本記事は、髙橋 洋一氏の著書『数字で話せ!「世界標準」のニュースの読み方』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。
「0点か100点か」でしか報道できない、マスコミの罪
2023年8月時点での日本の失業率は2.7%、求職者一人あたり何件の求人があるかを示す有効求人倍率は1.29倍、株価においては9月時点で値下がり傾向にあったものの同月中旬には一時3万3,634円をつけるなどの経済の好調は間違いなく、二度の消費税増税と新型コロナ禍の影響を経た後に現れてきた第2次安倍政権の経済政策、通称「アベノミクス」の今に続いている効果です。
2008年の自民党麻生太郎政権時代に瞬間で6,994円90銭の日経平均史上最安値を記録し、2009年から2012年までの民主党政権下で概ね9,000円台を推移するに留まっていた株価は第2次安倍政権で持ち直して、政権下の最高値としては2018年10月に2万4,720円を記録しました。
1994年まで2%台にあった失業率はその後20年間以上、3%台、4%台、5%台(戦後最悪)を行き来するまでに悪化していましたが、2017年には2%台に回復しました。
有効求人倍率は、2012年に0.8倍だったものが2019年には1.6倍へと倍増しています。有効求人倍率の統計公表は1963年から始まっていますが、全都道府県において有効求人倍率が1倍を超えた、つまり何かしらの仕事に必ず就けるという状態となったのは統計を取り始めて以来初めてのことです。
アベノミクスが展開されていた当時、新聞や雑誌、テレビのワイドショーなどで、「アベノミクスを採点する」という特集が盛んに組まれたことがあります。アベノミクスは0点でアホノミクスだなどと言っている評論家もいました。
マスコミは「0点なのか、100点なのか」という極端な意見にしか興味がない、というよりもそういう考え方でしか理解できないのです。基礎的な知識と批判力・分析力が欠けているので、数量的に物事を考えて常識的な判断をすることができません。アベノミクスの件に限らず、すべては感情論になって、バッシングを手助けする、あるいはさらに煽り立てるだけのことになります。
アベノミクスを採点するのであれば、「マクロ経済で重要なこととは何か」というところから始める必要があります。
マクロ経済で重要なのはまず「雇用」です。「雇用」を生み出し、「給料」が上がればさらに良いという点を見ることが「マクロ経済を見る」ということです。
したがって経済政策を評価するとき、私は「雇用」に6割のウェイトを持たせます。6割というのは100点満点採点の場合の60点ということで、最低の合格ラインということです。後の4割が「給料」です。給料は所得と同じ意味です。
「雇用」の評価は何で見るのかというと、失業率で見ます。失業率が下がれば評価は高くなるわけですが、問題はどれくらい下げたかということです。前政権の時代の失業率は4.1%で、これをどこまで下げれば100点満点になるのかということを考えなければいけません。
「0%まで失業率を下げろ」というのはできない相談です。失業率には下限、つまりこれ以上は下がらないという水準があります。社会学時な見地を含み、その算出はけっこう難しいのですが、私が推計した数字によれば、日本においては2.5%から下にはなかなか下がりにくいということができます。
したがって、「雇用」における100点満点は失業率2.5%の達成ということになります。アベノミクス自体の採点ということであれば、前政権の4.1%から理想値2.5%までの間にある1.6%の幅の動きを見なければいけません。
1.6%の幅のなかでどれくらい動いたかがアベノミクスに対する正しい評価です。こういう発想が、マスコミに代表されるいわゆる「数字が読めない人たち」にはできません。
2018年2月に失業率は2.5%に下がりました。1.6%の幅をクリアしたということです。つまり「雇用」においてアベノミクスは100点をつけられるということになります。
ただし、「雇用」のウェイトは6割ですから、全体としては60点で、あとは「給料」をどう見るかということになります。
給料つまり所得は、もちろん高い方がいいわけです。安倍政権は消費税を2014年4月に5%から8%に引き上げ、2019年に8%から10%に引き上げました。消費増税は給料の水準を一時的に落とします。
失業率の回復から見て、可能性として最も高く上がったであろう給料を 100点とすれば、消費増税がそのスピードを半減させる邪魔をしたと見ることができ、基礎賃金が上がりだしたという意味で50点ほどの採点となります。
給料の採点は50点ですが、給料のウェイトは全体の4割ですから点数としては20 点です。「雇用」の60点と「給料」の20点を足した80点が、私の採点ということになります。大学の、Aは85点以上、Bは75点以上、Cが60点以上、あとはDというABCD評価で言えばアベノミクスはB評価です。
アベノミクスは0点だという意見をマスコミ上でよく見かけたものです。2023年の9月に日銀が金融緩和続行を決定してアベノミクスの継承を明らかにしたこともあって、その関係から今もまだそういった意見を見かけますが、ほとんどの場合、何をもって0点と言っているのかわからずに話をしています。
上がったり下がったりの要素については並べることはできていても、何をウェイトとするのかがわかっていません。分析と批判に必要な基礎的な知識と能力に欠けているからです。
たとえば安倍政権当時、デフレ脱却という観点から、「物価についてはインフレ目標を立てているのに達成できていないからダメだ」というコメントがよく聞かれました。
良いかダメか、つまり0点か100点かという議論には意味がありません。インフレ目標の2%は確かに達成しませんでしたが、達成しなければ0点でダメであるというのは建設的ではありません。役に立たない意見だということです。
安倍政権スタート時のインフレ率はマイナス1%で、2018年の時点で1%になりました。確かに目標の2%は達成していませんでした。
マイナス1%から目標の2%の間には3%の開きがあります。1%になったのであれば、目標の3分の2をクリアしたということになります。したがって、インフレ率についてアベノミクスはだいたい60点と採点することができます。
60点は大学で言えばCの合格ラインです。60 点が100点ではないのは当たり前ですが、100点でなければダメだと言うのであれば、世の中のたいがいのことは「ダメ」ということになります。
実はこの、100点ではないけれども落第点ではないというのが「数字で見る、読む、考える」ということです。数字を見て、普通に、つまり常識的に評価するということです。
これは、物事を単純に考えるということでもあります。しかし、そこから導き出される結論は決して単純なものではありません。「落第点ではない」という部分が建設的な議論になるのです。
0か100かは結論として単純すぎます。物事を数字で読むことができない人ほど結論が単純で感情的なものになります。テレビや新聞のニュースはこの手の人たちの意見やコメントに溢れているということは知っておいた方がよいでしょう。
1980年大蔵省(現・財務省)に入省、大蔵省理財局資金第一課資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(首相官邸)などを歴任。小泉内閣・第1次安倍内閣ではブレーンとして活躍し、「ふるさと納税」「ねんきん定期便」などの政策を提案したほか、「霞が関埋蔵金」を公表。2008年に退官し、『さらば財務省!』(講談社)で第17回山本七平賞を受賞、その後も多くのベストセラーを執筆。菅義偉内閣では内閣官房参与を務めたが、2021年5月に辞任。現在は、YouTube「髙橋洋一チャンネル」を配信しており、チャンネル登録者数は100万人を超えている(2023年10月現在)。