日本で進む高齢化や急速な技術の進歩は、さまざまなビジネスの経営環境に大きな影響を与えています。公共部門のような安定的な需要があると考えられてきた領域も大きく変化しており、道路や交通安全部門で大きなシェアを占めてきた積水樹脂は、既存のビジネスモデルからの脱却を図ろうと、2030年までの長期ビジョンを打ち出しました。
とくに同社の長期ビジョンにおいて核となるのは、海外展開の強化です。攻めの海外展開を率いる積水樹脂株式会社 グローイング事業本部長でセキスイジュシヨーロッパホールディングスB.V. 取締役社長の三好永晃氏を、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)CTOでKoto Online編集長の田口紀成氏が訪ね、お話を伺いました。
1991年4月積水樹脂に入社、2015年より国際事業部長となり、同年から現在までセキスイジュシヨーロッパホールディングスB.V.取締役社長。2018年より執行役員となり開発部門を経て、2023年4月より新設されたグローバル事業本部長としてグローバル、新事業開発、基礎研究、DXなど成長戦略の推進を担う。
2002年、明治大学大学院理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。自動車部品製造、金属加工業向けの3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru(オリヅル)」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTを研究。2015年に取締役CTOに就任後はモノづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画・開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織・環境構築を推進。
目次
強みはニッチスペシャリストの集合体であること
田口氏(以下、敬称略) まず、御社の事業概要についてご紹介いただけますか。
三好氏(以下、敬称略) 当社の事業内容は、公共事業部門と民間部門の大きく2つに分けられます。公共事業部門は主に官公庁を最終ユーザーとした製品の製造販売です。具体的には道路についている製品で、皆様の身近なところで言いますと、信号機とガードレール以外のもの、道路や道路わきについている製品は、おおむね当社が製造販売しています。道路に引かれている白線や標識板など、あまり意識をされていないと思うのですが、皆様の生活に非常に近いところに設置されている製品です。
もう一方の民間部門は、マンションや戸建て住宅の周囲にある金網状のフェンスや、主に物流などで使われるさまざまな資材、製造現場などで働く方の安全を確保する設備周りの安全柵、それから農業資材などの製造販売を行っています。
最近のヒット商品は、生育中の樹木を鹿などの野生動物による食害から守るための保護材ですね。農林業において、樹木の成長を妨げる獣害防止用として売れています。また事業体としては、高速道路の遮音壁や防音壁を扱うほか、交通安全対策事業として道路のカーブミラーや防護柵なども扱っております。スポーツ事業もありまして、サッカーなどスポーツ施設の人工芝も当社で作っています。
したがいまして、何をやっている会社なのですかと言われると、結構答えに困りますね(笑)。同じ積水グループには、当社を含め中核4社があります。当社以外は大体、何をやっている会社なのか容易に説明がつくのですが、当社の場合は公共部門から民間部門まで非常に幅広く、そして非常にニッチなところを主戦場としている事業の集合体なのです。
田口 道路標識や防護柵は鉄製品だと思うのですが、異素材の製品もかなり作っているのですね。
三好 実は鉄が多いですね。社名からは樹脂メーカーだと思われるのですが、樹脂を作っているということはありません。世の中にある素材を組み合わせて、樹脂であれ金属であれ、色々な素材を組み合わせた製品を製造販売しています。
田口 なるほど。いろいろな領域で戦えるコア技術を持っているのですね。
三好 そうですね。それぞれのニッチな市場のスペシャリストであることが、大きなポイントになっていて、当社の比較的高い収益性を実現しています。たとえば、道路整備や駅前の再開発などの際に、当社製品はどれもこれも使われます。
当社の売上は連結で650億円ですが、これと完全に相対する形での競合はなかなか存在しません。市場ごとに競合はありますが、それぞれ製品の専業メーカーなのに対し、当社の場合はワンストップで受注できますから発注者側にとっても楽なのですね。
海外の売上高を底上げすることで、連結売上1,000億円を実現
田口 御社は「グループビジョン2030」を発表されました。ここでは、2030年までに売上高(連結)を現在の650億円から1,000億円以上にするという、野心的とも言える目標を掲げていらっしゃいますね。どのような戦略を描いているのでしょうか。
三好 全体で成長するというのは今の時代は考えづらいので、いくつかの事業を成長させていき、ここがエンジンになって作り出す成長を描いています。
成長分野としては、省人省力化が大きな切り口になると思います。今後、労働力不足がより顕著になっていくことは間違いありません。当社で製造に携わってくださっている方々や当社製品の設置に関わる方など、現場も高齢化に向かっています。そこで、当社が現在持っていないような技術を何かしら取り込めないかと思い、ロボットなどの新しい技術を獲得していきたいと考えています。
田口 新しい技術の具体例があれば、お願いします。
三好 道路交通に関しては自動運転社会に変化していくので、走行する車両と当社の道路関連製品とが連携していくような形を、今後進めていくべき方向性として検討しています。
従来の当社製品は、ひとたび道路に設置したらそこで一旦終わりです。防護柵などは事故などが起きて破損しない限り、ライフサイクルが長いもので20年以上もあります。したがって今後は、設置後に通信によって車両との連携を図り、新しい価値を生み出していくような製品の方向性が、1つの鍵になると思っています。
例として、自動運転に向けた車両との路車間連携があります。道路についている当社製品と、車両との連携ですね。現在はさまざまなワーキンググループに参画して、技術の向上や獲得に取り組んでいる最中です。
たとえば当社の製品に道路鋲(びょう)がありますが、これは路面に埋め込まれているもので、太陽電池もしくは商用電源とLEDで夜間に発光して、道路のカーブや雨天時、夜間などの視界が良くないときに、道路線形をドライバーに明示します。
これを、歩行者が来たときにドライバーに知らせるなど、道路から発せられた情報を車両に飛ばして車載のナビゲーションに「歩行者あり」と知らせるなどですね。
田口 なるほど、そういう研究が進んでいるのですね。実現可能性のほどは。
三好 一部では自動運転の「レベル4」(特定条件下における完全自動運転)が開始されていますし、実証実験も全国で進んでいます。急激に状況が変わるというよりは、各地で進んでいる実証実験が徐々にボリュームアップし広まっていくという流れかと思います。当社のビジョンでゴールとする2030年3月期までの間には、ニュースや新聞などでこうした情報が出てくることが増えるでしょう。当社の中期経営計画でいうところの最終ステージにあたる27〜29年度には、より可視化が進んでいると思っています。
田口 三好さんが本部長を務めていらっしゃるグローイング事業本部は、今年度から新設された部署とのことですが、肩書きからすると、かなり広範囲を見ていらっしゃる印象を受けます。
三好 確かにやることはいっぱいあるのですが、私が考えるポイントは2つです。1つは、2030年の売上高目標1,000億円以上を達成するために、現在の売上650億円から新たに350億円をこれから生み出さなければならないので、そのためのエンジンを作ることです。
もう1つは、そこで生み出していくエンジンを正しく機能させる仕組みづくりですね。そのために、ターゲットを見定めて、そこに対してM&Aなども視野に入れながら、技術や販路の獲得を進めていきたいと思っています。国内も海外も、自力で全部やることにこだわるつもりはないですね。
このうち、海外展開の強化はグローイング事業本部の管轄になります。海外の売上は現状5〜6%ですが、2030年3月期までに全体の連結売上の20%に上げる目標を掲げています。売上高にして約40〜45億円ぐらいの線でここ数年は推移しているのですが、それを200億円に持っていこうという考えです。
海外の売上拡大は、積極的なM&Aで
田口 海外で売上を上げるために、どのような進め方をしていくのでしょうか。
三好 M&Aは欠かせないと考えています。お取引先様もしくは競合メーカーなども含めて視野に入れ、当社のグループに取り込むことができたらと考えています。当社が取り組んでいることと合わせてシナジーを生み出せそうな現地企業が対象になりますね。
当社はメーカーですので、やはり現地でモノを作っているメーカーであることが1つの大きなポイントになります。だからといって販売会社を完全に除外するつもりはないのですが、まずはメーカーさんですね。
田口 海外において社会インフラでビジネスをしている企業は、三好さんから見てどのような現状に置かれていると思いますか。
三好 結構、明暗がはっきりしているのかなと思います。とくに、従来からあるモノだけに依存しているような企業は厳しくなっています。たとえば標識板は、当社を含め一様に厳しい状況になっています。車側の発達などもあり、標識板がどんどん減っているからです。したがって、M&Aの対象としてはただ単に売上の規模を追い求めるだけでなく、現在のような社会状況でも道路インフラや交通安全において需要を伸ばしている企業を選びたいと思っています。
田口 三好さんは、1990年代末に御社が海外事業を本格化した時期から関わっているそうですね。現地では後発だったと思いますが、どのように参入されたのでしょうか。
三好 カーブミラーを売り込みました。当社製品の独自性は、表面に特殊なコーティングをしていて、結露しないことです。ニッチでほかにはない製品として現地に持っていき、実際に現場に付けて確認してもらうなどして、販路を開拓していきました。先にお伝えした通り、我々の事業体は非常にニッチなのですが、この製品は「スーパーニッチ」でしたね。
田口 なるほど。ところで、売上を高めていくうえでは、生産体制の効率化や生産性の維持が課題になってくると思います。生産におけるDXに関しては今後、具体的にどのような施策を考えているのでしょうか。
三好 当社製品のなかには大量に生産して在庫として持っておき、そこから販売していくという形態が取りにくい事業が公共部門を中心に数多くあります。現場に設置するために、製品に常に細かいカスタマイズが求められるような製品です。たとえば、高速道路などに設置する防音壁。ユニットとして決まった物はあるのですが、道路は当然、カーブもありますし勾配もかかっていますので、据え付けるためにその現場に応じて少し編集しなければなりません。
こういうときに、多数の図面が必要になってきます。こうした工程を含めた生産を一気通貫で行えるような仕組みを作らなければなりません。今は図面を描いて、その図面に基づいて生産していますが、図面が描けた段階で担当者にそのデータが飛び、すぐに生産を始めてもらうことも可能になってくるはずだと思っています。製品のカスタマイズや再設計、実際のものづくりをよりシームレスに結んでいくような生産面の効率化に、DXやAIなどを積極的に使っていきたいと考えています。
田口 なるほど。製品としてちょっと違うだけでも、図面の変更などが大量に発生するでしょうね。たとえば、ボルトを通すところが少しずつ違っているとか。私もそういうプロセスに関わっていますが、そこはボトルネックになりやすいポイントですね。
三好 はい。大量に出てくるのですよ。このような部分を見つけて機械に置き換え、生産側の効率化を図る必要があります。現在こうしたことに対応してくれている人も当然、年齢を重ねていきますし、将来的に常にそういった人材が安定しているという保証もありませんからね。
コア技術にソリューションを付与していくために研究開発を強化
田口 部署の新設から1年未満ではありますが、なにか成果などは出ていますか。
三好 グローイング事業本部ができたことで、公共部門の第一事業部、民間部門の第二事業部を横断する形で、新しい技術や製品の獲得などのためにM&Aにエネルギーを投入できるようになりました。今後、オープンイノベーションもメーカーとして強化していきたい考えです。
田口 たとえばどのような分野ですか。
三好 国内で大きなターゲットとしてみているのが、ロボットですね。今後事業を広げていくうえで、ここには2つポイントがあります。1つは当社が保有している技術で何らかの製品ソリューションを提供できないか、ということ。もう1つは、当社の製品は常に人が現場に据えつけるのですが、施工してくださる方々もどんどん高齢化が進んでおり、人も減っていくことが想定されます。そうしたなかで、施工までを含めてロボットの技術で対応し、当社製品の差別化につなげられたらと考えています。
たとえば、道路に引かれている白線は人が機械を使って道路に引いていますが、今後は自動で引けるようになっていくと思います。これによって、当社から提供する社会課題に向けたソリューションのレベルを上げていく。ここにもM&Aが絡んでくると思っています。
田口 今後は、オープンイノベーションも含めた研究開発も積極的に進めていかれるそうですね。
三好 はい。オープンイノベーションは、新しいソリューションを生み出すために必要だと考えています。そこから得られたアイデアで、製品化に近づいているものもあります。オープンイノベーションをより活性化させていくために、当社の「R&D道夢道(どうむどう)」という滋賀県にある研究施設を、2025年に向けて全面的にリニューアルする予定です。
同施設は1990年代前半からあり、これまでは製品の検証や展示場のような位置付けでした。しかし今回のリニューアルでは、あらゆる企業様と共同開発ができる発信基地にすることを大きなポイントとしています。ARを活用して、滋賀県まで足を運んでいただかなくてもバーチャル上で一定の体感を得ていただけるようにするのです。ここを起点に、ユーザー様やお取引先様、これから協業していくパートナー様などをインタラクティブに結んでいけるようになります。
田口 たとえば、どのような技術を研究されるのでしょうか。
三好 当社のコア技術に関する部分が、研究テーマの1つです。たとえば、音響制御技術は防音壁に必要なのですが、戦後に大量設置されたブロック塀は重さで音を防いでいます。ただ、地震などで倒壊の危険がありますし、施工する方にとっても重い。また、道路の防音壁などについては眺望を考えてユーザー側は透明な素材を好みますが、金属のように音を吸収しないため音が反響してしまいます。
そこで、透明でなおかつ吸音できるような技術がないか研究しているところです。こうした分野で我々がまだ知らないことを知っていたり、研究していたりするベンチャー企業様もいると思いますので、「道夢道」を拠点にそういった研究開発を加速させていきたいですね。
田口 今後の取り組みがますます楽しみですね。貴重なお話をありがとうございました。
【関連リンク】
積水樹脂株式会社 https://www.sekisuijushi.co.jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
(提供:Koto Online)