この記事は2022年4月15日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「ECB政策理事会-政策変更はなし、7-9月期の資産購入策終了の期待を強めると判断」を一部編集し、転載したものです。
1 ―― 結果の概要:政策変更はなし、7−9月期の資産購入策終了の期待を強める
4月14日、欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)は政策理事会を開催し、金融政策について決定した。概要は以下の通り。
【金融政策決定内容】
・政策手段の変更なし
・APPの7-9月期の購入終了について、その期待を強める(前回は、7−9月期はデータ次第だが、インフレ期待が弱まらなければ購入終了としていた)
・理事会は金融政策の実行に際して選択肢(optionality)、漸進主義(gradualism)、柔軟性(flexibility)を維持する(金融政策の選択肢、漸進主義、柔軟性を強調)
・インフレが2%の中期目標に向け推移するよう、責務の範囲内で、必要があれば柔軟性を組み込み、すべての手段を調整する準備がある(政策スタンスの柔軟性を強調した表現に変更)
【記者会見での発言(趣旨)】
・金融市場やサーベイ調査による長期のインフレ期待の様々な指標が2%付近にあるなかで、これらの指標が目標を上回る兆候を注視する必要がある
・6月の理事会がAPP終了の具体的な日程を決定する時期と考えている
・現時点では柔軟性がいつ開始されるのかを示すことは時期尚早である
2 ―― 金融政策の評価:政策の選択肢、漸進主義、柔軟性を強調
ECBは今回の会合では具体的な政策手段の変更は行わなかった。一方、足もとのデータに照らして7-9月期の資産購入策の終了に関して、その期待が強まったという判断を実施した。なお、7-9月期のなかの具体的な終了時期は次回6月の会合で行うと記者会見で述べている。
政策の変更はなかったが、ECBが利回り上昇時の安全網としての対応手段を検討しているとの報道(*1)があったため、具体的な手段に関する質疑応答がなされた。
ラガルド総裁は、今回声明文に明記した「選択肢、漸進主義、柔軟性」や「必要があれば柔軟性を組み込み、すべての手段を調整する準備がある」といった点を引用し、適切な対応を講じる姿勢を示したが、既存手段を調整するのか新しい手段を用いるのかといった具体的な内容についての言及は避けている。
また、今後の金融政策正常化や利上げペースといった質問もされたが、ラガルド総裁からは具体的なペースに関する回答はなされず、APPの終了後の利上げという順序についてこれまでと同様の見解を示すのみであった。また、量的引き締め(保有資産の縮小)についても検討段階にないと述べている。
今回、足もとのインフレ率は高いものの、ECBが評価するように不確実性が高く、インフレ期待が目標から大きく上方乖離しておらず、賃金上昇率が限定的であることから、段階的に正常化していくとの姿勢を示した。
今回の決定は前回3月の決定をほぼ追認した形となったが、次回6月の会合ではより具体的な量的緩和策の終了時期も明示される(現在の購入削減ペースが続けば7月末で終了)。加えて、スタッフ見通しが公表されるため、APP終了後の正常化のステップである利上げについて、フォワードガイダンスの条件が満たされたかの判断も注目される。
*1:例えば、Bloomberg(日本語版)「ECB、債券利回り急伸した際の危機対応手段を策定中-関係者」2022年4月9日(2022年4月15日アクセス)など。
3 ―― 声明の概要(金融政策の方針)
4月14日の政策理事会で発表された声明は以下の通り。
●ロシアのウクライナ侵攻は大きな苦しみを生んでいる
- 欧州やそれ以外の経済にも影響を及ぼしている
- 紛争とそれに関連する不確実性は、企業や消費者信頼感の大きな重しとなっている
- 貿易の混乱は資源や原材料の新たな不足をもたらしている
- エネルギーと商品価格の高騰により、需要は減少し生産は抑制されている
- 経済動向は紛争の進展と現在および将来のさらなる制裁に大きく依存する
- 同時に、経済活動はコロナ禍の危機的状況後の経済再開により支えられている
- インフレ率は急上昇し、今後数か月は、エネルギー価格の急上昇による高止まりが続くと見られる
- インフレ圧力は多くの部門で強まっている
●本日の会合で、理事会は、前回の会合以降のデータは、APPによる純資産購入を7-9月期に終了するとの期待を強めるものだと判断した
- 将来についてのECBの金融政策は、今後得られるデータと理事会の見通しへの評価に依存する
- 現在の不確実性の高い状況下において、理事会は金融政策の実行に際して選択肢(optionality)、漸進主義(gradualism)、柔軟性(flexibility)を維持する
- 理事会はECBの物価安定と金融システム安定という責務を達成するために必要なすべての行動を行う
資産購入プログラム:APP
●APPの実施(7-9月期のAPP終了に関する今回の判断を追記)
- APPの月あたり純購入額は、4月に400億ユーロ、5月に300億ユーロ、6月に200億ユーロとする(変更なし)
- 本日の会合で、理事会は前回の会合以降のデータは、APPによる純資産購入を7-9月期に終了するとの期待を強めるものだと判断した(今回の判断を追加、「もし最新のデータが、純資産購入の終了後も中期的なインフレ見通しの期待を弱めないことを支持するのであれば、理事会は7-9月期にAPPの資産購入策を完了する予定である」は削除)
- 7-9月期の純購入額の調整は、データ次第で、その際の見通しの評価を反映させる(変更なし)
- (「もし中期的なインフレ見通しや資金調達環境が、2%の物価目標への進展と不整合となれば、我々は純資産購入の規模や期間といったスケジュールを変更する準備がある」を削除)
●APPの元本償還分の再投資(変更なし)
- APPの元本償還分は全額再投資を実施
- 政策金利を引き上げ、十分な流動性と金融緩和を維持するために必要な限り実施
政策金利
●政策金利の維持(変更なし)
- 主要リファイナンスオペ(MRO)金利:0.00%
- 限界貸出ファシリティ金利:0.25%
- 預金ファシリティ金利:▲0.50%
●フォワードガイダンス(変更なし)
- ECBの政策金利の調整は、理事会のAPPでの純資産購入が終了し、しばらく後(some time after)に実施し、段階的に(gradual)行う(変更なし)
- ECBの政策金利の経路は、引き続き理事会のフォワードガイダンス、および、中期的に2%のインフレ率での安定のための戦略的なコミットメントにより決定される(変更なし)
- 見通し期間が終わるかなり前(well ahead)までにインフレ率が2%に達し、その後見通し期間にわたって持続的に推移すると期待され、現実に中期的な2%に向けたインフレ率の安定という十分な進展が見られると判断されるまでは、理事会は政策金利を現在もしくはより低い水準で維持する(変更なし)
パンデミック緊急資産購入プログラム:PEPP
●PEPP終了に伴い、PEPPの実施に関する文章は削除
●PEPP元本償還分の再投資実施(変更なし)
- PEPPの元本償還の再投資は少なくとも2024年末まで実施(変更なし)
- 将来のPEPPの元本償還(roll-off)が適切な金融政策に影響しないよう管理する(変更なし)
●PEPP再開の可能性について(表現を一部移動、政策の変更なし)
- (柔軟性に関する表現を声明文の末尾に移動)
- コロナ禍に関連して、市場の分断(fragmentation)が再発する場合には、いつでもPEPPの再投資は、実施期間、資産クラス、国構成を柔軟に調整する(変更なし)
- これには、国構成に関して購入が中断され、コロナ禍の余波からの回復途上にあるギリシャ経済への金融政策の伝達が阻害されることを避けるために、償還再投資についてのギリシャが発行する国債を購入することも含まれる(変更なし)
- PEPP下での純資産購入は、コロナ禍の負の影響に対抗するため、必要があれば再開する(変更なし)
資金供給オペ
●流動性供給策の監視(変更なし)
- 理事会は銀行の資金調達環境を監視し、TLTROⅢの満期が金融政策の円滑な伝達を阻害しないよう保証する(変更なし)
- 理事会はまた、条件付貸出オペが金融政策姿勢にどのように貢献しているかを定期的に評価する(変更なし)
- すでに公表したように、TLTROⅢの特別条件は今年6月に終了する(政策の変更なし)
- 理事会はまた、豊富な過剰流動性がある環境下で、マイナス金利政策が銀行の仲介機能を制限することが無いよう、準備預金への付利の2階層制度の適切な運用(appropriate calibration)について評価する(変更なし)
非ユーロ圏中央銀行との流動性枠
●EUREPについての記述を削除
●その他
- 金融政策のスタンスと柔軟性について(一部の表現を変更)
- インフレが2%の中期目標に向け推移するよう、責務の範囲内で、必要があれば柔軟性を組み込み、すべての手段を調整する準備がある(表現を「適切に」から変更)
- コロナ禍による緊迫した環境下で、資産購入の設計・実施の際の柔軟性が、金融政策の伝達への悪影響に対抗し、理事会の目標達成への取り組みをより効果的にすることを示した(PEPPのパートから移動)
- 我々の責務の範囲内において、緊迫した環境下で、金融政策の伝達性が脅かされ物価の安定が危うくなる場合には、柔軟性が引き続き金融政策の一要素となるだろう(PEPPのパートから移動)
4 ―― 記者会見の概要
政策理事会後の記者会見における主な内容は以下の通り。
冒頭説明
●声明文冒頭に記載のロシアのウクライナ侵攻に対するコメント
●経済とインフレ率の状況をどう見ているかの詳細と金融・通貨環境への評価について述べたい
経済活動
●ユーロ圏の2021年10-12月期の成長率は0.3%となった
- 2022年1-3月期は、主にコロナ禍関連の制限のために、引き続き弱い成長となると予想される
●さらに将来も成長が鈍化するいくつかの要因がある
- 戦争とそれによる不確実性はすでに企業と消費者信頼感の重しとなっている
- エネルギーと商品価格は急上昇しており、家計は生活費の上昇、企業は生産コストの上昇に直面している
- アジアのコロナ禍で新たな一連の対策が供給網上の制約(difficulties)となるなかで、戦争も新しい制約(bottlenecks)をもたらしている
- いくつかの部門では原材料調達が困難となっており、生産を妨げている
- しかしながら、財政政策による補填や、家計がコロナ禍で積みあがった貯蓄を取り崩すといったことで、回復が堅調に進み相殺されている面もある
- 加えて、コロナ禍による影響が大きかった部門の再開と、雇用が多く強い労働市場は引き続き所得と支出を支えている
●財政と金融政策支援は、特に現在の地政学的に困難な状況では引き続き重要(critical)である
- 加えて次世代EU計画のもとでの投資や改革の成功は、エネルギーや気候変動対応への移行を加速させるだろう
- これは長期的にユーロ圏の成長と強靭性(resilience)の強化を支援するだろう