近年は、年間100社前後の企業がIPO(新規公開株式)により証券市場へ上場している。2022年度におけるIPO企業の社長の平均年齢は51.2歳と2011年度の52.3歳と比較して若年化しているのが特徴だ。本企画では、市場に新しい風を巻き起こすことが期待されるIPO企業の代表者に企業概要や上場のねらい、今後の展望についてインタビュー形式で実施している。

株式会社Finatextホールディングスは、金融の基幹システムをSaaS型で提供し、金融機関や事業会社と共に新たな金融サービスを開発するフィンテック企業だ。本インタビューでは、代表取締役社長CEOである林良太氏に同社の企業概要や日本経済の展望、今後の事業展開などについてうかがった。

(取材・執筆・構成=山崎敦)

株式会社Finatextホールディングス
(画像=株式会社Finatextホールディングス)
林 良太(はやし りょうた)――株式会社Finatextホールディングス 代表取締役社長CEO
1985年12月14日生まれ。神奈川県出身。2008年3月、東京大学経済学部卒業後、英ブリストル大学Computer Scienceを経て2009年9月日本人初となる現地新卒でDeutsche Bank London(ドイツ銀行ロンドン支店)に入行。同行では、テクノロジー部門に従事。2012年12月、ヘッジファンドの株式会社GCIアセット・マネジメント入社を経て2013年12月に株式会社Finatext(現:株式会社Finatextホールディングス)創業。代表取締役に就任し現在に至る。

ほかに株式会社Teqnlogical取締役(2016年2月)、株式会社スマートプラス取締役(2017年3月)、株式会社ナウキャスト取締役(2019年2月)、株式会社スマートプラスクレジット取締役(2022年4月)などを兼務。
株式会社Finatextホールディングス
2013年12月27日、東京都千代田区西神田に前身となる株式会社Finatextを設立。次世代金融インフラの提供を通して組込型金融の実現を目指している企業だ。2014~2016年にかけては、株式や投資信託、FXの教育アプリのリリースを経てオフショア開発やビッグデータ解析事業へ参入した。

2018年7月、株式会社大和証券グループ本社と共同出資している株式会社スマートプラスがコミュニティ型株取引アプリ「STREAM」の現物取引サービスを開始。2018年12月、持株会社体制の移行に伴い、現商号となる株式会社Finatextホールディングスへ変更した。

2021年12月22日には、東京証券取引所マザーズ市場に(現:グロース市場)上場を果たす。金融サービスのあるべき姿をユーザー視点から見直し、グループビジョン「金融がもっと暮らしに寄り添う世の中にする」、グループミッション「金融を“サービス”として再発明する」を掲げている。

目次

  1. 金融サービスに対する常識を打破し、より良いサービスを届ける
  2. 新たな起業家を支え、市場の新陳代謝の起こりやすい経済の醸成が大切
  3. プロダクトの良さだけでなく、組織力を高めていく

金融サービスに対する常識を打破し、より良いサービスを届ける

――株式会社Finatextホールディングスさまのカンパニープロフィール、現在の事業内容についてお聞かせください。

株式会社Finatextホールディングス代表取締役社長CEO・林 良太氏(以下、社名・氏名略):弊社は、金融インフラと呼ばれるようないわゆる“金融の基幹システムのSaaS”を総合的に提供している会社です。

金融サービスの立ち上げと聞くと、「開発期間が長い」「多額の投資が必要」「柔軟ではないシステム」という印象があるかもしれません。弊社では、それを「よりすばやく」「より安価に」「より柔軟に」行えるプラットフォームを提供し、金融機関や事業会社が金融サービスを立ち上げる際のご支援を行っています。

取引先は、大手金融関係などの大企業が多い傾向です。そういった大企業の基幹システムを提供する場合、弊社のようなベンチャー企業はトラックレコードがお客さまにとって不安材料になってしまう場合があります。特に日本では、上場するかしないかで会社の社会的な信用の差が出てくるので、シェアの獲得を加速させるためにも2022年12月22日に上場いたしました。

―― 創業から上場に至るまでさまざまな変化があったかと思いますが、事業がどのように変遷してきたのかお聞かせください。また上場後に大きく変化した点について事業と金融の2つの観点でお聞かせください。

:創業当初は、大手金融機関さまのUI、UXソリューションや上流工程にあたるコンサルテーションやマーケティングなどのサービスを中心にスタートしました。その後しばらくはデータ分析に強みを持つナウキャストを子会社化するなど、いわゆる“企業にとって高付加価値を提供できる事業”を指向していました。

これらは収益性の高い事業でしたが、金融サービス提供に際しては、先方の基幹システムの都合で案件が止まることも多く、「いくらフロントレイヤーのサービスが良くても、この状況を根本から覆さないと大きな変化はもたらせない」と確信し、今の金融インフラストラクチャ事業に舵を切りました。

もう1つの背景として、ビジネスの競合優位性に対する危機感がありました。当社のマーケティングビジネスは実績も増えて収益も上がっていましたが、このビジネスは参入障壁が低いため、トラックレコードがない企業でも競合になり得ます。これではビジネスモデルとして弱いと思い、2020年から資金調達を加速させていった次第です。

その後、ある程度の赤字を出しながらも会社のグロースやプロダクトの開発にシフトしていきました。上場後はお客さまの獲得が一気に加速し、2023年3月期第3四半期の決算ベースでは「黒字化に向けてあと一歩」というところまで事業が成長しています。現状利益の出ている部分に対しては、さらに競合優位性を作り、より一層大きいスケールの事業を着実に育成中です。

2023年3月期は売上高40%成長を予想していて、来期以降も高成長を継続していきたいと思っています。

金融面では、まず市場から資金調達できたのが良かったところですね。弊社は上場前から資金調達をしっかりと行っており、コスト超過をしていないんです。だからキャッシュ不足で大変ということはなかったのですが、お金が短期的に必要な状況はありました。上場後は、金融機関、特に銀行からの信頼度が一気に上がったので資金調達が格段にしやすくなったなと感じています。

―― Finatextホールディングスさまは『金融を“サービス”として再発明する』をというミッションを掲げていらっしゃいますが、ビジネスを進めていくうえで特に重視されるポイントをお聞かせください。また重視されるポイントは上場前、上場後で変化がありましたか?

:「株主の利益」「従業員の幸せ」「お客さまの幸せ」この3つを重視して、大切にしています。

「株主の利益」は、簡単にいえば業績のことです。上場前は、業績への意識はあるものの、従業員とお客さまの幸せが意識のほとんどを占めていました。株主はほぼ、私が直接コミュニケーションしている機関投資家と創業メンバーだけで、四半期別の決算の提示や業績の短期的なプレッシャーもないので、「ある程度長期目線の事業を行いやすい」「事業投資がしやすい」といったメリットはあったと思います。

ですが上場後は、株主の存在がすごく身近に感じられるようになりました。四半期ベースで業績を開示するため「会社としての業績を着実に作っていかなければならない」という意識がより高まりました。未上場では社外からの視線がそんなに感じられないので、正直、今ほどの緊張感はなかったです。今はコストの使い方や投資の判断一つとっても、社外のステークホルダーへの説明責任を意識しています。株主の利益を最大化し、投資してくれた株主の皆さまへ十分なリターンができるように業績を作っていかなければならないため、経営をこれまで以上に総合的に考えるようになりました。

この「株主の利益」と、「従業員の幸せ」「お客さまの幸せ」のバランスをとることを、経営者として心がけています。当社の従業員も同じ目線感を持ってくれていると感じており、それぞれのレベルでコミットしてくれています。そのうえで従業員には楽しく仕事をして欲しいなと思っています。

新たな起業家を支え、市場の新陳代謝の起こりやすい経済の醸成が大切

―― 激動の時代に上場されたというお立場から、日本経済が直面している課題と今後の日本経済の動向についてお考えをお聞かせください。

:日本経済が直面している課題は、言い出したらキリがないのですが、例えば新しい会社が市場であまり名前が挙がらないなと感じています。大手が名前を連ねるばかりで、企業ベースでも社会ベースでも新陳代謝が起きていないところが課題なのではないでしょうか。新しいチャレンジャーが出やすい風土作りや国の制度作りみたいなところが継続的な課題で、やっていかなければいけないことだと思います。

ただ、今の日本経済の構造的になかなかそれも難しいですよね。「次世代に何をどう残していけるのか」というところを真剣に取り組んでいけるように国が変化していかなければならないのではないでしょうか。

私は東大出身ですが、東大の卒業生はほとんど安定した大企業に行きます。他方、アメリカのトップの大学生は、起業したりスタートアップに入ったりします。別に大手企業とベンチャーのどちらがいいというわけではありませんが、もう少しチャレンジャーがいてもいいのではないかとも思います。なぜなら日本全体が「チャレンジを選ぶことも経済的に合理的」という風土や制度にならないと駄目だと感じるからです。

私のようなタイプの人間は、国の制度がなんであろうと起業しますからあまり関係はないでしょう。でも、なかには「起業にあこがれはあるけど悩んでいる」「優秀だけど何かしらの問題を抱えて起業できない」といった人もいるかもしれません。そういった人たちに経済的なインセンティブを与えるなどの支援があってもいいかなと思いますね。

―― 株式会社Finatextホールディングスさまは金融サービスのDX領域に関する事業に強みをお持ちですが、同様の事業領域を持つ企業が2023年以降の市場において成長していくためのポイントは何だとお考えでしょうか。

:成功事例をきちんと積み上げることが大事なポイントではないでしょうか。IT産業の場合、例えば鉄鋼業などと比較してまだまだ歴史が浅い業界なので、顧客となる企業も新しい取り組みに対して比較的寛容だと思います。ですが、「こういう新しいことやってみたい」「これくらいの値段でやってみましょう」という企業さまがいても「お客さまの売上を伸ばす」「お客さまのコストを下げる」といった効果が出なかったら意味がありません。

また、しっかりと説明可能な成果が出るかどうかも重要です。新しい産業でよくある話ですが、最初は評価に下駄を履かせてもらえます。具体的には、投資対効果よりも「応援したい」「おもしろそう」「良さそう」「トライしてみよう」という期待値をもとに、発注や投資を受けられます。

ですが、2回目以降は、説明可能な成果に結びつけるために1回目の期待値を超える実力を示すことが必要です。投資してもらった以上の何かを提供するために、サービスをレベルアップさせなければいけません。お客さまが値段に見合ったと判断してくれるか、課題解決ができるかといったところがよりフォーカスされるようになると思います。

プロダクトの良さだけでなく、組織力を高めていく

―― 上場からさらに成長していくため、今後の目標や、5年後、10年後に株式会社Finatextホールディングスさまが目指すべき姿についてお聞かせください。

:次のマイルストーンは売上100億円、そして利益の面ではEBITDA 20%の水準をなるべく早いペースで達成したいと考えています。その先の目標としては、大手SIerに匹敵するような業績を目指します。

今後の事業内容の領域は、現在の延長線上にあると思います。弊社のビジネスは、金融向けSaaSなのでTAM(Total Addressable Market=獲得できる可能性のある最大の市場規模)が非常に大きいです。市場全体で約6兆円(2022年時点)あるといわれています。そのためシェアを約1.7%取るだけで1,000億円にいけるので、基本的に現在の領域から新たに大きく変化する必要はないかなと思っています。

―― 現状における事業課題はどんなことでしょうか。また、それは上場に伴って発生した課題でしょうか。

:課題は、体制ですね。3年で50億~100億円規模の案件を取っていくためには、プロダクトの良さだけではいけないと思っています。ラーメンチェーンでいえばラーメンのおいしさだけではなく、ちゃんとお店もきれいにして名古屋で食べても大阪で食べても同じ味が出せなければいけません。そのためには、組織力が重要になってきます。10年後を見据えて、組織としてしっかりとクオリティや体制を担保して大規模案件にアプローチできるようにしていきたいと思っています。

2022年12月時点で弊社の従業員はグループ全体で約230人ですが、200~300人規模の人事制度と、500~600人や1,000人規模の人事制度は大きく異なります。経営者も組織も考えを常にアップデートさせ、進化していくことが急務です。

―― 激変の時代に新たに上場された企業は投資家・富裕層から注目されています。弊媒体読者へ、メッセージをお願いいたします。

:日本という国は、変化というものにあまり寛容な国民性ではありません。ただ、できれば新しいトレンドや新しい波が出てきた際、積極的に情報収集し受け入れていった方が、お金の面だけでなく幸せの面でも最終的に人生の超過利潤が出ると思っています。

私自身は、いま37歳(2023年2月時点)ですが、50代、60代になっても新しいものをフラットな目線で見られる人間でいたいと思っています。皆さまにも、同じような考え方でグロース市場の企業を見てもらえれば幸いです。