本記事は、田口和寿氏の著書『非常識 社長業〜一万回断られても10,001回目に成功させる〜』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています

技術にフォーカスしすぎるとお客様視点を見失う

目次

  1. 技術にフォーカスしすぎるとお客様視点を見失う
  2. 伝統はデジタル化によってむしろ進化する
  3. 常識的な「守り」の姿勢が企業の可能性を潰す
  4. 「自分は優秀ではない」の認識が組織を育てる
見失う
(画像=rai/stock.adobe.com)

「DX(Digital Transformation)」という言葉は2004年にスウェーデンのエリック・ストルターマン教授によって提唱されたものです。

2018年に「DX推進ガイドライン(デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン)」を経済産業省が発表したこともあり、日本でも2022年現在、企業のDX化の動きが加速しています。

企業内でDXが加速すると、仕事がどんどん便利になったり、上質なモノが今までよりスピード感を持って作れるようになったり、サービスがどんどん向上したり、といったことが起きます。

経営者の考え方はますます「効率的にタスクをこなし、なるべく効率的に収益を上げていく」という方向に向かってゆくと思われます。

ただ一方で時代がどんなに変わろうと、社員としてはその会社で働き買いがあるのか、自分のしている仕事がお客様から感謝されているのか、自分の人生は幸福なのか、といった「働き手としてのウェルネス」を重視します。

したがってDXによって上げた収益とES(従業員満足度)とのバランスが、崩れないように経営者は注力しないといけないのです。

例えば、日立(株式会社日立製作所)などは従業員の幸福度の課題解決のためにスマートフォンアプリ「Happiness Planet」を開発し、従業員の前向きな心を引き出す取り組みを行ったりしています。

そして同じように、企業とユーザーの間でもこの乖離が起きています。

それは技術者(シーズ)とお客様(ニーズ)の関係です。

新杵堂のようなお菓子メーカーは、技術者の集団ですから「こんな難しい技を使って、こんなに良いものを作ったら絶対に売れるはず」という価値観でモノづくりをし、販売しようとしますが、私の地元ではこういうものを「作り上手の売り下手」と表したりします。

つまり、自分たちが作りたいものを「プロダクト・アウト」的に作ってもダメで、「マーケット・イン」の考え方で、お客様が求めるものを作っていかないと、いくら良いものを作っても売れない時代に突入しています。

お客様視点が失われること。DXによって従業員の幸福度が課題になっていることは、〝技術発展〟の功罪と言ってもよいでしょう。

日本はかつて「技術大国ニッポン」と言われるくらいに技術力で世界を席巻しました。ですから技術力にエネルギーを注ぎたい気持ちがあるのもわかりますし、それで突破口が見えるような気がするのもわかります。

ですが、そこにフォーカスしていてはお客様視点が失われてしまうのです。

伝統はデジタル化によってむしろ進化する

『伝統とは革新の連続である』

この言葉で有名なのは虎屋17代当主の黒川光博氏です。

創業は室町時代後期と言われますから約500年の伝統がある虎屋ですが、その製品は時代の編纂に合わせて常に変化し、変化することによって現代も愛され続けています。

ただこの考え方は、虎屋にしか当てはまらないものではありません。

現代の私たちが自社の伝統を守りつつ時代の変化に合わせて革新し、お客様からの支持を集め続けるために取り入れることができる考え方です。

例えば、新型コロナウィルスの影響で世界は大きく変化しました。

その結果、新杵堂で言えばお客様から「手を触れないでお菓子を作ってほしい」というニーズが生まれました。

そもそも、お菓子は人の手によって作るものです。特に和菓子は職人が1つひとつを手作業で作るものですから、このお客様からのニーズは無茶苦茶なもののようにとらえられます。

ですが、それは伝統や技術にフォーカスしたものの考え方なのです。

逆にそのニーズを「どうすれば伝統を守りつつ叶えられるか」という視点で考えることがフォーカスシフト思考であり、革新を生み出すための方法論です。逆にそれをせずに、伝統だけにフォーカスするのは間違っているのではないか、と私は思います。

新杵堂では、先述のようなお客様からのニーズを受けて、栗きんとんの製造ラインをオートメーション化しました。2.5億円くらいの投資になりましたがこれをチャンスととらえ、お菓子を人が手を触れずに作れるように機械を入れたのです。

当然ですが、社内からは反発がありました。「お菓子作りを機械にやらせるなんて、地元の歴史を覆すのか?」そんな声が身内からも上がりました。

しかしその声に対して私はこう説明しました。

「いいえ、違います。世界が『手作りではなく機械製造に移行してゆく』と言っているんです。そのニーズに応えるために機械を入れる必要があるのです」

・世界衛生認証FSSC22000基準での菓子つくり
・社員たちの時代にあった仕事時間の確保

上記を具現化するにはAI搭載大型機械導入が不可欠だったのです。

実際に、機械で作った栗きんとんは、職人が作ったそれと変わらないくらいまでの味に達しました。もちろん、機械をカスタマイズするのには手間がかかりますしお金もかかります。

それでも、手作りにこだわり続けていたら今度は商品が売れなくなって、逆にその伝統技術が失われてしまいます。元々の栗きんとんの味は伝統として残しつつ、その製造だけを機械で再現できるのであれば、お客様のニーズに応えつつ、伝統の味を残していることになります。

私は効率化がすべてだと言いたいわけではありません。

最も良くないのは過去のやり方にフォーカスしすぎることによって、質が下がったり、発注に応じられなくなったり、あるいは時代に取り残されることです。その結果、商品が売れなくなり、本来守るべきものを失ってしまう ── それだけは避けなければいけません。

伝統は時代に合わせ革新できますし、伝統とフォーカスシフトは両立できるものなのです。

常識的な「守り」の姿勢が企業の可能性を潰す

2022年1月にとても印象的なある事件が起こりました。

サンリオの人気キャラクター「マイメロディ(マイメロ)」のバレンタイン企画商品で、マイメロのママの『女の敵はいつだって女なのよ』『男って、プライドを傷つけられるのが一番こたえるのよ』などの毒舌な名言が一部ネット上で批判されました。

一方で、これに対して「発売中止は納得いかない」「そういうキャラクターなんだからよくない?」「生きにくい世の中になったな」などの擁護の声もありました。

このようにSNSが加速した現代では、商品・サービスが一瞬でヒットしたり、その逆に意図せぬ批判に合ったり、商品やサービスや経営者(企業)の評判を下げたり、それによって株価が変わってしまったり……といった良い面と悪い面が存在します。

サンリオ社のケースのように、あくまでキャラクターのセリフであって企業側に意図がなかったにしても、異なる解釈をされてしまうことがあります。

こんな時代では、企業はどちらかと言えば常識的で、折り目正しく、「失敗しない選択」を行いがちです。もちろん、常識的なこと自体はとても大切です。すでにお伝えしましたが、これは「守破離」の「守」であり、これなくしては応用などは、あり得ません。

ただ、「守り」は大事にしつつも、そこにプラスαをしてオリジナリティや優位性といったものを加えていかないと、生き残れないのです。新杵堂で言えば、昔のように和菓子だけを作っていては今のような状態にはなれませんでした。

結局、プラスαがない「守り」の姿勢を取ることで、企業の可能性が潰されてしまうのです。

他にも、今のお菓子業界での話をすると、伸びている10社を挙げたときに「お菓子会社」が1社もないことはあまり知られていません。

表向きはお菓子メーカーのように見えても、実際は本業が建築会社やアパレル企業、IT企業などのケースが多く、お菓子においては素人だった企業がお菓子屋をやってどんどんシェアを取っている現状があります。

逆に、お菓子だけをやっている菓子製造業は廃業が目立ちます。

ビジネスにおいて「守ること」はとても大事ですが、守るだけではなく、守りつつ常識を壊して新しいことをやっていくことが、今のトップには求められているのです。

「自分は優秀ではない」の認識が組織を育てる

ここまでフォーカスシフトについて、さまざまな観点からお伝えしてきましたが、何度もお伝えしているように、私は優秀な経営者ではありません。

むしろ優秀でないからこそ、フォーカスシフト思考を活用しています。時に、仲間である従業員たちから学び、指導をしてもらい、常に「教わる姿勢」で相対しています。

トップとして旗を振りつつも、自分がミスをしたときは素直に謝り、必要であればプロジェクトごと撤退をすることもあります。

そしてフォーカスシフトでは新しいチャレンジをたくさんしていきますから、当然ですがどれだけ慎重にやっても間違いは起こります。

一例として過去に他県の優良な和菓子屋をM&Aしたことがありました。歴史があり、かつ百貨店への口座を持っているなどの強みを持っていました。

ところが、後から隠し負債が山ほどあることがわかりました。

しかもM&Aの前に、私はもちろんのこと、財務チームも監査法人も「負債」を見つけられませんでした。結局、この会社をすぐに売却しましたが、この時も3,000万円近いマイナスを出してしまいました。

このようなミスはどうしても起こりがちなのですが、そんなときでも私は「申し訳ありません、赤字なので、撤退します」と社員に謝罪し「責任は自分が取る」ということを全社員に伝えます。

トップが決めたことを「ズレてますよ」と言ってくれる幹部を集めることも「自分が優秀ではない」と認めているからに他なりません。

自分が仮に「A」と思っていても、周囲から「B」という意見が出たら一度立ち止まってみる。そして、腹に落ちるまで議論をして判断をする。

このような体制を作っておくことで、金融機関や投資家たちへの安心にもつながります。

『田口はトンチンカンでも、あいつの周りには優秀な人間がたくさんいるので会社として倒産をすることはないだろう』

と思ってもらえたから、新杵堂はこれまで銀行や投資家からの支援を受けながら、事業を継続してこられたのだと考えています。

周囲に優秀な人材を集め、彼らが働きやすい環境をつくること、しっかり向き合い議論することが必要なのだと思うのです。

非常識 社長業〜一万回断られても10,001回目に成功させる〜
田口和寿(たぐち・かずひさ)
株式会社新杵堂代表取締役会長兼新杵堂グループ代表岐阜県の和菓子屋「新杵堂」2代目の父と母の間に生まれる。高校を卒業し、和菓子専門学校に入学。その後、上京し宮内庁御用達の赤坂・塩野で職人として修業する。1995年に塩野5年目で退社し、お菓子修行のために単身ニューヨークに渡る。当初、家がなくセントラルパークに住み、公園で知り合ったお金持ち夫婦に超高級レストラン(職場)を紹介してもらう。その後、世界中からパティシエが集まる人気店でスイーツを学ぶ。その後、パリにも渡る。帰国後、有限会社新杵堂(岐阜県中津川市)として組織変更し、代表取締役に就任。親を含めた数人でスタート。資金調達のために岐阜県内の長者番付上位100人に電話し、99人に断られ数回警察に通報されるも、非常識な作戦の数々でピンチをチャンスに替えていく。その後、楽天でニューヨークチーズケーキをモチーフにしたお菓子「栗ふわふわ」を大ヒットさせ、2021年世界13か国でお菓子を売る年商15億円(世界従業員140人)の会社にまで成長させる。※夢は「お菓子で人々を幸せにする」。一歩として、ママのための保育園設立、そして夢支援のための財団。また、受刑者などを受ける団体への加盟と、受け入れ開始している。https://www.shinkinedo.com/

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