本記事は、髙橋 洋一氏の著書『数字で話せ!「世界標準」のニュースの読み方』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。

高齢化社会
(画像=Free1970 / stock.adobe.com)

「少子高齢化」「人口減少」でも経済成長できる

2023年6月13日に同年1月の所信表明で岸田総理が述べた「異次元の少子化対策」の概要である「こども未来戦略方針」が閣議決定され、各省庁と内閣官房のウェブサイトに内容説明が掲載されて明らかになりました。

「経済的支援の強化や若い世代の所得向上」「すべてのこども・子育て世帯に対する支援の強化」「働き方改革(共働き・共育て)の推進」を3本柱として、児童手当の拡充に1.2兆円、保育サービスの充実に0.8兆円から0.9兆円、奨学金の拡充などを合わせて全体で約3兆円から3.5兆円ほどを投入する対策となる見通しであるということです。

先進主要国の児童手当や税制支援を見てみると、たとえばイギリス、フランス、ドイツ、スウェーデンには所得制限なしの第一子月額2万円程度の制度があります。アメリカにはこうした制度はありません。

ただし、アメリカには児童税額控除があり、イギリスにも児童税額控除、フランスには世帯単位で課税するN分N乗方式、ドイツには児童手当との選択制で児童扶養控除があります。スウェーデンには児童税額控除はありません。

先進諸国ではこのように、児童手当は児童税額控除と一体運営されるのが普通です。所得制限がないのはそのためです。一方、日本では、児童手当は第一子原則1万円で所得制限があり、税制支援は扶養控除が担います。つまり児童手当と税制支援は併存していて一元化されていません。

欧米で児童手当と税制支援が一体となっているのは、税と社会保障が一体運営で、税と社会保険料は一体化されて歳入庁で運営されているからです。児童手当は社会保障関連支出として解釈し、税と一体運用する方が合理的だから、こうした体制がとられています。ちなみに先進国のなかで、税と社会保障を一体運営する歳入庁が存在しないのは日本だけです。

日本では税と社会保障は別物です。財務省と厚労省がそれぞれ縦割りで運営しており、接点と言えば消費税を社会目的税として考えているというところです。そして、消費税を社会目的税としている国もまた先進国のなかでは日本だけです。

なぜ消費税を社会目的税としているかというと、消費増税の根拠とするためです。財務省は社会保障を人質にして消費増税を目論むということです。少子化対策に財源論は抜きにはできず、少子化対策は広い意味での社会保障であるから、社会保障財源である消費税を増税するのは合理であるという理屈です。

いわゆる「異次元の少子化対策」は、「異次元の消費増税」につながる可能性があるわけですが、私はそもそも少子化対策の必要性自体に疑問を持っています。

厚労省の社会保障審議会年金部会で配布された資料(2023年5月8日付)には、「日本の人口は2020年の1億2,615万人から、2070年には8,700万人に減少する」「高齢化も進行し、65歳以上人口割合は2020年の28.6%から一貫して上昇し、2070年には38.7%へと増加する」とあります。こうした数字を受けて、マスコミが「人口減少は経済に多大な影響を与える。少子化をどうにかしなければならない」と騒ぎ立てているわけです。

人口は出生率と死亡率で決まります。出生率とは一般的に、合計特殊出生率と呼ばれている、1人の女性が15歳から49歳まで(出産可能とされている目安の年齢)に産む子供の数の平均のことを指します。先進国の出生率は低下傾向にあるのが普通です。

2023年6月に厚労省が発表したデータによれば、2022年の出生率は1.26でした。前年が1.30で、1.26は過去最低の数字です。

人口が減少し続けないためには最低でも1.8の出生率が必要だとされていますが、この水準は、出産を希望する女性が全員出産できた場合に達成される数字で、現実的なものではありません。出産は自然の摂理で、1を割ることは珍しく、1.5くらいでも問題はないとされています。

政府は2015年から希望出生率として1.8を掲げていますが、この数字を達成させる対策は存在しません。また、対策する必要もありません。国民の幸せが人口増加にあるわけではないからです。

「人口減少によって国力が低下する」という言い方があります。「国力」を国防や治安、防災などの国防力のことだと考えれば、若い人の数が減れば、たしかに何かしらの影響はあるかもしれません。

これはつまり「生産年齢人口が減れば生産力が落ちるから国防力も落ちる」という意味なのですが、であるならば、落ちるとされている「生産力」が人口減少によってどのように影響されるのかを考える必要があります。

その国の生産力を見るときには、その国のGDP(国内総生産)を見るのが普通です。GDPは簡単にいうと「平均給与×総人口」です。

したがって、人口が減ればGDPが減るのは当たり前だと言うことができるのですが、重要なのは、厚労省の前提に従えば「予想通り2070年に8,700万人に人口が減るとすれば、GDPは実際にどれくらい減るのか」ということです。

私が持っている計算式に従って先に結論を言ってしまうと、人口が8,700万人に減少した場合に、それがGDP成長率に与える影響は最大で0.7%です。人口の増減と一人あたりGDPの増減はほとんど関係がありません。人口の増減はマクロ経済指標にはほとんど影響しません。

マクロ経済には影響しないとはいえ、ミクロ、つまりたとえば民間企業の経済活動には影響があるだろうと思われるかもしれませんが、結論からいえばここにも人口減少はほとんど関係しません。

人口が増えたからといってお客さんが増えるわけではないというのは当然のことでしょう。同様に、お客さんが減っていくのを人口減少のせいにはできません。

人口が増加傾向にあった時代においても企業の倒産はいくらでもありました。一方、人口減少の時代でも、事業規模の縮小はあるかもしれませんが、売上を伸ばすことは可能です。

国内シェア100%の商品を扱う独占企業には人口減少は多少の影響はあるでしょう。しかし、日本の場合、全企業の99%が中小零細企業ですからほとんど影響はありません。独占企業が受ける影響は全体から見れば、誤差の範囲の数字です。

人口減少が経済にマイナスに作用する要因になるという理論は確かにあり、「人口オーナス」によるGDPの押し下げ効果がよく知られています。

オーナス(onus)とは「負荷、重荷」といった意味ですが、これはたとえば、まだまだ働きたいという高齢者を積極的に登用すればいいし、それこそAIを利用して生産性を上げればいいだろうという話になります。

人口減少が経済に影響するというのは単なる思い込みです。身近な生活にも影響はありません。経済の基本からすればそう結論せざるをえず、世界のなかで人口減少している国は 20カ国程度ありますが、経済成長率を見たとき、日本はここ30年ほどのデフレ不況で最低の成長率にあるものの、他の国々はちゃんと経済成長しているのです。

数字で話せ!「世界標準」のニュースの読み方
髙橋 洋一(たかはし・よういち)
1955年東京都生まれ。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。数量政策学者。嘉悦大学大学院ビジネス創造研究学科教授、株式会社政策工房代表取締役会長。
1980年大蔵省(現・財務省)に入省、大蔵省理財局資金第一課資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(首相官邸)などを歴任。小泉内閣・第1次安倍内閣ではブレーンとして活躍し、「ふるさと納税」「ねんきん定期便」などの政策を提案したほか、「霞が関埋蔵金」を公表。2008年に退官し、『さらば財務省!』(講談社)で第17回山本七平賞を受賞、その後も多くのベストセラーを執筆。菅義偉内閣では内閣官房参与を務めたが、2021年5月に辞任。現在は、YouTube「髙橋洋一チャンネル」を配信しており、チャンネル登録者数は100万人を超えている(2023年10月現在)。
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