本記事は、オリバー・バークマン氏の著書『HELP!「人生をなんとかしたい」あなたのための現実的な提案』(河出書房新社)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

〝ニュース断食〞をやってみた

人生を改善する最良の方法はニュースと縁を切ることだ、と言う人が多い。幸福についての本を著している作家だけでなく、私の友だちの中にもそう主張する人がいるのには驚きだ(こういう連中の中には、CNNを茶化して「コンスタント・ネガティブ・ニュース(絶え間なく続く悪いニュース)」と言い換える者もいる)。ニュースかぶれの私は、いつも彼らを無視し、小馬鹿にしてきた。この世の中で起こっていることを知るのはわれわれの道徳的義務ではないのか、という思いがあったからだ。もっとも、人生の大半を新聞記者として費やしてきた私がこんなことを言うのはむしろ当然で、それは私の自己本位の考え方だとしか取られないことはわかっている。

その一方で、ニュースなど排斥すべきだと主張する人たちの言い分にも説得力がないわけではない。『ニュースをみるとバカになる10の理由』(林岳彦・立木勝訳、PHP研究所)を著したジョン・サマービルは言う。「ニュースを毎日報道する理由は、ただ一つ、絶えず新しい情報(産業)を生み出すことにある」と。報道機関が抱く関心は決まっている。彼の言い方を借りれば、世の中を「激動と散乱」の状態にあるとし、しかも絶えず変化してやまないものとみなす人々の考えをやたら煽ることにある。

「俺は新聞を読まないことにしている」と、一匹狼のエコノミスト、ナシム・タレブが私に話したことがある(こともあろうに、新聞記事用のインタビューの中でだ)。彼が新聞を読まないようにしているのは、「新聞は読者を愚かにしていくだけだから」だそうだ。「新聞は毎日、何かしら新しい物語を創り出さねばならない。エンジニアが『シグナルとノイズの比率』と呼んでいる指標で示すとお粗末な結果しか出ない。しかも、ニュースが報じた重大事件のうちどれが本当に重大だったのかがわかるには、何週間も、いや何年も経ってからのことだ」

私が最終的にニュース断食、つまり「ニュースなどの一切の報道からの回避」をしてみようと思い立ったのは、進化心理学者のディードリ・バレットの示唆があったからだ。彼女によると、ニュースは「超常的刺激」になる可能性がある、という。

人間は特定の刺激に反応しながら進化してきたが、そうした刺激を人工的に作り変えることで生まれた新しい刺激は、われわれを欺く効果を持っている。例えば、ある鳴禽類は本当の卵を孵化させようとせず、けばけばしく大きめに作られた偽の卵の上に座ろうとする。人間の場合、この顕著な例がポルノグラフィーで、これは一種の進化的詐欺行為を押し進めるものだ。本当の肉体の代わりに「肉体の写真」に惹かれるという行為は、どう考えても人間の遺伝子を再生させる上で優れた行為とは言えない。

ニュースがこれらと同じ働きをするとすれば、どうだろう? 先史時代の人間は生き残りを左右する情報に飢えていて、将来の危険やチャンスを教えてくれるような新しい出来事に魅せられた。それには大切な意味があった。しかし、今や「最も壮大で劇的な災害を求めて、この地上を隈なく走りまわる」ことにうつつを抜かすわれわれは、この種の事件への飢えを進行させるだけであって、何のメリットももたらさない、とバレットは著書『Supernormal Stimuli(超常的刺激)』に書いている。

そこで私はやってみた。新聞記者という制約があったため、わずか6日間だったが、最初の二日間は「ニュース中毒」の意味をいやというほど味わうこととなった。おそらく回復中の中毒患者が感じるだろう苦しみを体験させられたのだ。無意識のうちに自分の手が這うように動き出し、パソコンのマウスや、ラジオのスイッチにまで伸びていこうとする。ハッと気付いて、途中で手を止めるが、いつもタイミングよくいくわけではなかった。しかしそうしているうちに、私の気持ちは周囲の物事に動じなくなっていった。バーで会った友人は、私が聞いたことのないニュースを教えてくれたが、それは私たちの会話の障害にはならなかった。

ニュースを断つという決心は、結局のところ長続きしなかった。私は、以前に劣らず、ニュースに親しむ基本姿勢の重要性に思いを馳せるのであった。だが、今回のニュース断食の経験を通して得た収穫もある。それは、私の人生から一時的に何かを完全に除去してしまうことによる利点ではなく、すでにそれまでに取り入れてきた知識をあらためてより一層明確に意識することができる、ということだ。

私は、かつて太平洋で大地震があったことやユーロ圏に新しい財政危機が襲ってきたことも知っており、それらについてもっと詳しく追究したい気持が強くなってくるのである。ただし、具体的に何を追究するかについては、私なりの考えがあり、興味本位で選択する気などはさらさらない。例えば、アルコール中毒のアイドル女優リンジー・ローハンが刑務所から出所したとか、短気で粗暴な男優のラッセル・クロウが他人目がけて電話機を投げつけたとか、などのニュースは、私にとってそれ以上深く知る必要のないものだ。

「賢人が無視したいと思うことは山ほどある」と言ったのは、19世紀の思想家であるラルフ・ワルド・エマーソンだが、これはローハンやクロウの事件に対する私の考え方のスタンスでもある。

HELP! 「人生をなんとかしたい」あなたのための現実的な提案
オリバー・バークマン
1975年、リヴァプール出身。ケンブリッジ大学社会政治科学部学位取得。イギリスの全国紙『ガーディアン』の記者。外国人記者クラブ(FPA)の若手ジャーナリスト賞受賞。英国で最も権威ある報道賞・オーウェル賞ノミネート。『ニューヨーク・タイムズ』や『ウォール・ストリート・ジャーナル』などアメリカの有名紙、雑誌『サイコロジーズ』や『ニュー・フィロソファー』にも寄稿。著書にベストセラー『限りある時間の使い方』『ネガティブ思考こそ最高のスキル』他。

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