年間400トン生産する日本最大級のきゅうり農家が順調だからこそ選んだ道

昨今、大きな問題となっている「後継者不足」に端を発し、日本では事業承継の多様化が進んでいる。その中でとりわけ注目を集めているのが第三者への承継、いわゆるM&Aだ。

これまでは親族への承継や親族以外(役員、従業員)への承継、それが難しい時の選択肢としてM&Aを検討する経営者が多かった。しかし今は、事業成長や事業存続のためのファーストチョイスとしてM&Aをセレクトする経営者も少なくない。

実際にM&Aで会社を売却した経営者はなぜ、その方法を採用したのか。

連載「The WAY|私が会社を売却した理由」第1回目は、販売チャネルの拡大やIotによる栽培の“見える化”により、きゅうり農家として大成功を収めた株式会社下村青果商会の下村晃廣氏に話を聞いた。
(2023年7月取材)

年間400トンのきゅうりを安定生産

水稲や野菜の栽培が盛んな高知県の農村で育った下村氏は、農業が身近なところにありながらも将来農家になることは考えていなかったと言います。しかし、音楽の道を志し東京に出るも業界の厳しい現実を知り、専門学校卒業とともに帰郷。ライバルが少ないブルーオーシャンと考え、農業の世界に入りました。

米作りやナス栽培などを行う農家に弟子入りして5年間にわたって農業を学び、2008年、25歳で独立。個人事業主としてきゅうり栽培を始めました。1人ですべてをこなした1年目から順調に結果を出し、3年目にはJAへの販売をやめて独自で販路を開拓。収益力を高めることに成功しました。

2018年9月に株式会社下村青果商会を設立し、代表取締役社長に就任。管理体制を見直したことに加え、IT技術を積極的に採り入れ、生産現場にクラウド解析装置を導入するなどして収量、収穫時期などを“見える化”しました。また、年1回(10月)の苗付けで11月以降に8ヶ月にわたり収穫が可能な仕組みを構築。これにより日本でもトップクラスである年間400トンのきゅうりを安定的に生産できるようになりました。

そして下村氏は、この事業をさらにスケールさせる方法について検討し始めますーー、ここからは自身の言葉で振り返っていただきます。

スピーディーな事業のスケールが期待できた

下村氏は語ります。

「個人事業主だったころから、業績は安定して成長し続けていました。ただ、事業自体は順調でしたが、そのスケールをさらに加速させるべく、結果的にM&Aという手段を選択しました。

創業者のイグジット方法は、廃業、倒産、事業承継、IPO、M&Aの大きく分けて5つしかありません。その中でも前向きな選択肢がM&AとIPOですが、農業分野で上場基準を満たそうとするのは、あまり現実的ではありません。さらに、上場に向けて動き出してから最低でも3年はかかってしまいます。

一方で、M&Aは最短1ヶ月程度で完了する点が魅力の一つです。そうしたことが独立当初から分かっていたので、イグジット方針はM&Aに狙いを定めて会社経営を行ってきました。25歳で独立した頃は『50歳までにM&Aができたら』と考えていたのですが、思ったより順調に業績が伸びていたので、その目標が『45歳までに』、さらに『40歳までに』と段階的に早まったのです。

実は法人化して1年後の2019年に、あるコンサルティング会社が紹介してくれた企業に譲渡が決まりかけたことがありました。ただ、これはコロナ禍における社会情勢の変化により頓挫しました。今回のM&Aは、新型コロナが収束してきたこともあって再度踏みきった形になります。

2021年の後半、M&Aを決意した私は業界最大手の日本M&Aセンターに仲介を頼みに行きました。そこで担当になった新井さんは、裏表なく親身に寄り添った提案をしてくださり、当社とシナジーが見込める譲渡先企業を一生懸命に探してくれました。

日本M&Aセンター自体が農業の案件を扱うのが初めてだったので、譲渡先が見つからない可能性が高いことは事前に聞いていたのですが、結果的に異業種で10社も手を挙げていただけました。当社は毎年黒字で、将来的にも収益性を見込めるビジネスモデルを確立していたので、そこを評価していただいたようです。

最終的に3社とトップ面談を行いましたが、そのうちの2社は前例があまりない農業M&Aということで銀行から融資が下りず、西日本設備管理株式会社さんだけは唯一自社の資本でM&Aが可能とのことでした。また、同社はすでに農業分野に進出しており、生姜栽培を行っている企業をグループ内に保有していました。そうした安心感や、販路拡大によるスピーディーな事業のスケールが期待できたので、資本提携を決めました。

また、トップ面談の時の印象も非常に良かったです。まだ若い社長で年齢も40代半ばと自分と近いですし、私に条件をつけてくることもなく、むしろ私に引き続き経営を任せていただける姿勢を示していただけました。その点においても、相性の良さを感じたのです。

M&Aの契約を締結後、2023年3月31日には保有していた全ての株式を譲渡しクロージング済みではあるものの、いずれにしても自分が創業した会社の成長は今後も見届けたいと考えています。親会社となった西日本設備管理さんとともに2万㎡のビニールハウスを南国市に新設する計画を推進していますし、その本社がある岡山県でもきゅうり栽培を展開する可能性があるそうなので、西日本設備管理さんから当社にいらした3人の取締役には農業の技術やノウハウの引き継ぎを行っています。

個人としては、M&A後に株式会社ベジふる高知を設立しました。野菜だけでなく、高知県の特産品の卸を行っていこうと考えています。高知県には野菜はもちろん、それ以外にも良い商品が数多くありますが、プロモーションやブランディングまで力を入れられていない事業者さんは少なくありません。そこで、私が今まで培ってきた販売ノウハウや人脈を駆使して、営業に特化した事業を展開していく予定です。今までお世話になった高知県に少しでも恩返しできればと考えています。

経営者としての経験を積んだ上での新たなスタートですので、ゲームでいう『強くてニューゲーム』状態の今後の人生に対して、期待に胸を膨らませています」

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