本記事は、田渕直也氏の著書「教養としての『金利』」(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。

金利
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政策金利について

政策金利は、世の中のさまざまな金利の水準感を決めるおおもとの金利であり、非常に重要なものです。したがって、その変更は経済全体に大きな影響を与えるため、普段は金利についてあまり触れない経済ニュースなどでも大きく取り上げられます。政策金利の引き上げは、加熱した経済活動を抑制してインフレを回避するための金融引締め政策の主要な手段であり、政策金利の引き下げは、経済に刺激を与えて景気を下支えするための金融緩和政策の主要な手段です。

これだけ重要なものなので民間部門にその決定を任せられないわけですが、一方で、政府がこれを行なおうとすると、政治的な思惑から金利を引き下げる方向に強い誘因が働きがちです。低金利には経済を刺激する効果があり、政府は自らへの支持を拡大させるために金利を引き下げたがるのです。ところが低金利にはインフレを誘発する効果もあり、インフレが昂進してしまうと国民生活に計り知れない打撃が生じます。

そうしたことから、少なくとも主要先進国では、政府からある程度独立した形で、政策金利の水準を始めとする金融政策の決定権限を中央銀行に与えるというやり方を採用しています。中央銀行が政府からどの程度独立して金融政策を行なえるかは、国によって、また時代によって少しずつ変わりますが、いずれにしてもこうした仕組みや性質のことを中央銀行の独立性と呼んでいます。

中央銀行は、通貨の発行や、金融政策の決定、執行等を担う特殊な銀行です。たとえば日本の場合は日銀(日本銀行)が該当しますが、日銀には政府が50%超を出資しており、さらに法律によって特別な役割と権限が与えられています。政府が過半を出資していることからもわかるとおり、完全に政府から独立した組織ではなく、トップである総裁を含めて主要人事は政府が任命することになっているのですが、金融政策の決定に関しては一定の独立性が認められるようになっています。

さて、ここまでたんに政策金利と呼んできましたが、政策金利にも国によっていくつかのパターンがあります。

アメリカでは、中央銀行の機能を担う連邦準備制度と呼ばれる仕組みのなかで、連邦公開市場委員会(FOMC、Federal Open Market Committee)(*1)において金融政策が決定されます。FOMCは、定例会合としては年に8回開催され、そこでフェデラルファンド金利という重要な短期の市場金利に誘導目標を設定します。これがアメリカの政策金利です。


*1:アメリカの中央銀行制度は、全体として連邦準備制度(Federal Reserve System、FRS またはFed フェド)と呼ばれており、連邦準備制度理事会(Federal Reserve Board、略してFRB)と、地域ごとに置かれた12の連邦準備銀行(Federal Reserve Banks、これも略してFRB、日本語では地区連銀とも)によって構成されています。連邦準備銀行は中央銀行業務の実施機関で、それを統括するのが理事会です。この理事会議長がいわゆる中央銀行総裁にあたり、一般にFRB議長と呼ばれています。そして、理事会の理事全員と一部の地区連銀総裁がFOMCメンバーとなって金融政策を決定します。


フェデラルファンド金利は、銀行同士が資金の過不足を補うために市場でお金を貸し借りする取引の金利です。今日借りて明日返すというわずか1日の取引で、これをオーバーナイト(overnight、O/Nと略されることが多い)といいます。また、お金の貸し借りには、担保(*2)が付随するものとそうでないものがありますが、この取引には担保がつきません。


*2:担保とは、借手がお金を返せなくなったときに返済金の回収に充てられるように、あらかじめ借手から貸手に預けられる資産のことです。住宅ローンなどでは不動産が担保になりますが、金融市場では債券などの有価証券が使われることが一般的です。


日本でも、後でみるようにいま現在は少し違った政策金利を採用しているのですが、かつてはアメリカ型の政策金利を採用しており、それが一応の基本形と考えられます。

日本には、主に銀行間で短期資金の貸し借りを行なうコール市場というものがあり、そのなかでもとくに翌日物と呼ばれる取引が盛んに行なわれ、金融市場において非常に重要な存在となっています。ちなみに“翌日物”は、先ほどのオーバーナイトのことです。また、日本のコール市場では、担保を付けないで取引を行なうことが一般的であり、したがってコール市場の中心的な取引は無担保コール翌日物というものになります。この取引の金利はまさに、アメリカのフェデラルファンド金利に相当するものといえます。従来の日銀は、この無担保コール翌日物の取引金利に誘導目標を設定し、それを政策金利としていたのです。

ただし、いま現在(*3)の日本の政策金利は少し違ったものが採用されています。現在日銀は、一般の銀行が日銀に預け入れている日銀当座預金という預金残高の一部に、マイナス0.1%の金利を課していて、これが主な政策金利となっているのです。


*3:この項目の情報は、2022年12月末現在のものです。


日銀は「銀行の銀行」ともいわれており、一般の銀行が、銀行同士でお金をやりとりするための口座を日銀に開設しています。また、預金者を守るための準備預金制度というものがあり、一般の銀行は受け入れている預金の一定割合を準備預金として日銀に預けなくてはいけません。この両方の役割を果たすのが日銀当座預金ですが、その残高が一定水準を超える(*4)とマイナス金利が課されることになります。マイナス金利というのは、預金者が金利を払わないといけないということです。だから、預金者である銀行に金利が「課され」ているわけです。


*4:日銀当座預金残高は、金利という面では3階層に分かれており、+0.1%の金利がつく基礎残高と金利がつかないマクロ加算残高の合計を超えた部分を政策金利残高と呼び、この部分にマイナス金利が適用されます。


いまの日本の金融政策はマイナス金利政策と呼ばれることが多いと思いますが、その場合のマイナス金利は、この日銀当座預金の一部残高に課されるマイナスの金利のことを指しています。

これが現在の日本における主要な政策金利ということになるのですが、実は日銀がコントロールしているもうひとつの金利があります。こちらは世界的にみても珍しいパターンなのですが、10年物国債利回りという長期の市場金利に「概ね0%程度」(*5)という誘導水準を設けているのです。従来の金融政策の常識でいうと、中央銀行はごく短期の市場金利に働きかける形で金融政策を行ない、債券市場などで決まる長期金利に関しては市場での取引のなかで自然に形成されるに任せるものとされていました。そもそも中央銀行が債券市場に介入しても、長期金利を狙った水準に維持し続けること自体がむずかしいと考えられていたのです。ところが日銀は、その長期金利にも目標水準を設定し、それを維持するために必要に応じて無制限で国債を買うという強力な市場介入を行なうことによって、自分のコントロール下に置くようになりました。


*5:これには変動許容幅が設けられていて、2022年12月に従来の±0.25%から±0.5%に拡大されています。


日銀当座預金金利と10年物国債利回りという2つの政策金利を組み合わせるこの手法は、イールドカーブ・コントロール(YCC、Yield Curve Control、日本語では長短金利操作)と呼ばれています。イールドカーブはとても重要な概念なので、あとで詳しくみていきます。

欧州共通通貨ユーロの政策金利についても簡単にみておきましょう。ユーロは、EU(欧州連合)加盟国のうち20カ国(*6)が法定通貨として採用している共通通貨です。EUに加盟しているけどユーロは採用していないという国もあるのですが、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、オランダといった主要国の多くはこの共通通貨制度に加わっています。


*6:2023年からクロアチアが加わり、ユーロを採用している国が20カ国になりました。


その共通通貨に関する金融政策の統括機関として設立されたのがECB(欧州中央銀行)で、以前からある各国の中央銀行は、金融政策の執行機関としてECBの下部組織に位置づけられるようになっています。

さて、現在ECBは、複数の金利を政策金利として採用しています。民間の銀行が中央銀行に預ける中央銀行預金に対する付利金利(預金ファシリティ金利)、民間の銀行が週に一度の入札で中央銀行から1週間お金を借り入れるときの金利(主要リファイナンス・オペ金利)、緊急時に中央銀行から1日だけお金を借りるときの金利(限界貸付ファシリティ金利)という3つです。

この3つを操作することで、やはり銀行間でお金の貸し借りをする短期金融市場での取引金利の水準に大きな影響を与えているのです。たとえば預金ファシリティ金利は、中央銀行の預金口座に預けっぱなしにしておけばもらえる金利ですから、それを下回る水準で誰かにお金を貸す必要はありません。したがって、この金利が市場での取引金利の下限になります。逆に、急に資金不足に陥ったときには、限界貸付ファシリティ金利で中央銀行から1日だけお金を借りて凌ぐことができるので、それよりも高い金利で誰かからお金を借りる必要はありません。ですから、この金利が市場金利の上限になります。そして、金融政策で中心的役割を果たすのが、主要リファイナンス・オペ金利で、これが政策金利の中心と位置づけられています。

こうした各国の政策金利をいちいち覚えるのは面倒ですが、細かいことはさておき、一口に政策金利といっても、国や通貨により、そして時と場合により、さまざまなタイプのものがあるという具合に理解しておけばよいでしょう。そして何よりも重要な点は、政策金利が具体的には何であれ、基本的には、重要な市場金利を中央銀行のコントロール下に置くことで、その先にある世の中のさまざまな金利の水準に影響を与えようとするものであるということです。

教養としての「金利」
田渕直也
1963年生まれ。1985年一橋大学経済学部卒業後、日本長期信用銀行に入行。 海外証券子会社であるLTCB International Ltdを経て、金融市場営業部および 金融開発部次長。2000年にUFJパートナーズ投信(現・三菱UFJ国際投信)に 移籍した後、不動産ファンド運用会社社長、生命保険会社執行役員を歴任。 現在はミリタス・フィナンシャル・コンサルティング代表取締役。 シグマインベストメントスクール学長。 『この1冊ですべてわかる デリバティブの基本』『ランダムウォークを超えて 勝つための株式投資の思考法と戦略』『[新版]この1冊ですべてわかる 金融の基本』 『図解でわかる ランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて』 (以上、日本実業出版社)、『ファイナンス理論全史』(ダイヤモンド社)。

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