本記事は、ジョン・フィッチ氏とマックス・フレンゼル氏の著書『TIME OFF 働き方に“生産性”と“創造性”を取り戻す戦略的休息術』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。

dream
(画像=Konstantin Yuganov/stock.adobe.com)

「夢を見る」ことの驚くべき力

誰しも、人が眠っている姿を外側から見たことはあるだろう。目を閉じて、体の力は抜けていて、コミュニケーションや反応はない。よだれも出ているかもしれない。

そして睡眠は中断することができる(昏睡状態とは違う)。睡眠をどんなふうに感じるかも、僕たちは知っている。外からの刺激にあまり気づかなくなり、時間の感じ方がふたつになる。次の二種類の時間の欠如を体験するのだ。

ひとつは、数時間後に起きると、時間がまったく経っていない気がすること。

かと思えば、夢を見た夜はすごく長い時間が過ぎた気がする。(幻覚を見ているかのように)数分が数時間に感じられたりする。

しかし、睡眠と、それが健康やクリエイティビティに与える影響を本当に理解するためには、脳について学ばなければならない。

睡眠はいくつかの段階に分けられる。健康な人は、寝てから目覚めるまでに睡眠サイクルを何度か繰り返す。1回のサイクルはおよそ90分間で、さまざまな段階を経る。

あまり複雑にしたくないので、大事なふたつの言葉を紹介したい。深い睡眠と、レム(REM)睡眠だ。前者は身体の癒しと回復に必要で、後者は精神的な治癒と創造性の回復に必要とされている。

起きているとき、脳内回路の活動はかなり複雑だ。細かい近場の情報を処理するための高周波の動きが多く、脳内の離れたところには届かない。

しかし、深い眠りに入って周波が遅くなると、脳内のおしゃべりもゆっくりとなる。すると脳の他の部分が動き出し、コミュニケーションを始める。脳内の一部にとどめられている情報を、脳内の他の部分に動かすことはとても重要だ。とくに、短期記憶(海馬)から長期記憶(大脳皮質)への移動が重要である。

僕たちは起きている間に新しい情報を得て、眠っている間に情報を蒸留する。

深い眠りは、司書のような役割だ。なくなっているものはないか確認し、適切な場所にきちんと収め、記憶にタグ付けし、参照しやすくする。

しかし、遅い周波の睡眠がすべてではない。レム睡眠は、もしかしたらもっとすごいかもしれない。深い眠りによって集められ、整えられた情報を使うのだ。

僕たちが夢を見るのは、レム睡眠のときだ。夢は、創造力の発電所なのだ。

起きていると、僕たちは論理的でかっちりと順序をつけた考え方をする。レム睡眠では、この論理的な構造が崩れ、突拍子もないところから記憶を引っ張って来て、繋がりを作る。そのおかげで、はちゃめちゃな楽しい夢を見られることもある。

意識の届かない場所で、普段の凝り固まった考えから自由になることは、クリエイティビティにとっては強力なツールだ。面白い洞察や解決方法が浮かぶかもしれない。いわばアイデアの「ぽかぽか温め装置」だ。

しかも、夢で再現するため、レム睡眠は新しい記憶を作ったり、体の動きを習得したりするのにも役に立つ。ミュージシャンやスポーツ選手には、夢を利用する人が多い。

あるクラシックギターのコードを何度も練習したけれど、習得できなかったとする。その厳しい練習の直後に昼寝をする。目が覚めてもう一度やってみたら、今度はスムーズにできる。まるで魔法みたいに。これが夢の効果だ。学びには必要不可欠なものだ。

学習の前に眠ると、すでにある記憶を海馬から大脳皮質に移動させ、新しい情報を入れるためのスペースが脳内にできる。学習後の睡眠は、新しい情報を整えて「保存」のボタンをきちんと押してくれるのだ。

一流のパフォーマーたちも、トレーニングに睡眠を組み込んでいる。

面白いことに、他の霊長類に比べて人類の睡眠時間はかなり少ないものの、レム睡眠の占める時間が多い。

レム睡眠中は体の力が抜け、夢の中の出来事に合わせて体を動かすことができない。捕食者から逃れるために木の上で眠る生活をしているならば、そのような脱力はあまり好ましくないだろう。夢の途中で飛び起きて、木から落ちて首の骨を折るかもしれない。

しかし、僕たちの先祖たちは木から降り、地面で眠ることにした。それなりに安全な環境で眠れることで、深い眠りとより頻繁なレム睡眠が可能になったのだ。

これにより、人間は複雑なコミュニティやテクノロジーを発達させることができたと考える科学者もいる。そのおかげで、人類は強い種になった。他の霊長類に比べて睡眠時間は少ないが、有効活用している。

僕たちは、夢見ながら現代文明までたどり着いたのだ。睡眠は人類が「優れている」理由なのだ。ちゃんと役立てなければ。

毎晩の睡眠サイクルは、精神安定や日々の行動を効率よく支え、偉大な哲学者、イノベーター、リーダーになる力を与えてくれる。

しかし残念なことに、僕たちの中には日々、重度の睡眠不足のままで生きている人たちがいる。

そのツケは、予想よりずっと大きいというのに。

睡眠は人類にとって「奇跡の薬」

睡眠不足の影響はうんざりするほど長く続く。

睡眠が足りないと、とくに循環器系が大きなダメージを受けてしまう。夏時間に切り替えた日は睡眠不足になる人が多いが、心臓発作の受診数が25パーセント増加したという調査報告もある(*1)。

*1:ギリシャ人から学ぶことができる。アテネ大学医学部の研究「健康な成人人口におけるシエスタ」で、昼寝をよくする人は心臓発作のリスクが37パーセント低いことがわかっている。みんなでシエスタを導入しよう。

また睡眠不足は、集中力や判断力の低下に繋がり、19時間ずっと起きていると(午前7時から午前2時まで起きている感じだ)、飲酒運転と同じくらいの注意力になると言われる(実際、多くの交通事故は居眠り運転が原因だ)。

睡眠不足だと免疫力も落ち、たった1日満足に眠れないだけでも、癌細胞と戦う細胞が急減する。6時間睡眠が習慣になると癌リスクが40パーセント増加するとも言われる。

そしてもっとも衝撃的なのが、睡眠不足は性欲をなくし、精子の数とテストステロン値も減少させることだ。ウォーカー博士の睡眠離婚に懐疑的だったあなたも、取り入れてみたくなっただろうか。

睡眠をなめているとひどいことになる。そのほんの一部を紹介した。

恐怖心をあおってしまったかもしれないが、こう考えてみてほしい。睡眠はちゃんととりさえすれば、さまざまな不調や病気を治す、無料で在庫切れすることのない奇跡の薬になる。しかも簡単に服用できる! たっぷり眠れば認知能力や社会スキルも上がるだろう。

さらにはレム睡眠は、クリエイティブなアイデアを温める強力なツールであるだけでなく、さまざまな調整もしてくれる。

レム睡眠中、脳内の感情センターはとても活動的だ。くわえて、脳にはストレスを起こすホルモンであるノルアドレナリンがまったく存在しない。

だからストレスフルな記憶や感情を追体験しながらも、整理し、嫌な記憶を排除してネガティブな感情を抑え、中毒性のある行動を減らすのだ。

つまり、夢見ることで心の傷が癒されるのだ(*2)。

*2:残念なことにロザリンド・カートライトは『夢の心理学―生活に夢を役だてる』(白揚社 1997年)で、PTSDやその他のうつ病などを患っている場合、このプロセスは阻害されると述べる。夢を見ることで、ストレスを感じない環境で感情や経験を整理することが不可能であり、悪夢という形で恐ろしい経験を追体験してしまうのだ。

睡眠、とくに夢は、僕たちの心を静める。そのおかげで、他人に対して理解しようと努めたり、やさしくしたりする余裕も生まれる。

上司や管理職でとても短気な人がいないだろうか。気持ちをコントロールできず、チームを悪い空気にしてしまう人だ。その人たちはおそらく、寝る間も惜しんで働くことを誇りに思うタイプだろう。けれどちゃんと寝ていないと、前頭前皮質がぼんやりとし、扁桃体に思考のハンドルを明け渡してしまう。

そのため怒りに任せて行動に走り、「やるか、やられるか」といった極端な反応をしてしまう。良いことでも悪いことでも、感情の起伏が大きくなり、リスクの大きな行動をとりがちになるのだ。

人を導く立場であるほど、落ち着いて穏やかに、冷静に難局を乗り切らなければならない。だから、睡眠を味方につけよう。

扁桃体に身を任せて爆発してしまうことは、感情的に不安定であるだけでなく、ストレスレベルにも悪影響を与える。

交感神経系は、急激なストレスや危険が迫った状態のとき、身体を乗っとってしまう。トラから逃げたり、難しい交渉などに挑んだりするときは好都合だ。

しかし、これが常時になるとまずい。ちゃんと寝ていないと、交感神経系が常に活発で、高血圧や心臓発作、動悸、息切れなどの症状に繋がる。体に大きなダメージを与えるのだ。

ストレスや不安を感じると眠ることは難しいかもしれない。だからこそ、余裕をもって寝る時間を設定しよう。

睡眠によって脳内は整理される。いらないものを捨てる時間なのだ。

睡眠中に脳細胞は60パーセントほど縮む。髄液が流れるスペースを作り、それによりベータアミロイドたんぱく質のようなネバネバしたたんぱく質などの不要物を排出することができる。このたんぱく質が蓄積すると、アルツハイマー病になると言われている。

たっぷり眠ることで、脳は若く健康でいられる。加齢とともにリスクが上がる、さまざまな神経変性疾患を予防するのだ。

つまり、大きな目標がある、素晴らしいチームにしたい、難しい問題を解決したい、あっと言わせるような芸術作品を作りたいなどと思うなら、まずは脳をすっきりさせ、イライラしたり、ストレスにやられたりしなくてすむようにしよう。

ラッキーなことに、解決策は簡単だ。ぐっすり眠ろう。毎晩、決まった時間に。

TIME OFF 働き方に“生産性”と“創造性”を取り戻す戦略的休息術
ジョン・フィッチ(John Fitch)
ビジネス・コーチ、エンジェル投資家、ライター。仕事中毒から立ち直りつつあり、この本は昔の自分を念頭に執筆した。テキサス大学オースティン校で経営とメディアを学んだ。デジタルプロダクト・デザインによりキャリアを積み上げ、働く人が楽しくなさそうな仕事の自動化を推進する技術開発に投資するエンジェル投資家。未来の経営と働き方に大きな興味があり、近い将来、みんながクリエイティブな仕事をするだろうと考えている。ディナーパーティーを企画し、新しいアイディアやひらめきに出会うのが好き。柔術に励み、新しいところを旅したり、スイカを栽培したり、音楽を演奏したり、大好きな人とダンスしたりしている。
マックス・フレンゼル(Max Frenzel)
AI研究者、ライター、デジタル・クリエイティブ。インペリアル・カレッジ・ロンドンで量子情報理論を研究し博士号を取得後、東京大学のポスト・ドクター・リサーチ・フェローとして着任。AI研究とプロダクトデザインを組み合わせるスタートアップ事業に多数参加。最近の関心は、クリエイティビティとデザイン、音楽にAIやディープ・ラーニングなどを融合させること。かかわったAIアートの中には、ロンドンのバービカン・センターに展示された物もある。AIとクリエイティビティをテーマに講演活動も行っている。タイムオフの時間には、おいしいコーヒーを楽しむ。パン焼き名人になるための練習も欠かさない。電子音楽を作り東京の各地で演奏も行っている。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます
ZUU online library
(※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます)