ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家だけでなく大手企業にとっても投資先や取引先を選択したり企業の持続的成長を見たりする際の重要な視点になりつつある。本特集では、各企業のESG部門担当者にエネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシスの宮本徹専務取締役が質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施している。
今回対談したテルモ株式会社は、東京都渋谷区に本社を構え「医療を通じて社会に貢献する」という企業理念を掲げる100年以上の歴史がある医療機器の大手企業だ。主力となるカテーテルなどの製品を提供している心臓血管カンパニーを筆頭にメディカルケアソリューションズカンパニーや血液・細胞テクノロジーカンパニーの3カンパニーで事業を展開し、160以上の国や地域で、患者さんと多様な医療現場、製薬企業などに50,000点を超える製品やサービスを届けている。
同社では2021年12月に「テルモグループサステナビリティ基本方針」を制定し、7つのサステナビリティ重点活動テーマを選定。重点活動テーマは「社会価値創造」「社会価値創造を支える基盤」という2つのカテゴリーで構成されているのが特徴だ。本稿では、医療用機器メーカー大手であるテルモ株式会社のIR室長兼サステナビリティ推進室長の畑謙一氏にESGへの積極的な取り組み、未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などをうかがった。
(取材・執筆・構成=山崎敦)
1971年1月23日生まれ。京都府出身。1994年テルモに入社。海外事業部・物流管理・経理財務・経営企画を国内外で歴任。二度の米国駐在を経験し、直近では米西海岸シリコンバレーのベンチャーキャピタルファンドと協働でスタートアップ投資に従事。2020年4月に東京本社に帰任し、IR室長に就任。
2022年7月よりサステナビリティ推進室長も兼任し現在に至る。初回米国駐在時にミシガン大学MBA取得。IR室としては、投資家や証券アナリスト向けの広報活動に尽力。サステナビリティ推進室としては、経営の方向性や課題を反映したサステナビリティ基本方針、サステナビリティ重点活動テーマの策定などグループ全体の活動のタイムリーな発信を担当。
テルモ株式会社
心臓血管分野に強みを持つ創業100年を超える医療機器の大手企業。1921年9月、北里柴三郎博士などを発起人として国産体温計を生産するために「赤線検温器株式会社」を設立。
1960年代は、日本初となる単回使用の注射器や血液バッグなどを販売開始。1974年、体温計を意味するドイツ語「テルモメーテル」に由来するテルモ株式会社へ商号変更した。1980年代には心臓血管カテーテル治療分野を始めとする先端医療や人工肺など人工臓器の分野に進出。
1990年代以降は、欧米企業の買収を複数手掛け、海外展開を加速。脳血管内治療、人工血管、血液・細胞分野のビジネスを増強。8事業のうち4つが海外に本部を置き、売上の約7割は海外。2021年には7つのサステナビリティ重点活動を選定し、CSV(社会価値創造)とそれを支えるESGの取り組みを強化している。
https://www.terumo.co.jp/
1978年3月7日生まれ。東京都出身。建設、通信業界を経て2002年に株式会社アクシスエンジニアリングへ入社、現在は代表取締役。2015年には株式会社アクシスの取締役、2018年に専務取締役就任。両社において、事業構築に向けた技術基盤を一貫して担当。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。
目次
医療課題解決のためにCSVとESGの両面から体制を整える
株式会社アクシス 宮本氏(以下、社名、敬称略):株式会社アクシスの宮本です。弊社は、鳥取県に本社を構えるIT企業で首都圏のお客様を中心にソリューションを提供しています。ここ10年は、再生可能エネルギーの見える化にも取り組んでいます。本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、御社のESG(サステナビリティ)活動における考え方をお聞かせいただけますでしょうか。
テルモ株式会社 畑氏(以下、社名・氏名略):まず弊社のサステナビリティ経営に対する考え方をお話ししてから、そのなかでESGをどう位置付けているのかをご説明したいと思います。
▼設立趣意書と創業初期の体温計
弊社は、1921年に「近代日本医学の父」とも呼ばれ、2024年から新千円札の肖像画にも採用予定の北里柴三郎博士が発起人の一人となって始まった会社です。当時の日本は体温計をドイツから仕入れていましたが、第一次世界大戦の影響で輸入が難しくなりました。そこで、国産で質の良い体温計を作ることを目的としてテルモは立ち上げられました。
弊社は、100年超の歴史がありますが「医療を通じて社会に貢献する」という企業理念は、創業当初から変わっていません。北里博士は、医師であり研究者でもありましたが「研究だけをしているのでは意味がなく、研究成果を世の中に広めて初めて私たちの存在意義がある」という考え方を持っていました。この考え方は創業から変わっていませんし、次の100年もきっと変わらないと思います。
この不変の企業理念をより具体的に示すべく、「『医療の進化』と『患者さんのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上』への貢献」を弊社のパーパスとして最近定めました。「患者さんの命を救い、負担を減らし、日常の生活を取り戻していただきたい、そのために医療現場で培った品質やテクノロジーの力で医療の進化に貢献していきたい」という私たちの想いが込められています。
株式市場や弊社の若い社員、また就職先の一つとしてテルモを検討してもらいたい学生の方なども含めた幅広いステークホルダーに向けてテルモの存在意義をアピールすべく広報やIRに力を入れています。
▼テルモのサステナビリティ重点活動テーマ
弊社のサステナビリティ経営は、企業理念の実践を通じてテルモと社会がともに発展・成長していくことを目的としており、その実現のための活動としてサステナビリティ重点活動テーマを設定しています。テーマは「社会価値創造(CSV:Creating Social Value)」と「社会価値創造を支える基盤(ESG)」の二つのカテゴリーで構成し、CSVとして「医療課題の解決」を最重要活動テーマに位置付けました。「医療課題の解決」には、パーパスに基づき具体的な3つのサブテーマを設定しています。そしてこれらの活動を支えるのが「ESG」のテーマです。このように弊社では、CSVとESGの2階建て構造にしているのが大きな特徴です。弊社が取り組みたい「What」を表すのがCSV、それをどのように行うかという「How」がESGと考えています。
重点活動テーマを設定した経緯は、私が2020年4月に設立されたIR室の室長を務めるべく米国から帰国し、その後年間300~400名の国内外投資家の方と対話するなかで「ESG」というキーワードが徐々に増えてきたことがあります。その時期がちょうど弊社の新5カ年成長戦略を発表するタイミングと重なったこともあり、「サステナビリティを現場レベルだけではなく、経営のレベルでコミットして推進していかなければ投資対象から外れていくのではないか」という危機感を持ったことがきっかけの一つです。
▼サステナビリティ経営へのコミットメント
社内では「医療を通じて社会に貢献する」という企業理念がかなり浸透しており、その理念のもと自然とサステナビリティ経営に取り組んでいるという意識はありました。しかし、それを明確に表現しなければ、投資家の方々をはじめステークホルダーの皆さまには伝わらないことがあると分かってきました。こうした背景で、ステークホルダーの皆さまにしっかりと伝えたいという意識が社内で高まっていたことも理由の一つだと思います。
そうであれば、テルモが大切にしていることや、テルモの独自性を分かりやすくかつユニークに伝える方法はないかと考えたのが重点活動テーマを設定した発想の出発点ですね。弊社の独自性を出すために、なるべく社外の力は借りず「手作り」で検討を進めてきました。1年ほどかけてどのように表現するかを模索した結果がCSVとESGの2階建て構造です。
他社ではESGの「社会(Social)」にCSVの性格を持つテーマを含めている企業があることは理解していました。一方、弊社では本業を通じた医療への貢献は企業理念・パーパスそのものであり、また弊社の取り組みの独自性や提供価値をしっかりとお伝えしていくためにも、CSVとして別格に位置付けています。
その2階建ての表現とは別に、ステークホルダー・弊社それぞれにとっての重要性という2軸でも整理をしており、それをお示ししたのがこの図になります。
▼サステナビリティ重点テーマの位置づけ
縦軸は「ステークホルダーにとっての重要度」、横軸は「テルモグループにとっての重要度」です。この図はテルモグループにとって重要なテーマの中でそれをさらに3層に分けてお示ししています。最も右上にある「医療課題の解決」が弊社にとっての最重要活動テーマであり、弊社でしかできないことを弊社でしかできない方法で解決していくことで社会価値創造=CSVに貢献していきます。そしてCSVを支えるESGのテーマの中でも、「トータルクオリティーの追求」や「人財活躍の推進」は特に重要と考えられるため二層目に位置付けています。
新5カ年成長戦略で財務、非財務の両面を強化していく
宮本:御社は、コーポレートサイト上で公開されている『テルモレポート2022本編』において2021年に発表された新5カ年成長戦略「GS26」を掲載されています。こちらの具体的な内容とESG面における現在の進捗についてお聞かせください。
畑:5カ年成長戦略「GS26」ですが、弊社は2021年に創業から100年経ったということで次の100年を視野に入れつつ、向こう10年超を見据えた次の5カ年成長戦略と位置付けています。
現在の医療業界は、20年前と比べて大きく様変わりしています。弊社が着目するパラダイムシフトは3つあり、1つ目は「疾病構造が変わる」ということです。高齢化が進んでいますので、急性期の病気だけではなく糖尿病や生活習慣病といった慢性疾患が比率として増えていくと思われます。特にご存じの通り日本の高齢化は深刻なので、ますます増えてくるのではないでしょうか。
2つ目は「時間軸が変わる」というものです。弊社は、これまでは治療に使われる医療用の製品開発に特化してきました。しかし「そもそも予防できないのか」という課題意識もあります。また「手術の先にある術後をより良い状態に保っていくための工夫はないのか」といったように、もう少し長い時間軸で患者さんを見て、病気になるまでの過程と病気を治したあとの過程までを見据えています。
3つ目は「技術が変わる」というものです。技術はどんどん進歩していきますので乗り遅れないように対応していかなければならないと思っています。
このようなパラダイムシフトに対して、弊社では「医療現場で未解決のニーズをすべて拾えているだろうか」という意識を持ち、製品を提供するだけでなくニーズに応えるためのソリューションを提供すべく、GS26では「デバイスからソリューションへ」という中長期のビジョンを掲げました。このビジョンのもと、「Digital」など全社でフォーカスするテーマを設定した上で、3つのカンパニーがそれぞれの強みを活かした戦略を策定し、イノベーティブなソリューション・製品を提供していきます。
財務面では会社として成長していくことが重要です。成長がなければ利益も出ませんし、利益が出なければ研究開発もできません。そのため成長性としては、5年間の平均で1桁台後半の売上成長率の実現が目標です。もし何も工夫しなかった場合、医療の市場規模で考えれば4~5%ほどしか伸びないといわれています。
そのよう状況のなかで一桁台後半の成長率を実現するためには、他社よりもイノベーティブな製品・ソリューションを提供し続ける必要があり、その実行にコミットしています。
具体的には2021年から5年で約3,000億円(1米ドル107円、1ユーロ128円想定)の増収を実現したいと思います。2022年以降の円安のレートからいけば売上1兆円も視野に入ってくるでしょう。
▼5カ年の財務目標
弊社はこの約30年間、着実に売上を伸ばして成長してきました。その要因として、もともと持っていた製品ラインナップでの成長もありますが、有望な技術を持った海外の会社を戦略的に買収してきたことがこれまでの成長を支える原動力となっています。これは今後も注力していきます。
営業利益率は現在(2023年3月期第3四半期)約15%に対し、5年後には20%まで上げていきます。単純に良いものを出してマージンが上がっていくだけではなく、全社の収益改善にも取り組みます。
弊社グループは世界全体で34(2022年11月時点)の生産拠点がありますが、これを選択的に集約を進めることで原価低減を図ります。その戦略生産拠点になるのは、マザー工場である日本とアメリカに点在する生産拠点の集約先であるコスタリカです。アジアに関しては、ベトナムへ集約します。この3拠点へ集約することでコスト競争力を高めていくことができると考えています。同じように販管費もバックオフィスのサポートを統合していくことなどで効率改善とコスト低減の両立を狙います。こうした取り組みを通じて収益性を改善しながら売上を増やし、さらに資本効率性も上げていきたいと思っています。
ところで、コスタリカに生産拠点を置かれている日本企業はあまりないかと思いますので、少しご紹介させてください。コスタリカはもともと農業が主要産業でしたが、国家戦略として医療機器産業を誘致すべく優遇政策を導入し、数年前から医療機器の製造・輸出が主要な産業となりました。現在は医療機器が輸出額のトップを占めています。弊社のような医療機器メーカーや関連サプライヤーが進出してエコシステムができあがっています。教育水準も非常に高く優秀な人材も多い国です。
また、注目すべきポイントとして、再生可能エネルギー比率の高さも挙げられます。コスタリカは地理的条件に恵まれており、水力や地熱など再生可能エネルギーでの電力供給率がほぼ100%に近いため、生産拠点をシフトすることで再生可能エネルギーの利用率を高めることができます。弊社では2006年に買収した米マイクロベンション社(カリフォルニア)が2013年に初めてコスタリカで生産を開始しました。現在弊社グループではマイクロベンション社を含め3つの工場があります。
▼2022年9月に開業したコスタリカの心臓外科手術製品の工場
次にCSV、ESGの具体的な事例についてご紹介したいと思います。
CSVの代表的な例としては「ラディアル手技」というものがあります。
▼手首の血管(橈骨動脈)からカテーテルを挿入するラディアル手技
心臓に酸素を送るための「冠動脈(冠状動脈)」という血管に詰まりがある場合、従来は外科的に胸を開き血管の詰まりを取る手術をしていました。ただ開胸手術は、患者さんの体に大きな負担がかかるため、血管に小さな穴をあけて血管を介してステントを置いて治療を行うような低侵襲な血管内治療が主流になってきています。
従来の血管内治療では、太ももの血管からカテーテルを挿入して行っていましたが、手首の血管からカテーテルを挿入する「TRI(Transradial Intervention:経橈骨動脈インターベンション)」(ラディアル手技)という手術方式のほうが出血合併症の確率が低く術後も比較的簡単に血を止めることができ、早期退院も可能になります。患者さんへの負担が少なく、QOLの向上に貢献するとともに、医療従事者や病院側の業務負担の軽減にもつながるため、世界中で約7割※の症例でこの手術方式が採用されています。(※注:テルモ調べ)
弊社ではTRIに適した製品を自社で開発して早くから提供するとともに、医師の方々と一緒にTRIの普及に貢献すべく各種トレーニングの提供も行っています。弊社は神奈川県にある研究開発拠点(湘南センター)の中に「テルモメディカルプラネックス」という大きな研修施設を持っており、世界中からドクターが集まりトレーニングが実施されています。
このような活動は、SDGsでいわれているUHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)、つまり「すべての人が適切な予防、治療、リハビリなどの保健医療サービスを支払い可能な費用で受けられる状態」の実現にもつながるものと思います。これらのことからラディアル手技の普及は、弊社のCSVの代表例の一つということがご理解いただけるのではないでしょうか。
その他の事例として、弊社の血液・細胞テクノロジーカンパニー(テルモBCT)がアフリカで推進している官民連携のイニシアチブ「CoBA」(Coalition of Blood for Africa)があります。アフリカ諸国では、出産前後の出血に対する輸血医療をはじめとして、マラリアや鎌状赤血球症による貧血の治療、透析患者さん・がん患者さんへの輸血など、血液への需要がますます高まっていますが、安全な血液の供給不足が、依然として大きな医療課題となっています。世界保健機関(WHO)によると、適切な医療水準を維持するためには、国の人口の1%にあたる献血者数の確保が必要とされますが、採血や血液製剤の調製など、輸血サービスを提供するためのインフラ整備の遅れなどにより、多くのアフリカ諸国では、血液の供給量がその水準を下回っています。この課題を解決するために国際機関や研究機関、保健省、民間企業など多くの組織が参画して2020年にCoBAが設立されました。テルモBCTはCoBAの結成を提唱・主導したメンバーであり、献血に関する技術支援・人材育成や啓発、実際に献血を増やすための活動などに取り組んでいます。
次にESGについてです。ESGの中で最も重要なテーマは、製品・サービスの品質・安全性、安定供給の確保などを含めた「トータルクオリティーの追求」です。弊社の提供する医療機器には患者さんの体内に入れたり留置したりする製品が多くあります。製品の品質が良くないとかえって患者さんの身体に悪影響を及ぼしてしまう可能性があるため、品質・安全性の維持・向上には全力を尽くしています。また必要とされる時に欠品を起こすようなことがあってはならないため、持続可能なサプライチェーンのマネジメントも重要となります。このように、テルモでは製品の品質だけでなく、供給やサービスも含めたトータルのクオリティーを追求しています。GS26においてもこれらの取り組みに関するKPIを設定し、経営としてモニタリングしていきます。
▼ESGにおける各目標数値
持続的な成長には、弊社の事業活動を支えるための多様な人財の活躍も不可欠です。昨今はDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)ということがいわれるようになってきていますが、弊社でも「人財活躍の推進」をテーマの一つに掲げ、国内・グローバルで様々な施策を推進しています。
弊社グループは2万8,000人を超える社員がいますが(2022年3月末時点)、内8割以上が海外です。弊社グループのグローバルキーポジション(GKP)では約4割が日本人で、それ以外の約6割は米欧・アジアなど様々な国籍の社員から構成されています。しかしGEO(Global Executive Officer、テルモグループ全体の経営を議論する役割を担う幹部役員)のポジションとなると約7割が日本人です。売上の約7割が海外であることを踏まえると、それに見合った形でダイバーシティを推進していくことが課題の一つです。
また女性社員の比率に関しても意識しています。社員全体に占める女性比率は、徐々に上がってきているものの階層が上がるにつれその比率が低くなっているのが現状です。ダイバーシティの観点からは男女半々となるのが理想ではありますが、現状ではグローバルにデータを取れるようになったことで、目標値を定めてアクションを取れるようになってきました。
「環境」(Environment)については、2040年度までにテルモグループの事業活動における温室効果ガス排出量(Scope1+2)でカーボンニュートラルを実現すべく、GS26での目標の一つとして設定し、グループ全体で取り組みを進めているところです。また水の使用量削減やリサイクル率の向上など資源の有効活用にも力を入れており、目標を設定して計画的に取り組んでいます。
「企業統治(Governance)」に関しては、取締役会の実効性を高めることを意識して取り組んできました。取締役会のスキルマトリックスについては2021年からテルモレポートに掲載をしています。さらにサステナビリティ経営へのコミットという観点から、財務のKPIに加えてESGを含めた非財務のKPIを「将来企業価値目標」と位置づけ、2023年度から役員の業績評価に取り入れます。
「減らす」と「替える」の両輪でカーボンニュートラルの実現を目指す
宮本:「脱炭素社会」という世界的な大きな流れは、御社のビジネスにどのような影響を与えていますでしょうか。また変化した御社のビジネスにおける具体的な戦略や予想される課題について教えていただけますでしょうか。
畑:弊社の環境に対する取り組みの中では、やはりカーボンニュートラルの実現が最も大きなテーマです。Scope1+2に関しては、2030年度までに温室効果ガス排出量を2018年度比で50%削減、2040年度までにカーボンニュートラルの実現を目標としています。Scope3に関しましても売上収益当たりにはなりますが、2030年度までに温室効果ガス排出量を2018年度比で60%削減を目指しています。
Scope1+2については、エネルギーの使用量を「減らす」、排出量の少ないエネルギーへ「替える」の二つを柱に取り組んでいます。
エネルギーの使用量を「減らす」ための活動としては、エネルギー効率の良い設備への更新や省エネ活動によるエネルギー削減に継続的に取り組んでいます。このような活動を促進すべく、設備投資の際、CO2削減効果をコスト改善として投資評価に反映できるインターナルカーボンプライシングも昨年から導入しました。
排出量の少ないエネルギーに「替える」については、2030年度までに使用電力の再生可能エネルギー比率を50%にすることを目標に取り組んでいます。自社で取り組めることとしては、太陽光発電パネルの設置を行っています。すべての事業所に設置できる訳ではありませんが、現在ベトナムやアメリカ、中国の事業所に設置しています。例えばベトナムのハノイにある工場の場合、必要な電力の約14%を太陽光発電でまかなうことができる見込みです。これにグリーン電力証書を組み合わせることで、工場の全使用電力を再生可能エネルギー由来(CO2排出実質ゼロ)とする予定です。
▼テルモベトナム工場(ハノイ市)と敷地内に設置した太陽光発電パネル
このような取り組みを進めることで、2030年度までに50%削減というところまでは、ある程度道筋が見えてきました。一方で2040年度のカーボンニュートラル実現には、もう一段ハードルがあると思っています。先を見据えて引き続き取り組んでいきたいと思います。
宮本:低炭素・脱炭素化を見据えて注力している新たなサービスなどがあればお聞かせください。
畑:テルモでは、人にも環境にもやさしい製品開発を促進するための独自の基準「Human × Eco開発指針」を制定し、製品の開発にこの基準を適用しています。この基準に照らして特に優れた製品を「Human×Eco」認定製品とし、お客さまにもお伝えするようにしています。例として、従来の製品よりも樹脂の使用量を減らした輸液剤の容器があります。容器を肉薄にすることで、資源の使用量と製造工程のエネルギー消費量を削減し、製造時のCO2削減に寄与しています。このような取り組みを通じて(Scope1~3の中で)最も排出量の多いScope3の削減も進めていきます。
その他、ユニークな取り組みとしては、グループ内で環境や安全衛生に貢献した優れた活動を表彰する「Terumo Human × Eco Awards」を毎年実施しています。優れた取り組みを評価しグループ内で広く共有することで、取り組みを促進していくことが目的です。
▼Human × Eco開発指針
100年という節目で、次の100年も社会に貢献し続けたい
宮本:DXやIoTが進み、スマートシティのような構想が現実味を帯びてきています。その来たるべき未来において、御社がイメージする姿やその中での役割についてお聞かせください。
畑:医療機器を提供して終わりではなく、その後もしっかりと患者さんのためになるよう治療の前後も見据えたソリューションの提供が大切です。「ペイシェント・ジャーニー」と呼ばれるような病気の予防から治療の前後、予後の管理に至るまで、患者さんのQOLを上げるために弊社ができることをさまざまな切り口から模索しています。そこにソフトウェアやシステムの提供といったデジタル技術を活用することで、ペイシェント・ジャーニーに添った次世代の医療スタンダードの提供を目指しています。
▼デジタル技術を用いた医療スタンダードの提供
現在いくつかのプロジェクトが進められている中の一つとして、「心不全患者の遠隔モニタリング」があります。心不全は心臓が全身に十分な血液を送り出せなくなった状態を指し、不整脈や虚血性の心筋梗塞などが原因で生じます。急性の心筋梗塞が原因であれば患者さんは入院して治療を受けます。退院する際には、薬を継続的に服用するようお願いしますが、いざ家に戻られると服薬の管理がうまくいかず段々と悪化して再入院・治療を繰り返すことも少なくありません。これでは、患者さんにとって良くないことですし、医療費増大の原因にもなります。
弊社では退院後に再入院を繰り返してしまう事態を防ぐよう、悪化する兆候をいち早く捉えて服薬確認を促すようなリストバンド型の遠隔モニタリングシステムを開発しています。スマートホームといったシステムとの連携は、まだまだ先になると思いますが、これまであまり使ってこなかった技術を使いながら、これまであまり見られていなかったサービスの提供に向けて取り組んでいます。
また、病院内のDX化に貢献するソリューションとしては、薬剤投与ソリューションがあります。病院内で使われる輸液ポンプ・シリンジポンプを院内の情報システムと連携させることで、薬剤投与の自動記録や稼働状況のリモートモニタリング、医師からの処方指示を輸液ポンプ・シリンジポンプに転送するといったことが可能になり、安全で効率的な薬剤投与に貢献します。
▼病院システムと連携したソリューションの展開
宮本:御社では、コーポレートサイト内のコンテンツにおいてESGの取り組みや各種データなどを開示されています。そのなかで「CO2削減」といったような環境パフォーマンスの向上などを実現するうえでは、電気やガスなどの使用量を表示・共有するエネルギーの見える化が必須といわれています。御社ではエネルギーの見える化に対して具体的にはどのように取り組んでおられるのでしょうか。
畑:弊社では、世界中で34(2022年11月時点)の生産拠点があるので、エネルギーの見える化は重要なテーマです。国内工場を中心にエネルギーを監視できる装置を設置し、電気などのエネルギーや水の使用量データを計測し記録しています。またそのデータを抽出し、建屋やエリア別に分けて把握しています。
一部の工場では電力の使用量を工場内のサイネージで表示できるようシステムの導入を進めているところもあります。社員が自工程で実施している省エネ活動との関連などがわかるようになれば、省エネの意識喚起にもつながると思います。
宮本:「ESG投資」は、多くの機関投資家・個人投資家からも関心が高い分野です。ESG投資の観点で御社を応援したい投資家もいると思いますが、どういった点に注目してほしいか、ESG投資によって御社を応援する魅力をお聞かせください。
畑:私がIRの立場でお話しする際は、投資家さまをターゲットにしています。ただサステナビリティの責任者として申し上げるのであれば、若い層の方がテルモを就職先として考えてくれるような形でメッセージを届けるように心がけております。その際は、やはりESGだけでなく弊社がユニークな形で社会課題を解決しているところをお伝えするようにしています。
例えば「テルモレポート」では、弊社の100年の歴史をお伝えしたり、価値創造プロセスのようなものもしっかりと形にしたりしています。弊社から積極的に発信していくことで弊社の魅力を一人でも多くの方にお伝えできれば幸いです。私が2020年に帰国し、国内外の投資家さまたちと対話する中で、「どのようにGS26のなかにサステナビリティ経営やESGへのコミットを表現しようか」と構想し始めました。
やはり100年という節目で、次の100年も社会に貢献し続けたいという思いで、まだまだ課題は多いですが、その一歩を踏み出せたのではないかと思っています。
年頭にはサステナビリティ委員会を設置し、来月には初回開催を予定しています。経営陣と一体となって、今後とも我々のサステナビリティ経営の一層の進化および深化を図り、取り組み内容の更なる充実化とコミュニケーション機会の拡大、その両方に取り組んで参りますので、是非ともご注目下さい。