DX人材革命

企業がDX推進に取り組むには、人材育成は必要不可欠です。2022年に総務省が発表した「令和4年版 情報通信白書」によると、「DXが進まない理由」として「IT人材不足」が67.6%を占めているなど、多くの企業でIT人材が不足しており、人材面での課題が浮き彫りになっています。

住友生命保険相互会社のエグゼクティブ・フェロー デジタル共創オフィサーとしてDXをリードする岸和良氏に、DX人材を育成するときのポイント、DXに取り組む人が持つべき考え方や視点について、合同会社アルファコンパス 代表CEOの福本勲氏が話を伺いました。

DX人材革命
左より福本氏(アルファコンパス 代表CEO)、岸氏(住友生命 エグゼクティブ・フェロー デジタル共創オフィサー デジタル&データ本部 事務局長)
岸 和良氏
住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー デジタル共創オフィサー
デジタル&データ本部 事務局長

住友生命に入社後、生命保険事業に従事しながらオープンイノベーションの一環として週末に教育研究、プロボノ活動、執筆、講演、実家を継いだ週末兼業農業を行う。
2016年から健康増進型保険“住友生命「Vitality」のITプロジェクトリーダーを担当。現在はデジタル共創オフィサーとして、デジタル戦略の立案・執行、パートナー企業や自治体などとの共創活動、社内外のDX人材の育成活動などを行う。
「1日でDXが語れる」がキャッチのDXマインドセット研修の受講者は全国1000人以上、プロデュースする「DXビジネス検定」の受講者は年1万人。著書に『DX人材の育て方』(翔泳社)、『実践リスキリング』(日経BP社)などがある。
株式会社豆蔵デジタル担当顧問、株式会社NODE客員Director
福本 勲氏
合同会社アルファコンパス 代表CEO
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。同年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げに携わり、その後、インダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」を立ち上げ、編集長を務める。
2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。
また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーをはじめ、複数の企業や一般社団法人のアドバイザー、フェローを務めている。
主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
(所属及びプロフィールは2024年7月現在のものです)

目次

  1. 人が人を呼び、学び続けることのできる〜短時間で楽しめるDX研修
  2. 好きこそDXの上手なれ、すぐそこにある新しい体験
  3. 人とのつながりが自分を育て、経験が新しい発見につながる
  4. 広大なDXの世界で理想を叶える楽しい“自分ごと”

人が人を呼び、学び続けることのできる〜短時間で楽しめるDX研修

福本氏(以下、敬称略) 岸さんは住友生命に長く勤めておられて、いまはDXに取り組んでおられます。私も長く東芝に所属していましたが、私たちのようなトラディショナルな日本企業に長くいた方で、DXに取り組んでいる人は少ないように思います。どのような経緯で住友生命のDXに関わるようになったのですか?

岸氏(以下、敬称略) 私はバブル入社組です、当時は人気の企業に入社して、長く勤めるのが一般的でしたね。ところが入社直後にバブルがはじけてしまい、金融保険も安泰とは思わなくなりました。これはいつまでも居られる場所じゃないなと思い、中小企業診断士など資格勉強などをやってみたのですが、なかなか長続きしませんでした。そうして10年ほど経ったころに、保険以外のことをやりたいなと考え始めました。

2000年ごろでしょうか。ホームページを作って人を集めてビジネスをしようという人が増え、これは面白そうだなと思いました。私は資格をたくさん持っていたので、それらの講座を開いてみたらどうかなと。そうしたらみごとに人が集まりましたのでボランティアで教えはじめました。

そうした経験から、教育研究に興味を持つようになりました。

福本 岸さんは住友生命でデジタル企画人材、DX人材の育成を手がけておられます。基礎知識からマインドセットの習得、DX企画に関する知識・スキルまで段階を踏んだ研修を行っています。DX人材育成のための研修ではどのような点を心がけていますか。

 DXを語るうえで、デジタル(化)が先か、(デジタル)トランスフォーメーションが先かなどと言われることがありますが、少なくともデジタルは手段であり目的ではないという意識が重要です。

そうした意識改革のためには楽しいとか、わくわくするとか、できなかったことができるようになるとか、そうしたことを体験してもらわないとダメだと思います。そして、できるだけ短い時間で体験しないと気持ちは維持できないと考えています。

当時、そう考えて社外の研修などを探してみたのですが、「1日でできる」「楽しみながらできる」というようなものがなかなか見つかりませんでした。コンサルタントなどにお願いすればできたかもしれませんが、高価になってしまいますし。そもそも会社に貢献できるかどうかわからない状態ですから、お金を出してもらうのは難しいだろうと。だったら、自分で経験したことを研修にしてみたらどうかと思いました。

初めて作ったカリキュラムは、もちろん不安がありました。「つまらない」と言われたらどうしよう、効果がなかったらなどと…。ところが研修が終わってみると、参加者はみんな興奮した様子で「面白かった」「これは続けたい」と答えてくれたんです。

福本 日本では「エデュケーションは学生のもの」というイメージが強いです。企業に入社しても、OJTで学んでいくという雰囲気で。「TOEIC 700点」などと、資格獲得が昇級の要件になっている企業も多いです

 そうですね。DXは敷居が高く感じるので、研修をやると言ってもなかなか申し込みが集まりません。そこで重要なのが口コミですね。

福本 口コミは大事ですね。

 先に受講した人が、「あれは面白いよ」と広めてくれるような工夫が必要です。受けたら楽しい研修で、人に話したくなるとか、自分でサービスを作って友だちに売ってみたくなるとか、そういうことができるような場を設けたいと考えて取り組んでいます。そこで考えているのが、研修を受けた人たちのコミュニティですね。

自社で新しいことをやる担当になったとき、なかなかアイディアなんて出るものではないです。部署を異動して「さあ新しいことをやってください」などと言われると、緊張してしまいます。何か出さないと何か出さないとと、固くなってしまうのです。

ところがDXの教育を受けた人は慣れていてぱっと考えが出やすくなっているのです。もちろん、そうした発想を実際のサービス化まで持っていく枠組みは必要です。そのためのサンドボックスのようなものを内部に作りたいと思っています。

DX人材革命
「受けたら楽しい研修で、人に話したくなるとか、自分でサービスを作って友だちに売ってみたくなるとか、そういうことができるような場を設けたいと考えて取り組んでいます」(住友生命 岸氏)

福本 まったく存在しないものを発想するのは難しいですし、すでにあるからダメだと思ってしまうこともありますね。つまらないって言われたらどうしようなど。

 そうした負の感情を排除してあげることが大事ですし、生まれた発想を否定しない文化・風土も大切です。イノベーションと捉えられている新しい製品・サービスも、実は以前に他社が取り組んでいたが製品化にいたらなかったものというケースは少なくありません。既成概念が強すぎたり、完成度の高さを重視しすぎたりすると、なかなか実現にいたらないものです。

もし完成度の高さを重視する企業ならば、新しいことをやるときは外部協力者と一緒に小さく始めることも必要だと思います。私はそうして実践してきました。既存の構造では試せないけど、私は外で試して実績を上げているので、会社としても「やればよいじゃないか」と。お金をかけずに何かを作って試して、顧客の意見を吸収して、ビジネスになるようなら本格的に実践していく。そんなマインドが必要だと思います。

福本 スタートアップとアクセラレーターの連携、あるいはリバースピッチのようなステップでしょうか?

 そうです。世の中の“うまくいかないこと”の解決策を組み合わせていくと、そうならざるを得ないような“解”が生まれてきます。ガレージソフトウェアのようなマインドですね。

好きこそDXの上手なれ、すぐそこにある新しい体験

福本 新しいビジネスを発想するためには、やはりDX教育を受けることがキーになりそうです。

 教育を受けるといろんなアイディアが生まれてきて、DXが自分ごとになってくると思います。私の1日研修は午前と午後に分かれており、午前中は2つのワークショップを行います。お昼ごはんのときに受講者へ感想を聞いてみると「意外と簡単でした」と、「自分がいつも使っているの(デバイスやサービス)がDXだったんですね」と言うわけです。

それでよいと思います。スマートフォンに入っているサービスは、皆さんが好きで使っているのです。DXによってサービスが作られて、その結果としてデバイスにインストールされている。それがDXなんですよというと腹落ちするのです。「だったら便利なものを作ればいいんですね。それがDXなんですね」と理解できるのです。

自社の立場のまま「顧客視点が云々」と述べる人は多いのですが、それは無理です。会社側の経験しかしていない人、ビジネス側のことしか考えていない人だと、顧客側に立っているつもりで実は立っていないということが起きます。

このマインドをチェンジする方法が、「あなたの好きなものはなんですか」「何を作りたいですか」と聞くことです。それまで固くなっていた人が、サッカーが好きです、バイクが好きですと答える。そうすると、ではバイクについて「どんなコンテンツがあったら興味を持ちますか」と聞いていくと、いくらでもアイディアが出てくるのです。

福本 自分ごとにするとき、好きなものというのは重要な視点ですね。DXの研修では、短い時間で体験してもらうことも重要だとおっしゃっていますが、どのような経験から導き出されたことなのでしょうか?

 私が教育の現場で実践してきた経験を基にしています。部下を褒めたらどうなるか、逆に厳しい場合はどうなるかと、20年ほど経験してさまざまな教訓を得ることができました。

その1つが、人は知らないことをいくら考えても答えは出ないということです。5分考えて思いつかなかったら、何も出てこない。5分以上あればできると強がる人も、まずできません。そもそも頭の中にないのですから。短い時間で具体的に答えられるのは、その事柄について経験している、あるいは勉強している人です。

私の上司は厳しい人で、何か聞かれてもすぐに答えられないと怒りだしてしまう人なんです。ブラックなどと言われてしまうかもしれませんが、対応していこうと努力しているとあっという間に成長していきます。私も知識量がものすごく増えました。アウトプットの機会が多い人は、インプットのクオリティが高いのです。アウトプットを前提としないとダメなんです。

福本 だから、人に伝えたくなるような研修、人を誘いたくなるようなカリキュラムが重要というわけですね。そして、習得に何年もかかるようなものではいけない。

 1日で一定の知識を得られると満足度が高いですよね。そうすると、人に話したくなるのです。SNSなどで勝手にアピールしてくれるわけです。

私の研修では、ある言葉についてスマートフォンを使って30分でできるだけ深く調べるという課題があります。30分後に、その知識を皆の前で発表して、質問を受け付けるというアウトプットの機会を与えます。そして隣の人が質問攻めに遭っている様子を見て、ふたたび必死に調べるのです。

こうするとインプットの質とスピードがどんどん上がり、アウトプットもどんどん良くなっていきますので、これを繰り返すとどんどんどんどん学びが加速するのです。

福本 私も本を何冊か書いていますが、岸さんもかなり書かれていますね。

 そうですね。本を書くことはインプットにも影響すると思っています。私の妻は元銀行員ですがしばらく仕事から離れていました。ところがある依頼で執筆をお願いしたところ、彼女の読書が変わりました。真剣さが違うのです。同じ本を何度も読みますし、そうすると理解度も高まります。自分の言葉で語らなければならないので、プレッシャーが違うのです。

福本 自分ごとになるわけですね。

 妻には研修もやってもらおうと思っています。研修や教育は、自分の経験や解釈を語るからこそみんながわかってくれるものだと思います。だからこの福本さんとの対談も、オンラインセミナーの収録も、私のインプットになっていますよ。

福本 これからDXの人材を育成したい、あるいはDX人材として成長していきたいという人は、新しい経験を大切にしていくことが必要ですね。

DX人材革命
「これからDXの人材を育成したい、あるいはDX人材として成長していきたいという人は、新しい経験を大切にしていくことが必要ですね」(アルファコンパス 代表CEO 福本氏)

人とのつながりが自分を育て、経験が新しい発見につながる

 福本さんは人と人とのつながりを重視されていますよね。

福本 日本企業では、経営者がDXをマネージャーなどに丸投げしてしまうケースがよく見られます。でも現場のマネージャーは会社の全体が見えているわけではないので、自分の見える範囲でデジタルを使って何かしようと考えるんですね。結局、小さな範囲での効率化やデジタル活用しか進まず、部分最適にとどまってしまうのです。

まず、経営者が未来視点で自分の会社をどうしたいのかと真剣に考えて、3年後・10年後にどう変わるべきかを決めていくことが重要です。そこには、デジタルケイパビリティの有無は関係ないと思います。

あとは人と人とのネットワークを作って、いろいろな意見をぶつけ合ったり、議論し合ったりする場を設けることも大事だと思います。ほとんどの人は、例えば岸さんの本を購入して、講演会場で名刺交換をして、そこで満足してしまいます。その先のFacebookでつながって、メッセージを送ってやり取りして、お会いする機会を作ってということをしないとその先に進みません。こうしてほかの人ともどんどんつながっていくと、自然と自分の能力も上がっていくと思うのです。

 福本さんに初めてお会いしたとき、驚いたというか感心したことを憶えています。Facebookの友だちがとても多くて、しかもほとんど全ての人と直接連絡を取ったことがあるというのです。これはすごいと思っており、私もメッセージなどが来たらなるべく拒まないようにしています。

福本 ネットワークづくりは重要ですね。

 住友生命でも、私はエコシステムを作りたいと考えていました。エコシステムの連載も持っていたので、考えるとおりのものができるという確信もありました。

エコシステムの形成で重要なことは、志のある人たち一人一人に会って、語って、丸投げせずにいっしょにやろうと誘って取り組むこと。それを実践する胆力とスキルが重要だと思います。

自分の仕事の範囲は、サラリーマンとしての仕事はここまでと決めている人にDXはできません。むしろつまらないからやめたほうがよいと思います。小さくとも自分のやりたいことを会社の看板を使って取り組めますし、かつ給料ももらえるのです。もし会社を辞めても、ネットワークやスキルは残ります。このマインドさえあれば、たとえ50歳を超えても遅いということはありません。

福本 経営者もマインドセットを変えていかなければなりませんね。

 スキルがなくとも志のある経営者だったらよいと思いますね。ただ従業員ではないので、うまくいかなかったら次はないのが難しいところです。30代・40代くらいで課長を務めるような能力があり、会社の上も下もわかっているような優れた人材が、しっかり取り組めるような組織を作ることが肝要だと思います。

広大なDXの世界で理想を叶える楽しい“自分ごと”

福本 DXの領域では、起業してまったく新しいことにチャレンジしようという人も多い印象です。

私は製造業が好きで、日本の製造業を何とか盛り上げたいと常々考えています。DXはいろいろな立場で取り組むことができるものですが、歴史のある大きな会社でしか見えないこと、できないことというのも少なくないのです。ですから私は、ここからDXを手がけていきたいと思っています。

なぜ岸さんは、住友生命保険という大きな会社に所属したままDXに取り組んでいるのですか?

 私も辞めることはできたと思います。しかし、お客さまのお金で運営されている相互会社ですし、家族とともに世話になったとも感じていますから、しっかり支えたいと思っているのです。時代が移り変わっていく中で、住友生命という歴史ある会社が生き残るには多くの力が必要だと思います。

福本 DXとして取り組める領域は非常に広いですからね。

 だから住友生命はパーパスを変えたのです。保険だけでなく健康やウェルビーイングなどと傘を広げたのです。幸せになるなら何をやってもよいのではないかと。保険だけでなく何でもできるならばと優秀な新入社員が入ってくるかもしれないと。そうやって会社を変えていくこともDXの1つだと思います。

福本 最後に、DXに取り組む人たちへアドバイスをください。

 DXはみんなが自分ごととして取り組むもので、決して難しいものではありません。自分が理想と思う世界を考えることが第一歩です。そして、いざとなったら会社の方針を変えるくらいに取り組めると、すごく面白いと思います。

“自分ごと”には責任と目標が付いてくるため、いろいろなことが苦にならなくなります。人に会うことや本を読むことが楽しくなって、好きになります。そうして学んだことを人に伝えれば、尊敬も得られますし、その人が必要なほかの人を連れてきてくれることもあります。

最後に伝えたいのは「笑い」についてです。だれかの発想を笑っているうちはぜったいにダメです。

どんな奇抜なアイディアでも、自分に関係があって、ちゃんと考えなければならないことを笑う人はいません。関係がないと思うから、否定するから笑ってしまうのです。ゼロベースの考えを否定しない文化が大事であることを、DXやDX人材育成に取り組む人たちは憶えておいてください。

【関連リンク】
住友生命保険相互会社 https://www.sumitomolife.co.jp/
合同会社アルファコンパス https://www.alphacompass.jp/

(提供:Koto Online