本記事は、田口和寿氏の著書『非常識 社長業〜一万回断られても10,001回目に成功させる〜』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています
借金は経験を得るためのガソリン
与信管理を行うリンクモンスター株式会社が2021年末に日本企業の「借金王ランキング」を発表しました。
なんと、堂々の第1位に輝いたのはトヨタ自動車で、有利子負債総額は25兆円を超えました。ちなみに第2位は約18兆円でソフトバンクグループ、第3位が7兆円の本田技研工業でした。
日本一の企業とも言われるトヨタが借金王だということで驚かれるかもしれません。トヨタの2021年9月の中間決算では売上高が約15兆円でしたから、売上の2倍近い借金を背負っているようにも見えます。
ですが、借金王だからと言ってトヨタが倒産することはないでしょう。
企業の借金には2種類あります。火の車の家計を助けるためのものと、未来へ投資するためのものです。トヨタにとっての借金とは、単に負債を賄うために消費するものではなく、未来へ向けて投資をしたり、資産を持つためのものなのです。
新しい事業に資金を投入できない、新しい人材を募集できない、社内のさまざまなインフラを整備するお金がない……など、企業経営をする者はすべからく「資金繰り」に頭を悩ませます。
そして、仮に金融機関から借金ができたとしても、今度はそれが負担になって、思い切った方針を取れないこともあるでしょう。
ですが、そこをフォーカスシフトして考えてもらいたいのです。
私からすれば、借金は未来のための投資です。私は新杵堂の3代目になったとき、新しく日本中や世界中にお菓子を販売するために、工場や機械や人件費などトータルで5億円の資金が必要だと考えました。売上が1,500万円しかない個人経営の和菓子屋が5億円の資金を調達するのですから、きわめて非常識な話です。
結果的にお金を借りることはできず、投資を含めたあらゆる手段を駆使して総額5億円に達しましたが、そのときから私は、借金は「経験」を得るための資金でもあると考えるようになりました。お金持ちでもなく、学歴もない私がこれから伸びていこうと思ったときに、勝負できるものは「経験」しかないと思ったのです。
地方の小さなお菓子屋が大きくなるためには、借金を原資にしてでも工場を建てて雇用を増やす ── つまり、設備投資と人材投資をして売上を作り、利益を残し、成長していくしかありません。
そういう意味では借金は「成長のためのガソリン」とも言えます。
もちろん、借金をすると毎月の返済は発生しますが、それを賄うだけの売上もまた立ちますので(というか、そうするしかないので)、返済をしながら金融機関に対して信用を作り、また借金をして新しい投資と経験をしていくことができるのです。
〝泥臭い叫び〟で開くはずのない扉が開く
なつかしい大人気ドラマ『101回目のプロポーズ』では、主人公の星野達郎(武田鉄矢)は99回のお見合いを断られた男として登場し、美人チェロ奏者である矢吹薫(浅野温子)に2回のプロポーズをします。
一度、プロポーズを断られたにもかかわらず、達郎は薫をあきらめません。泥臭く食い下がってくる達郎を最初はうっとうしいと思っていた薫でしたが、徐々にそのひた向きさに魅かれていきます。
競争社会においては、ベンチャー企業でも大手企業でも、当たり前のようにさまざまな新しい企画や提案が生み出されます。それを生み出せない会社や人は、成長しません。
しかし大手企業と取引をしていると、一般消費者を置き去りにするといった課題をよく耳にします。そして、その話の中で「泥臭い提案のほうが顧客にも取引先にもウケる」という話を聞くのです。
言い換えれば、達郎のような泥臭さこそが、薫のような美女にとっては魅力として響くわけです。特に、V字回復を考えているような経営者やリーダーであれば、スマートな提案にプラスして泥臭い提案もしたほうがいいと私は考えます。
というのも、新杵堂はグループ全体で年商15億円ですが、これはお菓子業界の中では弱小です。お菓子業界では年商100億円以下はみんな同じ。大手が市場を席巻していますし、しかも、100年以上の老舗が群雄割拠しています。
新杵堂がそんな世界で戦っていこうと思ったら、泥臭い提案をしていくしかないのです。これはお菓子業界だけでなく、すべての業界にも通じると思います。
では、その泥臭い提案とは何か?
提案内容は個々にあっていいのですが、その戦術は「とにかく1回ターゲットを決めたら、ずっと諦めないこと」です。
私は過去に、ドバイの人たちに新杵堂のお菓子を売りたくて、コネクションを持っていた某大手商社のビルへ飛び込みで行ったことがあります。文字通り、体ひとつで訪ねていったのです。
アポイントがありませんでしたから当然、最初の受付で断られました。
それでも私はあきらめませんでした。電話をかけたり、直接飛び込んだり、コネがある人を探したりして、トータルで100回以上はアプローチを続け、約10年かかりましたが、現在では取引をしてもらえるところまで来ています。同じように、大手通販企業でもまったく初めてのところから17回も飛び込んで提案を引き出し、お取引させていただくことができました。
もしも私がスマートな人間であれば、一度無理だった時点で「やっぱりそうだよな」となっていたと思います。
ですが、泥臭く、あきらめずに足を使って提案をすることで、本来であれば開くはずのない扉を開けることができるのです。重要なのは、断られても提案をし続けることです。
これがフォーカスシフト的「泥臭い提案」です。
「置かれた場所で枯れる」より「海外で咲く」
2015年10月にバラエティ番組『金スマ』で取り上げられ、300万部超えのベストセラーになった渡辺和子さんの書籍に『置かれた場所で咲きなさい』があります。
私自身、この考え方は理解できるのですが、ないないづくしで苦境に立たされてしまったらフォーカスシフトして、大きな視野や外界で戦うための学びをすべきだと考えています。
私が皇室御用達の老舗和菓子屋で丁稚奉公をした話をしましたが、当時、30人くらいいた職人の中で私の成績はいつもビリでした。私よりも腕のいい職人はいくらでもいて勝ち目がなかったのです。
つまり、置かれた場所で咲くことができなかったわけです。
私は海外での成功をより強く意識するようになり、和菓子職人としての腕を磨くよりも英語の学習を日本にいる5年間で行い、退職後にニューヨークへ渡りました。
他にも、苦境に立たされたことはこれまでに何度もありましたが、特に思い出されるのが2015年に自店舗を大量に閉めざるを得なかったときのことです。
資金調達がうまくいって北海道から博多まで、百貨店内に新杵堂の店舗を出したのですが、結局4億円くらいの赤字になって全店を閉めざるを得ませんでした。さらに、閉めたことで得られていた売上も下がって、5億円の赤字を背負ってしまったのです。
普通だと、ここで地道にやり直すことを考えるかもしれません。
ですが5億円もの赤字を地道に何とかしようと思ったら、どれだけの時間と手間がかかるかわかりません。
そこで私はフォーカスシフトをしました。「置かれた場所」であった日本から海外に目を向け、そこでもう一花咲かせることを考えたのです。
ニューヨーク時代の友人である韓国人やシンガポール人やタイ人やサウジアラビア人たち全員に「うちのお菓子を売ってください」と頭を下げました。
すると友人たちはそれぞれに販路を開拓してくれて、これが新杵堂の海外進出のきっかけになりました。つまりニューヨークに行かなかったら世界の友人はなく、復活できなかったはずです。
私には何の能力もなく、ただ助けてくれる人たちがいて、応援してくれる人たちがいて、その人たちに「頼ってみる」というフォーカスシフトをしたにすぎませんでした。
もしも私が「置かれた場所」で咲くことにこだわっていたら、新杵堂はもう存在しなかったかもしれません。
日本人の目の前のことを地道にがんばる姿勢は素晴らしいと思います。しかしその常識からフォーカスを外し、新しいアクションへシフトしてもらいたいと考えています。
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