「レーサーレプリカ」「ネイキッド」「ビッグスクーター」など、これまでいつくかブームがバイク業界に訪れました。トラッカーカスタムブームも、その一つです。オフロードバイクがストリート向けにアレンジされ、一大ムーブメントを巻き起こしました。未開の地へ冒険することを夢に見ていた朴訥な青年からイキったヤローに成り上がったTWシリーズと、ちゃっかりブームに乗ったライバルたちを紹介します。
野山を駆け抜けた少年時代
1987年4月にヤマハから「TW200」が発売されました。車名はTrail Way(トレールウェイ)の略で、未舗装道路をダダダダッと走るイメージです。一般的なオフロードバイクと異なり、全高やフロントフェンダーが低く、リアタイヤも極端に太いなど、見た目はもっさりしています。しかしこれは、従来のオフロードバイクでは分け入ることのできない、通常ならバイクが埋もれてしまうような泥濘地やサンド地帯でも走れるようにした結果。
エンジンは空冷SOHC2バルブ単気筒で、最高出力は16psと非力ながら、中低速重視のセッティングと、高度補正装置付きキャブレターによってダートでの走行性を高めています。究極の冒険バイクを目指したのがTW200だったのです。
高いポテンシャルに目をつけた冒険家も相棒に選ぶ!
出典:ヤマハ発動機ホームページ
その実力は雪上でも発揮されました。1987年4月に冒険者の風間深志さんが、TW200改を駆って史上初のバイクによる北極点踏破に成功しました。気温マイナス50度以下という酷寒や、行く手を阻む乱氷帯、深雪、クレバスさらに極度の疲労といった極限状態の中で44日間、約2,000キロを走り抜いての快挙でした。
都会に染まってイキる
高いポテンシャルに目をつけた冒険家も相棒に選ぶ!
通好みのオフローダーが、オシャレバイクに変身したのは、1990年代半ばのこと。東京都・杉並区にある「モトショップ五郎」によるカスタムバイクが注目されました。始動方式がセル・キック併用だったため、バッテリーレス化して、サイドカバーを撤去。エンジン回りをスッキリとさせた、シンプルを極めた「スカチェーン」が大流行。そのカスタムベースとして一躍人気モデルになりました。TWカスタムに乗ったユーザーは“ティーダバー”とも呼ばれ、渋カジファッションと同様に若者に高い支持を得ていきます。
「YOUも乗っちゃいなよ」と言われたかどうか知りませんが、2000年に放送されたTBS系列のドラマ「ビューティフルライフ」内で、木村拓哉さんがスカチェーンされたTWに乗っていたことから、バイクに興味がない人たちにも認知され、空前のブームを巻き起こしました。
ヤマハもその気になる
「金脈みっけ!」と、ほくそ笑んだヤマハは、2000年にTWのマイナーチェンジを行います。弁当箱のように四角いヘッドライトが丸型に、野暮ったいリアタイヤもオンロードタイプに変更されるなど、田舎から都会に出てきた若者のようにスタイリッシュになっていきます。
2002年には1987年の登場以来15年目にして初のモデルチェンジを実施! セローのエンジンを流用して排気量を225ccにアップ(最高出力16ps→18ps)。太田裕美さんの忠告に耳を貸すことなく、「都会の絵の具」に染まっていくのでした。
縄張り争いにホンダも参戦
そんなTWの変化を、忌々しそうに眺めていたのが「ホンダ・FTR250」でした。誕生は1986年で、TW200の1年先輩にあたります。FTRとは「フラットトラックレーサー」の略で、競技モデルをイメージしたマシンは走りもスポーティそのものでした。
弁当箱型ヘッドライトや、マフラー近くまで伸びたサイドカバー(通称・ふんどし)など、若者のココロを掴めない見た目ですが、ワイドなハンドルや低重心など乗りやすさは抜群で、ビギナーからエキスパートまで楽しめる一台でした。
そこには負けられない戦いがあった
しかし「俺の良さをわかる奴だけに乗ってほしい」という孤高な態度が仇となり、1989年に販売終了。「そのまま忘れ去られるだろう」という予想を裏切って、2000年9月に「FTR223」として再デビューを果たしました。見た目こそ先代のFTRに似てはいますが、エンジンやフレームなど全くの別物でした。
目的はズバリ、TWの牙城を崩すこと。オフロード走行ではなく、カスタムベースになることを前提に開発。パワーユニットに、1973年発売の「バイアルスTL125」と同系列のエンジンを採用するなど、TWよりも低価格を目指しました。
抗争激化。そして誰もいなくなった
ヤマハとホンダのおこぼれにあずかろうと、スズキは「グラストラッカー(写真)」、カワサキは「250TR」を発売。これがブームのピークでした。似たようなバイクが街にあふれたことで、「流行りものに乗っかっている感」が強くなります。
流行はとかく過激な方向に進化していきがちです。TWのスカチューンカスタムもご多分に漏れず、見た目重視のロングスイングアームが登場。オスのヘラジカがツノの大きさで優劣を争うように、その長さを競うようになります。武器としての機能を失ってしまったツノをもつヘラジカが絶滅危惧種になっていったように、機能性や使い勝手を無視した過激化したカスタムによって、TWのスカチューンは終焉へ……。
いつしか潮が引くようにTW人気は去っていったのでした。
大都会で自分を見失うな!
出典:ヤマハ発動機ホームページ
TWは「メーカーが本来の開発目的を忘れ、巷の流行りをただ追いかけるだけならば、その先には終焉しかない」と、考えさせられたバイクでした。実際のところ、カスタムなどしなくても乗りやすいバイクです。カッコつけるのではなく、本来の性能を引き出してくれる方にオーナーになって欲しいですね。