サル痘(Monkeypox)という病名を、初めて耳にした人も多いのではないだろうか。コロナ関連の規制緩和を進める国が増える中、一部の国で感染者が増加しているという。
「サル痘」とは?
サル痘はポックスウイルス科オルソポックスウイルス属のサル痘ウイルスを病原体とする、急性発疹性疾患だ。ウイルス性人獣共通感染症(動物から人間に感染するウイルス)で、感染者や動物との密接な接触(体液や呼吸器飛沫)、あるいは寝具やタオルなどのウイルスに汚染された物質を介してヒトに伝播する。
潜伏期間は7~21日(大部分は10~14日)という。症状は天然痘と非常によく似ており、発熱後1~3日で発疹が顔や四肢に発生する。喉の痛みやリンパ節の腫れを伴うこともあるが、ほとんどの症例は14~21日間で自然に治癒する。
サル痘という名前は、1958年にデンマーク国家血清研究所でサルからウイルスが最初に発見されたことに由来する。1970年、コンゴ民主共和国でヒトへの感染が世界で初めて確認されて以来、コンゴを含む中央アフリカや西アフリカの熱帯雨林地域では風土病と認定されている。
毒性が強くヒトからヒトへ感染しやすい中央アフリカ株と、比較的病原性が低いとされる西アフリカ株の2つの種類がある。現在、アフリカ以外の地域で感染が拡大しているものは西アフリカ株だ。
WHO「パンデミックにつながる公算は小さい」
WHO(世界保健機関)の発表によると、2022年5月13~26日の期間、世界23ヵ国で合計257件の感染症例がWHOおよび各国の保健当局で確認された。英国(106件)、ポルトガル(49件)、スペイン(20件)など欧州を中心に、カナダ(26件)や米国(10件)、オーストラリア(2件)など、サル痘が風土病ではない国で感染が拡大している。
そのほとんどがアフリカに渡航歴のない感染者であることに加え、サル痘の症例とクラスターが広範囲な地域で同時に、かつ突然出現したということは、地域社会内でヒトからヒトへの感染が拡大している可能性が高い。
サル痘が新型コロナや天然痘のように、世界を脅かすリスクはどの程度なのか。
AP通信によると、WHOの天然痘対応部門の責任者ロザムンド・ルイス博士は5月30日、「現時点においてサル痘がパンデミックにつながる公算は小さい」との見解を示した。
同博士は現在報告されている症例の大半が、ゲイやバイセクシャルなどの性的指向との関連性が深い点について述べると同時に、性的指向に関係なく誰もが潜在的な感染リスクにさらされている点についても強調した。
コンガにおける死亡率は4%強
サル痘の症状は比較的軽いとされているが、重症化や死亡にいたることもある。
特に、毒性の強い中央アフリカ株が主流のコンゴでは、2022年1月~5月8日の期間の感染者は1,284人と桁違いに多く、そのうち58人の死亡が報告されている。この数字に基づいて算出すると死亡率は4%を超える。
もちろん、先進国と発展途上国の医療や安全衛生水準の格差、気候、生活環境などが、重症化や死亡率に影響する可能性は高い。先進国で中央アフリカ株が拡散したとしても、発展途上国で見られるような状況は食い止められるかもしれない。
しかし、ルイス博士も懸念している通り、「個人が感染予防に必要な情報を把握していないことにより、自ら感染のリスクを高める」ことも考えられる。
ワクチンは必要? 世界中の40~50歳未満の世代は感染リスクが高い?
WHOによる世界規模の天然痘根絶計画を経て、天然痘の世界根絶が宣言されたのは1980年のことだった。根絶に向けて世界各国で使用されていた天然痘ワクチンは、サル痘にも有効だとされていた。つまり宣言前に天然痘ワクチンを接種した世代は、サル痘に対してもある程度の免疫性があるということになる。しかし、接種から40年以上が経過した現在、その効果が弱まっている可能性が考えられる。
現在、世界中の40~50歳未満の世代は予防接種を受けておらず、天然痘やサル痘への免疫性が一切ない。また、新生児や小児、基礎的な免疫不全のある人は「感染の影響を受けやすい可能性がある」とWHOは指摘している。
現時点において、天然痘やサル痘のワクチンを入手可能な国は一握りしかない。近年では「MVA-BN」と呼ばれるワクシニアウイルスベースのワクチンがカナダと米国でサル痘予防に承認されているほか、欧州連合(EU)で天然痘の予防ワクチンとして承認されている。WHOはガイダンス作成に向け、天然痘ワクチンとMVA-BNの最新データを分析中だ。
また、WHO加盟国は潜在的な天然痘の再流行に備えてワクチンの備蓄を求めているが、40年という月日が経過していることを考慮し、新たなワクチンの必要性についても検討しているという。
日本で感染が広がる可能性は?
6月2日現在、日本国内でサル痘の発症例は報告されていないが、10日から外国人観光客の受け入れが再開されることでウイルス流入の可能性を懸念する声もある。また、過去には米国で輸入された動物から感染が広がった事例もあるため、そのような経路も警戒すべきだろう。
もっとも、人類がコロナ禍でウイルスとの共存を学んだ今、過度に警戒して日常生活に支障を来しては元も子もない。WHOなどの専門家の推奨に従い、他の感染症同様に手洗いや消毒を徹底する、ストレスや睡眠不足などによる免疫機能の低下に気をつけるなど、基本的な感染予防を再確認し、心掛けることがより重要なのではないだろうか。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)