この記事は2023年10月27日に「第一生命経済研究所」で公開された「続・期限付き所得減税の論点整理」を一部編集し、転載したものです。
目次
期限付き所得減税の制度設計が進められている。20日に執筆したレポート(※)について、直近情勢を踏まえてリバイズした。直近の報道情報等を参考にしているが、今後の議論等で制度設計が変わる可能性も高く、情勢は流動的である。
(※)「期限付き所得減税の論点整理~Q&A形式でポイントまとめ~」2023年10月20日発行
Q.どのような減税に?
一人当たり所得税を3万円、住民税を1万円の計4万円を減税する定額減税を1年限定で実施へ。扶養家族がいる場合には同額を追加で減税。住民税非課税世帯へは7万円を給付(すでに給付している臨時特別給付金3万円と合わせて10万円)。住民税課税だが所得税が非課税の世帯にも給付を行う方針。また、税額が減税額に満たない課税世帯には不足分の追加給付によって、減税が十分に受けられない状態を回避する。この具体的内容については年末までに検討。減税規模は3兆円台半ば、給付を合わせると総額5兆円規模に。
Q.いつから?
24年度予算の決定後、来年6月からの実施が想定されている。給与支払時に源泉徴収される所得税・住民税を通じて減税がなされる設計が想定されている。すべての減税を6月に一度に行う形なのか、何か月かに分けて行う形なのかは不明瞭。
6月に一度に行う場合、月当たりの税額(6月の所得税・住民税額)が全体の減税額に満たない場合の扱いが課題か。仮に年間で4万円の所得税・住民税がある人でも、月当たりで源泉徴収される額は単純に按分するとその12分の1(賞与を加味しない)になる。4万円の減税を行っても月の税額が足りず、引ききれない。減税実施時点におけるマイナスの所得税・住民税(源泉徴収時点での還付?)は物理的には可能なのかもしれないが、一時的に企業側の持ち出しが発生する形になり、やはり筋は良くない。こうした世帯では減税が複数月に跨る形になる、フルに減税影響が及ぶのは年末調整や確定申告後、といった形になることも考えうる。
Q.補正予算への影響は?
期限付き所得減税が目玉化したことによって、相対的には23年度補正予算を縮減する要因になると考えられる。従来なら、給付金として補正予算として措置されていたであろう部分が当初予算に移る形になるということ。所得減税は経済対策規模(補正予算+当初予算)には計上されるが、23年度補正予算の増加要因にはならない。給付部分は23年度補正予算に計上へ。
Q.マクロ経済への影響は?
コロナ時の一律10万円給付金のデータをもとにした論文(Kaneda et al.(2021))は、限界消費性向を6%~27%としている。非課税世帯への給付金含め、5兆円/年の減税+給付金の2割程度が消費に回るとして、1兆円/年の押し上げ効果となる。
Q.防衛増税や扶養控除見直し議論への影響は。
来年の防衛増税を実施しないことは既定路線になっている模様、扶養控除はまだ不明確。期限付き所得減税+恒久的増税の組み合わせとなれば、期限付き所得減税は増税のためのバーターとして捉えられかねず、増税議論は進みづらい。
Q.住宅ローン減税世帯はどうなる?
現在の議論では、“年収額を基準に”非課税世帯には給付を、課税世帯ではあるものの税額が減税額に満たない世帯にもそれを補填する給付を行う方向で検討されている。一方、一定以上の年収者でも住宅ローン減税によって所得税・住民税を既に減税している世帯がいる。住宅ローン減税で既に税額が減税額より少なくなっている世帯には、今回の減税効果が十分に及ばないことになる。住宅ローン減税適用世帯にはファミリー世帯も多いと考えられ、子育て世帯支援との整合性の観点でも対応を求められる可能性が考えられる。
Q.所得制限は設けられるか?
減税対象とする世帯について、所得制限実施の有無が議論されている模様。岸田首相は26日にこれに否定的な考えを示していると報じられている。
所得制限を設ける場合、もう一つ課題が生じるかもしれない。例えば、子どもを持つ共働きで片方の所得が所得制限を超過、もう片方の所得が所得制限に満たないケース。この場合、子どもをどちらの親の扶養に入れるかで減税額が変わる可能性がある。税扶養においては、どちらの扶養とするかは実質的に選択可能。所得制限を設けた場合、共働き世帯で所得の低いほうに扶養を切り替える動きが生じる可能性がある。
Q. 減税ではなく給付でいいのでは?
減税は来年度予算で実施へ。開始が遅れる点で即効性の観点では給付に分がある。また、減税と給付金の組み合わせはここまでみたように「隙間の所得者」への対応をはじめ、制度設計での複雑さも増し、企業や自治体などの対応も難しくなる。制度簡素化の観点でも一律給付でよいのでは、という批判は免れないだろう。
もっとも、近年経済対策で繰り返されている低所得者向け給付に課題は多かった。住民税非課税世帯をその線引きとしており、給付の多くは年金所得者が対象となっていた。高齢者は所得が少なくとも資産を多く保有する家計が多い。消費喚起の観点では減税や給付金は消費喚起の観点では流動性制約に直面する家計(所得も保有資産も十分でない家計)をターゲットとすることが望ましいが、従来の低所得者向け給付がそれに対応できていたかは疑問が残る。