ストックオプション(新株予約権)は、ベンチャー企業や上場前企業などで主に採用されている制度である。退職金の代わりとして使えるだけでなく、社員のモチベーションアップも期待できるメリットがある一方、行使条件やストックオプションの種類によっては退職後に失効してしまう点には注意が必要だ。

本稿では、退職後のストックオプション行使可否の確認方法、退職に際してストックオプションをどのタイミングで行使すべきか、またその手順を解説する。ストックオプションの行使について理解を深めたい人は参考にしてほしい。

退職するとストックオプションは失効する?

ストックオプションは退職すると失効?行使可否は企業ごとに異なる?
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ストックオプションとは、株式会社の社員や取締役が自社の株式を「あらかじめ定めた期間内に」「あらかじめ定めた価格で」購入できる制度だ。権利を行使すれば有利な条件での株式の獲得が期待できるため、インセンティブ制度として採用する企業も少なくない。

ストックオプションを上手に活用するには、仕組みや行使条件をあらかじめ確認しておくことが重要だ。ここではまず、ストックオプションの基本事項および退職時の取り扱いを確認しよう。

そもそもストックオプションとは

ストックオプションとは、株式会社の社員や取締役が自社の株式をあらかじめ定めた期間内にあらかじめ定めた価格で購入できる権利だ。権利行使価格で手に入れた株式をより高い株価で売却することで、社員は差額分を利益として得られる。例えば、1株500円で300株まで購入できるストックオプションを付与され、株価が800円まで値上がりした時点で権利を行使したとしよう。権利行使直後に株式を売却すると、9万円((800円-500円)×300株)の売却益を得られることになる。

ストックオプションの特徴は、上場から間もない企業や上場を見据えたスタートアップ企業で採用されることが多い点だ。日本取引所グループが発表した「東証上場会社 コーポレート・ガバナンス白書2021」によると、東京証券取引所に上場する企業全体のうち、ストックオプションを導入している企業の割合は31.7%だった。詳しく見ると、東証第一部上場企業のうちストックオプションを採用している企業の割合が28.6%である一方、マザーズ上場企業でストックオプションを採用している企業は85.0%に上る。調査からもストックオプションは、ベンチャー企業やスタートアップ企業でより多く活用されている制度であることが分かるだろう。

ストックオプションが新興企業で多く採用される理由は、社員のモチベーションアップや人件費を抑えた人材確保、人材流出抑制などの効果が期待できるからである。一般的に優秀な人材を確保するには、競合する企業よりも多くの報酬を出す必要がある。しかし、スタートアップ企業の場合、資金力が少なく多額の人件費を出すのが難しいケースも多い。そこでストックオプションを活用すれば、人件費を抑えながらの高い報酬の提示が可能になる。ストックオプションは、資金力が少ないベンチャー企業が高い技術や専門知識を持った優秀な人材を集められる有効な手段の1つといえるだろう。

行使可否は企業による?退職後にストックオプションが失効する理由

ストックオプションは権利行使期間が決まっており、原則としてその間であればいつでも行使できる。ただし、退職後は権利が失効したり、権利行使期間が限られたりするケースがある。十分な注意が必要だ。

一般的にストックオプションは、付与した会社およびその子会社の取締役、監査役または従業員が対象となるケースが多い。取り決めによっては、退職により従業員を外れた後は権利が失効してしまう場合がある。

取締役および監査役、従業員であることが権利行使の条件とされるのは、ストックオプションが従業員のモチベーションアップや人材確保を目的として利用されるからだ。退職し従業員でなくなった場合には、会社にとってストックオプションを付与する意義がなくなる。ストックオプション発行時にあらかじめ、「退職時には権利が失効する」といった条件を付けるケースが多いのだ。退職後のストックオプションの取り扱いは、それぞれの会社が決められる。退職時の権利失効条件や権利行使期間は企業によって差があるため、あらかじめ確認しておく必要があるだろう。

・失効を防ぐだけではない。退職時の取り扱いを確認しておく重要性
退職時の取り扱いを確認することは、ストックオプションの失効を防ぐだけでなく、有効に権利を行使するためにも重要だ。

仮に、退職と同時にストックオプションが失効するなら、退職前に確実に権利を行使することが肝心だ。一方、退職後にも権利が継続するなら、株価の動きを見たうえでより有利な状況で権利を行使したほうがよいケースもある。ストックオプションをより有効に活用するためには、行使条件を確認し最適と思うタイミングを選んで、権利を行使することがポイントとなるだろう。

退職後にストックオプションが失効せず行使可能な条件とその方法

ストックオプションは退職後に失効するものが多いが、中には退職後も一定の条件のもと権利を行使できる種類もある。ここでは、退職金の代わりとして採用されることが多い、「1円ストックオプション」の基本事項を解説する。併せて、ストックオプションの行使条件を確認する方法も見ていこう。

退職後も行使できる1円ストックオプション

1円ストックオプション(株式報酬型ストックオプション)は権利行使価額を1円に設定することで、権利行使時に株式と同等の価値を得られる仕組みのストックオプションだ。退職後も一定の条件のもとで権利を行使できるため、退職金の代わりとして利用されることが多い。

1円ストックオプションでは、行使価額が1円に設定される。一例を挙げると、株価が1万円のときに1,000株付与される権利を行使しすぐに売却したとすると、受け取れる利益は999万9,000円((1万円-1円)×1,000株)になる。このように1円ストックオプションは、権利行使時とほぼ同等の価格で会社の株式を手に入れられる仕組みなのだ。

1円ストックオプションの権利行使時に課される税金は、退職所得で計算されるため最大45%だ。1円ストックオプションで得た株式を売却したときには、20.315%の課税が行われる。ストックオプションの種類の1つである「税制非適格ストックオプション(※)」と比較して、1円ストックオプションは税金面でもメリットがあるストックオプションといえるだろう。

※税制非適格ストックオプションとは、税制適格条件を満たしていない無償の新株予約権をいう。権利行使時に給与所得として最大55%、株式売却時に譲渡所得として20.315%の課税がされる。そのほか、一定の条件を満たし発行される税制適格ストックオプションは、権利行使時の税金が免除され株式売却時の20.315%のみ課税される。
出典:松井証券

1円ストックオプションの税制メリットを受けるためには、退職金の代わりとして権利を行使することで、退職所得として認められる必要がある。そのため権利の行使は退職から10日以内に行わなければならず、1円ストックオプションを保有し続けられない点は重要なポイントだ。10日を過ぎて権利を行使した場合には退職金ではなく給与所得とされ、税金が上がる可能性には注意しよう。

・1円ストックオプションが退職金代わりに採用される理由
1円ストックオプションが退職金の代わりとして企業で採用されるのは、現金で退職金を積み上げるよりも、社員のモチベーションアップが期待できるからだ。先述の通り1円ストックオプションで得られる金額は株価によって左右され、企業の価値が上がり株価が上昇するほど、権利行使により得られる金額が大きくなる。つまり1円ストックオプションを付与された社員は、将来の退職金額を増やすため、より一層業務に励むと考えられるのだ。

実際に日本でも、1円ストックオプションを採用する企業が増えている。一例を挙げると、2021年に岡三証券グループが取締役および子会社の取締役、執行役員へのストックオプションの付与を発表した。2022年には、楽天グループが取締役および子会社従業員にストックオプションの付与を決めている。岡三証券グループや楽天グループといった大企業で、ストックオプション導入の効果が見られれば、他の企業にも同様の動きが広がっていくだろう。

ストックオプションの「行使条件」とは?どうやって確認する?

ストックオプションの行使条件は、ストックオプション発行時に交わした「新株予約権割当契約書」で確認できる。新株予約権割当契約書には、主に以下の項目が記載される。

▽新株予約権割当契約書の記載される主な項目
・権利行使期間
・ベスティング
・消滅事由
・譲渡制限

権利行使期間とは、ストックオプションを行使できる期間のことだ。ここに定められた期間以外では権利を行使できないため、付与された時点でしっかりと確認しておこう。

ベスティングとは、一定期間の経過によって権利を確定させる契約条件のことだ。ベスティングは一般的に、権利を行使できない一定期間を設ける場合や、一定の期間ごとに権利行使が可能な株式数を増やせる契約を結ぶ場合に明記される。ベスティングには権利付与直後に権利が行使され、短期間で人材が流出する可能性を防ぐ効果がある。

消滅事由には、権利が喪失する条件が記載される。退職後に権利行使ができるかを知りたいなら、消滅事由に退職が含まれるかを確認しよう。

譲渡制限では、第三者への譲渡制限が記される。ストックオプションは原則として第三者への譲渡が可能だ。しかし、税制適格ストックオプションなどの場合は第三者への譲渡禁止が明記される。

退職後にストックオプション行使を求めた裁判例もある

退職に伴いストックオプションが失効すると定められている場合、原則として退職後の権利行使はできない。例外として、取締役会で承認されれば退職後の行使が認められるケースもある。しかし、退職後も会社と特別なつながりが続く場合や会社にとって何らかのメリットがある場合に限られるため、通常は認められないと思ったほうがよいだろう。

退職によりストックオプションが失効した場合、付与した会社はストックオプションの消滅登記を行う必要がある。消滅登記は退職従業員からの放棄書の提出により行うが、放棄書を受領できなかったときには、取締役会における新株予約権消却決議でも可能だ。つまり、退職した従業員がいくらストックオプションの行使を主張しても、会社が同意しない限り行使することは難しいのである。

実際、退職勧奨に応じて会社を退職した元従業員が、退職後にストックオプションを行使する権利を主張する裁判を2016年に起こした。裁判では、元従業員が退職後のストックオプションの行使を求めて会社を提訴。しかし東京高裁は、退職後のストックオプションの行使を認める必要はないとして、元従業員の主張を退けている。

このように、退職により権利が失効すると決められているストックオプションの場合、退職後にいくら権利を主張しても認められるのは難しい。退職を検討するなかで未行使のストックオプションを保有しているなら、まずは行使条件をよく確認し、退職のタイミングを十分に検討するべきだろう。

退職までに行使したい!ストックオプションの行使タイミングと具体的手順

退職までにストックオプションを行使するには、事前に手順を確認し行使期間内に計画的に手続きを進めることが重要だ。特に退職の日程が決まっているなら、権利失効前に完了できるように手続きを進めたい。

ストックオプションの権利行使は、証券会社を通して行う。主な手続きの内容を、以下で確認しよう。

【ストックオプションの権利行使に必要な手続き】
1. 証券会社でストックオプション口座を開設する(※)
2. 発行会社へ権利行使請求書を提出し、ストックオプションの権利行使手続きを行う
3. 権利行使代金を発行会社が指定する払込銀行へ振り込む
4. 信託銀行で株式の発行処理が行われ、証券会社に入庫されるのを待つ
5. 証券会社の口座に株式が入庫されたことを確認する
※税制非適格ストックオプションおよび有償ストックオプションについては、ストックオプション口座の開設は不要

出典:松井証券

ストックオプションを行使するには、証券会社で口座を開設したうえで権利行使請求書を提出し手続きを進める必要がある。信託銀行で発行処理が行われ、証券会社に入庫されるには、2週間程度かかるケースもある。

・株式の売却は退職後でも可能
ストックオプションで得た株式の売却は、退職後でも可能だ。もちろん、株式付与直後に売却し現金化してもよいが、値動きを見ながら保有を継続し、より有利な株価になったタイミングで売却もできる。すぐにまとまった現金が必要でないなら、資産状況や資金計画、市場の状況などを検討したうえで売却のタイミングをはかってもよいだろう。

まとめ:ストックオプションは退職により失効するケースも。事前の行使条件の確認が最重要

ストックオプションは、株式会社の社員や取締役が自社の株式をあらかじめ定めた期間内に、あらかじめ定めた価格で購入できる権利だ。購入した株式を売却することで売却益を得られることから、社員のモチベーションアップや人材確保の効果を期待し、ベンチャー企業を中心にさまざまな企業で導入されている。

ストックオプションはその仕組みや特徴から、退職により権利が失効するケースも少なくない。過去の事例を見ても、権利失効後に改めて行使が認められることはほとんどない点には十分注意しよう。

退職時におけるストックオプションの行使条件や取り扱いは、付与する会社によって異なる。1円ストックオプションや税制非適格オプションといった種類によっても、権利行使条件に違いがある。

ストックオプションを有効に活用するには、会社が定めた行使条件や付与されたストックオプションの種類などをしっかりと確認し、計画的に権利を行使することが重要だ。