本記事は、和田秀樹氏の著書『「思秋期」の壁』(リベラル社)の中から一部を抜粋・編集しています。

40〜60歳が本当の「思秋期」

40〜60歳が本当の「思秋期」
(画像=Fabio/stock.adobe.com)

「思秋期」と聞くと、岩崎宏美さんの歌を思い出す人がいるかもしれません。とくに私たち60代前半の世代にとっては、当時の思い出がいろいろよみがえってくる曲でしょう。

阿久悠さんによる歌詞で描かれていたのは、18歳から19歳にかけての失恋や卒業という青春の一断章で、「思春期の終わり」がテーマになっていました。「一番いい季節が終わってしまった」という気持ちを、もの思う秋に重ね合わせて「思秋期」としていたわけです。

でも、私が提唱する「思秋、期」はそれとは違います。人生全体で見たときの「秋を思う時期」です。

歌詞にいちゃもんをつけるつもりはまったくありませんが、思春期・青春期が人生の春なら、次に来るのは人生の夏でしょう。人生の真っ盛りの時期、壮年期の異名が「朱夏」です。ハイティーンや20歳やそこらでは、まだ夏を迎えてもいません。

人生の季節でいえば、本格的な秋の訪れを前にふと秋の気配を感じるころ、年齢でいえば40〜60歳が本当の「思秋期」なのです。

医学的な分類では小児期と成人期の間に思春期があって、成人期のあとは老年(老人)期になります。人間の身体は生殖という大きな目的のために変化していくことから、このような分類になっているのです。

つまり、人間は10代に性ホルモンの分泌が活発になって、生殖活動ができるようになる。子どもから大人へと移り変わるこの時期が思春期です。

それまでも一応、外性器の区別はあるけれども、子どもは作れません。ホルモン的には中性的な存在です。それが思春期になると男性は男性ホルモン、女性は女性ホルモンが大量に分泌されて、それぞれの性を獲得するのです。

男の子はペニスがだんだん立派になって射精も可能になり、女の子はおっぱいが膨らんできて、初潮を迎える。すなわち、次世代を生み育てる大人の男性・女性になるわけです。

性ホルモンの変化と脳の老化

その反対に、思秋期は生殖能力を手放して、大人から老人へと移り変わっていく時期です。男性は男性ホルモンが、女性は女性ホルモンが減って中性化していく。従来「更年期」と呼ばれてきた時期におおむね相当します。

この時期は、性ホルモンの変化だけでなく、脳の前頭葉という部分の老化が始まり、神経伝達物質のセロトニンも減ってきます。そのため、真っ先に「感情が動きにくくなる」という兆候が現れますが、なかなかそのことに気づきません。

思春期に感情がみずみずしいのは、みんな当然だと思っています。これが40歳、50歳になってくると、心が若々しい人もいれば老け込んだ人もいて、大きな違いが生まれているのですが、このことに気がつかなくてはいけません。

思秋期、私たちの身体の中では、「性ホルモンの変化」と「脳(前頭葉)の老化の始まり」という2つの大きな変化が起こります。

老年精神医学を専門にする私は、成人と老人の間のこの期間は、単にホルモンの変化による「更年期」とするのではなく、かねてから「思秋期」と呼ぶのがもっともふさわしいと提唱してきました。思春期と少なくとも同じくらい、現実にはそれ以上に、身体も脳も「思秋期」を経て大きく変化していくのです。

どんな高齢者になるのかの準備期間

思春期に獲得するのは、生殖能力だけではありません。同時に、自分のアイデンティティを定める時期でもあります。

アメリカ精神分析家で心理学者であるエリク・H・エリクソンという人は、「思春期」に相当する時期を「青年期」と呼び、この時期にアイデンティティを獲得するのだと述べています。すなわち、自分自身は何者なのかを考え、将来は何をしようか、どんな人生を歩んでいこうか思い定める時期ということです。

それ以前、自分とは何者なのかが確立されていないころは、仲のいい人と同じアイドルのファンになるとか、同じ髪型やファッションにするといった同調の傾向が強く、そこからだんだん「自分はこれが好き。これは嫌い」ということがはっきりしてきます。また「みんな仲良し」型の友達づきあいから意見の合う「親友」を作るようになります。そうやって、自分のアイデンティティを確立していくわけです。

それがうまくできなかった場合、自分が何者であるかという自覚を身につけることができなくて不安定な状態になってしまいます。1970年代、精神科医・精神分析家の故小此木啓吾氏が唱えた「モラトリアム人間」という言葉で知られる思春期心性をずっと引きずってしまうケースもあり、フリーターとかニートといった状態をずっと続けてしまうのも、思春期の過ごし方にも理由があると考えられます。

私たちは、思春期にアイデンティティを確立させながら、将来の人生設計をしてきたのです。医者になろうとか、モテる男になろうとか、専業主婦になろうとか、周囲の大人や本などからロールモデルを探して、どんな大人になるかを思う時期がありました。それと同じように、思秋期は生殖という大きな役割から解放されて、どんな高齢者になるのかを思い定めていく準備期間なのです。

40代で心身ともに老人になる人はたくさんいる

とはいえ40〜60歳というこの年代は、仕事では出世競争や生き残り競争がピークとなる時期から、いよいよ定年を迎えようかという期間にあたります。家庭では子どもの進学・就職・結婚と人生のイベントが目白押しで、生活環境はめまぐるしく変化していきます。住宅ローンから夫婦関係まで気の休まらないことも多いでしょう。

それだけに、いわゆる「更年期障害」(後述するように男性にもあります)による心身の不調などがない限り、なかなか自分が「人生の秋を思う時期」にいるのだとは自覚できないかもしれません。

しかし、高齢になってからの健康から経済力まで、脅かすつもりはありませんが、この思秋期の過ごし方は幸福・不幸の岐路といえます。

整理しておくと、思秋期に起こることはおおむね2つあります。

1つがホルモンバランスの変化、そしてもうひとつが前頭葉機能の低下。そのどちらもが、身体と心に大きな変化をもたらします。大人が老人になるまでの過渡期ともいえる思秋期を、漫然と過ごすのはかなり危険なことです。

はっきりいえば、40代で心身ともにすっかり老人になってしまう人は、意外なほどたくさんいます。一方で、吉永小百合さんのように70代後半になってもずっと「大人の女性」で居続ける人もいる。つまり、老年期になる時期は人によって大きく違うのですが、これは先の二大変化が起こる時期=思秋期の過ごし方の違いによるのです。

男なのに〝おばさん〟、女なのに〝おじさん〟になってくる

20代でピークだった性ホルモンの分泌は、中高年になると少しずつ減少していきます。その影響で、心身にさまざまな不調が現れるのが更年期障害です。女性だけでなく、男性にも更年期障害があることもかなり知られてきたので、ご存じの人も多いでしょう。

女性は50歳前後で、女性ホルモンがガクッと下がって閉経を迎えるのに対して、男性は通常、年齢とともにじわじわと男性ホルモンが減っていきます。ただ、年齢に関わりなくストレスなどが原因で男性ホルモンが急減する人もいて、そのために更年期にいろいろな症状が出る場合は「LOH症候群」(加齢性腺機能低下症)や「男性更年期障害」と呼ばれています。

症状としては疲労感、ほてり、発汗、めまいなどの身体症状と、うつ、気力の低下、集中力や記憶力の低下といった精神症状があります。ただ、こうした自覚症状が意欲低下などの場合は歳のせいと考えられ、男性にも更年期障害があること自体、認知されていませんでした。

漫画家のはらたいらさん(故人)が、50歳を目前にしたころから男性更年期障害に悩まされたことがメディアで紹介されるようになって、ようやく知られるようになったのです。

念のために説明しておくと、男性ホルモンは男性だけ、女性ホルモンは女性だけにあるのではありません。男性にも女性ホルモンがあるし、女性にも男性ホルモンがあります。ただ思春期以降、成人期には、男性は男性ホルモン、女性は女性ホルモンが大量に分泌されて、それぞれ自分の性ホルモンが優位になっているわけです。

思秋期(更年期)は、同性のホルモンの大量分泌が止まりますが、それぞれが元来持っている。結果として、肩幅が広くて筋肉のつきやすかった男性らしい体つきも、ふっくらして丸くなったり、おっぱいが膨らんだりする人もいます。反対に女性の中には、ヒゲが生えてきたり、体がごつごつしてたくましくなったり、闘争的なアグレッシブな性格になる人も出てくるのです。

要するに男なのに〝おばさん〟、女なのに〝おじさん〟になってくる。老人になると、ぱっと見ただけでは性別不明の人もときどきいます。服装によっては男女の見分けがつかない幼児のように中性化するわけですが、その始まりが思秋期にあたります。

「思秋期」の壁
和田秀樹(わだ・ひでき)
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神 経科助手、米国カール・メニンガー精神医学学校国際フェロー、浴風会病院神経科医師を経て、現在、「和田秀樹こころと体のクリニック」院長、国際医療福祉大学大学院教授、川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって、高齢者医療の現場に携わっている。

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