ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家にとっても大手企業にとっても、投資先や取引先を選択するため、企業の持続的成長を見る重要視点になってきている。各企業のESG部門担当者に、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が質問。本特集では、ESGにより未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを、専門家である坂本氏の視点を交えて紹介する。

新電力向けの需給管理業務代行サービスをはじめ、企業の節電をサポートするエネルギーマネジメントシステムや、環境に配慮した電力の供給など、社会の変化とともに事業領域を拡大してきた株式会社エナリス。同社の執行役員経営戦略本部長である塚本博之氏から、主力事業の概要や強み、足元で注目しているビジネスなどについて話をうかがった。

(取材・執筆・構成=大西洋平)

エナリス塚本氏
塚本 博之(つかもと ひろゆき)
−−−株式会社エナリス執行役員経営戦略本部長

1980年東京電力入社、2005年まで同社にて電気事業および通信事業に従事。アッカネットワークス、シャープ、明電舎などを経て、2018年4月より現職。

株式会社エナリス

需給管理業務のノウハウを強みに、バイオマスによる発電から電力小売まで、電気のサプライチェーンに関わるサービスを幅広く展開。2004年12月設立。本社は東京都千代田区。電力小売・需給管理(新電力支援)・電力卸売の3つが中核ビジネスで、auエネルギーホールディングス、Jパワーとの協業体制を構築し、そのシナジーでソリューション力を強化・拡充。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役

1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族と共に東京から鳥取にIターン。

株式会社アクシス

エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「bird」運営など多岐にわたる。

目次

  1. 株式会社エナリスの出発点と、これまで手掛けてきた事業
  2. 重点的に取り組むべき社会課題として掲げる4つのマテリアリティ
  3. CO2排出量とともに、再エネがもたらす「環境価値」の「見える化」も重要
  4. 日本全体で脱炭素化を推進するための重要なカギとなる地域新電力
  5. もともと電気はバーチャルな世界。日本でもP2P取引の実現を大いに期待
  6. 3つのニーズ(脱酸素・コスト削減・BCP)に応えるベストソリューションを提供

株式会社エナリスの出発点と、これまで手掛けてきた事業

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):エナリス様が会社設立から今日までの間に取り組んできた事業の概要についてお聞かせください。

エナリス 塚本氏(以下、社名、敬称略):エナリスは2004年12月に設立しました。主力ビジネスとして2007年に立ち上げたのが新電力向けの需給管理業務代行です。

需給管理業務は、安定して電気を送るために需要と供給のバランスをとる仕事で、従来は大手電力(10社)がその役割を担っていましたが、電力自由化以降、新電力にも必要な業務となりました。その需給管理業務をエナリスが代行することを始めたわけですが、当時は、ベンチャー企業が需給管理システムを開発したと話題になりました。大手電力が巨額の開発費と時間をかけてつくりあげてきた需給管理システムを、マンションの1室でベンチャー企業がつくってしまったという驚きですね。

東日本大震災直後の2011年には、業務用のEMS(ENERGY MANAGEMENT SYSTEM=エネルギー管理システム)である「FALCON SYSTEM」をリリースし、大変好評を博しました。現在は機能追加した「FALCONⅡSYSTEM」の販売を開始しています。

▽FALCON Ⅱ SYSTEMのイメージ

ファルコンシステム
(画像=株式会社エナリス)

2019年から推進しているのは、法人のお客様や新電力の脱炭素推進をサポートするサービスです。現在では、PPA(Power Purchase Agreement)、VPP(Virtual Power Plant)と呼ばれるサービスです。 PPAは、第三者が保有する再エネ発電設備で得られた電力を自家消費していただくというもので、エナリスでは現在オンサイトPPAと呼ばれるサービスを提供しています。近々オフサイトPPAもサービス開始する予定です。 VPPは、需要地に点在する分散型エネルギーリソースを束ねてあたかも発電所のように活用するサービスです。現在では、需給ひっ迫時の調整力として期待されています。

重点的に取り組むべき社会課題として掲げる4つのマテリアリティ

坂本:エナリス様では重点的に取り組むべき社会課題として、4つのマテリアリティを掲げていますね。策定の背景や概要について教えてください。

塚本:4つのマテリアリティを定めたのは2020年12月のことで、翌年2月からホームページ上で公開しています。策定に当たっては国連で定められたSDGsを指標として用い、今まで取り組んできた事業活動がどういった形でサステナビリティに貢献しているのかについて検証しました。 そして、当社の企業理念と重ね合わせながら検討した結果、(1)脱炭素社会に向けたエネルギーソリューションの提供、(2)豊かな未来社会を実現するイノベーションの推進、(3)ダイバーシティ&インクルージョンの推進、(4)コンプライアンス、といった4つのマテリアリティを定めました。

(1)と(2)はエナリスの本業に直結するものです。かねてより私たちは省エネルギーや再生可能エネルギーの導入を推進するサービスを提供してきましたが、今後も、分散型エネルギーリソースを無駄なく効率的に安定活用するエネルギーシステムやビジネスモデルの構築などのイノベーションを推進してまいります。

▽質問に答える塚本氏

エナリス塚本氏

坂本:3つめのマテリアリティ「ダイバーシティ&インクルージョンの推進」については、具体的にどういったことに取り組んでいく方針ですか。

塚本:(3)と(4)もこれまでのエナリスの歴史に深く関わってくるもので、とりわけ重要な課題であると認識しています。

実は、エナリスが新卒採用を始めたのは最近のことで、2022年4月に入社した社員が4期生です。したがって、ほとんどの社員が様々な職歴を経てエナリスで働いており、多様性に富んだ人たちが生き生きと働ける環境を整えることは、(1)や(2)のマテリアリティを推進するうえでも不可欠となっています。

「ダイバーシティ&インクルージョンの推進」において、最も重視しているのはワークライフバランスです。エナリスではコアタイムを11時~15時としたフレックスタイム制を特定の業務担当者や管理監督者を除くすべての正・契約社員に適用しています。また、テレワークも原則週2日の出社という前提のもとで併用していますし、勤務中の服装についても個々の従業員の裁量に委ねています。育休・産休も気兼ねなく取得できる環境を整えているので、結果的に女性の比率がかなり高くなっています。

社内における経営情報の共有化も多様化推進において大切と強く意識しています。最低でも四半期に1回のペースで社内説明会を開催し、役員が全社員に各事業の進ちょく状況などを説明しています。説明会後に役員を囲んでの座談会を開催し、ざっくばらんに質疑応答を交わす場を設けたりもしています。

坂本:4つめのコンプライアンスは多くの企業が重要課題に掲げていますが、エナリス様ではどのような視点からその強化を図っていく方針ですか。

塚本:過去の教訓を踏まえ、特に力を注ぐべき課題だと捉えています。エナリスは2013年10月に東証マザーズ(現グロース)市場へ新規上場しましたが、翌年12月には不適切な会計処理を行っていたことが判明し、当時の社長が退任する事態に陥りました。一時は「特設注意市場銘柄」ならびに「管理銘柄」に指定され、非常に苦い経験であり教訓になっております。

こうしたことから、単なる法令遵守にとどまらず、あらゆるステークホルダーや社会の期待や要請に耳を傾け、着実にCSR(企業の社会的責任)を果たしていくことこそ、エナリスが遂行すべきコンプライアンスであると考えています。

CO2排出量とともに、再エネがもたらす「環境価値」の「見える化」も重要

坂本:アクシスは鳥取県を拠点とするIT企業として「地方創生」を含めた社会貢献活動に注力してきましたが、エナリス様も神奈川県小田原市などでCO2排出量や環境活動の可視化などに取り組んでいますね(*)。それらの取り組みを通じて、エナリス様はどういったことを目指しているのでしょうか。

*参考:エナリス>「小田原市におけるCO₂排出量及び環境価値の可視化並びに価値化の試行に関する協定」の締結について

▽質問する坂本氏

エナリス

塚本:エナリスが脱炭素社会の実現に向けて取り組む具体策の一つとして、消費地に点在する比較的小規模な発電装置や負荷設備といった「分散型エネルギーリソース」の活用が挙げられます。小田原市における取り組みは、家庭の「分散型エネルギーリソース」を活用した事例です。

住宅の屋根に太陽光発電を設置し、不足分を電力会社から購入するという取り組みは、以前から全国各地で進められてきましたが、一方で、太陽光発電がもたらした「環境価値(CO2を発生させない電気を使用したこと)」はまったく評価されていないのが実情です。家庭レベルではCO2の排出量に関する報告義務もなく、せっかく生まれた「環境価値」がムダになっているわけです。

エナリスは小田原市や地域新電力である湘南電力、CO2排出量の「見える化」ツールを手掛けるゼロボードとともに、「環境価値」を有効活用する新たな取り組みを2021年9月から実施しています。 これは、湘南電力の「ゼロ円ソーラー」を契約している約150世帯の一般家庭と小田原市の8店舗が参加したプロジェクトです。契約世帯の太陽光発電で生み出された「環境価値」を地元での買い物に使用できるクーポンとして支給し、その流通を通じて8店舗で消費する電力とのカーボンオフセット(CO2削減量・排出量の相殺)に活用しています。

今まで有効に評価されていなかった「住宅で創出した環境価値」を顕在化し地域内で流通させることによって、一般家庭と店舗の双方がそのメリットを享受しつつ、脱炭素社会の実現と地域活性化に貢献できるという取り組みです。

▽エナリスと小田原市の取り組み

湘南電力
(画像=株式会社エナリス)

日本全体で脱炭素化を推進するための重要なカギとなる地域新電力

坂本:アクシスでは、再エネをはじめとした様々な電力がどこの発電所で発電されて、どこへどれだけ供給されているのかについて「見える化」することに取り組んでおり、鳥取県鳥取市の地域新電力にもこのトレーサビリティシステムが導入されています。エナリス様も、積極的に地域新電力との協業に取り組んでいる様子ですね。

塚本:エナリスは、湘南電力に出資・サポートを行っています。全国津々浦々において脱炭素を進めていくうえで、重要なキーワードの1つとなってくるのが地域新電力だと考えています。需給管理業務代行にとどまらず、地域に新しい風を起こせる事業を推進していきたいと考えています。

もともと電気はバーチャルな世界。日本でもP2P取引の実現を大いに期待

坂本:ヨーロッパなどではP2P取引(Peer to Peer=電気の消費者同士が直接電気を売買すること)の実証実験が進められていますが、日本における実現性についてはどのようにお考えですか。

塚本:電気は巨大なプールに貯められた水のごとく物理的に見分けがつかないため、バーチャルな取引がなじみやすいといえるでしょう。そもそも、電力小売の自由化自体がバーチャルな取り組みです。自宅の電気を大手電力から新電力に切り替えたといって、電気の通り道に変化が生じるわけではありません。コンセントまで送られてくる電気の流れは切り替え前とまったく同じですが、新電力から購入したものとみなそうというバーチャルなものです。

このような電力取引がもつバーチャル性を踏まえると、日本でもP2P取引が普及していく可能性は高いと思います。2019年以降、固定価格買取の適用が終わる太陽発電設置家庭が急増しており、電力小売事業者以外の余剰電力売却先としてもP2P取引の実現に大きな期待が寄せられるでしょう。こうしたバーチャル化は電力の分野だけに限らず、社会全体の流れとして大きなキーワードとなってくると思います。

3つのニーズ(脱酸素・コスト削減・BCP)に応えるベストソリューションを提供

坂本:最後に、足元で特に力を入れているとおっしゃっていた法人顧客向けのサービスについて、改めてその意義や御社が目指していることについて教えてください。

塚本:コロナ禍で世界のみんなが感じたのは課題が関連しあっているということです。「感染拡大の防止」と「経済不況の回避」のように、1つの課題を解決しようとするともう1つの課題の解決が遠のくということです。
エネルギーに関して法人のお客さまが抱えている課題も同様です。
「脱炭素推進」「エネルギーコスト低減」「BCP対策」、この3つの課題を解決するのにどのようなソリューションが考えられるのか。
エナリスは、入念なコンサルティングをもとに、それぞれのお客様にとってのベストソリューションを提案し、提供し、その後もフォローを続けていきます。私たちが目指しているのは、多様なお客さまが複合サービスを相互に利用しあう「エネルギープラットフォームの構築」なのです。