業務用の音響機器や、防犯・監視カメラなどのセキュリティ機器を製造している専門メーカー、TOA。世界各国の拠点を通じてグローバルに事業を展開し、音と映像を通して「人々が笑顔になれる社会をつくる」を企業価値に掲げています。
Koto Online編集長の田口紀成氏が、製造業DXの最前線を各企業にインタビューするシリーズ、「ものづくりDXのプロが聞く」。今回は、1年間、全ての開発をストップして実現したという開発組織の改革、そして新しい開発手法で生まれた新しいサービス「YUTTE」について、執行役員でグローバル開発本部長の音野徹氏と、同本部商品戦略室・商品企画課の藤田敏之氏にお話を伺いました。
1987年、東亜特殊電機株式会社入社。商品開発部門で、音響商品の開発に従事
2001年~2005年、TOA Electronics Europe GmbHでプロダクトマネージャー、欧州非常放送の市場導入を推進
2005年~2012年、商品開発部門で、音響商品の企画・開発の管理
2012年~2015年、海外事業本部 海外開発部門で、海外開発拠点の立上げ、音響商品の企画・開発の管理
2017年~2019年、タケックス株式会社で、工場責任者として映像商品の生産・メンテナンスの管理
2019年~2022年、音響・映像商品の企画・開発の管理
2023年より現職
TOA株式会社 商品戦略室商品企画課
2015年、TOA入社。営業戦略部署で、新しいサービスビジネスの推進や業務システムの構築を行う
2020年、商品企画部署となり、サービスビジネスの企画及びスマートシティでのプロジェクトを推進
2022年より現職で、放送アナウンス作成サービス「YUTTE」の企画を担当し、市場開拓を進めている
2002年、株式会社インクス入社。3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。
2009年に株式会社コアコンセプト・テクノロジー(CCT)の設立メンバーとして参画後、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発等、DXに関して幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員に就任、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTについて研究を開始。2015年にCCT取締役CTOに就任。先端システムの企画・開発に従事しつつ、デジタルマーケティング組織の管掌を行う。
2023年にKoto Onlineを立ち上げ編集長に就任。現在は製造業界におけるスマートファクトリー化・エネルギー化を支援する一方で、モノづくりDXにおける日本の社会課題に対して情報価値の提供でアプローチすべくエバンジェリスト活動を開始している。
1年間全ての開発をストップ、長年の組織課題を解消した「組織改革」とは
田口氏(以下、敬称略) 最初に改めて、御社の事業内容や特徴について、ご紹介いただけますか。
音野氏(以下、敬称略) 当社は音と映像を使って、社会貢献を目指している企業です。例えば、災害時に緊急情報や避難情報を届けるスピーカーや音声システム、学校までの通学路や繁華街に設置する防犯カメラシステムなど、技術を駆使して「安心」「信頼」「感動」を提供しています。
主に業務用音響・映像機器で、国内に加え、アジアパシフィック、欧州・中東・アフリカ、アメリカ、中国・東アジアと5つの地域にセグメンテーションして、それぞれ戦略を立ててビジネスをしています。
創業は1934年で、音響機器から始まり、現在は防犯・監視カメラなど映像機器、ネットワーク機器へとその分野を広げ、2024年に創業90周年を迎えます。
田口 音野様、藤田様お2人それぞれのこれまでのご経歴、現在のご担当内容をお聞かせください。
音野 私はもともと技術者として、商品開発やものづくりに長い間携わってきました。経歴の特徴としては、海外でのマーケッター的な動きや人材育成を経験していることでしょうか。
2000年ぐらいから4年間、ヨーロッパにある販社のプロダクトマネージャーとして働く機会がありました。そのときに自分で開発するのではなく、商品がどう売れていくかを見ていろいろと考える、いわゆるマーケティングのようなことにチャレンジをしたのです。この時の経験が日本に戻った後にも役に立ちましたね。
帰国後は、ヨーロッパで得た知見やグローバルで見えたことをもとに商品を作り、音響事業の部長などを務めていました。
人材開発に深く携わったのは、今からおよそ10年前、2012年から2014年ごろのことです。
当時、世界5地域の海外事業を伸ばすという戦略があり、それに基づいてインドネシアや台湾の方たちの育成に取り組みました。言葉の壁や情報技術の管理などに苦労しながら、各国の戦力アップに向け汗を流したことを今でも思い出します。
その後、佐賀の工場の社長を経てグローバル開発本部に来て、現在の社長から引継ぎ2023年からグローバル開発本部長を務めています。
藤田 私は現在、入社して10年目になります。入社後は、営業戦略部に配属され、その中でBGM配信などの新しいサービス販売を担当するネットワークサービスビジネス推進課に5年ほど勤務しました。
営業という名がついているので営業的な仕事をするのかと思っていたのですが、サーバー登録はどうやったらスムーズにできるかとか、不具合の対応、それから売上処理など、新規商材を扱う部署ならではの、まるで一つの会社のようになんでもやらなければならない日々の連続で、いろいろな経験を積ませてもらいました。
その後、2020年に商品戦略室に異動になり、いわゆるマーケッターというような形で商品企画担当になりました。
ここでの仕事は、サービスや商品を立ち上げること。しかし当時、自分が知っていることは前の部署で経験したことだけで、正直、開発のプロセスや会社全体の仕組みについて、全くわかっていませんでした。配属後は、イチから製品を作るプロセスや品質保証の考え方を覚え、どうやって商品を企画するのか、徐々に学んでいきました。
現在は、グローバル開発本部の商品企画課として、引き続き新しいことに挑戦しながら、商品企画の仕事をしています。
田口 グローバル開発本部はどのような経緯で立ち上がった部署なのでしょうか。
音野 グローバル開発本部という名前になったのは2018年4月ですが、弊社はメーカーですので、もちろんそれ以前から開発組織はありました。
ただ、以前は音響分野と映像分野がそれぞれ独立的に仕事をし、また海外との連携もうまくできないなど、昔ながらの組織のひずみが少しずつ大きくなり、いろいろな課題が生じていました。
それをなんとか打破するために、2015年、当時のトップがいったん開発を全てストップするという決断をしました。そして、どういう開発をするべきか、どうやって働きたいかを1年間かけてみんなで考え、組織改革をすることになったのです。
田口 トップが組織を改革する必要性を感じた背景には、具体的にどのような課題、状況があったのでしょうか。
音野 一つは、新しい商品が出ないという問題です。例えば開発担当者が一人でこもって考えすぎてしまい、自分の中で考えがぐるぐる回ってなかなか商品を出し切れない。それから、周囲の意見を聞かずに作って、営業の現場に持っていっても、これだと違う、聞いていないとなってしまう、いわゆる手戻りもたくさん発生していました。全体として、なかなか新しい商品を出せない体質になっていたのですね。
二つ目はスピード感です。当然ビジネスなので、市場や顧客のスピード感にあったものづくりが必要ですが、例えば職人気質な開発者がクオリティにこだわりすぎてしまい、なかなかリリースできないという状況がありました。
それまでにも何回か改革を試みてはいたのですが、なかなかうまくいかず、長きにわたって問題がくすぶっていました。今度こそということで、2015年のタイミングで、トップの方針を元に、ものづくりのプロセスや組織を変えていきました。
田口 主な変更点としては。
音野 一番大きな変化は、開発組織の中にマーケティングの部隊ができたことです。部屋にこもって自分の商品ばかりを見るのではなく、エンジニアも開発担当者も外に出て市場やお客様に目を向けるようになりました。
もちろん営業担当者もいますが、開発目線と営業目線では、同じ市場を見ていても違うものが見えることがあります。これは違うだろうとか、これだったらこうしようと、開発と営業という異なる部署が意見を言い合えるようになりました。
今、グローバル開発本部が入っている建物も、吹き抜けでフリーアドレスのフロアもあり、いろいろな仕事をする人同士の会話が生まれるような作りにしています。建物自体はグローバル開発本部を立ち上げたあとに完成したのですが、組織改革のコンセプトも一部反映させています。
田口 営業と開発では、例えばマーケティングではどのような違いが出てくるのでしょうか。
藤田 当社の事業の特性によるところが大きいのですが、営業はエンドユーザー直の比重よりは、電気設備に関連する企業との関係構築が主な仕事になります。
例えば当社の製品の1つに、火災発生時に「火事です、火事です」という音声が出る非常用の放送設備があるのですが、これはその設備を実際に使う人たちが当社から直接購入するものではありません。ゼネコン(総合建設業者)さんがいて、サブコン(下請け業者)さんがいて、弱電工事*屋さんがいて、その下にメーカーがいるという立てつけで、その商流において当社の商品を仕様化して、いかに図面内に含めていただくかが重要なのです。
*弱電工事:電話やインターネットなどに使用されている電気を取り扱う工事
田口 なるほど、常にスペックとして入れ込むことがミッションとなるわけですね。そういう意味では、その商習慣に則ったマーケティング施策を営業部署の方たちがお持ちで、そこを強みとしていると。
音野 そうです。一方で、実際にその設備を使うのはエンドユーザーの皆様です。実際に我々が作ったものをお客様がどのように使っているのか、エンドユーザーの声にも耳を傾けることで、より使いやすく、皆様のお役に立つ、心に響くものができるはずです。
そうしたことから、TOA全社として、どちらかというとこれまで当社としてあまり意識していなかったエンドユーザーにもリーチして、ものづくりに生かす動きをしています。
もちろん、中間の商流の方たちも同じく重要なお客様ですので、今まで通りの活動は疎かにせずやらなければなりません。
田口 BtoBならではという感じですね。商慣習上、中間業者の方たちとの関係も崩すことはできませんし、いいものを作るためにはユーザーの声を聞くことも必須です。御社のビジネスのためには、両方重要な要素だと感じます。
それまでのビジネス脱却を目指し生まれた、新ツール「YUTTE」
田口 新しい開発体制でできた「YUTTE(ユッテ)」についてお伺いします。まずは、YUTTEのサービス内容や機能について、教えてください。
藤田 YUTTEは、テキストを入力するだけですぐにアナウンス音源を作成できる、当社で開発した新たなツールです。必要に応じてチャイムやBGMを挿入したり、声の抑揚、速度などを調整したりすることも可能です。
活用シーンとして想定しているのは、例えばスーパーの店内放送、公園や施設などの定時お知らせ、病院や工場での業務に必要なアナウンスなどです。アナウンス業務を行っている現場では、大体担当者が文章を考えて、練習して、マイクで読み上げて、という流れで行われていると思います。一見単純なように見えますが、毎日の積み重ねで業務として人員コストもかかりますし、自分の声でアナウンスすること自体に抵抗がある方もいらっしゃいます。
音声合成技術の精度が上がってきている中、我々としても何か役立てるものができないかとスタートしたもので、現在はベータ版として無償で提供しています。
田口 音声合成はすでにいろいろなツールがマーケットにあるかと思います。その中でどのようにニーズを見つけて、どのように御社ならではのポジショニングをしようとしているのか、お伺いできますか。
藤田 経緯からお話しますと、私が2020年に今の部署に配属されて以降、ハードではないソフトウェアなどのサービス商材開発に取り組んできたのですが、基本的に先ほど話があった「既存の商流に合わせる」という壁がまずありました。ユーザーに役立つものと考えながらも、既存商流にフィットさせるための要素を盛り込む必要もあり、自分としては中途半端な状態のものが出来上がってしまうということがありました。
そこから脱却する方法を自分なりに考え、まずはエンドユーザーにだけ焦点を絞ってみてみようと考えました。そうすると、正直、エンドユーザーの声を今までしっかり聞けておらず、理解できていなかったということに改めて気づきました。。
それまでのビジネスから脱却し、ドライブをかけて会社を成長させていくために何が必要か。やはり、もっと顧客と繋がって、本当にいいものを作らないとダメだという結論に至りました。商品自体はコモディティ化して、機能の差別化は難しくなってきています。当社としては、お客様が本当に困っていることに焦点を当て、ものづくり、サービスづくりをしていくことで強みを作りたいと思いました。。
YUTTEに関しては、放送設備自体はいろいろとやり尽くされている感があったのですが、お客様の「アナウンスする」という業務の領域にチャンスが残っているのではと考えました。我々のサービスを使って業務を効率化し、よりアナウンスの質・効果を高めることができれば、皆さんの役に立つものができる、市場ニーズもあるのではないかという発想です。
田口 確かに面白いポジションですね。音声合成のアプリケーションは数多く出ていますが、仕事として使うというシーンまで考慮して全体がデザインされているものはそれほど多くはないと思います。アナウンスという仕事がある中で、そこのプロセスを極力自動化して、効率化できれば、価値を提供できると考えたわけですね。
藤田 そうですね。そのためにはまず、アナウンスという仕事がどのように行われているのかを知ることが必要です。会社の近くに自治体が運営している公園があり、見学を許可していただけたので、1日中横に座ってお仕事の様子を観察させていただきました。放送業務にどれくらい時間を使っているのか、マイクで放送するときはどんな気持ちなのか、それから実際に発声する前に1回頭で反芻していることなどがわかり、本当にゼロから勉強させていただき、たくさんの発見がありました。
他にもスーパーや工場など、見学させていただいた場所は多岐に渡ります。外に出て実際に見に行くということを意識して、現場で感じたことを取り入れながらYUTTEを開発していきました。
田口 まさに、ダイレクトマーケティングですよね。これまでの商流を挟まない、明らかにこれまでとは異なる商品開発だと思うのですが、そこまでして現場を見にいこうと考えた背景には、どのような理由があったのでしょうか。
藤田 実際に私たちが作った商品を見て、使い勝手の悪さを感じてしまったことが何度かあったからです。
例えば、建物に設置されている、火災や災害などのときに緊急放送をする設備があるのですが、黒い筐体(機械の外側を覆う箱)が並んで設置されており、私も入社したときは、十分使いこなせる自信がありませんでした。たくさんのボタンがあって、どれを触っていいかわかりにくいし、取り扱い説明書も何ページもあり、読み込むのが大変です。
そうした商品に対して以前からどうにかならないかと考えていたので、本当にお客様が使えるもの、使いやすいものを作るために、現場に行って自分の目で確かめようと考えたのが理由ですね。
田口 やはり、実際に外に出て行ったことで、得られたものは大きかったですか。
藤田 そうですね。実際のアナウンス業務について知ることができたのはもちろんありますし、それ以外にも、YUTTEのアルファ版・ベータ版を使っていただくことで、商品そのものの改善点や必要なサポートのヒントもたくさん見えてきました。
例えば、実際にYUTTEを使うスタッフが、パソコン操作に慣れている方たちばかりとは限りませんし、毎日同じ方が担当するわけではないので、久しぶりにYUTTEを触るというシーンも実際には出てきます。そうした場合に、誰でも簡単に使えるようなUI*にする必要があります。
*UI:User Interfaceの略称。利用者(ユーザー)と製品・サービスとの接点(インターフェース)のこと
それから、業務で使うツールではあるのですが、業務に寄りすぎるのではなく、触っていてちょっと楽しいとか、面白いとか、そういう点も求められているんだなという発見がありました。機能だけではなく、利用者の感情にどう寄り添っていけるか、という点にも着目しています。
エンドユーザーの声に耳を傾けたことで得られた価値
田口 YUTTEのプロジェクトを進めるにあたって、社内でご苦労された点はありますか?
音野 それまでとはだいぶ毛色が違うものなので、やるという合意を得るのにだいぶ時間がかかりました。ベータ版とはいえ、無償でリリースするというのも初めてですし、これまでの商慣習とも大きく異なります。既存商流に入れ込むことができるように筐体に入ったものにしたほうが良いという意見もありました。
田口 最終的にこの形で合意できた決め手となったものは、何だったのでしょうか。
音野 最後は、藤田さんの粘りですね。「アナウンスの価値がわからないんですか」と、上司たちのいるところで言い切ったのです。そこまで言うのだったら、やってみようと。
田口 そこまで言うことができたというのは、やはりニーズを把握されているという自信があったからこそでしょうか。
藤田 そうですね。現場に出ていろいろな声を聞いていたので、ユーザーのことを一番知っているのは自分だという思いはありました。やると決まってからは、いろいろとプラスのアドバイスをいただき、YUTTEの今後の展開を見据えて、今がんばっているところです。
田口 YUTTEの今後について、お伺いできますか。
藤田 1つは「実際に使える」状況にするために、よりお客様の状況をキャッチアップしていくことが必要だなと思っています。
お客様によっては、使えるパソコンがないとか、インターネット回線につなげていないという方もいらっしゃるので、必要に応じてタブレットレンタルを用意したり、ケーブルを繋いだりといったサポートが求められるかもしれません。
ツールを作ったら終わりではなく、お客様が使える状態を整えて、その上でお客様の業務がどれだけ効率化されたか、YUTTEによってどのような価値を提供できたかを見ていかないといけないんだなと感じています。そうしたことも、やりながらやっとわかってきたという段階なので、まだまだこれからの部分もありますね。
音野 少し広げると、例えば、オープンプラットフォームに繋がるようにしようとか、映像情報も使えるようにしようとか、いろいろなアイデアがあります。将来的には、情報が連携できる基盤を作って、データやAIも活用し、状況を判断して自立的に放送が流れるようなシステムにできたらいいですね。夢は大きく、これからが楽しみなツールです。
田口 最後に、読者の皆さんに向けて、メッセージをお願いいたします。
音野 今、当社が目指しているのは、「面白く元気な会社」です。苦しいこともたくさんありましたが、いろいろな部署が連携して、今後もいいものを生み出していければと考えています。
理想に向かってあきらめない、迎合しないことを貫けば、しんどい状況の先にある「面白く元気な会社」になれるということを、自分たちへの思いも込めて、皆さんへのメッセージとさせていただきます。
田口 本日は、ありがとうございました。
【関連リンク】
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(提供:Koto Online)