本記事は、岩田松雄氏の著書『ブランド 「自分の価値」を見つける48の心得』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。
一流は「基本動作」をさぼらない
ちょっとしたミスを犯したせいで、それまで築いてきたブランドに対する信頼を失ってしまうこともあります。
どんなにサービスがよく、こちらに有利な条件で取引ができたとしても、たとえば契約書に印を押した際に、相手が印鑑の先についた朱肉を拭き取る「基本動作」ができなかった場合、私はすっと熱が冷めます。
最近よく起こる残念なことは、メールの宛先の私の名前を「松田様」とか「松尾様」、「岩松様」などと間違えて、平気で送ってくることです。もちろんそういった営業担当は信用がおけないので丁重にお断りします。
このような「基本動作」は、決してお客様のためだけではありません。
無頓着な営業担当ほど、せっかく買うと決めたお客様から手付金をもらわずに帰って来てしまいます。お金の話は言い出しにくく、つい早く帰りたい気持ちが勝ってしまうのでしょう。
営業担当にとって手付金をいただくことは、お客様に買う意思をしっかり固めていただく大切なプロセスです。私は、1万円でもいいから、必ず手付金をいただくようにしていました。私はそうした基本をしっかり守ったおかげで、一度もキャンセルを受けたことはありませんでした。
人は迷うものです。買ったあとでも不安になります。でも手付を打つことにより、お客様は踏ん切りがつくのです。自分の商品に自信があり、お客様に後悔させない自信があるからこそ、営業担当はそっと背中を押してさしあげられるのです。
一方、お客様に迷惑をかけながら、それを気に留めない人もいます。こういう人は、本人も気づかないうちに信頼を失っていきます。
私はかつて、信頼していた保険の営業担当から、妻が事故で大怪我をし、保険金について相談したところ、「保険金が出ると思うから、診断書を取ってくるように」と依頼されました。忙しい中、病院まで行って診断書を取り、申請書類とともに送付したところ、結局保険金が下りないことになってしまいました。
口頭での簡単な謝罪はあったものの、その診断書を取り寄せたコストと手間について、彼は一切気にかけていないようでした。
たしかに、彼の所属する会社のルール上は負担する義務がなかったのかもしれませんが、最初からちゃんと調べるなり、社内のしかるべき部署に確認をとっておけば、そうした
私たちは、まったくムダな時間とお金を費やしました。もし私が彼の立場であれば、手間をかけたことをきちんと詫び、ポケットマネーからでも診断書費用のお金を返すことを考えるでしょう(私はそのお金を受け取らなかったと思いますが、その姿勢がとても大切です)。
じつは、彼は礼儀正しく、ほとんどの「基本動作」を身につけている人でした。だから私も応援して、人を紹介するなどして付き合ってきたのですが、たかがお詫びのひと手間と数千円のお金を惜しんだだけで、少なくとも彼を友人や知り合いに紹介したいという私の気持ちはまったくなくなりました。
それまで私は、彼の会社と付き合っているという意識は希薄で、あくまで彼個人のブランドに惹かれていました。
しかしながら、たった数千円のお金と「私の不勉強で大変なお手間を掛けてしまい、申し訳ありませんでした」というひと言が聞けなかったために、私の中で彼へのブランド意識は崩壊したのです。
こうした異常事態のときこそ、ブランドの価値を大きく向上させるチャンスです。
私は大阪での営業担当時代、バイクで配達をしていた酒店の店員さんと接触事故を起こしてしまいました。
お詫びと店員さんの容態を伺うため、私は毎日その酒屋に通いました。大切な店員さんに怪我をさせた人間が毎日現れるのですから、ご主人も最初はいい気持ちではなかったはずです。
私は、あまりお酒が飲めないのですが、毎日通うついでに、ワインを買って帰るようにしました。とてもぶっきらぼうだったご主人は、次第に話をしてくれるようになり、やがてワインの知識をいろいろ教えてくれたり、値引きをしてくれたりするようになったのです。
そんなある日、ご主人がいきなり、
「一番高いクルマのカタログを持っておいで」
と言い、当時もっとも高かった「サンタナ」という高級車を、即決で買ってくれました。私からクルマを買ってほしいと言ったことはもちろん一度もなかったし、そもそも大切な店員さんと接触事故を起こしてしまったのですから、心からのお詫びの気持ちで通っていただけです。
しかし、その異常な事態に対する「処理」を誠実に行ったことで、ご主人にとっては大きなマイナスだったはずの私のブランドは、やがてプラスに転化しました。その後も、何かに付けて私を応援してくださったのです。