本記事は、オリバー・バークマン氏の著書『HELP!「人生をなんとかしたい」あなたのための現実的な提案』(河出書房新社)の中から一部を抜粋・編集しています。

ポイント
(画像=Kiattisak/stock.adobe.com)

「先延ばし症候群」の治療法

2007年の夏、「不履行問題」に関する世界一流の専門家がペルーのリマ市に集結した。「先延ばし症候群」に関する国際会議を開催するためだった。ようやくこの会議の開催にこぎつけることができたわけだが、それまでにどれほど多くの歳月がこの先延ばし症候群の犠牲になって費やされてきたことか、私には知る由もないし、今更そのことについて気の利いたコメントをする気にもなれない。ただ、この症候群の研究者たちが連日多くの熱意のない悪ふざけに耐えてきただろうことは想像に難くない。しかし、ペルーを会議の開催地にしたのは適切な選択だった。同年3月、ペルー政府は国民の間に広がっている慢性的な「時間厳守問題」に取り組み始めたばかりだった(ちなみに、この種のキャンペーンを始めるにあたって開かれた記者会見の席にも、何人かの政府当局者が遅刻してきた事実を『タイムズ』紙が報じていた)。ともあれ、いわゆる「仕事忌避」の問題についての膨大な研究結果や、何百種もの自己啓発本があるにもかかわらず、「先延ばし症候群」がいまだ一般の人々の間で誤解されたままである事実に目を向けなければならない。このままだと、先延ばし症候群を治療しようといくら試みても、逆に事態を悪化させる結果に終わるだろう。

その道の一流の研究者であるジョセフ・フェラーリ教授によると、先延ばし症候群の患者はアメリカ人全体の20パーセント程度らしい(アメリカ以外の国でもほぼ同じ程度と思われる)。この症候群は単なる怠惰とはまったく性質の異なるものだ。それは、もしかしたら失敗するかもしれない、たとえ成功したとしてもコントロールできなくなるのではないか、などといった恐怖に根ざした、いわば自発的な危険回避策ともいえるもので、それだけに、対象となるのはその人の人生にとって真に重要な事項であり、日頃の雑用のたぐいではないのだ。私自身、先延ばし症候群対策について書かれたたくさんの本やウェブサイトを読みながら長い間結論を先延ばししてきた。

だがその結果、予想外の副産物を手にすることができたので、ここで3つばかりご紹介しよう。

(1)「やる気」は行動の後に起こる

「やる気」を起こす方法について書かれた本を読み、精力的で扇動的な講演なんかを聴くと、何らかの行動を起こす前には、まず積極的な気分になる、つまり「やる気」を起こさなければならない、という気にさせられる。しかし、それは形を変えた巧妙な精神的重圧となって、かえって問題を深刻化させるという皮肉な結果に終わってしまう。もし今現在あなたの気分が優れず、また当分の間気分が晴れる見込みもない場合はどうか? あるいは、物事を始めたばかりで、何の予備知識もないときはどうか? こんなときに「やる気」を起こせと言われても無理な相談だろう。要するに、「やる気」は後になって顔を出すものなのだ。

(2)抵抗心は良い道しるべ

何か仕事を始める際、「やりたくない」という抵抗感を覚えることがある。これは意味のある兆候で、あなたの心の中に恐れや不安を目覚めさせ、「先延ばし症候群」を引き起こすものである。そんなとき、「何であれ、一番やりたくないことに挑戦しなさい」という格言をあなたの人生哲学にするといい。作家のスティーブン・プレスフィールドが、そのもったいぶった、しかしなかなか興味深い内容の『やりとげる力』(宇佐和通訳、筑摩書房)という本で述べているように、「物事がわれわれの精神の進化にとって重要であればあるほど、それを実行するにはより大きな抵抗感を覚えるのである」。

(3)スケジュールは余暇のために作る

先延ばし症候群というのは、「やらなければならない」と信じることへの反逆である。自分自身の心に向かって「早くやりなさい」と叫べば叫ぶほど、この反逆心はますます強固なものになっていくのだ。心理学者のネイル・A・フィオーレは著書『戦略的グズ克服術 ナウ・ハビット』(菅靖彦訳、河出書房新社)で、「アンスケジュール(予定されない時間)」を維持する習慣を身に付けなさい、と言っている。どういうことかというと、余暇の活動計画は立てるが、仕事についてはそれが済んだ後で実際にかかった時間を記録する、というものだ。もし、1日のうち何時間かを仕事の時間に割り当てる計画を立てたとする。実際に働いた時間が予定より少なかった場合(仕事が予定より早く済んだ場合)、余った時間は仕事をしなかった負の時間として記録される。しかし、はなからそんな計画を立てずに仕事をすれば、仕事に費やした正味の時間だけを成果として記録することができるのだ。

メールの受信箱を空に保つ方法

「人の幸せ」について私がこれまで週刊誌に書いてきたほとんどのコラムでは、主としてほかの人たちの著作やブログを話題の中心に据えてきたが、これから述べることは間違いなく私自身がほぼ自力で成功裏に編み出した唯一の自己啓発案「人生を豊かにする作戦」である。ただ、残念なことに、一般の読者が期待するような内容ではない。例えば、充実した人間関係を構築する方法とか、今の収入を三倍に増やす方法、といったものではないことをあらかじめ断っておこう。私の自己啓発案は、メールの受信箱をいかに管理するか、という、それだけのことだ。だが、地味ではあるもののそれなりの利点があると自負している。

情報の管理については、すでにたくさんの解説が世の中にあふれているが、私がひらめいたことを具体化してくれたのは、生産性の研究で世界的に影響力を持つデビッド・アレンの著書『はじめてのGTD ストレスフリーの整理術』(田口元監訳、二見書房)と、ウェブサイト 43folders.comの2つだった。私の案の根底にある原則は、「受信箱にメールを溜めるな」というもので、普通の郵便物を入口のドアマットの上に置いたまま放置したり、買ってきた食糧や雑貨をショッピングバッグの中に入れたままにしないのと同じ原理だ。それらは必要に応じて処理したり適切な場所にしまったりするのが普通だが、私の場合はメールをどのように取り扱うかというのが課題なので、ここに挙げるのは、私なりに多少手を加えた方法になっている。

ステップ1

2カ月以上も放置されたメールが何百通もある場合、例えば「厄介メール」という名のフォルダーを作ってそこに一括して投入する。その中には急いで処理しなければならないメールが含まれているとは考えられない。もしあったとしたら、相手は今までに何度も返事を督促してきているはずだ。将来、ひょっとしてこのフォルダーをチェックしなければならないときが来るかもしれないが、永久に来ない可能性の方が高い。

ステップ2

「アーカイブ(書庫)」というフォルダーを作り、今まで項目別あるいは発信者別に保管していたメールをすべてこのフォルダーに移す。分類して保管する必要はない。なぜなら、検索機能を使えばフォルダー内から一瞬にして必要なメールを取り出すことができるからだ。

ステップ3

受信箱に入ってきたメールを1つひとつチェックしていく。不要なメールがあれば、即刻ゴミ箱へ捨てる。必要なメールのうち、何らかの行動を起こす必要のあるものをアクティブメールとして残し、それ以外のものについて保管する価値があるかどうかを漠然と判断する。保管した方がいいと思われるメールを「アーカイブ(書庫)」のフォルダーに移す(なお、受け取ったメールのすべてに返事を出さなければならない、などとは考えないこと。返答する価値も必要もないメールがたくさんあるから)。

ステップ4

ここで画期的なテクニックをお教えしよう。目覚まし時計かタイマーを、例えば四五分に設定してから、アクティブメールを一つひとつチェックしていく。それぞれが要求している事柄が何なのかを見極め、それが1〜2分で済むものなら、その場で対応する。もしかなりの時間と労力を要するような場合は、要求された事柄を「やることリスト」に記しておく。この45分の作業を必要に応じて何度も繰り返す。おそらく、第1ラウンドで相当数のメールが処理されることに驚くだろう。

ステップ5

現在進行中のプロジェクトに関するメールがたくさんあり、それぞれが1〜2分で処理できない場合は、それらをプリントアウトして、プロジェクトのほかの資料と一緒に保管しておく。そこで必要とされる事柄を「やることリスト」に記すことを忘れないように。

ステップ6

今やきれいに整理された受信箱に残っているのは、未処理のアクティブメール、返事をするのに時間がかかるメール、その2つだけだ。これらを処理するのに何らかの秘訣があるわけではないが、すでに除去したメールに煩わされることなく、個々のメールに集中して取り組むことができるのは大きなメリットだろう。

こうして、最終的には受信箱を空にできるという寸法だ。しかし、受信箱をつねに空っぽにしておくことにこだわるあまり、メールを受信してすぐに処理しないと気が済まなくなるのは、何も生産性オタクに限った話ではない。あなただって、この異様な魅力に惹かれて中毒症状を起こすこともあるかもしれないのだ。

究極の「やることリスト」

まだ「やることリスト」を使用したことのない人がいると聞くと、私はいつもびっくりしてしまう。彼らは朝起きてから夜ベッドに入るまで、一日中何かしらをして過ごしているのに、ノートやメモに仕事の予定を書いたり消したりすることも、ましてやマジックペンやポストイットを使ってカラフルなスケジュール表を作るなんてことはしたことがないのだろう。そんな人たちの目には、われわれのようにタイム・マネージメントに従って生活管理をしている人間は奇異な存在に映るだろう。私は最近、いろいろな種類の「やることリスト」を比較してそれぞれの長所・短所を検討しているが、こんなのは彼らにとっては恐怖でしかないだろう。そうした人たちは明らかにわれわれとは異質の存在で、私がこれからお話ししようとしていることの対象者ではないことを申し上げておこう。

さて、定期的であれ、散発的であれ、「やることリスト」を作成している人たちは、時として複雑な気持ちに追いやられることがある。例えば、「やることリスト」のとおりに仕事が完了しなかったり、朝作ったリストより夕方のリストの方が長くなっていたりすると、敗北感や挫折感に襲われることがある。われわれが「やることリスト」を利用するのは、集中して仕事をするためであり、そこで大切なのは「自発性」である。リストの作成者がリストに支配されるようでは困るが、現実は先述のとおりである。また、リストを作成することは「先延ばし症候群」や「優柔不断」の一端であることも何となく理解できる。リスト作成は建設的な作業のようで、実はそうではないのだ。

それでは、「やることリスト」を気持ち良く作成し、利用する方法はあるのか? ストレスを増やすことなく、自発性を殺すことなく「やることリスト」を活用するにはどうすればいいのだろう。いろいろな意見があるが、ポイントは三点に絞られる。

(1)1つのリストを複数目的で利用しないこと

あなたがやろうと決めた事柄の備忘録リストを、その日にやらなければならない仕事の手順書としても利用してはいないだろうか? もしそうなら、それはストレスを溜める原因であり、その日の仕事の達成感を妨げるものだ。ここでいう達成感とは、その日に完了した仕事をリスト上から横線で消し込むときの快感である。この対策としては、2種類の「やることリスト」を作ることをお勧めする。1つは「マスターリスト」、もう1つは「デイリーリスト」という具合に。前者は簡単に達成できない目標のリストに、後者はその日のうちに完遂できる仕事だけを連ねたリストにするのだ。

(2)「やることリスト」と「やりたいことリスト」

デイリーリストを作成するときに注意しなければならないのは、自分の能力を過大評価しないことだ。つまり、「やらなければならないこと」をせいぜい三つか四つ選ぶ代わりに、「やりたいと思っていること」を多数(例えば20もの項目)リストアップするようなことは避けなくてはならない。さらには、緊急の場合を除いてその日予定していた仕事に新しい仕事を追加しないことも大切だ。

重要なのは、その日のうちに必ずやり遂げる自信のあるものを選ぶことで、たとえそれが数時間で完了する仕事であってもかまわない。その結果時間の余裕ができれば、マスターリストから適当な仕事を選んで実行すればいいのだ。

(3)デイリーリストは自己完結型にすること

新しい仕事が次々と押し寄せてくるとき、緊急案件を除いて、それらをそのままその日のデイリーリストに付け加えてはならない。一旦作成されたデイリーリストはつねに排他的で自己完結型でなければならない。新しい仕事はマスターリストに書き込めばいい。もっとも、すでに完了している仕事をデイリーリストに書き加える人がいる。かく言う私自身もその一人だった。リストに書かれた仕事を横線で消し込むときの快感を味わいたかったからだ。悲劇の主人公のようなリスト作成者が、そんなふうに自らささやかな楽しみを作り出すことくらい、許されるべきだろう。

HELP! 「人生をなんとかしたい」あなたのための現実的な提案
オリバー・バークマン
1975年、リヴァプール出身。ケンブリッジ大学社会政治科学部学位取得。イギリスの全国紙『ガーディアン』の記者。外国人記者クラブ(FPA)の若手ジャーナリスト賞受賞。英国で最も権威ある報道賞・オーウェル賞ノミネート。『ニューヨーク・タイムズ』や『ウォール・ストリート・ジャーナル』などアメリカの有名紙、雑誌『サイコロジーズ』や『ニュー・フィロソファー』にも寄稿。著書にベストセラー『限りある時間の使い方』『ネガティブ思考こそ最高のスキル』他。

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