今後も企業が持続的成長を実現するために必要とされる事業開発。新しい分野への進出や、既存事業の変革によって成長を促す必要性は誰もが認めるものの、いざ実際に取りかかってみると、「何から始めてよいのかわからない」「アイデアが浮かばない」「利益を出せずスケールしない」といった壁にぶつかり、挫折するビジネスパーソンも多いのではないだろうか。
そうした課題を解決に導くため、『CAC Innovation Hub』では、事業開発の第一人者として数多くの企業をサポートし、『事業開発一気通貫 成功への3×3ステップ』などの著書も手がける秦充洋氏へのインタビューを実施。「元BCGコンサルが教える事業開発入門」と題して6回にわたり、秦氏の提言をお届けする。
初回となる今回は、事業開発をとりまく時代の変化、事業開発を進める上でトップに求められる覚悟について、その詳細を探る。
【特集・記事一覧】
#1 企業の成長を支える事業開発、成功に向けてトップに求められるものとは(本記事)
#2 (近日公開)
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ボストンコンサルティンググループ(BCG)にて既存事業の見直し、新規事業、人事組織戦略、M&Aなどプロジェクトマネジャーとして多岐にわたるプロジェクトを指揮する。医療従事者向け情報サービスを提供する株式会社ケアネットを共同で創業し、2007年に東証マザーズ上場(現在は東証プライム市場)。2017年に人材育成を専門とする株式会社BDスプリントパートナーズを設立。事業開発分野における第一人者として、体系化されたノウハウに基づいた実践的なアプローチで多くの企業や組織、起業家を支援している。一橋大学大学院MBAコース(HUB)客員教授、早稲田大学ビジネススクール非常勤講師を務める。
2010年代前半よりも事業開発が取り組みやすい時代に
――ご経歴と、これまで携わってきた事業開発についてお聞かせください。
秦 大学卒業後、最初に就職したのは大企業にコンサルティングを行うボストンコンサルティンググループ(以下、BCG)です。ちょうどバブル崩壊の直後で、多くの企業が既存事業の不振に苦しみ、新しい取り組みを模索している、そんな時代でした。ここでコンサルタントとして事業開発を指揮する中で、企業が新しい事業を始めるためには何が必要なのか、基礎的な考え方や動き方など、多くのことを学びました。
28歳のとき、事業開発の経験を活かして自分で事業をやってみたいと考え、1996年に株式会社ケアネットを創業しました。製薬会社などにスポンサーになってもらって、衛星放送で医師向けの専門番組を放送する企業で、現在はインターネット配信に切り替わり、東証プライム市場に上場しています。
その後は、ネットベンチャーの社長をしたり、BCGに戻ってプロジェクトマネジャーをしたり、長年事業開発に携わってきました。現在は独立して、いろいろな企業の事業開発に対して伴走支援型のコンサルティングやリーダー育成、ビジネススクールでの指導などをしています。
――今と昔で、事業開発を取り巻く環境に変化はあるのでしょうか。
秦 2010年代中頃あたりまでは、世の中に事業開発に対する「期待感と閉塞感」がありました。この期待感の高まりは、フードテックや音楽ストリーミングなど海外で新しいスタートアップやビジネスモデルが続々と生まれたことに起因しています。このような現実を目の当たりにして、自分たちも何かできるかもしれないと期待に胸を膨らませたビジネスパーソンも多かったのではないでしょうか。
一方で、当時の日本は新しい事業への投資が簡単ではなく、事業開発に対する手厚いサポートも今に比べるとありませんでした。そのため、期待して事業開発に取り組んだ方たちの間に、「実際にやってもうまくいかない」という閉塞感があったのも確かです。
「資金が集まらない」「何から手を付けてよいのかわからない」など、事業開発の担当者は実践の難しさを感じていたと思います。大企業でも、経営陣からの指示を受けて事業開発に取り組んだ担当者から、「見よう見まねでやってみたけれど、うまくいかない」「提案がなかなか通らない」という悩みをよく耳にしました。
現在は、事業開発に対する世の中の理解、また会社によっては社内制度の整備がずいぶんと進み、以前よりも取り組みやすくなっています。既存事業の成功にとらわれずビジネスモデルを転換し、新たな成長を遂げている企業も少しずつ増えています。事業開発のノウハウなどについて詳しく解説している書籍が多数出て、今の時代に合わせたやり方が必要だという認識も広がりました。
――現在は企業の事業開発に対する理解が進み、取り組みやすくなっているんですね。
秦 はい。ただし、事業開発には何が必要なのかを理解している企業と、そうではない企業で差が広がっています。
現在、おそらくどの企業でも新規事業や既存事業を見直す必要性を感じているはずです。その上で、コンサルティング企業のサポートを取り入れたり、適切なやり方を研究したりしている企業と、やみくもに事業開発に取り組んでいる企業では、当然ですが成果に大きな差が出ています。「事業が社内にたくさん誕生したのはいいのですが、全て小粒でせいぜい収支トントン、潰れないが人手がかかる」といった話をよく聞きますね。
事業開発を成功させるために必要なトップの覚悟
――事業開発が必要だという認識は皆さんお持ちなんですね。
秦 そうですね。今の時代、事業開発に取り組まないと生き残れない、成長できないという危機感を比較的、皆さん持っていて、特に企業の会長や社長は本気で考えています。しかし、その下の経営陣やミドルマネージャーが同じような意識を持っていないケースが多々見られます。事業開発の支援を通じて、組織として危機感を共有できていないと感じることは多いですね。
例えば、トップが打ち出している戦略が社内に浸透していないことはよくあります。中期経営計画には事業開発の必要性や取り組みが明記されていて、トップの講話でも非常に強調されているにもかかわらず、その周りの経営陣からは新しい取り組みに関するリスクや既存事業に集中する意見ばかりが出てきてこれでは現場は動けないなと感じることもよくありますね。
――事業開発によって成長を遂げた企業として、どのような事例があるのでしょうか。
秦 目に見える形で成果が現れている代表的な企業としては、日立製作所(以下、日立)が挙げられます。日立は日本のものづくりを牽引してきた大企業で、「脱製造業」と言ってよい大胆な構造改革を行ってきました。現在は事業ポートフォリオの大転換によって再成長し、いわゆる「モノ売りからコト売りへ(※)」を成功させたよいお手本とも言えますね。
(※)「モノ売り」は商品・サービスの性能や機能に焦点を当て、「コト売り」は商品・サービスを使って得られる体験などの価値に焦点をあてること。
個人的な印象として、事業開発がうまくいっている企業を見ると、一度大きな危機に陥った企業が多いように思います。日立も、2009年3月期決算に7,951億円という赤字を経験し、そこから現在はV字回復しているんです。
このようなV字回復を実現できた理由は、大きな危機の責任を取るなどして企業のトップが変わったことで、既存事業の過去の成功体験をいったん忘れて、新しいことに取り組む体制の構築を断行できたからだと思います。こうした体制の入れ替えも、企業が大胆に変わるための1つのポイントです。
――事業開発を成功に導くために、トップに求められるものは何だとお考えですか。
秦 やはり、今までの既存事業のやり方にこだわらないこと、トップ自らが事業開発にコミットすることが必要です。覚悟を持ち、先頭に立って組織を率いなければ、新しいチャレンジを成功させるのは難しいと思います。
事業開発は行き詰った時代に風穴を開け、企業を大きく成長させる原動力となります。やみくもに取り組めばいいのではなく、「アイデアの出し方」や「儲かるビジネスモデルの作り方」など、それぞれの手順に従ってやるべきことを一つひとつ理解し、新しい事業に立ち向かえる組織を作っていく必要があります。
事業開発の必要性が認識されるようになってずいぶん経ちますが、成果を出せている企業は多くはありません。事業開発を必要とする企業とビジネスパーソンには、新しいやり方を取り入れ、ぜひ本腰を入れてチャレンジしていただきたいと思います。
(提供:CAC Innovation Hub)