この記事は2022年3月4日に「The Finance」で公開された「SWIFT遮断~そのメカニズム、インパクトと将来~」を一部編集し、転載したものです。
SWIFT(スイフト)とは国際銀行間通信協会の略称であり、1973年にベルギーで設立された協同組合を指す。ロシアによるウクライナ侵攻を受けた米国および欧州連合主導の金融制裁強化の流れの中で、2022年2月26日にロシアの大手銀行をSWIFTから排除することを決定した。
本稿では、足元のウクライナ情勢を念頭に、過去事例などを紐解きながら、SWIFT遮断について考えると共に、金融技術革新の与える将来的な影響について考察したい。
SWIFT(スイフト)のメカニズム
SWIFTはSociety for Worldwide Interbank Financial Telecommunicationの略である。クロスボーダーでの高額な資金移動の大宗がSWIFTを用いて行われている。
SWIFT自身は、預金口座に関わる資金の出金・着金のオペレーションを行うわけではない。SWIFTは金融機関のネットワークであり、オペレーションの指図として金融機関の間で行き交うメッセージそのものがSWIFTの実態である。
SWIFTが管理することで、メッセージのフォーマットが統一されており、取引の効率化や事務処理の電子化が可能であること、メッセージの正確性・完全性・タイムリーな配信を含む、セキュリティの強化が行われていることが、独占的な地位を築くまでに普及した背景であろう。
SWIFTの利用は、クロスボーダー送金がコルレス銀行(correspondent bank)と呼ばれる仕組みに基づいて行われることと関係がある。
コルレス銀行を用いる背景としては、銀行が支店のない国において現地の決済システムに加入することはできず代行者を置く必要があること、また、決済においてはしばしば大量の現地通貨が必要となり、現地通貨の調達能力を要するため、それらを有する現地行との連携が必要となること、が挙げられる。
銀行は、支店のない地域への資金送金への対応のため、当該地域に所在する他の銀行とコルレス契約(correspondent agreement)を結び、相互にコルレス銀行となる。コルレス銀行は相互に預金口座を開設し、その口座を用いて現地での資金決済を行う。
銀行は、送金を行う地域にコルレス銀行がない場合には、コルレス銀行を介し現地の第三者の銀行を経由して送金を行うことになる。このような複雑な銀行間の関係で成り立っているのが現在のクロスボーダー送金の実態であり、これを成立させているのがSWIFTのネットワークである。
銀行は、SWIFTのネットワークと統一化されたメッセージ・フォーマットを用いることにより、コルレス銀行を利用したクロスボーダー送金のオペレーションを実施することが可能となる。
なお、ここではSWIFTの利用例としてクロスボーダー送金を紹介したが、証券市場にアクセスするために現地のカストディアン(ローカル・カストディアン)との連携が不可欠な、クロスボーダーでの証券投資においてもSWIFTが重要な役割を果たすことも重要な点であろう。
SWIFT遮断のインパクト
SWIFT遮断とは、SWIFTのネットワークから排除され接続できなくなる状況を指す。新聞報道によると、今回のロシアの場合、まずは大手行から排除の対象となることが予想されているようだ。今後、抜け道をふさぐ意味では、段階的に排除先の裾野拡大、すなわち中小銀行すべての対象先の拡大も想定されよう。
ロシアは米国に次いで世界で2番目にSWIFTを利用した決済が多い国であり、全国際金融取引の80%でSWIFTを活用しているようだ。
上述のように、クロスボーダー送金がSWIFTのネットワークを介するオペレーションの指示で成り立っている以上、SWIFTに接続できない銀行は、クロスボーダーでの送金・着金が出来ないこととなる。すなわち、ロシアの居住者(法人を含む)にかかわる、輸出入の代金の受取・支払が停止される。
このことは、輸出入の決済が滞ることでロシア経済のみならず、欧州を中心とした世界経済へ影響を与えることが予想される。
ロシア経済において石油・ガスなどのエネルギー資源等の輸出が大きなウェイトを占めているが、SWIFTからロシアの銀行が排除されることで、ロシアは輸出代金を受け取ることができなくなる。
一方、ロシアのエネルギー資源の主な輸出先は欧州であり、欧州諸国の中にはエネルギー不足を懸念し、SWIFT遮断に反対していた国も存在する。だが、足元のロシアによるウクライナへの攻勢は、そのような反対意見を上回る懸念を対象国に抱かせたようであり、欧州諸国は2月下旬には一気にSWIFT遮断容認へ傾くこととなった。
今回のロシアと同様に、過去SWIFTの切断の対象となった国としてはイランが挙げられる。イランは2012年と2018年の2回にわたりSWIFTを切断された。
その結果、2018年のイランの国内総生産(GDP)はマイナス8%と大幅な落ち込みとなり、通貨リアルの価値も6分の1まで下落した。経済規模や地理的条件の異なるロシアとイランを同一視はできないものの、ロシア経済への負の影響も相応の規模となることが予想される。
SWIFT遮断への対抗策
イランでの過去事例をみればわかるように、今回のSWIFT遮断はある意味想定の範囲内と言えなくもなく、ロシアも対抗策を検討していなかったわけではない。
ロシアは2014年に、ロシア版SWIFTとしてSPFS(Sistema peredachi finansovykh soobscheniy:System for Transfer of Financial Messages)を立ち上げた。SPFSはロシア版SWIFTであり、ロシア国内を中心に400以上の銀行が参加し、ロシアでの国内送金の20%がSPFS経由で行われている。
しかし、海外の銀行との接続はベラルーシ、カザフスタンなど周辺国で限定的に行われているにすぎず、ロシア経済が必要とするクロスボーダー取引に耐えうる状況にはないのが現状だ。
なお、中国については、同様の趣旨をふまえ、2015年にCIPS(CrossーBorder InterーBank Payments System)を立ち上げている。SWIFTにはまだまだ及ばないものの、直接間接での参加銀行くは1,200行を上回っており、中国国外の参加者が中国国内の参加者を上回る状況にある。中国はデジタル人民元への取り組みも進めており、SWIFT依存への高い問題意識が感じられる。
上記のようにSWIFT遮断への取り組みは行われているものの、SWIFTの優位性を崩すところまでは来ていない。米ドル取引停止など、その他の金融制裁の効力も相まって、SWIFT遮断は現時点では非常に有効であるものといえよう。
おわりに ―― 金融技術革新の影響を占う
ここまで、現下ウクライナ情勢を背景に、SWIFT遮断について取り上げた。今回のSWIFT遮断は有効に機能し、ロシア経済に相応の打撃を与える可能性が高い。では、SWIFT遮断は今後も万能なのだろうか?
まず、今回のロシアへの対処について整理したい。ロシアに対するSWIFT遮断で注意すべきは、ロシアの経済規模や海外諸国との経済面での密接な結びつきだ。特にエネルギー供給との観点でロシアと欧州各国の関係は深く、ロシア経済への打撃が、欧州に与える被害がどの程度コントロール可能かが注目される。
グローバル化が進展する中で、その象徴ともいえるグローバルな資金移動、すなわちSWIFTの機能を損なうことは、輸出入取引等を通じ、ロシア経済の打撃が世界各国へ伝播する方向に作用する可能性が高い。今後の推移には、十分注意する必要がある。
では、足元金融技術が急速に進化を遂げる環境下、SWIFT遮断の有効性に死角はないのだろうか? たとえば、暗号資産や中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、クロスボーダー送金などの金融取引が可能であり、機能としてはSWIFTを代替する側面を有することから、SWIFTの一強体制を揺るがす可能性を秘めている。
ただし、暗号資産は発行額が限定的であることや、変動が激しく価値の保存・交換の手段として適さないことから、現時点で代替手段として利用することは困難であろう。一方、CBDCについては、中央集権的な枠組みとして構築される蓋然性は高く、有事においてはSWIFTと補完的な関係となる可能性がある。
時計の針を少し進めて、Defiと呼ばれる分散型金融が確立していった場合はどうか。直観的には現在の中央集権的な枠組みに比べて、参加主体が各自の判断で行動する枠組みであることから、金融制裁の統制的な対応には馴染まないことが想定される。
分散型金融において、SWIFT遮断のような措置を実現するためには、従来型の上からの指示ではなく、インセンティブを活用し、参加主体が自ずと統制に復するような仕組みが必要となろう。分散型金融を念頭とした検討があらかじめ必要であることが、今回の事態から導き出されるインプリケーションではないか。
中長期的には、「メタバース」と呼ばれるようなサイバー空間が発展し、輸出入や証券投資などの取引もサイバー空間の中で行われるようになった場合についても、考えておく必要があるかもしれない。 本稿ではSWIFT遮断について触れたが、いまだウクライナ情勢は流動的であり、予断を許さない状況が続くものと思われる。今後の推移を見守りたい。
本稿中、意見に係る部分は筆者個人の見解であり、所属する組織の見解を示すものではありません
事務局次長
1996年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、株式会社日本興業銀行(現みずほ銀行)入行し、2021年11月より現職。著書に『銀行実務詳説 証券』、『NISAではじめる「負けない投資」の教科書』、『中国債券取引の実務』(全て共著)、論文寄稿多数。日本財務管理学会、日本信用格付学会所属。