本記事は、髙橋 洋一氏の著書『数字で話せ!「世界標準」のニュースの読み方』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。
「政府の借金」と「個人の借金」はまったく違う
政府のバランスシートを見ればわかる通り、負債の最大の数字は公債(国債と地方債の総称)で、ここでは日本政府の話ですから国債を指し、令和3年度においては1,113兆9,676億500万円ということになります。最近、この国債の利払い費が何かと騒がれているようです。
来るべき年度の予算編成に向けて各省庁が取り組みたい事業および必要費用の見積を盛り込んだ要求書を財務省に提出することを「概算要求」といい、毎年8月末に提出が締め切られます。2024年度予算編成に向けて2023年8月31日に締め切られた概算要求の総額が114兆円を超える見通しであることが報道されました。
2022年に出された2023年度予算向けの概算要求は110兆484億円でした。過去最大だったのは2022年度予算向けの概算要求の111兆6,559億円でしたが、2024年度予算の概算要求額はそれを上回ることになるでしょう。
概算要求額が膨らむ理由については、防衛費がこれまでの最大となるほか、国債費や社会保障費も膨らむからだとされています。国債の利払い費を計算する際に使う想定金利は、過去最低だった2023年度の1.1%から1.5%に引き上げる方針と報じられています。
そこをつかまえて鬼の首でもとったかのように、「国債を発行しすぎたおかげで毎年2兆円を超える利払いが発生している。この数字は膨らみ続けている。日本は世界一の借金大国だ」と言い募るコメンテーターが2023年9月を境にテレビのワイドショーを中心に散見し始めました。
結論から先に言うと、これはまったくたいした話ではありません。「つまらない話でガタガタ騒ぐな」という類いの話です。
国債利払い費については、財務省理財局から財務省主計局に対して予算要求が行われます。私は現役官僚の時代に、その予算要求を担当したことがあります。生真面目に金利を計算して国債利払い費の概算要求を財務省主計局に提出したところ、主計局の担当者から苦笑いされ、「額が少ない、もっと要求しろ」という意味のサインを送られました。先輩からは、2兆円くらい余る程度に予算を積んでおけばいいとアドバイスされたものです。
なぜ財務省主計局が過大に利払い費を要求させるのかといえば、秋に予定される補正予算の財源づくりが理由です。補正予算を組むタイミングにおいては、その年度中の金利や利払い費がだいたい確かなものになりますから利払い費を下方修正して、浮いた分を補正予算財源に回すわけです。2022年度2次補正でも、この方法で1兆円程度の財源を捻出しています。このように扱われるのが国債の利払いというものです。
そして国債については、知っておいた方がいいポイントが2つあります。日銀が国債を買い取ると政府の借金は消えるということがまず1つ。もう1つは、政府が日銀に払った国債の利払い費は納付金というかたちで日銀から戻ってくるということです。
正確に言うと、日銀が国債を買い取ったところで借金が消えるわけではありません。日銀が国債を買い取ることで、政府においては「借金について回る利払いが事実上なくなる状態となる」ということです。
国債は借金ですから、政府は必ず国債所有者に利払いをしなければなりません。その国債を日銀が持っているということは、政府は日銀に利払いを行うということです。ところが、日銀は政府の子会社です。
日銀はお札を刷り、そのお金で国債を買います。国債を買ったことで生じる利払いとの差額がまるまる日銀の収益となります。そして、政府はその収益を100%受け取ります。これがいわゆる「日銀納付金」と呼ばれるもので、「日銀は政府の子会社」という言い方の根拠となるものです。民間とまったく同じです。どこかの会社の子会社になれば、収益はすべて親会社のものとなるのが普通です。
日銀納付金のあり方は「日本銀行法」という法律で定められており、必ず国庫に納付されます。つまり、政府がいくら日銀に利払いを行っても、すべては日銀納付金で取れますから、利払いをしていないのと同じことになります。
元金については現金で償還するのが普通ですが、国債を持っているのは日銀ですから現金を使う必要はありません。どうするかというと、償還期限がきたら国債を渡します。いわば100%の借り換えをずっと繰り返すわけです。
新しく国債が発行された場合、それを日銀が買えばその分が上積みされていきます。買わない限りは、ずっと同じ残高のままですので、償還期限がきたら借り換えるという方法を繰り返します。政府は利払いを行いますが、それは日銀納付金というかたちで国庫納付金として受け取ります。
前掲の日銀のバランスシートを見ると、資産として持っている「国債」は526兆1,736億9,875万2,394円です。政府の負債である国債(公債)1,113兆9,676億500万円の半分ほどは日銀が持っている国債です。そしてそれは、実際には利払いも償還も行われない借金です。
残る約587兆円の国債は確かに事実上民間からの借金ですが、一方で政府は500兆円を超える金融資産を保有しています。この金融資産で入ってくる利息は、国債の実際の利払いとトントンまたは黒字が出るくらいのものになります。つまり、政府の借金というのはたいした問題ではないということができるのです。
国債を発行するなどして調達する政府の借金は、企業が事業を展開するためにする借金と同じです。決めた予算のうち、税収でまかなえない分については国債を発行して調達します。
聞きかじった部分的な情報だけで、「国債の利払いが2兆円を超えて膨らみ続けている」などとしたり顔で眉を顰めて言っている人は、政府の借金と個人の借金を同じイメージで捉えることしかできず、「国債は借金で悪いものだからダメである」という発想のなかでしか物事を考えることができない人ということです。
そして、それは、「景気が悪くなってもかまわない」あるいは「増税されてもかまわない」と言っているのとまったく同じことなのだということを知っておきましょう。
1980年大蔵省(現・財務省)に入省、大蔵省理財局資金第一課資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(首相官邸)などを歴任。小泉内閣・第1次安倍内閣ではブレーンとして活躍し、「ふるさと納税」「ねんきん定期便」などの政策を提案したほか、「霞が関埋蔵金」を公表。2008年に退官し、『さらば財務省!』(講談社)で第17回山本七平賞を受賞、その後も多くのベストセラーを執筆。菅義偉内閣では内閣官房参与を務めたが、2021年5月に辞任。現在は、YouTube「髙橋洋一チャンネル」を配信しており、チャンネル登録者数は100万人を超えている(2023年10月現在)。