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(画像=株式会社中外燐寸社)
田中 礼一郎(たなか れいいちろう)
株式会社中外燐寸社代表取締役
株式会社中外燐寸社、株式会社CVEC(シーヴェック)代表取締役、岡山旭東病院救急科副部長 1964年岡山県岡山市生まれ。外科・救急科専門医、救急指導医、外傷専門医。山口大学医学部卒業後、大阪大学医学部附属病院特殊救急部に入局。国立水戸病院外科、松戸市立病院救急部、米国ニュージャージー医科歯科大学医学部などを経て、大阪府立病院救急診療科などで外科・救急医学を学ぶ。2003年、岡山大学病院救急部に勤務。2004年父親の急逝に伴い、(株)中外燐寸社を承継。2012年より現病院勤務。救急医療に携わるとともに時代を意識した製品開発と社会貢献を重視した会社経営をめざしている。
株式会社中外燐寸(まっち)社
現存するマッチ製造会社の中で最古の1890年創業。1976年に硫黄不使用の脱硫燐寸で製法特許取得。優れた品質とともに環境と健康に配慮した商品開発をめざす。クラシカルマッチに加え、2021年11月よりアロマキャンドルやお香などを楽しむためのお洒落なセレクトマッチ『 HOWARI (ほわり)』を発売。また、廃棄軸から作った着火剤とマッチをセットにしたキャンプ用『中外の着火剤・マッチ付』を発売、さらに既存の「ももたろうマッチ」をトレーシングペーパーで個別包装し、3色のラベルをつけた岡山土産「ももたろうスペシャリティ」として新たに発売。カーボンニュートラルなマッチを軸に脱プラ、再生可能な紙包装にこだわった商品を次々と発表している。

―まず1890年の創業から現在に至るまでの事業編成についてお聞かせください。

はい。我々の創業は1890年、明治23年です。その当時は田中マッチ製作所という名前でスタートし、1928年に株式会社中外マッチ社という名前に変更して、新たに設立しました。

工場と事務所は岡山駅近くの市の中心部に位置していましたが、1967年に郊外に移転しました。移転後の跡地を岡山初の夜間無人の24時間営業駐車場にしました。

弊社のマッチには一つの大きな特徴があります。それは、生産しているマッチがすべて製造工程において硫黄を一切使用しない「脱硫マッチ」であるということです。硫黄を使用したマッチは、擦った際に亜硫酸ガスが発生し、喘息発作を引き起こす原因になりますが、「脱硫マッチ」にはそのような危険性が全くありません。製品の特性の中に課題を見つけ、10年以上の研究を経て昭和51年に、日本で初めて全く硫黄を使わないマッチを開発しました。 苦労して開発したにもかかわらず、当時はあまり注目されず、特許も20年間で切れました。業界も徐々に「脱硫マッチ」の方向に向かいましたが、完全な脱硫マッチは現在でも中々製造が難しいようです。

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(画像=株式会社中外燐寸社)

近年になってようやく健康に対する意識が高まり、そういうマッチがあるという認識が広まってきたと感じています。 その後、私の父が急逝したことで、私が業務を引き継ぐ形になりました。駐車場の方は続けておりますが、マッチの需要は時代とともにどんどん減ってきています。

―それはどのような理由からでしょうか?

昔は喫茶店やいろんなお店に広告マッチが置かれていましたし、タバコを吸う人も多かったので、それが宣伝になるということで、各店が独自のデザインのマッチを置いたり、昭和40年の前半ぐらいまでは各家庭でもガスコンロにマッチで火をつけたりしていました。

しかし、高度成長期からガスコンロが自動点火になり、マッチを使わなくても良くなったことや、使い捨ての百円ライターが出てきて便利になったこと、電子タバコが出てきて火を使わないタバコが普及したことなどで、マッチの需要は激減しました。

―それは大変でしたね。それに対して、どのような対策を講じたのでしょうか?

中々特効薬のような名案はなかったので、月並みですがそれまでの経験を元にした営業方法を根本的に変えて、正確なデータに基づいて合理的に綿密に拡販方法を考える習慣を整えました。短期と長期の目標を立てて具体的な行動を会議で確認するようにしました。これによりマッチ事業の赤字は縮小したものの、それでもまだ減収は続いていました。そして、最盛期には一時200社以上あったマッチ会社はどんどん減り、約7年前にはついに三社になってしまいました。

マッチの消費量が年々減少する中で、悩んでいた私は雑貨分野においてアロマキャンドルやお香の販売が最近増えてきていることには気付いていました。様々な雑貨店を見て回るうちに、その売り場に必要であるはずの火を点ける道具がほぼ置いていないことにも気付きました。そして、そこにはプラスチック製の使い捨てライターよりも、お洒落なマッチが似合うのでは、と思い始めました。そこで、地元デザイナーと組んで、キャンドルの炎やお香を楽しむときに使って頂ける、スタイリッシュで美しいセレクトマッチ『 HOWARI 』(ほわり)を開発し売り出しました。 また、今の時代は環境や健康への意識が高まっており、カーボンフリー、脱プラ、そして健康を事業の中心に置くことがマッチ事業にあっているのではないかと考え始めました。というのは、マッチ自体が木と紙を主原料としているので、使い捨てライターのようにプラスチックや金属、電子部品、化石燃料を使用したものに比べて環境に良いと言えるからです。 さらに、マッチは木を燃やすことになりますから、カーボンオフセットの考え方からすると、木が成長過程で光合成によって空気中の二酸化炭素を吸収し、燃えた時にそれを空気中に戻すだけで、化石燃料のように新たな二酸化炭素を出しているわけではありません。

そして、我々がそのようなマッチを扱っているということは、今の時代に本当にアピールできるものを持っており、日本に三社しかないということも逆にそれができるレアな存在であると考えることもできます。 また、駐車場部門の古い事務所を改築して、一階を貸店舗にし、二階に貸ギャラリーを作りました。特にギャラリーは市民や作家の芸術品の展示にご協力しています。

―御社がビジネスの取り組みを変革していった過程を具体的に教えていただけますか?

私たちの事業であるマッチ製造において、エコロジカルな「マッチ」から広がる可能性を大事に考えることが必要だと感じました。例えば電気の利用方法です。岡山は晴れの国と言われるほど日照時間が長いので、太陽光を利用した発電が可能でした。

約3年前に社屋の屋根に太陽光パネルを設置し、現在、晴れた日は工場の製造ラインの電力はすべて太陽光発電で賄っています。さらに、余剰電力は売電し、電力会社との契約も100%再生可能エネルギーを利用する形に変更しました。つまり、雨の日でも、私たちが使用している電気は全て再生可能エネルギーによるものです。

さらに、営業車をガソリン車からテスラのモデル3に変更しました。また、蓄電池もテスラのパワーウォールを導入しました。これは個人宅用のものですが、事務所に設置し、発電した電気を蓄え、そこから充電する形にしています。そのため、営業車は一切ガソリンを使わずに運用しています。

―これまでに長い間取り組んできた課題とは何でしたか?

マッチを製造する過程で、軸材の調達について常に頭を悩ませていました。かつては、日本の森林から伐採された木を大きな丸太に加工し、それをシート状にして使っていました。しかし、その手間とコストが高く、価格設定に影響を及ぼすようになりました。現在は、すでに軸切りされた状態の木材をチリやスウェーデン、中国から輸入しています。

そして、マッチの製造過程で必ずといっていいほど発生するのが大量の不良軸です。この端材を有効な資源としてどう活用するかという大きな問題がありました。

そこで、私たちは端材を着火剤として利用できないかと考えました。キャンプなどで使われる着火剤に、端材を粉砕してパラフィンと混ぜ、固めることで新商品を生み出しました。マッチに使用する材料のみで製造することでコストを最小限にできました。これをマッチとセットで販売し、お客様から評価をいただいています。

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それから、マッチを売るコンセプトについての悩みがありました。マッチを生活必需品としてだけでなく、他のコンセプトで売ることができないかをずっと考えてきました。そこで、昨年は昔から親しまれてきた、可愛らしい桃太郎の絵柄の「桃太郎マッチ」のパッケージを一新し、絵柄が見えるトレーシングペーパーに1個ずつ包み、紙リボンや紙ラベルを紙ホッチキスで留めるといった再生可能な紙にこだわった「桃太郎スペシャリティ」という岡山土産として生まれ変わったマッチを販売しました。これが大変好評で、岡山駅をはじめとする多くの岡山のお土産物店で取り扱っていただいています。

―なるほど、新商品の開発に成功する秘訣は何でしょうか?

粘り強さと諦めない精神だと思います。私たちの会社は、「脱硫マッチ」という他社が挑戦して、成功しきれなかった商品を完成させることができました。その開発過程には多大な苦労がありましたが、それが今では私たちの大きな強みとなっています。

実は昨年、「脱硫マッチ」がJR西日本の「ふるさとおこしプロジェクト」で「あっぱれ大賞」を受賞しました。

―素晴らしい成果ですね!おめでとうございます。

ありがとうございます。50年の時間を経て、ようやく認知してもらえた感じがします。当時のスタッフはもういませんが、その努力がやっと形となったことにほっとしています。弊社にはその当時から粘り強さ、諦めない精神が根付いていると思います。

―それでは次に、地域で愛されるための秘訣について教えていただけますか?

はい、まず一番大切なのは、品質の良い製品を作り続けることだと思います。そして、

会社が存在することによって社会に何らかの貢献をしていかなければなりません。雇用を創出することも大切ですが、それだけではなく、働いている人たちがモチベーションを保てるような大きな意義を持って会社を続けていかなければなりません。これが地元で愛される秘訣だと思います。

―具体的にはどのような取り組みをされてきたんですか??

私たちが取り組んでいるのは先代が始めたもので、近くの精神科病院との取り組みです。社会復帰を目指す方々が、私たちの製造現場で働くことで、就労経験を積んでいます。これは何十年も前から行っており、その取り組みは表彰されたこともあります。

その他にも、私たちは太陽光発電によるCO2削減をJクレジットにして寄付することに取り組んでいます。Jクレジットの登録には手間と費用がかかりましたが、それ以上に社会への貢献が大切だと考えています。さらに、国際紛争に対する寄付も毎年行っています。これらの取り組みは、私たちが社会に何らかの形で還元していくべきだという信念から来ています。

―それは素晴らしい取り組みですね。

次に、田中代表が思い描いている未来構想や、新規事業について教えていただけますか?

私たち中外燐寸社として、アロマキャンドルとマッチをセットにして販売することを考えています。マッチだけでは購入しない方も、おしゃれなキャンドルと一緒になることで、ギフトとして選んでいただけると考えています。その際、環境に配慮したキャンドルとして、ミツロウキャンドルを考えています。ミツロウはハチが作る自然のワックスで、石油から作られるパラフィンとは異なり、環境に優しいです。 また、お香とマッチを組み合わせて、香りを楽しむ商品の開発も進めています。駐車場事業については、コロナ禍で安定した収入が得られなくなったため、テスラのスーパーチャージャーを設置しました。これにより、若い方々が集まるようになりました。 そのほかに美味しいコーヒーを提供するカフェを駐車場に併設することを考えています。

さらに、私自身が医師でもあるため、なかなか得られない現実に即した情報を提供する医療相談の部門を関連会社内に設けることを検討しています。これは、我々の社会貢献の一環としての取り組みです。

上記の取り組みを計画しておりますが、新しい事業を含めて事業をどんどん拡大させて右肩上がりの増収をめざすよりも、既存の事業を大切に維持し、収益率を改善させて社員の生活を豊かにすることを重視しています。社会に貢献し、会社の中身を充実させ、社員が幸せに働ける環境を作ることを最終目標と考えています。

―田中さん、ありがとうございました。事業の拡大よりも、社員の生活を豊かにすることを重視するという考え方は、大切なことだと思います。今後の中外燐寸社の活動を楽しみにしています。

こちらこそ、ありがとうございました。

氏名
田中 礼一郎(たなか れいいちろう)
会社名
株式会社中外燐寸社
役職
代表取締役