一歩として、2021年12月に富山県の富山中央青果という公設卸売市場の卸売会社と業務資本提携を結びました。これを皮切りに、全国の市場とも同様に連携して、効率化した新たな農産物流通を作っていきたいです。

冨田:市場と手を組んで、ネットワーク化するということですね。

及川:市場外流通と市場流通は、メディアなどで敵対する構図で描かれがちですが、、お互いの強みを伸ばし、弱みを補うことで、ともに農業の流通を良くするのが狙いです。

冨田:とても壮大な構想だと思います。我々がいる金融業界で市場の立場は金融機関であり、金融商品に出会うには彼らと接点を持たないといけません。金融業界にも一次市場と呼ばれる発行市場、二次市場の流通市場があり、それぞれ金融商品を作り、流通・展開させる役割があります。そこをいかに束ねるかが肝心で、その結果としてお金の流れが変わりつつあり、フィンテックのプレイヤーなど新しい会社も広がりました。似たような動きが御社を中心に農産物の世界でも起きていて、さらに青果だけではなくお米や肉も扱い、スーパーマーケットからコンビニエンスストアなどにも拡大していく未来の姿をイメージできました。なお、昨今は「Amazonフレッシュ」のようなECの流通も起きていますが、その間をつなげる可能性はありますか。

及川:もう少し外的なイノベーションがないと、ECは伸び悩むと思います。安価な商品に送料が1000円かかるなど、物流コストが課題です。また、今は農産物の世界でもCtoC(Consumer to Consumer:個人間取引)やDtoC(Direct to Consumer:消費者直接取引)が登場していますが、生産者は同じものを作っている一方で消費者はいろいろな野菜が欲しいので、マッチングが難しいことも挙げられます。外部環境が変わらないと広がりにくく、現状としてはスーパーマーケットをターゲットにして、どこよりも安い物流プラットフォームを構築し、それができてからECに参入したいと思います。

冨田:ECのビジネスモデルがペイするようになるには、相当の流通量と相当な物理コストがかかり、賞味期限の短いものの保存環境を成り立たせるなど、難易度が高いことがわかりました。冒頭で参入障壁が高いとおっしゃった意味も理解できます。

及川:「なぜ、スーパーマーケット側に出口を作るのか」「時代はECなのにスーパーマーケットにこだわる理由は?」というお声を投資家の方からいただくこともあります。それには明確な答えがあり、農産物流通は物流がメインで、コストを安くするには大量流通・大量販売をしないといけないからです。その中で、青果市場を流れる品物の70%がスーパーマーケットに届いていて、消費者の80%はスーパーマーケットで野菜を買っていますから、まずはスーパーマーケット側に出口を作るのは、効果的な戦略だと思います。まずはしっかりした出口を作り物流コストを下げてから、いろいろなビジネスにチャレンジしたいです。

冨田:本日のお話から、御社の流通プラットフォームを広げることで、今後も大きな伸びが期待できるビジネスモデルだとわかりました。ありがとうございました。

プロフィール

氏名
及川 智正(おいかわ・ともまさ)
会社名
株式会社農業総合研究所
役職
代表取締役会⻑CEO
ブランド名
農家の直売所
受賞歴
Entrepreneur Of The Year 2013 Japan ファイナリスト
フードアクションニッポンアワード2014 優秀賞
Japan Venture Awards 2016 経済産業大臣賞
東京農大経営者フォーラム2017 東京農大経営者大賞
出身校
東京農業大学
学位
学士