インフレ
●インフレ率は3月に7.5%となり、2月の5.9%から上昇した
- エネルギー価格が戦争の勃発後により上昇し、今や前年比で45%高い位置にある
- これが高インフレの主因となっている
- 市場観測の指標はエネルギー価格が短期的に高止まりするものの、より将来は緩和されることを示唆している
- 食料品価格も急上昇している
- これは、輸送費や主に肥料価格の上昇による生産コストの高騰がもたらしており、一部はウクライナでの戦争と関係している
●物価上昇はより広範囲にわたっている
- エネルギー価格がより多くの部門で物価を押し上げている
- 供給制約と経済再開に伴う需要の正常化もまた、引き続き価格上昇圧力となっている
- インフレ基調の指標はここ数か月2%を超えている
- コロナ禍に関連する一時的な要因や、エネルギー価格の高騰による間接的な影響に鑑みると、これらの上昇がどの程度持続的なのかは不透明である
●労働環境は改善が続いており、失業率は2月に6.8%という歴史的な低水準まで低下した
- 多くの部門において求人件数が労働需要の強さを示している一方で、総じて賃金上昇率は引き続き反応が鈍い
- 時間が経過し、経済が完全な稼働率に戻ることが、賃金上昇を加速させる支えになるだろう
- 金融市場やサーベイ調査による長期のインフレ期待の様々な指標が2%付近にあるなかで、これらの指標が目標を上回る兆候には注視する必要がある
リスク評価
●ウクライナでの戦争の結果、経済見通しに関する下方リスクが大きく上昇した
- コロナ禍に関するリスクは低下している一方で、戦争は経済の景況感に大きく影響し、また供給制約をさらに悪化させる可能性がある
- エネルギー価格の高止まりと信頼感の低迷は予想以上の需要停滞と消費・投資の制約を引き起こす可能性がある
●インフレ見通しをとりまく上方リスクも、特に短期的に強まっている
- 中期的なインフレ見通しのリスクには、期待インフレ率が目標を上回ること、賃金上昇が予想以上となること、供給制約の悪化が持続することなどがある
- しかしながら、中期的な需要が低迷すれば価格上昇圧力も抑制されるだろう
金融・通貨環境
●金融市場は戦争が勃発し金融制裁が課されて以降、大きな変動(volatility)をもたらした
- 市場金利は金融政策や経済環境、インフレ動向の見通しが変更されたことで上昇した
- 銀行の資金調達コストは上昇を続けている
- 同時に、これまでのところ、金融市場について、ユーロ圏の金融システムは深刻な緊張状態にはなく、流動性不足も発生していない
●低金利ではあるが、銀行の企業や家計への貸出金利は市場金利の上昇を反映し始めている
- 家計への貸出は特に住宅購入のために維持されている
- 企業への資金フローは安定している
●銀行貸出調査では、不確実性が高い状況で貸出側が顧客の直面するリスクを懸念し始めているため、企業・家計への貸出基準が今年1-3月期に総じて厳格化していると報告された
- ロシアのウクライナ侵攻とエネルギー価格の上昇による銀行部門への負の影響のために、貸出基準は今後数か月でより厳格化されると予想される
結論
●要約すれば、ウクライナの戦争はユーロ圏経済に深刻な影響を及ぼし、不確実性を大きく上昇させた
- 戦争の経済への影響は、紛争の進展と現在および将来のさらなる制裁に依存する
- インフレ率は著しく上昇し、今後数か月は、主にエネルギー価格の上昇によって高止まりすると見られる
我々は、現在の不確実性に注意を払い、今後のデータと、その中期的なインフレ見通しに関する含意を注視する
我々の政策手段の調整は、引き続き、データに依存(data dependent)し、見通しの評価を反映したものとなる
インフレが2%の中期目標に向け推移するよう、責務の範囲内で、必要があれば柔軟性を組み込み、すべての手段を調整する準備がある
質疑応答(趣旨)
●APPの具体的な終了日を求めたメンバーはいるか、また高インフレにもかかわらず、今回の決定がなされた決め手は何だったか
- 7-9月期の資産購入策の終了に関して、5週間前よりもデータの評価についてより強い肯定をしている
- ただし、7-9月期のいつになるかは柔軟に考えている
- 見通しを作成する6月の理事会がAPP終了の具体的な日程を決定する時期と考えている
●市場は今年2回の利上げ、2023年末までには8回の利上げになるかもしれないとしている。これらの予想は好ましいか、これは段階的という定義を整合的か
- 我々が合意した事項は、資産購入の終了が第一で、そのしばらく後に利上げ開始と、その後の利上げを決定するということである
- 「しばらく後(some time after)」は選択肢、漸進主義、柔軟性が意図されており、1週間から数か月のいずれでもあり得る
●石油・ガス禁輸がインフレ率と経済見通しに与える潜在的な影響は何か、それについて議論したか、現実的なシナリオだと思うか
- ロシアのウクライナに対する戦争は、経済問題だけでなく、人道危機といった問題を欧州を超えて引き起こしている
- もちろん、石油やガスの不買(boycott)は重大な影響を及ぼすと見られ、スタッフが慎重に監視している
- こうしたリスクは明らかに、欧州の脱ロシア、非化石燃料、クリーンエネルギーへの移行に向けた決意を強化する
- しかし、実際に正味の不買による結果を分析したわけではない
●資金調達環境の厳格化、融資チャネルについてどの程度懸念しているか、企業や国債の利回りが上昇している点は懸念事項か
- 貸出動向調査の1-3月期の結果は一定の厳格化があったことを示している
- しかし、特に家計への貸出は依然として強い
- 企業向け貸出も現時点では安定している
- 金利や融資額にはまだ、あなたが言及したような引き締めの影響は見られていない
●分断(fragmentation)と柔軟性(flexibility)について、コロナ禍に関する分断にはPEPPの柔軟性で調節できる。コロナ禍ではなく、戦争や制裁、不況に関する分断についてECBはPEPPの柔軟性をAPPの再投資に適用する準備があるか。あなたは柔軟性を組み込むことに言及したが、それは既存手段に組み込むという意味か、それとも新しい手段が始まるのか
- 数週間前、ECBウォッチャー(ECB Watchers speech)で述べたように、我々は有用だと信じる柔軟性を提供するための適切な追加手段を設計するだろう
- 12月のPEPPの再投資政策は、実際に柔軟性を持つ政策として作り出された
●賃金と物価の上昇スパイラルが抑制できなくなることについて、理事会はどの程度懸念しているか
- 賃金について注視しているが、現在は比較的、賃金上昇率は鈍い。入手可能な最新の上昇率は1月だが、1.6%となっている
- これは過去のデータであるため(looking backward)、今後の動向を注視する必要があり、インフレ率が高止まりする期間が長いほど賃金交渉や初任給(salary entry levels)、既存合意の再交渉がなされる可能性が高くなる
- 理事会では、いくつかの国では失業(redundancy)や経済への脅威といったリスクを考慮した合意になっており、他の国では賃上げや再交渉の要求が高いといった良い議論をした
- 潜在的な波及効果(second-round effect)に注意を払い続けるつもりだ
●ECBの予測モデルにどれほどの自信があるか、またどれほど戦争の状況を正確に反映しているのか
- 我々の仕事に自信を持っているが、いつでも予測が正しいという訳ではない
- 注視する必要があるデータを注視し、できる限りの経済的知見を利用し、利用可能な多くのモデルを使い、得られる結果の向上に努めているという自信はある
- 将来的に間違える可能性は高く、その点は謙虚にならなくてはいけない
- 我々は、予測モデルだけではなく、外の世界に目を向けて影響を及ぼす可能性があるものを解明する必要があることを認識している
●ECBが研究している新しい危機の手段について、それは具体的にPEPPの再投資やOMTといった他のすでに存在する手段をどのように補完するのか
- 柔軟性と分断の問題については、金融政策は、その伝播がそこなわれない形で実施する必要があり、常に手段の改善に努めている
- 冒頭説明文では「金融市場やサーベイ調査による長期のインフレ期待の様々な指標が2%付近にあるなかで、これらの指標が目標を上回る兆候には注視する必要がある」に言及したい
- 我々が最も嫌う(the last thing)のは、インフレ期待が固定されない(deanchoring)リスクである
●フランス大統領選挙に関連して、あなたが、将来の首相に指名されるといううわさがあるが、どう考えるか
- 声が出ない(I lose my voice)
●冒頭説明文でほのめかされている新しい手段は、金利スプレッドを抑制する手段なのか
- 私はいかなる新しい手段も発表していない
- 「必要があれば柔軟性を組み込む」という結論を参照しただけである
- 必要があれば迅速に行動することができるが、新しい手段を構築しているとは言っていない
- スプレッドについては、我々の金融政策姿勢はユーロ圏全体に伝播する必要がある。PEPPでは柔軟性が効果的であることを学び、今後の金融政策も柔軟性が重要であると認識のもと、実施していく。
●リトアニアとエストニアはインフレ率が15%程度で、12月以降2桁の上昇率である。この水準では購買力は6年以内に半減する。これらの国々の人に何というか
- ユーロ圏全体のインフレ率は7.5%で、ECBの政策金利は中立金利を下回っているため、金融引き締めが適切と考える人が増えている。ECBは遅れたのか、遅すぎたのか
- 我々は12月に開始した正常化の旅(journey)の途中にいて、2月に再確認し、3月に明示され、この会合でも決意を改めて表明している
- 旅は予定通りに進んでいて、柔軟かつ段階的に、すべての選択肢を保持することを望んでいる
- インフレ率はある国が他の国より高いということだけではなく、平均して7.5%という数字は非常に高い
6月の金融政策会合ではより良い形で進展し、文章化されるだろう
●量的引き締め(quantitative tightening)について、米FRBは債券購入の停止だけでなく、債券保有の縮小について議論を始めた。来月から始まると見られるが、ECBやあなたはこれらを考えているか
- ユーロ圏経済と米国経済で起こっていることはかなり異なっている
- ユーロ圏はロシアのウクライナへの戦争の結果、より大きな影響を受けると見られる
- それぞれの金融政策は比較できない
●正常化という言葉は、中立的な政策金利が何かを知っているということを示唆しているが、それは何だと思うか、また正常化で十分か中立金利を超える必要があると思うか
- 金融政策の正常化といった場合、金利、バランスシートという順に検討する
- 量的引き締めは明らかに旅の後半にあるものであり、まだそこに到達していはいない
- また、金利を引き上げるか、どれだけ引き上げるかを決定する前に純資産購入を終了する必要がある
- その後、バランスシートについて検討するが、現在はAPPとPEPPについて合意された通りの再投資政策を考えている
●柔軟性の追加、もしくは新しい手段は市場の分断を回避するために資産購入額が終了する前に開始されるべきだと思うか
- 現在は、必要があれば柔軟性を組み込む、として言及されている
- したがって、現時点では柔軟性がいつ開始されるのかを示すことは時期尚早である
●資産購入策を7-9月期に終了することが、エネルギー主導で波及効果が生じていないインフレ率の低下にどのように貢献するのか、正常化が中期的な目標達成にどのように貢献するのか、ECBの目標は2%に近いが依然としてそれを下回っており、中期的なインフレより短期的なインフレを見ているように思われる
- 純資産の購入終了で石油価格が下がるとは思わないが、賃金やインフレ期待に与えるかもしれない結果には注意を払う必要がある
- 6月の理事会で純資産購入の終了を決定した場合、フォワードガイダンスが政策金利について決定する材料となる
●市場の分断について、PEPPの柔軟性はコロナ禍の非常に強く結びついていると言ったが、どのようにECBはコロナ禍の影響と他の影響をどのように分けるのか
- 柔軟性の具体的な役割は、我々が直面する状況に依存する
- PEPPの再投資は実施期間、資産クラス、国構成の柔軟性が調整されたが、他の状況下で適用したい柔軟性にも同じ原則が適用されると考えている
- スタッフは機転が利くだけでなく、即時の提案に長けている
●ユーロは5年ぶりの安値付近にあり、一部の理事会メンバーはここ数週間でユーロの水準に懸念を示している。理事会のユーロへの懸念はどの程度で、特に輸入インフレについて、それに対処するために簡単にできることは何か
- 為替レートについては、議論してきた事項ではないが常に注視している
- この理事会ではないが、インフレは懸念事項であり、為替はそれに影響を与える要因で、潜在的に波及効果やインフレ期待に与えることから注意を払っている
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高山 武士(たかやま たけし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 准主任研究員
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