スタートアップ企業のインセンティブ制度として利用されることが多いストックオプション。企業価値の向上や上場、株価の上昇を狙っているなら、ぜひ知っておきたい制度の1つだ。このストックオプションには複数の種類があり、発行の要件も異なることはご存じだろうか。本稿ではストックオプションの仕組みや種類、発行する企業にとってのメリット・デメリットを詳しく解説する。ストックオプションを効果的に活用することで、社員のモチベーションアップや優秀な人材の確保につなげよう。
目次
ストックオプションとは?
ストックオプションとは、株式会社の社員や役員が自社の株式を期間内にあらかじめ定めた価格で購入できる権利だ。新株予約権の利用形態のひとつとなる。定められた価格で株式を購入することをストックオプションの権利行使という。
ストックオプションの一番の特徴は、権利行使価格で手に入れた株式をより高い株価で売却することで、差額分が権利者の利益となる点だろう。そのため、給与以外のインセンティブとして採用している企業も多い。日本取引所グループの調べによれば、上場企業の3割以上が導入をしているという。
ストックオプションの仕組み
ストックオプションがインセンティブ制度といわれるのは、株価が上昇するほど権利行使によって得られる利益が大きくなるからだ。
たとえば、1株500円で300株まで購入できるストックオプションを付与され、株価が800円まで値上がりした時点で権利を行使したとしよう。権利行使直後に株式を売却すると、得られる利益は9万円((800円-500円)×300株)だ(課税などは考慮せず)。
株価が1,000円のときに権利行使と株の売却を行ったとすると、利益は15万円((1,000円-500円)×300株)まで増える。このように、ストックオプションで得られる利益は、どのタイミングで権利行使するかで大きく変わってくる。
株価を上昇させるには、企業価値の向上が何より重要だ。株価の上昇は将来の自身の利益につながるため、社員は業績アップなどを目指し業務に取り組むようになるだろう。これが、ストックオプションがインセンティブ制度といわれる理由である。
ストックオプションはどのような企業で採用されるのか
ストックオプションは上場から間もない企業や、上場を見据えたスタートアップ企業で採用されることが多い。日本取引所グループが発表した「東証上場会社 コーポレート・ガバナンス白書2021」によると、市場区分別のストックオプション実施状況は以下のとおりである。
▽市場区分別のストックオプション実施状況
市場区分 | ストックオプションを実施している企業の割合(%) |
---|---|
全体 | 31.7 |
市場第一部(現プライム) | 28.6 |
市場第二部(現スタンダード) | 18.3 |
マザーズ(現グロース) | 85.0 |
JASDAQ | 25.8 |
市場区分別のストックオプション実施状況は、新興企業を対象とするマザーズ(現グロース)で突出していることがわかる。
マザーズへの上場審査では事業計画をもとにした成長性が重視されるため、実績が少ないベンチャー企業でも上場しやすい。将来の成長性を期待できる企業が多く、ストックオプションの導入によりインセンティブ効果が見込まれやすいということだ。
この調査からも、ストックオプションがスタートアップ企業で多く取り入れられていることが読み取れるだろう。
ストックオプションの適用対象者
ストックオプションが付与されるのは、以下のいずれかに該当する場合である。
▽ストックオプションの適用対象者
・企業の取締役
・企業の執行役
・企業の使用人(従業員)
・一定の要件を満たす外部協力者
外部協力者として認められるケースには、国家資格保有者や博士保有者、高度外国人材などが挙げられる。また、プログラマーやエンジニアなど高度な専門性を持つ者も対象となる。職場経験年数や実績なども勘案されるため、適用対象者として認められるかどうかは、一概にはいえない点には注意が必要だ。
ストックオプションの3つのメリット
ストックオプションがスタートアップ企業で多く取り入れられる理由には、以下の3つのメリットがあげられる。
ストックオプションのメリット1:人件費を抑えつつ優秀な人材を確保できる
メリットの1つめは、人件費を抑えつつ優秀な人材を確保できることだ。ストックオプションを利用し給与プラスαの報酬を約束することで、高い技術や専門知識を持った人材を集めやすくなる。
注目したいのは、ストックオプションの活用によって、固定給などの人件費を抑えながらも高い報酬を提示できる点だ。
一般的に優秀な人材を確保するには、競合する企業よりも多くの報酬を出す必要がある。しかし、スタートアップ企業の場合、資金力が少なく高額の給与提示ができないケースも多い。ストックオプションを活用することで費用を抑えつつ優秀な人材確保を実現できるのが、大きな魅力の1つだといえるだろう。
ストックオプションのメリット2:社員のモチベーションが向上する
メリットの2つめは、社員のモチベーションが向上することだ。先述の通りストックオプションでは、株価が上がるほど、権利行使時に得られる利益が大きくなる。株価を上昇させるには、業績アップなどによる企業価値の上昇が不可欠だ。
社員にストックオプションを付与することで、「企業価値の上昇」という目標に向けて社員が一丸となれば、企業を成長させるうえで大きなアドバンテージとなるだろう。
ストックオプションのメリット3:人材の流出抑制効果が期待できる
メリットの3つめは、人材の流出抑制効果が期待できる点である。社員を採用し一人前に育てるには、採用費や教育費などの費用がかかる。もちろん、研修期間中であっても給与を支払わなければならない。少なくないコストをかけて育成したにも関わらず、短期間で会社を辞められてしまったら、企業にとって大きな損失だ。
ストックオプションが付与された社員は権利を行使し利益を得るまで、つまりある程度会社が成長し株価が上がるまで勤め続けることが期待できる。ストックオプションは、社員に長く働いてもらうためにも有効な制度だといえるだろう。
ストックオプションの2つのデメリット
ストックオプションを利用するなら、デメリットについても確認しておきたい。
ストックオプションのデメリット1:既存株主が保有する株式の価値が低下する可能性がある
デメリットの1つめは、既存株主が保有する株式の価値が低下する可能性があることだ。ストックオプションは新株予約券の一種であり、これにより株式が新たに多く発行されると、株の希薄化が起こり株式の価値が低下するケースがある。また、希薄化を嫌った既存投資家が株式を売却した場合、株価が下がることも考えられる。
ストックオプションによる株の希薄化を避けるには、付与割合を発行済株式総数の10~15%程度に収めるようにしたい。
ストックオプションのデメリット2:権利行使後に社員が企業を離れる可能性がある
デメリットの2つめは、権利行使後に社員が企業を離れる可能性があることだ。ストックオプションは、3つめのメリットで解説した通り、人材の流出抑制効果が期待できる。しかし一方で、権利行使を1つのポイントとして勤めてきた社員は、行使後に会社を離れる可能性があることは念頭に置くべきだ。
権利行使後も社員に働き続けてもらうには、ストックオプション以外にも魅力がある会社作りをしていけるかがポイントとなるだろう。
ストックオプションの権利行使の仕方
ストックオプションの権利行使は、証券会社を通して行う。手続きの概要を、以下で確認しよう。
▽ストックオプションの権利行使に必要な手続き
- 証券会社でストックオプション口座を開設する※
- 発行会社へ権利行使請求書を提出し、ストックオプションの権利行使手続きを行う
- 権利行使代金を発行会社が指定する払込銀行へ振り込む
- 信託銀行で株式の発行処理が行われ、証券会社に入庫されるのを待つ
- 証券会社の口座に株式が入庫されたことを確認する
※税制非適格ストックオプションおよび有償ストックオプションについては、ストックオプション口座の開設は不要
権利行使により得た株式をすぐに売却する場合には、証券口座に株式が入庫されたことを確認した後、速やかに売却手続きを進めよう。
ストックオプションの税制優遇措置とは?
ストックオプションには、税金が優遇される「税制適格ストックオプション」がある。本来は課税されるところを、特例として優遇される仕組みとなっているのだ。税制適格ストックオプションを知るにあたり、まずは税制優遇がない「税制非適格ストックオプション」の税金について確認しよう。
▽税制非適格ストックオプションで課される税金
課税されるタイミング | 課税所得の計算方法 | 所得の種類 | 税率(所得税+住民税) |
---|---|---|---|
権利行使時 | (権利行使日の終値-権利行使価格)×権利行使株数-手数料 | 給与所得 | 最大55% |
株式売却時 | (株式の売却価格-権利行使日の終値)×売却株数-手数料 | 譲渡所得 | 20% |
税制非適格ストックオプションの場合、権利行使時と株式売却時にそれぞれ課税される。特に権利行使時は税率が高いだけでなく、株式を現金化する前のタイミングでの納税になるため、資金をあらかじめ準備しておく必要がある。
権利行使時の課税が免除される「税制適格ストックオプション」
税制適格ストックオプションの特徴は、権利行使時の税金が免除される点だ。納める税金は株式売却時の譲渡所得に対してのみとなるため、税負担が格段に軽減される。また、株式売却時は株式が現金化されているため納税資金を事前に用意しておく必要がないのも、税制適格ストックオプションの魅力だといえるだろう。
税制適格ストックオプションの適用要件
税制優遇を受けられる税制適格ストックオプションを発行するには、いくつかの要件を満たさなければならない。詳細は、以下で確認しよう。
▽税制適格ストックオプションの適用要件
項目 | 要件 |
---|---|
付与対象者の範囲 | 自社および子会社(50%超)の取締役、執行役、使用人(ただし大口株主およびその特別関係者、配偶者を除く) |
所有株式数 | 発行済み株式の3分の1を超えない |
権利行使期間 | 付与決議日の2年後から10年後まで |
権利行使価額 | 権利行使価額が契約締結時の時価以上 |
権利行使限度額 | 権利行使価格の合計額が年間で1,200万円を超えない |
譲渡制限 | 他人への譲渡禁止 |
発行形態 | 無償 |
株式の交付 | 会社法に反しないこと |
保管・管理など契約 | 証券会社等と契約していること |
その他事務手続き | 法定調書、権利者の書面等の提出 |
ストックオプションの種類
ストックオプションには、4つの種類がある。種類によって発行条件や税金などが異なるため、目的に合わせて使い分けることが肝心だ。
ストックオプションの種類1:無償ストックオプション
無償ストックオプションは、ストックオプションの権利付与時にお金がかからないものをいう。先述の税制非適格ストックオプションおよび税制適格ストックオプションは、無償ストックオプションに該当する。一般にいわれる役員、従業員のインセンティブとなるストックオプションは、この無償ストックオプションの特例としての位置づけとなる。
ストックオプションの種類2:有償ストックオプション
有償ストックオプションは、権利付与時に会社に対して発行価格の支払いが必要なストックオプションである。対象者が権利付与を望み、発行価格を支払った場合にのみ権利を得ることができる。
権利行使時の株価が付与時よりも上がっていれば売却益を得られるが、下がっていた場合には損失を被る可能性がある。
税制適格ストックオプションの場合、適用条件が社内の役員や従業員に限られるところ、この有償ストックオプションには付与対象者にその制限がないため、社外協力者で優秀な人材に対し付与するときなどで、活用される。
信託型ストックオプション
信託型ストックオプションは、信託を通じてストックオプションが付与される仕組みのものをいう。
発行されたすべてのストックオプションは、信託期間満了までまとめて保管される。そして信託期間中は、企業への貢献度などによってストックオプションの対象者に対しポイントが付与される。信託期間終了後には、ポイント数に応じたストックオプションの割り当てが行われる。
信託型ストックオプションは、有償ストックオプションの活用形として作られた比較的新しいタイプである。割り当て割合を権利付与後に決められるなど、他のストックオプションとは仕組みが異なることを知っておこう。
1円ストックオプション(株式報酬型ストックオプション)
1円ストックオプション(株式報酬型ストックオプション)は、税制非適格ストックオプションの活用形である。権利行使価額を1円に設定することで、付与対象者は権利行使時に株式と同等の価値を得られる仕組みとなっている。
1円ストックオプションは、退職金の代わりとして利用されることが多い。権利行使時に発生する税金が、給与課税ではなく退職金課税として計算されるため、税制非適格ストックオプションよりも税額を抑えられる点が特徴だ。
「ストックオプション」「新株予約権」「従業員持株会」の違い
ストックオプションと似た制度に、新株予約権と従業員持株会がある。それぞれの特徴と、ストックオプションとの違いを確認しよう。
新株予約権とは?
新株予約権とは発行した株式会社に対し権利を行使することで、その株式会社の株式の交付を受けられる権利を指す。主に企業の社外からの資金調達の手段として利用されるところ、社内向けに発行されるのが、本稿で取り上げている税制適格ストックオプションである。
新株予約権には、社外向けに発行されるものもある。社員に対し報酬として付与されるストックオプションと異なり、社外向けの新株予約権は一般投資家も購入できる。企業の資金調達や、敵対的買収に対抗するための株主の増加を目的として発行されることが多い。
従業員持株会とは?
従業員持株会とは、給与からの天引きにより従業員が自社の株式を積立購入できる制度だ。一部の社員や役員などが対象となるストックオプションに対し、従業員持株会はすべての従業員が制度の対象となる。安定した資金調達が可能で現金化には手間もかかるため、長期株主の育成と、従業員のモチベーション向上が期待できる。
持株会の会員には奨励金を付与する企業も多く、報酬というより福利厚生の1つとして活用される点が、ストックオプションとの違いだといえるだろう。
まとめ:ストックオプションはインセンティブ制度として活用し、企業成長につなげよう
ストックオプションは、株式会社の従業員や役員が自社の株式を一定期間内にあらかじめ定めた価格で購入できる権利だ。株価が権利行使時の価格を上回ると、得られる利益の増加につながるため、インセンティブ制度としてスタートアップ企業で多く採用されている。新株予約権の利用形態の1つで、要件を満たせば課税面でも優遇される、主に社内向けに利用できる仕組みである。
ストックオプションには、社員のモチベーションアップはもちろん、優秀な人材の確保や人材の流出抑制効果も期待できる。経営戦略の1つとして上手に取り入れることで、企業の成長や企業価値の向上につなげてほしい。