本記事は、髙橋 洋一氏の著書『数字で話せ!「世界標準」のニュースの読み方』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。

Cube wooden block with alphabet building the word RISK. Risk assessment
(画像=Dontree / stock.adobe.com)

正しく使いたい、「リスク」という言葉

リスク(risk)という言葉は、辞書的には、危険そのものを指す意味もあります。しかし、経済学や数量政治学で「リスクがある」と言った場合にはがあるだけであって、そこに「危険や失敗の可能性がある」という意味はありません。

リスクという言葉は、可能性があるのかないのかということではなく、「確率計算がしっかりとしてある可能性」を指します。

リスクという言葉には必ず確率の数値が伴います。そしてそこには、「危険か安全か」「良いか悪いか」といった価値観は存在しません。

これがアメリカの経済学者フランク・ナイトが著書『Risk, Uncertainty and Profit(リスク、不確実性、利潤)』(1921年)のなかで記したリスクの定義で、現在の世界の常識となっています。確率計算のできないものは「不確実性(uncertainly」として区別されています。

「リスクがある」と言った場合、そこには確率計算された数字が存在していることが必要です。実際の場面でその数字を問いただされることはあまりありませんが、リスクという言葉をちゃんと理解している人、国際的な常識のある人であれば、質問に対する答えのなかには必ず数字が出てきます。

安保法制の議論が盛んに行われた頃、政府・与党の「集団的自衛権は他国からの侵略のリスクを減らす」という主張に対して一部野党側が「集団的自衛権の行使で自衛隊のリスクが高まる」という批判を行いました。

しかし、おそらく与野党双方ともリスクという言葉の意味、つまり「確率計算された数字が必ず伴うのがリスクである」ということを理解していなかったようで、建設的な議論は行われませんでした。

リスクという言葉を使って正しく議論すると、たとえば次のようになります。

まず、仮想の数値を設定しておきましょう(もちろん実際の数値は異なります)。

個別的自衛権のみの場合に不測の事態に陥るケースが2ケースで問題が起こらない通常の場合が98ケース想定される、とします。そして、集団的自衛権を加えた場合、不測の事態に陥るケースが4ケースに増えて問題が起こらない通常の場合が96ケースに減ると想定される、とします。

政府・与党の「集団的自衛権は他国からの侵略のリスクを減らす」は、数字で話せば「個別的自衛権のみの場合において不測の事態に陥らないリスクは98/100=98%だが、集団的自衛権を加えた場合には96/100=96%となる。集団的自衛権を加えることで不測の事態に陥らないリスクは98%から96%に減る」ということになります。

一方、一部野党側の「集団的自衛権の行使で自衛隊のリスクが高まる」は、数字で話せば「集団的自衛権を加えた場合に不測の事態に陥るリスクは、個別的自衛権の場合の2/100=2%から4/100=4%に増えてしまう」ということになるでしょう。

ここで初めて議論ができるようになります。

そしてまた、このような議論となったときに初めて問題点が明らかになってきます。政府・与党は、「集団的自衛権によって不測の事態が起こらなくなる通常の場合を含めて考えて集団的自衛権が加わった方がリスクは減る」と主張しているのに対して、一部野党側は、「集団的自衛権を加えることによって不測の事態が起こらなくなる場合を含めずに考えて自衛隊のリスクが増えてしまう」と主張しているということが見えてきます。

つまり、一部野党側は、不測の事態が起こることを前提とすることで、不測の事態の下で活躍する自衛隊員のリスクは高まるという結論をいわば無理やり引き出している、ということが数字の出し方からわかるわけです。

不測の事態が起こらなくなる場合を含めずに行う議論は、この場合、フェアではありません。危険だけを煽って感情論で説き伏せようという方法を採っているということになるからです。

多くの人は「リスクはあるのか、ないのか」といった考え方をします。たとえば何かしらの健康被害問題が起きたとすると、マスコミは専門家に必ず、「絶対に安心なのか。リスクはないのか」という質問をします。

誠実な専門家であればあるほど、「絶対ではない」と答えます。可能性がないことなど、この世にはありません。

専門家にとってリスクは「あるかないか」ではなく確率であって、必ず0と1の間の数字になります。専門家にとって、「可能性はゼロ(0)ではなく絶対に安心ということはない」というのは当然の言い方です。

ところが「可能性はゼロではない」と聞くと、その確率の数字をきちんと理解できる人もいるでしょうが、多くの人は「やはり危険なのだ」と短絡的に思い込んでしまいます。マスコミもまた〝安心して〟という言い方もおかしいのですが、大手を振って「危険な事態が起こった」と伝えます。ニュースのほとんどはそうしてできていると言ってもいいでしょう。

数字で話せ!「世界標準」のニュースの読み方
髙橋 洋一(たかはし・よういち)
1955年東京都生まれ。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。数量政策学者。嘉悦大学大学院ビジネス創造研究学科教授、株式会社政策工房代表取締役会長。
1980年大蔵省(現・財務省)に入省、大蔵省理財局資金第一課資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(首相官邸)などを歴任。小泉内閣・第1次安倍内閣ではブレーンとして活躍し、「ふるさと納税」「ねんきん定期便」などの政策を提案したほか、「霞が関埋蔵金」を公表。2008年に退官し、『さらば財務省!』(講談社)で第17回山本七平賞を受賞、その後も多くのベストセラーを執筆。菅義偉内閣では内閣官房参与を務めたが、2021年5月に辞任。現在は、YouTube「髙橋洋一チャンネル」を配信しており、チャンネル登録者数は100万人を超えている(2023年10月現在)。
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