長らく世界を牽引してきた日本の製造業。一方で、DXの趨勢に対応するには、スキルセットやデータの活用不足、伝統的な組織構造など多くの課題があり、これらを克服するための戦略構築が急がれています。そうした中、三菱マテリアル株式会社では2020年4月より、全社デジタル戦略「MMDX(三菱マテリアル・デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション)」をスタート。2022年10月には第2フェーズの「MMDX2.0」に移行して、ものづくり領域におけるDX推進に取り組んでいます。
今回、同社CIOの板野則弘氏と株式会社コアコンセプト・テクノロジーCTOの田口紀成による対談が実現。「事業会社にあるべきIT部門と未来」をテーマに、製造業におけるDXに焦点を当てて議論が交わされました。中編となる本記事では、主にIT部門に求められる役割や本来の姿について語られました。
DXを成功へ導く“大前提”とは
田口:前編では、MMDX2.0における製造現場の活性化と、DXチャレンジ制度の重要性についてお話しいただきました。しかし、多くの事業会社ではIT部門とDX部門が切り離されています。IT部門に求められる役割や本来の姿について、どのようにお考えですか?
板野:私は過去7年間、CDO(最高デジタル責任者)と連携して仕事をしてきました。CDOとCIOは対立する関係ではなく、連携が重要だと考えています。エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)を例に説明しましょう。
かつて、システム部門は、EAにおける経営やデータの利用方法に関わるトップ2レイヤーを含め、4つのレイヤーすべてを担当していました。しかし、2000年代からパッケージやSaaS、クラウドベースのソリューションが登場し、事業会社のシステム部門はアプリとインフラの導入・管理に特化するようになりました。
とくに日本では、多くのシステムエンジニア(SE)が外部委託となり、システム部門の役割が大きく変わりました。つまり、本来は経営に即した業務やデータの活用に特化すべきところが、アプリとインフラの領域に限定されるようになってしまったのですね。
結果として、ビジネスアーキテクチャとデータアーキテクチャのトップ2レイヤーの役割を、主にCDOが担い、DXの定義が生まれたと考えると分かりやすいかと思います。ただし、DXの推進において、最終的にはEAの4レイヤーすべてをカバーする必要があります。実装から運用までの全体のタスクを考えると、CDOとCIOの連携が不可欠です。成功している企業はこの連携を実現し、成果を上げています。こうした大前提をきちんと実行できているかが今、事業会社に問われていると思います。
田口:トップ2レイヤーを外部に依存する時代が長く続いてきた中で、そこを企業内でまた育てるのは骨の折れる話です。どうやって補完していけばいいのかも、DXを進める上で主要な論点になりますね。
板野:当社は「自社内での実行」を重視し、実践していますが、クラウドやパッケージソリューションに対してやや遅れを取っている部分もあります。そのため、中期経営戦略の一環として、システム、人材、スキルをモダナイズすることを強調し、これをキーワードとしています。その観点から見ると、三菱マテリアルには中核となるべき人材がいると思います。
一方で、すべてを自社で行うのは難しい。トレンドは内製化に向かっていますが、100%の内製化は現実的ではありませんよね。したがって、何を外部に委託し、何を自社で行うかを明確にして、各プロジェクトごとに適切に設定すれば良いと考えています。
IT部門と人材戦略の連動性
田口:やはり、業務体系やそれに関連するデータの管理など、内製化で保持しておきたい領域は確実にありますよね。一方で、プロジェクト目標を達成するための一部は、他の外部リソースに頼ることもできる。DX推進部門とそれを支えるIT部門に加えて、外部委託の関係性もある場合、情報システムにおいて何をコアに据えるのが適切か、難しい判断だと思います。
板野:ケースバイケースなので、画一的に考えるのは難しいですね。ただ、これは情報システム部門に限った話ではないと思います。人的資本経営の概念で、従業員一人ひとりが最高のパフォーマンスを発揮できる組織への変化が起きています。なおかつ、日本では人材の流動性が低いと言われつつも、IT分野では流動性が高まっています。
ですから、IT部門の各メンバーが自身のモチベーションから高いパフォーマンスを引き出す方法を考える必要があります。その際には一定の規模が必要で、教育も規模がなければ効果的に行えません。そのためには、自社で開発できるスキルを残す必要があると考えています。すべてを外部に委託して、組織内からスキルが失われることは避けなければなりません。
経験を積む環境と、メンバーのモチベーションから生まれる最高のパフォーマンスを引き出すための体系的な検討が重要です。そうしなければ、組織から人材が離れていくことになります。
田口:メンバーを最適に活用できるかどうかによって、組織の性質が変化してくるというわけですね。デジタル分野に話が進むかと思いましたが、実際には組織である以上、最後は「人」に帰結すると。適切な人材配置と育成については、どのような取り組みをされていますか?
板野:とても難しい質問ですね。いずれにせよ、多様性を持った人材を採用することが大切だと思います。事業会社のシステム部門におけるアドバンテージは、さまざまな役割が存在することです。業務をする上では一定のコミュニケーション能力が求められますが、仮にコミュニケーションが得意でなくても、技術的に突出して優れたスキルを持つ人は、技術系の実務で活躍できます。ただ、プロジェクトマネジメントのスキルを持つ人材は枯渇していますね。
変革の第一歩は現状認識から
田口:皆さん同じことをおっしゃいます。責務に対する待遇が適切でないなどの一因もあるかもしれませんが、なぜかプロジェクトマネージャーばかりが不足している状況については、どのようにお考えですか?
板野:少し視点を変えると、経済産業省のDXレポートでも指摘されていますが、日本のSEの生産性が欧米の1/5にとどまっているという話があります。しかし、個々のSE同士を比較しても、生産性が5倍も異なるわけはありません。同じ人間なのですから。
要因として、例えばシステムの導入において、日本は時間やコスト、労力を過剰にかけていることが挙げられます。日本のシステム要件が多すぎることは明らかで、この問題に対する議論が不足しています。少子高齢化の中でこのやり方を続けると、さらに人が足りない深刻な状況に陥る可能性があります。そろそろギアチェンジが必要です。
田口:日本では、外部委託が時間をかけるほど経済合理性が成り立つ構造も問題の一つですよね。打開には内製化が鍵ですが、人材育成のスピード化という課題も生まれてきます。
板野:DXに何が求められているかというと“可視化”なんです。情報を効果的に可視化することは、DXにおいて非常に重要な要素です。同様に、日本のマーケットの特性を可視化して共通の理解を持った上で、まだこれまで通りのやり方を続けられるのか。まず現状を知ることが、変革の最初のステップになるでしょうね。
(続きは「事業会社にあるべきIT部門と未来:現場力を武器に三菱マテリアルが目指すデジタル変革のフロンティア 〜後編〜」にて)
<対談者紹介>
CIO システム戦略部長
1989年に三菱化成(現三菱ケミカル)に入社し、水島事業所で生産技術エンジニアとしてキャリアをスタート。プラント自動化や機器設計など多岐にわたるプロジェクトを担当。1996年からは3年間、米国サンフランシスコベイエリアでの駐在を経験。帰国後の2000年には、情報システム部でEビジネスによるIT活用推進に従事。その後9年間、情報システム部長として部門を牽引し、2017年より三菱ケミカルのDX推進プロジェクトリーダーも務める。2021年4月に三菱マテリアル株式会社へ転職し、CIO(最高情報責任者)に就任。
取締役CTO
2002年、明治大学大学院 理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。製造業向けの3D CAD/CAMシステムの開発に従事。2009年、当社設立メンバーとして参画し、2012年、当社執行役員に就任。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイス製造システムの開発や、金属加工のIoT化研究に従事。2015年、当社取締役CTOに就任。
(提供:Koto Online)