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デリバティブを積極的に活用している金融商品に「ヘッジファンド」があります。近年ではAI(人工知能)を利用したアルゴリズム取引によって、ヘッジファンドはマーケットでの存在感を高めています。この記事では、ヘッジファンドの主な戦略、デリバティブに投資することで生じ得るリスク等について解説します。

ヘッジファンドとは

ヘッジファンドとはさまざまな取引手法を駆使して、上げ相場だけでなく下げ相場でも利益を追求するファンドのことです。金融派生商品であるデリバティブ取引を駆使して、外国為替や株式、コモディティ(商品)などに積極的に投資しています。

ヘッジファンドは1949年に米国で誕生しました。元コロンビア大学教授でフォーチュン誌の記者だったアルフレッド・W・ジョーンズ氏が、マーケットが上がっても下がっても損をしないように、「ロング(買い)ポジション」と「ショート(売り)ポジション」を取ることで「絶対収益」を目指すヘッジファンドを開始しました。

ヘッジファンドによる巨額の資金の運用動向は国際的な資金循環や金融商品価格に大きな影響を与えており、その動向にはマーケット関係者も注目しています。

ヘッジファンドと投資信託の違い

投資信託は広く一般に公募されるのに対し、ヘッジファンドは私募(50人未満の投資家)形式で投資家を募集します。ヘッジファンドの投資家は、個人富裕層や金融機関などの大口投資家です。また、最低購入金額も一般の人が買えないような金額(数千万~数億円)に設定されています。

公募の投資信託は目論見書や有価証券報告書の発行が義務付けられていますが、ヘッジファンドは私募であるためその必要はありません。ですから、厳しい規制を受けにくく、自由に投資戦略を立てることができるというメリットがあります。

ヘッジファンドは相場環境にかかわらず「絶対収益」を目指す

ほとんどのヘッジファンドは市場環境に関係なく「絶対収益」を追求します。「絶対収益」という言葉は、そのファンドが必ず利益を生むという意味ではありません。「絶対収益」というのはマーケットが上がっても下がっても利益を目指すということです。

かつて、100年に一度の金融危機といわれた2008年の「リーマン・ショック」では世界中の株価が急落し、非常に厳しい市場環境となりました。

しかし、そのような厳しい状況下でも、先物売りや信用売りといった投資手法を駆使して大きな利益を上げるヘッジファンドも数多く存在したのです。

ヘッジファンドのリスク

ヘッジファンドはどんな環境でも利益を追求しますが、元本が保証されているわけではなく、大きな損失を出す場合もあります。また、ヘッジファンドは、運用担当者であるファンドマネジャーの力量がリスクの度合いに大きく影響します。

ただ、ヘッジファンドのファンドマネジャーが本当に利益を得る能力があるかどうかを見分けるのは容易ではありません。トラックレコード(過去の収益率)を見ても、長期にわたって安定した収益をあげているファンドばかりではありません。

運用能力の低いヘッジファンドは、運用方法が市場動向にマッチしているときはいいですが、市場環境が変化すると対応しきれずにパフォーマンスが急速に悪化し、閉鎖に追い込まれるケースもあります。

日本経済新聞によると、ヘッジファンド・リサーチ(HFR)のヘッジファンド総合指数は2022年1月~6月に5.6%下落し、比較が可能な1990年以降で最も低い期間となりました。株式ヘッジ戦略が12%、合併・買収(M&A)の収益機会を探る「イベント・ドリブン」戦略が7%、それぞれ下落しました。

デリバティブを駆使するヘッジファンドですが、常に必ずプラスのリターンを出せるわけではないということです。

ヘッジファンドの主な戦略

日興リサーチセンターによると、ヘッジファンドの戦略別比率トップ5は以下の通りです(2022年9月末時点)。

投資戦略 比率
マクロ(Macro)
27.4%
エクイティヘッジ(Equity Hedge)
27.3%
リラティブバリュー(Relative Value)
24.3%
イベント・ドリブン(Event Driven)
7.0%
リスクパリティー(Risk Parity)
6.5%

上位3つの戦略について解説します。

マクロ

トップダウンのマクロ的視点(金利、為替など)に基づき、投資ポジションを取る戦略。世界各国、地域の経済、金融市場、政治情勢をマクロ的な視点で分析し、世界の株式、債券、通貨、商品、先物市場など幅広い金融市場で取引を行う投資戦略です。

ジョージ・ソロス氏など著名な投資家のヘッジファンドの運用戦略として知られています。経済指標からマクロ経済の動向を予測し、ロング(買い)とショート(売り)を交えながら、あらゆる市場や商品に投資します。

世界中のあらゆる資産に投資をするため、アナリストなど多くの人材を必要とします。新興の資金量の少ないヘッジファンドが参入するのは難しく、規模の大きいヘッジファンドのみが採用できる戦略ともいわれています。

エクイティヘッジ

主にエクイティ(株式)とエクイティデリバティブ証券のロング・ショートポジションを維持する戦略です。「株式ロング・ショート」ともいい、信用取引などを通じて、割安と思われる銘柄を買い(ロング)、割高と思われる銘柄を売る(ショート)投資戦略です。

ヘッジファンドの代表的な投資戦略の1つですが、公募の投資信託でもこの戦略を運用方針としているものがあります。

同業種の割安株と割高株を組み合わせ、買いと売りの比率をどちらかに傾けることで、株式市場の上下動に影響されずにリターンを積み重ねます。

リラティブバリュー

資産間のミスプライスを利用し、低リスクで利益を追求する戦略です。株式だけでなく、債券や通貨、コモディティ(商品)などのロング(買い)とショート(売り)を組み合わせることで収益を狙います。

CTAが相場を攪乱する

ヘッジファンの中でもっともメジャーな「ロング・ショート」は売りと買いを組み合わせるので、マーケットに与える影響は基本的に「中立」です。ただ、ヘッジファンドの中でもCTAは日々の市場に大きな影響を与えています。

CTAは「Commodity Trading Advisor(商品取引アドバイザー)」と呼ばれる先物運用の専門ヘッジファンドです。CTAの運用は商品(原油、貴金属、穀物)先物だけでなく、株式や債券、通貨などの金融先物も積極的に取引しています。

CTAが相場の動きを加速させるのは、相場の勢いに追随する「トレンドフォロー」を主戦略としているからです。トレンドフォローでは、相場が上昇したときに多く買い、下落したときに多く売ります。さらにCTAは、先物やオプションなどのデリバティブを利用し、自己資金の数十倍の取引ができるレバレッジ取引をしているので、市場への影響力が大きくなっているのです。

ヘッジファンドによるアルゴリズム取引で「フラッシュクラッシュ」の危険性が高まる

ヘッジファンドの市場での影響力が増すとともに、フラッシュクラッシュの危険性も高まっています。フラッシュクラッシュとは、株価指数や為替などが瞬間的に急落することです。2010年5月6日にダウ工業株30種平均(NYダウ)が数分間で9%(約1,000ドル)下落し、取引時間中の下落率としては過去最大となりました。米国の運用会社が出した株価指数先物の大量の売り注文をきっかけに、高頻度取引(HFT)などのアルゴリズム取引によって先物価格が急落し、大幅な下落を招いたとされています。

その後も、2016年に10月7日にポンド相場のフラッシュクラッシュ、2019年1月3日のドル円のフラッシュクラッシュが起こりました。これらも、ヘッジファンドなどによるアルゴリズム取引や高頻度取引などが原因といわれています。

株式市場や外国為替市場では、多くのヘッジファンドがAI(人工知能)やプログラムによる自動売買を導入し、高速売買を実現しています。アルゴリズム取引とは、プログラムによって決められた条件に従って自動的に取引を行うシステムのことです。そして、高頻度取引とはアルゴリズム取引のうち、高速取引を何度も繰り返す仕組みのことです。

アルゴリズム取引はAIの発達によって拡大し、個人投資家の利用も増えています。今後もヘッジファンドなどのアルゴリズム取引よるフラッシュクラッシュの可能性はあるので、警戒が必要です。