本記事は、カン・ハンナ氏の著書『コンテンツ・ボーダーレス』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています

グローバル配信時代の波に乗る

動画配信サービス,奪い合い
(画像=sitthiphong/stock.adobe.com)

Netflixによる巨額の投資

パンデミックによってコンテンツ消費は大きく変わり、その中でも全世界をひとつにするほどコンテンツに大きな影響力を持たせたのは、Netflixをはじめとするグローバル動画配信サービスです。韓国ドラマ「イカゲーム」、「キングダム」、「愛の不時着」、「梨泰院クラス」などもその例になります。つまり、韓国コンテンツが世界中で人気を集めている背景にはNetflixが大きな役割を果たしたといえるのです。

それでは、多くの韓国コンテンツがどういった経緯でNetflixに配信されるようになったのでしょうか。

2022年4月時点で、全世界に2億2,200万人ほどの会員数を持つNetflixがオリジナルコンテンツを作り始めたのは2012年頃でした。そして今は全世界190ヵ国以上で利用できるNetflixですが、アジア市場への進出を考えたとき一番最初に目をつけたのが、日本のアニメと韓国のドラマでした。特に韓国ドラマの場合は、2000年代からアジア圏を中心に広がった韓流ファンが多かったため、Netflixからすれば韓国ドラマを確保することでアジア全体のユーザーを増やすことができるというのは大きなポイントでした。

そして2015年、Netflixはソウルに韓国支社を設立しました。ただし、設立したばかりの頃からすべてがスムーズにいったわけではありませんでした。なぜなら、それまでの韓国ドラマ・映画産業のやり方とNetflixのビジネスモデルには大きな違いがあったからです。

Netflixはハリウッドなどをもとにするアメリカンスタイルで、巨額の制作費を負担してオリジナルコンテンツを作ってもらいます。その半面、作品の権利はNetflix側が所有するというやり方なのです。韓国側は最初、このようなやり方に戸惑いがあったと思います。なぜなら、それまでは自分たちが版権を持ち、世界各国に作品を輸出することで収益を得てきましたし、作品のシリーズ化、DVD、グッズなどを含め、2次、3次、4次の収益まで生み出すことができたからです。しかしNetflixが版権を所有することになると、付加価値を生み出すことはもちろん、ビジネスの主導権を握るのもNetflixになるため、最初は不安や違和感を覚えたかと思います。

そうした中、韓国コンテンツとNetflixのあいだに転機が訪れたのは2017年でした。映画「パラサイト 半地下の家族」の監督としても世界的に有名なポン・ジュノ監督がNetflixから約5,000万ドルという巨額の制作費の提供を受け、韓国初のNetflixオリジナル映画「オクジャ」を制作。ようやくここから、韓国コンテンツとNetflixの協業の道が開けたのです1

では、ポン・ジュノ監督をはじめ、2017年頃からなぜ韓国コンテンツはNetflixと手を組むようになったのでしょうか。その理由は大きく2つあります。

1:こちらは、ポン・ジュノ監督が映画「パラサイト」を世に出す前の話ですが、ポン・ジュノ監督はその当時も「殺人の追憶」「グエムル‒漢江の怪物‒」「母なる証明」などの作品で韓国国内で最も影響力を持つ監督のひとりでした。彼がNetflixと手を組んだことはその後、韓国コンテンツとNetflixが協業を強める大きなきっかけになりました。

まず1つ目は、制作費への不安が解消されるからです。それまで韓国ドラマや映画業界に共通する課題には、資金回収の見込みが立たないうちに、ドラマや映画の制作を始めていた点がありました。作品を作るときに必要なスポンサーなども制作前の段階ですべて決まることはなかなか難しく、制作中に決まることも多い。本来ならば制作会社などの作り手はいい作品を作ることに専念できる環境が最も望ましいのですが、スポンサー探しなどへの悩みを抱えながら作品を作っていくことも少なくありませんでした。

一方、Netflixの場合は、制作費を100%負担することも多いため、作り手は資金繰りを気にすることなく、作品作りに集中できる環境が得られます。そしてNetflixから提供される制作費は従来とは比べ物にならないほど大きいのです。ハリウッド作品に引けを取らないオリジナルコンテンツを作る企業だけのことはあります。

韓国コンテンツの制作側からすれば、2次、3次の収入が得られないデメリットはありますが、制作費に頭を抱えなくてもいい、とにかくいい作品を作ることに専念できる環境は作り手にとっては魅力的だと思います。特に世界から韓国コンテンツが人気を集めている今、作る側も相当のプレッシャーを感じることが多いため、何よりも制作環境を支援してもらえるというメリットは大きいでしょう。

そして2つ目の理由は、Netflixだとやはり世界各国の人々に同時進行で届けられることです。正直なところ、それまでひとつの作品を海外に輸出する際には、それぞれの相手国の放送局などに営業や交渉をしなければなりませんでした。時には、交渉がうまくいかずに契約が結ばれないこともあります。

ところがNetflixというプラットフォームを使えば、Netflixに作品がアップされることだけで世界中の人々に届けられます。しかも、それが同時進行で広がることにより、一気に世界中を熱狂させる作品も生まれるのです。「イカゲーム」がそのひとつです。つまり、コンテンツを作る側からすれば、金銭面だけの話にとどまらず、自分が手掛けた作品が世界中に広がることこそうれしいものだと思います。

このような2つの理由は、韓国がNetflixと手を組む大きな要因だったといえます。そして2021年の発表2において、「Netflixは2016年から2020年まで韓国コンテンツに約7,700億ウォン(約770億円3)を投資し、多様な産業で約5兆6,000億ウォンの経済的波及効果を創出した」と明らかにしました。また2021年2月には「2021年の1年間、Netflixが約5,500億ウォン(約550億円)を韓国発のコンテンツに投資する」という発表があり、韓国コンテンツ投資への意欲を見せましたが、まさにNetflixと韓国コンテンツは今、ウィンウィンの関係をうまく構築しているといえます。

ちなみにグローバル動画配信の時代にNetflixと共に、最近はApple TV+やDisney+なども韓国コンテンツへの投資に積極的に動き始めています。すでに何作品かは公開されたり、制作段階に入っているということですが、このようにグローバル動画配信サービスに韓国コンテンツは欠かせない存在になってきました。そしてますますこれからこの流れは加速化していくのではないかと思います。

2:De loitte, Netflix,“Socio-economic Impact of Netflix Korea”, 2021
3:1韓国ウォン0.1円で換算。

政府との絶妙な距離感

ところで、次の項目に入る前にひとつだけしっかりお伝えしておきたいことがあります。それは、韓国コンテンツに対する政府の役割についての解釈です。

「韓国コンテンツの盛り上がりは、政府が主導している」とよく耳にするのではないかと思いますが、それは実態とは少し異なる話だと思います。30年以上のノウハウを積んできた韓国コンテンツに対して、政府はあくまでも企業やクリエイターのサポートに徹しているのです。言い換えれば、今の韓国コンテンツは、民間の事業者やクリエイターなどコンテンツを作る人々がビジネスとして積み重ねてきた結果なのです。

これを政府の主導と解釈すれば、作り手の分析をしないままに「じゃあ日本政府も、もっと支援を」で議論が終わり、大切なものを見落としてしまう可能性があります。

もちろん国が税金を投じるからには、韓国コンテンツの盛り上がりを、政府が国家イメージとして利用することはあります。それについては賛否両論ありますが、そうすることが共存するためのひとつの手法ではないかと思うのです。

とはいえ、韓国の政府がどのようなサポートをしているのかはやはり気になるところですよね。ひとつの事例としてご紹介したいのが、韓国コンテンツ振興院(KOCCA)です。2009年に政府が設立した公共支援機関であるKOCCAは、ドラマ、映画、バラエティ番組、ゲーム、音楽、ファッション、アニメーション、キャラクター、漫画、VR、ARなどさまざまなコンテンツ産業の成長のため、企画の段階から制作、流通、海外進出、企業育成、人材育成、研究開発などの支援事業を分野ごとにおこなっています。また面白いところですが、KOCCAは世界各地に支部を設置4、それぞれの国のトレンドや動向に関連するレポートを作ってインターネット上で無料公開しています。

具体的には、コンテンツ産業の各分野の成長率や最新動向の要因分析、その背景について詳しく書かれているレポートなどがあります。また、国ごとのコンテンツ産業の政策や各国に起きている最新トレンドなどについても定期的に発行されているのです。コンテンツを作る人からすれば、今世界にどのようなことが流行っているのか、今後はどのようなことが注目されるのかなど、自ら調査するのに時間や費用がかかる情報をKOCCAが提供してくれるのは、とてもありがたいことだと思います。そもそもこのような専門情報へのアクセスは基本的に制限されることが多いかと思いますが、KOCCAが発行するすべてのレポートは「誰でも」「簡単に」「無料で」入手できるようにしたことが、コンテンツの成長を下支えしているのです。

4:韓国コンテンツ振興院(KOCCA)の中には「海外事業支援団」という部署がありますが、国内チームと共に「アメリカビジネスセンター」、「中国ビジネスセンター」、「日本ビジネスセンター」、「ヨーロッパビジネスセンター(パリ)」、「インドネシアビジネスセンター」、「ベトナムビジネスセンター」があります。韓国国内・海外メンバーを含め、「海外事業支援団」としての人数は44人もいるのです。(2022年4月現在)

ただし、韓国だけではなく、日本を含め、どの国もコンテンツ産業への支援はおこなわれているもの。ここで注目すべきなのは、支援金額などの規模感だけの話ではなく、「どのように支援をおこなっているのか」という具体的な支援政策の内容ではないかと思います。つまり、韓国政府が韓国コンテンツ産業を主導するように見えたのも、支援規模がほかの国と比べて爆発的に大きいという話にとどまらず、前述のように、海外に進出したい、もしくは海外に進出しているコンテンツの作り手にとって役に立つ良質な情報を無料で提供するなど、日本でも検討することができる支援内容もたくさんあると思います。支援規模の前に大事なのは、支援の中身なのです。

コンテンツ・ボーダーレス
カン・ハンナ
国際社会文化学者、タレント、歌人、株式会社Beauty Thinker CEO。淑明女子大学(経営・統計学)を卒業し、現在、横浜国立大学大学院 都市イノベーション学府 博士後期課程在学中(国際社会文化学・メディア学)。韓国でニュースキャスター、経済専門チャンネルMCやコラムニストなどを経て、2011年に来日。NHK Eテレ「NHK短歌」レギュラー出演しているほか、テレビ東京「未来世紀ジパング」、NewsPicks「THE UPDATE」「WEEKLY OCHIAI」にも出演するなど、多方面で活動中。2019年12月には、第一歌集『まだまだです』(KADOKAWA)を出版し、第21回「現代短歌新人賞」を受賞。そのほか、韓国では日本に関する書籍を8冊ほど出版している。

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