この記事は2023年6月19日に「第一生命経済研究所」で公開された「2023年6月の日銀短観予測」を一部編集し、転載したものです。
29%のエンゲル係数
過去1年間の移動平均値のエンゲル係数(家計消費支出に占める食料費の割合)が2000年以降で過去最高で並んでいる(図表1)。総務省「家計調査」の全世帯ベース(2人以上世帯)では、2022年9月~2023年8月までの12か月間累計のエンゲル係数が29.0%になった。この数字は、過去最高の2021年1月、2月(過去12か月累計)の29.0%とも並んでいる。
注:1999年以前について暦年データで遡ってみると、1980年以前で過去最高に並んでいた。それ以前は日本の所得水準が低く、エンゲル係数はもっと高まった。これを含めると43年間で最高域。
理由は、食料品価格が、消費者物価の中で目立って上昇していることにある。消費者物価の食料品(含む生鮮食品)の上昇率は、2021年以降上昇し、現在もその勢いは衰えそうにない。
岸田首相は、経済対策5本柱で、物価上昇の負担増に何とか支援の手を差し伸べようとしているが、エネルギー(電気ガス代、その他光熱、自動車関係費)にはいくらか効果を及ぼせたとしても、食料品の方には影響力を十分に行使できていない。食料品は、輸入比率が高いため、円安効果が価格高騰を促しているせいだ。
では、どういった世帯が、特に負担感が大きいのだろうか。2022暦年の家計調査から、世帯属性を調べてみた。すると、70歳以上の高齢者世帯と低所得層のところで、負担感が高くなっている(図表2、3)。食料費は必需的な品目だから、食料費が高騰したとき、支出を切り詰めようとしても限界がある。特に、年金生活者(無職世帯)にとっては、なかなか食料費が切り詰められない分、価格上昇が大きなストレスになっていると考えられている。日本の高齢化率は世界一(2023年9月29.0%)なので、食料品価格の高騰に消費マインドが敏感な性格を持っていると考えられる。
どんな種類の食料費が増えているか?
エンゲル係数の内訳ではどんな種類の食料費が増えているのか。家計調査の支出金額(名目値)を過去10年間で比較してみた(2023年8月からの過去12か月累計÷2013年8月からの過去12か月累計)。食料費は、10年間比で15.1%増加していた。増えているものを挙げると、①調理食品42.7%、②飲料28.1%、③肉類26.3%、④乳卵類25.0%、⑤菓子類25.0%、⑥油脂・調味料18.1%が目立っている。それらを特徴づけると、「肉食化」、「間食化」、「中食化」の3つになるだろう。それぞれについて細かくみていくと、
肉食化
食料費全体では、コメ、魚介類の支出が減っている。それと対照的に、肉類(豚・鶏)の支出と、乳卵類(バター、チーズ、卵)の支出が増えている。動物性タンパク質の摂取が、和食から洋食へと大きくシフトした。牛肉は意外に増えていない。豚・鶏以外に増えているのは、ソーセージ、卵、ヨーグルトといった朝食素材だ。おそらく、和食から洋食へのシフトは、朝ご飯の調理時間・片づけの時間を短くするためだと筆者はみている。
間食化
菓子類の増加の内訳は、チョコレート、スナック菓子、ビスケット類、洋菓子の増加が目立つ。その代わりに、まんじゅう、ようかん、カステラは減っている。ここでも和から洋へのシフトがみられる。これらは、朝昼晩の食事以外の間食が増加していることの反映だ。間食化の動きは、菓子以外に飲料でも顕著だ。乳酸菌飲料、炭酸水の増加は著しい。緑茶は、茶飲料が増えて、緑茶が減っている。自販機などのペットボトルのお茶が消費を増やし、代わりに急須で入れる茶葉の消費量は減っている。これは、家庭で間食しているよりも、オフィスで間食しているイメージだ。
中食化
食事が、素材から加工したものから、すでに調理されたものへとシフトしていることは、中食化と言われる。過去10年間で中食化はさらに進んだ。べんとう、おにぎり、調理パン、サラダなどが軒並み増加している。職場では、昼・夜とも外食をせずに、おにぎりやお弁当で済ませる人が多くなっている。忙しいことが理由にあるが、外食の値段が高いので、おにぎりにする人も多いのではないか。また、中食化の原因には、女性の就労も関係している。仕事からへとへとになって帰った母親が、すでに調理されたものや冷凍食品を使用する傾向を強めたこともあるだろう。朝食だけではなく、夕食にも調理・片づけの短時間化という変化が押し寄せている。食料費の変化からわかるのは、女性が仕事をする割合が強まって、家庭内の食事も変化してきている様子だ。
圧迫される和の食材
エンゲル係数が高まる背景には、食料品価格の高騰がある。例えば、10年前比較では、消費者物価(帰属家賃を除く総合)は13.1%も高騰した(消費者物価・総合は10.8%)。名目・消費支出の増加は同期間2.0%なので、実質消費は▲11.0%になる。同じように、食料品の価格上昇は10年間で25.3%だった。実質食料品(数量)は▲10.2%になる。食料品も他の品目も同程度に減らされている。
発表されているデータから食料品の内訳を実質値(水準)を求めることは難しいので、筆者が独自にベンチマークを設定して試算したところ、興味深い結果が導かれた(図表4)。実質ベースの10年間の変化は、主食用調理品が19.5%と最も大きく増加し、コーヒー・ココア、他の飲料(炭酸飲料など)が続いて多かった。実質ベースで大きく減っているのは、魚介類の▲40.1%、コメの▲26.3%、果実の▲20.8%が大きかった。自家用コメの消費は激減と言ってよいが、おにぎりやお弁当の中にご飯があるので、コメ消費全体では、中食を経由したものへとシフトしていると考えられる。
実質化した結果をみても、過去10年間の「肉食化」、「間食化」、「中食化」の傾向はおおむね変わっていなかった。おそらく、最近の食料品価格の高騰は、洋の食材が顕著だが、消費量は洋の食材そのものが減らされるより、需要が漸減していた和の食材離れを加速したと考えられる。コメ、魚介、茶葉といった和の食材は、価格が安くなってもそれで需要拡大が難しいのが実情だろう。