本記事は、田口和寿氏の著書『非常識 社長業〜一万回断られても10,001回目に成功させる〜』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています
フォーカスシフト思考は誰でも使える
私はニューヨークから帰国して実家の和菓子屋の3代目になって以降、これまで数々のフォーカスシフト思考によってピンチを切り抜け、チャンスに変えてきました。
例えば、お客様から「おたくの和菓子はおいしくない」と言われたなら、自分の力で何とか味を良くしようと考えるはずです。これが普通の考え方です。
ところが、世の中には「おいしいもの」は山のようにあります。要するに、ライバルがたくさんいるわけです。
そこでフォーカスシフト思考にチェンジします。
さらに私は自分のことを「才能がある人間」だとは思っていません。むしろできないことだらけで、誰かの助けを借りないとやっていけないと自覚しています。
そこで私は原材料を作っている方々に〝おいしくする方法〟聞くようにしました。和菓子は職人が作りますが、原材料はそれぞれの生産農家や企業から仕入れます。
栗きんとんで言えば、通常は栗と上白糖を混ぜて作ります。これが常識です。ところが、農家さんに話を聞いてみると、栗は根菜ととても相性がいいのだそうです。
そこで北海道の「甜菜」と呼ばれるサトウダイコンから作った「甜菜糖」という砂糖に行きつきました。新杵堂としては甜菜糖をお菓子に使用するのは初でしたが、甜菜糖自体が「珍しい」「付加価値がある」「健康にいい」という点があり、結果的には味を良くする上に糖質カットにつながり、さらにこれまで販売できなかった百貨店で販売できるようになりました。
百貨店と取引をしようと思うと、そこには「信用」が必要になります。
ですが、歴史のない新杵堂にはそれがなく、これまでは取引が難しかったのですが、甜菜糖を使った栗きんとんを開発できたことで他社との差別化ができ、最終的に百貨店の信用を勝ち得て取引にまで至ったのです。
フォーカスシフト思考は天才ではない人でも使うことができます。決して天才経営者ではない私自身が、その証明です。
非常識になるために常識を身につける
日本の芸道や武道に「守破離」というものがあります。
型を徹底的に「守る」ことから始まり、次に既存の型を「破る」。最終的には型から「離れ」て新しい〝技〟を確立するという考え方です。
フォーカスシフト思考も守破離の「破」や「離」の一種です。
つまり、フォーカスシフトの前に「常識」という型が必要なのです。
この型がない状態で自由に振る舞うことを「型なし」と言います。これでは成果はでませんし、信頼もされません。
私の例で言うと、私は25歳でにニューヨークで修業をし、29歳で帰国しました。自由の国アメリカと言われるだけあって、向こうでの自分は特に誰から注意を受けるわけでもなく、自由に、自分の思い通りに振る舞っていました。約束の時間に遅れても「Sorry」で済む世界でした。
ところが日本ではそうはいきません。
そこで私は、あらためて常識を自分にたたきこみました。マナーや常識、時間を守ることへの意識、私の言動や服装、社長としての振る舞い、敬語などを厳しく教えてくれる人の指導をあおいだのです。
かなり耳の痛い存在ではありますが、それでも私はそれを愚直に受け入れ、修正をしてきました。
そのような存在を置くことで、私の中に「フォーカスシフトする自分」と「常識を堅実に守る自分」のバランスをとることができました、後者が「型」となり、型があるからこそそれを破り、オリジナリティを発揮できるようになったのです。
逆にそれがない「型なし」の状態でフォーカスシフト思考を行っても、どこかへ飛んで行ってしまったり、いきなり谷底に落ちてしまう可能性が高いのです。
まずは無知をさらけ出す
哲学の祖と言われるソクラテスの言葉に「無知は罪なり」があります。
確かに「無知」は、そのままでは罪です。
私のように無知であり、経営の能力や新商品開発のアイデアもなく、お金や人脈もない……そんな人間は普通、何かの行動を起こすことをためらいます。
ですが、何かの行動を起こすとき「無知」はむしろ武器になります。
まずは自分が無知であることを受け止め、さらにさらけ出して「わからないこと」や「知らないこと」をその道のプロに聞いて歩くのです。
私のような人間でも世界13の国と地域で取引ができ、年商も15億円となり、140名の社員(世界)によって助けられているのは、私が「無知」であることを受け止め、「知らない」ということを伝えて、ノウハウを教えてもらうことをしているからです。
本気で教えを請うと相手は私のことを「本当にどうにかしてやりたい」という思いになって、対策を考えてくれるようになるのです。
これは私に限った話ではなく、能力以上にうまくいっている人は他人を「先生」にして、引っ張ってもらうことを実践しています。
指示を出すのではなく責任をとる
経営者の仕事は「決断すること」と言われますが、決断をして行動をすると、良きにつけ悪しきにつけ必ず結果が出ます。そして、その結果に対して責任を取れるのは、組織においては経営者やリーダーだけです。
社員や株主は自分の人生や自分の資産を「投資」して、1つの企業に未来を託します。言いかえるなら「そのイカダに乗るかどうか」を常に吟味しているわけです。
経営者はそのイカダのこぎ手ですから、社員や株主たちに判断してもらうためには「このイカダは絶対に沈みません、食料もあります」「雨が降っても沈まないので、必ず安心して乗って下さい」と宣言する覚悟が必要になります。
もちろん、1回だけ「自分はこのような思いで舟を出し、こういうリターンをあなたにお返しする」と言ってもすぐについて来てくれるとは限りません。ですから、100回でも200回でも言うのです。私であれば、「自分はこうなりたい」という志を、一緒に働きたい人に見せます。
そして、どんなことがあってもトップとして約束を守り、責任を取るのです。新杵堂では幹部の役目は権限を持って指示を出すことではありません。何があっても責任をとること ── それが第一義であると考えるのです。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます