本記事は、カン・ハンナ氏の著書『コンテンツ・ボーダーレス』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています

多様な登場人物を描く本当の理由

多様な登場人物
(画像=tomertu/stock.adobe.com)

韓国のドラマや映画はひとつの作品の中にさまざまな登場人物を繊細に描き出し、それぞれの物語を作り込むのが特徴のひとつです。つまり、ひとつの作品の中に主人公の物語だけではなく、主人公の家族や友達、職場の人にもそれぞれの物語が描かれており、いろんな登場人物を立体的に見ることができる楽しさがあるのです。

それでは、なぜこのような作り方になっているのでしょうか。その理由はすべて「共感」というキーワードとつながります。

2021年の大ヒット作であった「イカゲーム」の事例をまた挙げさせていただきます。

韓国ドラマ「イカゲーム」には、大金を賭けたゲームに参加する456人が登場します。そして1人の命につき1億ウォンとして、456億ウォン(約45億円)の賞金を賭けた極限のデスゲームを見せていくのが全体のストーリーです。この「イカゲーム」の面白いところは、主人公である中年男性ソン・ギフンの物語だけではなく、ゲームに参加する非常に多様なバックグラウンドを持つキャラクターについても、それぞれの物語を描いているところです。

たとえば、エリート出身にもかかわらず人生が思う通りにいかずボロボロになってしまった人から、脱北者、闘病中の老人、外国人労働者など、本当に多様な登場人物が出てきます。またその一人ひとりの物語が背景にあって、視聴者は彼らがデスゲームに参加するしかなかった理由や状況を理解することができます。さらに、ドラマを見ながら「自分ならこの瞬間にどうするんだろう」「この登場人物は自分に何か近いものを感じる」など自分を重ね合わせるようなキャラクターに親しみを感じます。そして「生きることはそれほど簡単ではないよね」と共感することもあります。

作り手からすれば、ひとつの作品の中に多様な登場人物の物語を多く入れ込むことはとてもエネルギーが必要な作業ですし、その中に作品を通じて最も伝えたいメッセージがあるはずなので、描き方などいろいろ悩みは尽きないことでしょう。けれども、このように多様な登場人物の物語を描くことによって、視聴者の共感を得ることが今の韓国コンテンツの特徴のひとつなのです。日本でも大反響を呼んだ韓国ドラマ「梨泰院クラス」や「愛の不時着」などほかの韓国コンテンツでもこのような描き方は採られており、大きな成果を上げることができた理由でもあるのです。

それでは、韓国ドラマではどのように「共感」を作り上げるのか、ドラマ「梨泰院クラス」の登場人物からもう少し考えてみます。

「梨泰院クラス」は、2020年1月から2カ月間韓国で放送されたテレビドラマで、クラブなどが集まるソウルの繁華街・梨泰院(イテウォン)で成功を目指す若者たちの物語です。日本ではNetflixで2020年3月から配信がスタートし、瞬く間に人気ドラマとなりました。

まず、この作品は、主人公のパク・セロイが人気を集めました。パク・セロイは、サクセスストーリーのリーダーとして大きな包容力を持って周囲に接する人物です。自分勝手なことを言ったり、失敗したりする周囲の人を、ときに𠮟り、ときにたしなめながら、見捨てることはしない、心温かい人として描かれています。彼は現代において非常に共感を得やすい魅力的な人物だと評価されました。特に収入や将来のことで、不安を抱えている若い世代からは多くの支持を獲得し、「真の強さとは人から生まれる。みんなの信頼が俺を強くしてくれる。俺はもっと強くなる」「おまえはおまえだから、他人を納得させなくていい」などのパク・セロイのセリフが、視聴者の心にじわりと響いたと反響を呼びました。

また、そのほかにも「梨泰院クラス」では多様な登場人物が描かれます。IQ162の天才少女で、ソシオパスのインフルエンサー、チョ・イソは名門大を卒業、大手企業に就職、財閥の男性と結婚することを親から望まれても、自分が選んだ人の成功に自分の人生を捧げようとする人物です。そして、美少年のビジュアルに気難しい性格で人に言えない秘密を持つ、トランスジェンダーのマ・ヒョニは料理の才能がなかったのにもかかわらず、努力でおいしい料理が作れるシェフに成長する姿が描かれています。ほかにもチェ・スングォンはセロイの堂々と生きる姿に感銘を受け、セロイのそばで働きますが、額に傷がある強面のせいで誤解を受けやすいけれども、実は温かい心の持ち主で魅力的なキャラクターです。

「梨泰院クラス」には、チョ・イソ、マ・ヒョニ、チェ・スングォンのほかにも約15人の多様な登場人物が描かれています。ドラマを見ながら「必ず誰かに感情移入できる」という作り方であり、現代韓国ドラマの真骨頂だと言っても過言ではないと思います。

さらには、「梨泰院クラス」に登場する人物は、大切な仲間をニュートラルな目線で受け入れ思いやるパク・セロイや、堂々とした女性として描かれたチョ・イソなど、キャラクターに込められたメッセージに海外の人々も共感を得ることができます。つまり、アメリカの「#MeToo運動」のようにジェンダー問題は、どの国でも意識されていますし、若者が現状に不安を抱えることも世界的な傾向であるため、多様な登場人物を通じて、今の時代を代弁したところが成功要因のひとつになっているのです。

国内向けのコンテンツなのか海外向けのコンテンツなのかは企画段階からしっかり考える必要がありますが、コンテンツのターゲット層を絞り過ぎないことには注意してほしいものです。

なぜなら、今回お話しさせていただいた「イカゲーム」や「梨泰院クラス」のようにひとつの作品の中に多様な登場人物を描くことによって、老若男女誰もが共感できるコンテンツを作ることができるからです。もちろん、それぞれの物語には比重があると思いますが、幅広い視聴者に愛されるコンテンツを作りたい人であれば、「多様な登場人物を描く」そして「共感」というキーワードを意識してみることも大事です。

コンテンツ・ボーダーレス
カン・ハンナ
国際社会文化学者、タレント、歌人、株式会社Beauty Thinker CEO。淑明女子大学(経営・統計学)を卒業し、現在、横浜国立大学大学院 都市イノベーション学府 博士後期課程在学中(国際社会文化学・メディア学)。韓国でニュースキャスター、経済専門チャンネルMCやコラムニストなどを経て、2011年に来日。NHK Eテレ「NHK短歌」レギュラー出演しているほか、テレビ東京「未来世紀ジパング」、NewsPicks「THE UPDATE」「WEEKLY OCHIAI」にも出演するなど、多方面で活動中。2019年12月には、第一歌集『まだまだです』(KADOKAWA)を出版し、第21回「現代短歌新人賞」を受賞。そのほか、韓国では日本に関する書籍を8冊ほど出版している。

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