この記事は2024年3月29日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.244『企業在庫から読み解く物流施設需要』」を一部編集し、転載したものです。
目次
この記事の概要
• 2021年以降、直近に至るまで、企業在庫は原材料在庫を中心に継続的に増加。機械関連
産業において特にその傾向が強い。併せて関連品目の倉庫保管残高も増加傾向。
• 中継拠点ニーズに加え、機械関連産業を中心とした原材料在庫の増加は、今後、中部地
方における倉庫需要の追い風に。
2021年以降、企業の在庫量は急激に増加
財務省「法人企業統計」によると、直近3年間(2021年~2023年)において、企業が事業活動のために一時的に保管している製品や原材料や仕掛品などの合計である“企業在庫”の量が急速に増加し、そのトレンドが継続している。特に製造業における原材料の増加は顕著であり、多くの業種がサプライチェーンの混乱から脱した2023年後半以降も継続して在庫が増加し続けている。(図表1,2)直近に至るまでのこうした継続的な在庫増加は、企業の在庫に対する考え方の変化に基づくものである可能性があり、今後の倉庫需要にとって注目すべき要素である。
本稿では近年における企業在庫増加に着目し、その背景要因や倉庫需要との関係を分析した。
2つの背景要因
1 需要側要因に基づく“結果としての”在庫増加
こうした動きの背景要因の1つは、発注量の減少などの需要側要因により“結果として”在庫量が増加したことである。特に、機械製造業についてはコロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻に起因するサプライチェーンの混乱等、環境変化を受け、受注残高は乱高下した。(図表2)、こうした動きは生産計画の変更、部品メーカーに対する発注動向への影響を通して、産業の裾野全体における在庫を増加させる要因となる。2021年以降の在庫量増加の内、少なくとも2022年頃まではこうした“結果としての”増加が要因としては大きかったものと推察される。
2 調達リスクへの備えとしての原材料在庫の積み増し
もう一つの要因は、企業の在庫調達リスクに対する認識の高まりである。コロナ禍等に端を発したサプライチェーンの混乱を受けて、各企業の中には適正在庫水準を見直す動きが出ている。これは、納期の遵守、安定的な生産活動の維持を通じた収益計画の達成も目的としたものである。特に自動車関連産業においては、レアアースなど産出国に偏りのある原料を使用することも多い為、物流の混乱や地政学上のリスクへの対応のため、政策的に在庫(棚卸資産)を積み増す動きが見られる。(図表4)一方で、鉄鋼や非鉄金属などを供給する素材メーカー側は、物価調整後で見た場合、在庫量は横ばいから減少傾向にある。これは素材メーカーが機械製造業ほど、サプライチェーン混乱の影響を強くは受けなかったこと、(図表3)結果として部材調達リスクの評価に関して差異が出たことによるものと考えられる。
企業在庫の増加は倉庫需要の増加に寄与するのか
ここまで触れてきた企業在庫の増加は、倉庫に対する需要とどのような関係を持つだろうか。一時的もしくは僅少な在庫の増加であれば、新たなコスト負担を抑制するため、既存倉庫の稼働面積(体積)の増加により対応するようなケースも十分考えられる。
一方で、近年の、機械製造業を中心とした企業にみられるように、在庫が大幅に増加し、そのトレンドが継続する場合、恒常的な保管場所の必要性が、新たな倉庫需要を喚起する可能性がある。
倉庫需要の分析
本稿では、近年、特に在庫増加が著しい機械関連産業を対象に、産業在庫量の増加と関連品目の倉庫需要との関係性について考察したい。
本稿における考察プロセス
国内における倉庫需要の全容について、残念ながら、網羅的に把握可能な公的統計は無いため、本稿では営業用倉庫に関する品目別の保管残高を把握できる国土交通省「倉庫統計季報」を基に、営業用倉庫に関する需要把握を試みる。
まず、機械関連産業の在庫と関連する品目を特定する必要があるため①観察対象品目の特定と整理を行う。そして、在庫の増加が倉庫需要に寄与する場合における②在庫と保管残高の増加量に関する事前の想定を行う。その上で③保管残高と在庫数量の比較及び考察を行う。
①観察対象品目の特定と整理
まず、企業在庫を取り巻く状況を整理したい。2021年以降、特に機械関連製造業の原材料を中心として在庫量が顕著に増加した。(図表5)それらの産業の原材料は多岐に渡っている。在庫品の中には、部品製造に必要な鋼材や銅板など「鉄鋼」「非鉄金属」等の素材であるケースや、エンジンや完成品への据付装置等、在庫品そのものが「機械」品目にカテゴライズされるケースもある。そのため、機械関連製造業の在庫が倉庫に保管される場合、「機械」「鉄鋼」「非鉄金属」等の品目で保管され、在庫の増加もこれらの品目の増加という形で表れてくることが想定される。
また、他業種の事業活動が当該品目の保管残高に与える影響についても留意が必要である。「鉄鋼」「非鉄金属」は素材メーカーが納品前の製品在庫として一定程度保有している。物価を調整すると、この製品在庫は近年、ほぼ横ばい傾向であり、出荷前製品は工場敷地内の自家用保管庫で保管されるケースが多い。“営業用倉庫における増減を把握する”という本稿の分析趣旨に照らすと、影響度は小さい為、本分析においては考慮しないものとする。また、在庫水準の絶対値を考慮し、卸売業・小売業については、ここでは分析しない。
②在庫と保管残高の増加量に関する事前の想定
既存倉庫が常に100%稼働であることは現実的でなく、企業在庫が増加した際に、それらが全て新規の倉庫にて保管されるわけではないと言える。これを踏まえると、機械関連製造業の在庫増加率を『上限』として、その範囲内で営業用倉庫の「機械」「鉄鋼」「非鉄金属」品目が増加するものと想定することは合理的であるといえる。ここからは、この想定を用いて、在庫残高の見積もりを実施していく。
③保管残高と在庫数量の比較及び考察
基本データとなる倉庫統計季報は現在、2022年10月―12月期までのものが公表されている。よって、企業在庫の増加が見られ始めた2021年1月から2022年12月までの約2年間における企業在庫の動向と営業用倉庫の保管残高の動向について比較した。結果、同期間における機械関連製造業の在庫増加量は物価調整後で+45.3%であった。機械関連製造業の在庫増加率を『上限』として、その範囲内で倉庫残高は増加をするとの想定に対して、同期間における機械関連品目の倉庫残高は+40.0%(内訳:「機械」+38.1%、「鉄鋼」+53.1%、「非鉄金属」+18.8%)(図表6)これは、在庫増加率の範囲内で関連品目の保管残高が増加しているという点で先に述べた想定と概ね整合的な結果である。また、機械関連製造業の出荷上位3県(愛知、静岡、神奈川)に関して「機械」品目の保管残高推移をみると、2021年以降の増加は顕著である。(図表7)こうした比較により企業在庫と倉庫需要との因果関係が明らかとなるわけではないものの、一定の相関関係が観察できる。このことから、企業在庫の動向は特に近年において倉庫需要に影響を及ぼしうる、注視すべき要因の一つであるといえる。
企業在庫の動向による影響は地域により異なる
これまで、企業在庫の動向が営業用倉庫の保管残高に対して、重要な役割を持つ可能性について述べてきた。では、倉庫需要に対して、こうした企業在庫の動向はどの程度の影響力を持つだろうか。結論として、影響力の程度は、地域により大きく異なると思われる。
首都圏は機械関連在庫が減少傾向、ECや小売と関連度の高い品目の残高増加が顕著
直近5年間における保管残高の増減を地域別にみると、首都圏では過半数が「日用品」「食料加工品」「雑品」である。(図表8)「雑品」とは、その中に「宅配便貨物」や「特種積みあわせ便貨物」等を含み、首都圏におけるこれらの品目の増加は、日用品や食料工業品などの域内宅配輸送や、全国への長距離輸送の増加が背景にあるものと考えられる。レポートVol.234で述べたが、特にEC用の物流拠点は首都圏1に集中して蓄積される傾向にある。首都圏においてBtoC需要と深い関連性を持つ品目の残高が増加したことは、こうしたEC物流拠点の立地傾向と整合的な結果といえる。
1:Vol.234においては関東圏と表記。
中部圏は、機械関連品目の在庫増加が特に顕著
一方で、中部圏においては、機械関連産業と深いかかわりを持つ「機械」や「金属」といった、製造業の関連在庫の増加量が際立つ。品目別の保管残高割合を見ても、多くの地域で「機械」「金属」の割合は低下したものの、中部圏のみ当該割合は増加した。(図表9)製造業における調達リスクの見直しに伴う在庫増加の傾向は、直ちに方針転換されるような要因は現時点では見受けられず、ある程度持続的な傾向であるものと考えられる。
企業在庫の増加、中継拠点としての立地優位性は、今後、中部圏における倉庫需要の追い風にレポートVol.222において、長距離輸送力不足の観点から、幹線輸送をつなぐ中継拠点の需要拡大が見込まれること、実際の地域間輸送データの分析から中部地方は中継拠点の潜在需要が高いことを示した。中継拠点としての立地優位性に加え、機械関連産業を中心とした企業在庫の増加は、今後、中部地方における倉庫需要の追い風となるものでは無いかと考える。