特集「令和IPO企業トップに聞く 〜 経済激変時代における上場ストーリーと事業戦略」では、IPOで上場した各社のトップにインタビューを実施。コロナ禍を迎えた激動の時代に上場を果たした企業のこれまでの経緯と今後の戦略や課題について各社の取り組みを紹介する。今回は株式会社ドリーム・アーツの山本代表に話を伺った。
BtoCからBtoBの事業へ
ーーこれまでの事業変遷について教えてください。
株式会社ドリーム・アーツ 代表取締役社長・山本 孝昭氏(以下、社名・氏名略):設立の背景からお伝えします。もともと私自身、30歳で会社を設立することを中学時代から決意していました。ただ何かやりたいことがあるから会社を立ち上げるわけではなく、何かを成し遂げるためには会社という基盤が必要だから設立するという考えでした。そのため1996年に前職のインテルを辞め、その同年から事業を本格的に始動させました。
最初に手掛けたのはBtoCの事業でした。前職で携わっていたインダストリーマーケティングにおける事業環境整備の経験から、誰もが自分のパーソナルコンテンツを発信し始め、従来のコンテンツビジネスが逆流する、と考えました。そこにビジネスチャンスがあると確信し、資金を得て事業をスタートさせました。始めた当初はデジタルカメラで撮影した個人の写真をオンラインアルバムで共有したり、加工するサービスを提供していました。事業モデルとしては時代を先取りしていましたが、当時の遅いインターネット回線の速度では対応ができませんでした。そこで、当時並行して取り組んでいたビジネス向けシステム開発にシフトしました。その後BtoBの領域で大手企業と連携し、デジタルマネーの実証実験や学校向けインターネットプロジェクトなどに取り組みました。
また、2000年には上場を目指しましたが、最終的には直前で上場を取りやめました。これは、提案していたプランが現実と合わないと判断したためです。その後2023年の10月に上場しましたが、当時の決断が今につながる大きな転機となりました。
ーーもし2000年の当時にIPOを行っていたら、まったく異なる展開があったかもしれませんね。
山本:確かにそうですね。しかし、多くのステークホルダーが関わる中で、私が直接現場を指揮できなくなり、ステークホルダーへの説明責任が急激に増大することを懸念しました。そのため、チームを守りつつピボットするためには、IPOを中止する判断が必要だと考えました。これが、私たちが創業からのBtoC事業をやめ、ビジネス方向を変え、中小企業向けから大企業向けへのシフトという大きな転換点になりました。
そして、もう一つの転換点は、2017年頃に行った、「Shopらん」という多店舗事業者向けのクラウドサービスの展開です。もともとクラウドサービスの普及は、当初の当社予想より遅れていました。理由としては、大企業ではクラウド移行に対するセキュリティ上の懸念があったことや、私たちが大企業向けのホリゾンタルなパッケージソフトウェアとして「SmartDB(スマートデービー)」も展開しており、クラウド化のタイミングを慎重に見極めていたからです。しかし、2017年にクラウド化を決断し、「SmartDB」を純粋なクラウドサービスへと移行しました。そして、2018年には市場への導入を開始し、2019年からは新規販売を100%SaaS型の”ピュアクラウドサービス”に切り替える大きな転換を行いました。
ーー上場された際の背景についてお聞かせください。
山本:上場する際、安定した株主構成にすることに苦労をしました。2000年に上場承認を得た際、私自身の持ち株比率も大幅に低下しており、資本構成に大きな変更がありました。そのため再度上場を目指すにあたって、分散していた株式を買い戻し、安定した株主構成を築くことに多大な時間を要しました。
苦労した一方、良い機会が重なり上場の後押しになった出来事もあります。コロナウイルスの流行は、大企業におけるデジタル化の必要性を一層強調する形となり、我々の事業にとっては追い風でした。さらに、営業戦略をPush型からPull型に転換しました。これは、顧客自身が情報を収集し判断する時代に合わせ、自社のウェブサイト上のコンテンツを大幅に強化し、統一感を持たせることで、顧客からの引き合いを増やす戦略です。この変更は、コロナによる外出制限下でも成果を上げ、上場の後押しになりました。
大企業の「デジタルの民主化」を進める
ーー今後の事業戦略についてお伺いします。
山本:これからも大企業への導入に注力していきたいと考えています。なぜなら、私たちのターゲットマーケットはエンタープライズのため、組織の大きさがITの活用により大きなレバレッジを生み出すからです。中小企業では、非公式な手段でも情報共有が可能かもしれませんが、数千人単位を超える大企業ではそれが不可能です。大企業がIT投資に多くの予算を割く理由は、そのレバレッジが事業運営上非常に大きく、私たちもそこをターゲットにしていきたいと考えています。
また、現在、ERPシステムや基幹システム周辺の更新がシステム部門以外でも盛んに行われています。例えば、新規販売では、システム部門以外からの起案で「SmartDB」が導入されるケースが半分以上を占めています。これは、既存のシステムが古く、事業変革の足かせになっているからです。これに対して私たちは「デジタルの民主化」を戦略的メッセージとして掲げ、サポートしています。ノーコードツールを活用して、IT部門でない人々も自らの業務をデジタル化できるようにすることで、最終的にはIT投資とその責任をIT部門に任せきりにしていた構造を変えることを目指しています。今後、大企業でもさらにデジタルの民主化は進んでいくと考えており、クラウド時代に合わせて既存のシステム開発と運用の構造を変革していきたいと考えています。
ーー大企業向けへの導入というのは難しいのではないでしょうか。
山本:そうですね、エンタープライズならではの難しさもあります。その1つは技術的な難しさです。最大のユーザーであるリクルートグループでは、週明けには数万人が同時にログインするような状況に対応する必要があり、これは高い技術力を要します。もう1つは営業の難しさです。大企業では複数の部門が関わる大規模なプロジェクトが多く、内部での調整や合意形成が必要になります。これらの課題を乗り越えるためには、高レベルな技術力と複雑なビジネスプロセスを理解し、先方に共通認識をもっていただいたうえで管理する営業力が必要です。一方でそれができれば、大きな成功を収めることができると考えています。
強みはお客さんとの関係性
ーー貴社の事業の強みを教えて下さい。
山本:私たちの強みは大きく3つあります。
まず、1つ目は顧客との強固な関係性です。私たちはお客さんと非常に密接な関係を築いていますし、その関係性を大切にしています。これは、私たちが情熱を持って仕事をすることで、お客さんも私たちを信頼していただき、強い覚悟をもって私たちとのプロジェクトを進めていただけるからです。例えば、JALさんや豊田自動織機さんの幹部の方が、退任後に私たちを訪ねてくるほど、関係性を築けています。このような関係性は容易に築けるものではないと考えています。
2つ目は、エンタープライズ市場での立脚と、IPOを可能とした事業基盤の確立ができていることです。市場において製品の信頼性が高く、例えば、最新の暗号化技術を導入していることや、「SmartDB」に格納されている重要情報の量と質も評価をいただいています。そして、SmartDBが特定の業務だけでなく、企業全体の様々なニーズに応えることができるため、顧客にとってはシステム乱立の問題を解決し、データ連携やユーザー管理の効率化を図ることが可能です。このように事業や製品の強固な基盤が、私たちのビジネスの根幹であり導入していただける際にも大きな要因となっていると考えています。
3つ目は、私たちの企業文化です。エンタープライズ市場での取り組みは、時に長期にわたるトラブル対応が必要となります。そのため、そのような困難に粘り強く対峙する文化を持つことを意識しています。また、単なるマニュアル作業ではなく、お客さんとの関係性構築や価値観の共有を重視し、現場での柔軟な対応を大切にしています。このような価値観を従業員間でもすり合わせを随時行うことで、企業文化の醸成をしています。
ドリーム・アーツからZUU onlineのユーザーへ⼀⾔
ーーZUU onlineの読者の皆さんに向けて、一言メッセージをいただけますか。
山本:我々の企業文化のひとつに、実直さがあります。言葉どおり、根本的な価値や理念、情熱、信頼といった、事業をするうえでの樹木に例えると「根っこ」の部分を大切にしています。これは、お客さんに長期的に責任を果たし続けるためでもあります。
また、IR活動にも力を入れております。IRサイトでは定量的な情報だけでなく、私たちがどのような思いで事業を行っているか、どのような会社であるかという定性的な情報を意識的に発信しています。開示情報だけでは伝わらない会社の本質を、私たちのサイトを訪れて直接感じていただきたいです。そういった理解を深めていただける株主の方々と一緒に、長期的な視点で成長を共にしていきたいと考えています。
ーーありがとうございました。
- 氏名
- 山本 孝昭(やまもと たかあき)
- 社名
- 株式会社ドリーム・アーツ
- 役職
- 代表取締役社長