通貨処理機のパイオニアであり、グローバルに事業を展開するグローリー株式会社。
リアルな製品を持つ強みを生かし、世の中に多数ある製品をタッチポイントとしたデータ収集、DX事業の推進で新たな挑戦を続けています。
「ものづくりDXのプロが聞く」は、Koto Online編集長の田口 紀成氏が、製造業DXの最前線を各企業にインタビューするシリーズです。今回は、グローリー株式会社、理事 国内カンパニー営業本部 DXビジネス推進統括部長の植村 裕氏と、同じくDXビジネス推進統括部 データビジネスデザイン部 部長の笠原 拓氏に、これまでの取り組みで感じたDX推進のポイントや目指す将来像などについて、お話を伺いました。
1987年 グローリー商事株式会社(現グローリー株式会社)に入社。2005年に横浜支店長に着任、九州支店長を経て、金融営業1部長、首都圏支店長、販売企画統括部長など、本部と現場の行き来を繰り返す。
後に現在のDXのベースとなる営業推進統括部長として、社内DX推進のPTにも携わり、2022年に新領域事業を軌道に乗せるべく、現部門「DXビジネス推進統括部」を立ち上げ現在に至る。
2002年 グローリー商事株式会社(現グローリー株式会社)に入社。入社後、現場の営業、つり銭機・決済ソリューションの営業を担当。2021年に0→1の新規事業開発を担当するビジネスイノベーションセンター アライアンス企画部長に着任。その後、DXビジネス推進統括部の立ち上げに伴い現職。
2002年、株式会社インクス入社。3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年に株式会社コアコンセプト・テクノロジー(CCT)の設立メンバーとして参画後、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発等、DXに関して幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員に就任、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTについて研究を開始。2015年にCCT取締役CTOに就任。先端システムの企画・開発に従事しつつ、デジタルマーケティング組織の管掌を行う。2023年にKoto Onlineを立ち上げ編集長に就任。現在は製造業界におけるスマートファクトリー化・エネルギー化を支援する一方で、モノづくりDXにおける日本の社会課題に対して情報価値の提供でアプローチすべくエバンジェリスト活動を開始している。
目次
ビジネスモデルの転換を目指し、100年以上の歴史ある企業がDXビジネスを推進する新部署を設立
田口氏(以下、敬称略) 最初に、御社の事業概要、特徴について、改めてお伺いできますか。
植村氏(以下、敬称略) 当社の創業は1918年、電球製造装置の修理をする会社として、兵庫県姫路市で事業をスタートさせました。
今の主力製品は、オープン出納システムやつり銭機などの通貨処理機です。1950年に国産第1号の硬貨計数機を開発して当時の大蔵省造幣局へ納め、そのほかにもたばこ自動販売機の国産第1号、金融機関の出納機などを世に送り出し、その販売・メンテナンスを基幹事業に育ててきました。現在は、これまで培った製品基盤とソフトウェアプラットフォームを融合した店舗DXをサポートすべく、さまざまな取り組みを行っています。
田口 植村さん、笠原さんが所属しているDXビジネス推進統括部は、いつ、どのような経緯で立ち上がり、お二人はどのような形で参画なさったのでしょうか。
植村 DXビジネス推進統括部が発足したのは、2022年です。私はそれ以前に、国内営業の販売企画を統括する部門で責任者を務めていました。その際に、ICT(情報伝達技術)をフル活用し、営業活動や付帯業務の効率化を推進することを目的とした、「henkaku」プロジェクトチームを発足いたしました。私はそこを率いる責任者として、持続的成長に向けた基盤構築や仕掛けつくりをする、いわゆる守りのDXに携わっていました。その流れで、今の部署ができたときに、統括部長を務めることになりました。
笠原氏(以下、敬称略) 私はもともとビジネスイノベーションセンターという、新事業開発をゼロイチから立ち上げる部署におり、そこで、京都のスタートアップであるアドインテという企業への出資業務などに携わっていました。この資本業務提携は、小売・飲食店舗のDX推進を支援し、データビジネスを加速することなどを目的としたものです。私はこの時の経験を通じて、DXの業務に関わるようになりました。
それまで植村が率いていたhenkakuプロジェクトがある程度形になったことなどを受け、今度は社内の守りのDXだけではなく、ビジネスとしてDXを推進するため、アドインテへの追加出資・合弁会社設立のタイミングで、社内の精鋭たちを集めて組織化したのがDXビジネス推進統括部です。私がいたビジネスイノベーションセンター内の一部門は、部署ごとこの中に移ってきた形です。
田口 そうすると、守りと攻めを一緒にした部署になるのでしょうか。
植村 いえ、それまでhenkakuプロジェクトで行ってきた守りのDXは、別の部門に全部移管しています。DXビジネス推進統括部は、笠原が以前所属していた部署で、ベンチャー企業などとアライアンスなどを積極的に行いながらゼロイチで生み出したサービスを、今度はイチジュウ(1から10)に育てていくことが使命です。
通貨処理機をメインの事業としてきた当社は、現在、7月3日の新紙幣の発行を受けて、大変忙しい状況です。一般的に改刷は20年に1回行われると言われていますが、次の20年後にも改刷があるのか、デジタル通貨が広がりを見せる中、将来予測が難しいところだと思います。次の20年を考えたときに、我々としても事業変革、ビジネスモデルの転換が必要です。モノ売りだけではない、SaaSモデルも含めた事業を考えていく上で、やはり世の中の動きに沿ってデジタル活用による変革をソリューションに組み入れていくことに、当社としても力を入れていかなければならない、そうした事情が部署設立の背景にあります。
設立当初は27名と、少ない人数でやっていましたが、現在は44名の組織に成長しています。
田口 DXビジネスを推進する上で、歴史ある御社ならではの壁や、感じている課題などはありますか。
植村 まず、事業をイチジュウに成長させる上で、会社の規模に合うセールスが作れるのか、利益が出せるのかという課題があります。ゼロイチはよく難しいと言いますが、イチジュウというのはその事業を継続し、定着させるという意味でもっと難しいというのが、やってみた体感です。
それから、これもやってみてわかったことですが、新しいことへの取り組みということで、既存の事業の仕組み、社内のオペレーションが合っていないことが多数あり、そこを整備する必要がありました。
これまで機械を売ってなんぼという事業をやってきた我々がSaaS型のビジネスを行うとすると、請求はどうするのか、契約書はどう巻くのか、規約はどう作るのかといった細かいことがたくさん出てきました。社内の営業マンがDXの勉強をしながら財務諸表を見て、社内のオペレーションを合わせるために法務部や業務部と調整もして……本来の営業活動に専念できずに疲れ切ってしまい、もういいやとなってしまいかねません。こうしたパターンは、製造業では恐らく往々にしてあるのではないでしょうか。
当社も最初のうちはその課題に直面しながらやっていましたが、これらがなかなか進まない原因の一つと考え、業務系も含めて、部署の中で持つという形にしています。そうした意味では、組織としては小さい一つの会社のような体制になっています。
リアルな製品を持つ強みを生かし、新たな価値提供を目指す
田口 新しい事業としてさまざまなDX事業に取り組んでいると思いますが、改めて、今の具体的な取り組み状況をお伺いできますか。
笠原 グローリーの製品やサービスはほとんどがBtoBですが、例えば飲食店の券売機とか駅の中のロッカーなど、BtoBtoC向けの製品が一部あります。これらを消費者との接点、いわゆるデジタルタッチポイントとして、人を特定せずに顔認証で属性データを収集し、分析はもちろん、広告配信やマーケティングに活用するというサービスの開発を進めております。
例えば性別や年齢層などの属性と、いつ何をどのぐらい食べているかという消費傾向を示す情報は、飲食店にとってメニュー開発やサービス向上につなげることができる宝の山です。しかしながら、券売機ではこうした情報を収集することができませんでした。しかし、当社のソリューションを用いることで、無人でも顧客の傾向を把握することができるようになります。
田口 なるほど。リアルな製品を持っている強みを生かしたサービスですね。
植村 そうですね。ただし、飲食店でも特に日本の場合、サービスレベルを追求するという文化があります。二極化しているとは思うのですが、そうしたサービスを売りにしている外食企業において、自動機による無人化でありながらもサービスレベルを落とさず、むしろ上げていくにはどうすべきか、ここを実現したいと思っています。
飲食店向けのソリューションなどはすでにローンチして市場に出ていますが、現在開発中のソリューションについても、連携しているスタートアップと一緒にアジャイルでどんどん開発しながら価値を追加していく予定です。
今までの既存事業では、業務効率化やコスト削減の観点でソリューションを提供し、店舗で働く従業員のES向上などに取り組んできました。さらに今後目指しているのが、顧客体験の向上です。例えば売上”倍増”をもじった「BUYZO」というサービスでは、データを使った販売促進支援、マーケティング支援などを通じて顧客体験を上げる、その結果として、「BUYZO」を利用した小売店や飲食店が売上の向上につながるという活動を一緒に行っていけることが目指す姿です。
スタートアップとの連携でスピード感ある開発が実現
田口 今のお話にもあるように、御社のDX関連の事業はスタートアップとうまく連携しながら次々に新しいものを生み出していますが、外部と連携する利点、それからスタートアップにグローリー様として期待する点はどのようなものがありますか。
笠原 前の部署でゼロイチの新規事業を担当していた当時、スタートアップとの連携を通して感じたのは、新しい領域に不慣れな我々が会社の中で頭をひねって考えている内容と、スタートアップの創業メンバーがそれこそ身銭を切ってマーケティングをして会社の立ち上げにつながったアイデアというのは、全く違うということです。彼らのビジネスアイデアや、テクノロジーに我々にはない魅力を感じて一緒にやらしていただいたという経緯があります。
一方で、スタートアップの皆さんからすると、ハードを開発し製造してきたという我々の事業は、彼らが持っていないものです。スタートアップはソフトウェアの世界は強くても、リアルなハードを持っていないところが多くあります。例えば資本業務提携をしているShowcase Gigさんとは、セルフオーダーができるKIOSK端末やモバイルオーダーを使った飲食店向けのソリューションを開発しています。Showcase Gigさんの持つデジタルの力やノウハウと、店舗の無人化を実現する我々の端末が連携したからこそできたサービスです。
植村 当社としてスタートアップの方々と作り上げるDX事業の座組み、目指す方向性があります。自分たちだけで成し遂げることができるものを一緒にやっても意味がないので、当社が持ってないテクノロジーやデータ分析のノウハウなどを持っているところと組むことが非常に重要です。
当社は良くも悪くも既存事業での成功体験を持っているので、新たなところに一歩を踏み出すことがあまり得意ではありません。過去の成功事例として、銀行の出納業務の無人化を実現した出納機は、グローリーとして代表的な製品の一つですが、これを作り上げるために、当時我々は専門部隊を置いて銀行のオペレーションの全てを調べ尽くしました。そのうえで、1円のミスも許されない厳格な結果を要求されるお客様が安心して使える製品と新たなオペレーションを生み出し、今のポジションを獲得するに至りました。
今、新たに飲食業界でKIOSK端末などハードウェアとともにモバイルオーダーを組み入れたOMOサービスの提供を進めていますが、これを成功に導くためには飲食店のことを徹底的に知ることが必要だと私は思っています。しかし、成功したという自負がある大企業の意識が邪魔をして、イチからそうした泥臭い努力をすることが難しくなっている面もあります。
その点、飲食店のことを知り尽くしているスタートアップの方々と組むことで、きめ細かいノウハウを生かした、スピード感ある開発が可能になります。我々が持っていないものを持ち、そして同じ方向を向きながら新しい世界に飛び込んでいくことができる、そうしたスタートアップの方々と組むことでより大きな連携の効果を生み出すことができるのではないかと思っています。
DX人材育成のポイントは「実践」、実際に役立つスキルを身に付けるには
田口 社内のDX人材をどう確保するのか、人材面の取り組みについてもお伺いできますか。
植村 人材を揃えるにはいろいろなやり方がありますが、採用は簡単ではありません。基本的には、今の自分たちに足りないのはどこなのかを見て、そのスキルを持つ人材を採用するという方針ですが、それだけでは全てを補えず育成も必要です。ここに関しては人事部が、DX人材の育成に関して仕組みを作っているところです。間もなく全社的に展開され、これから本格的に始まるのかなという段階です。
全社としてはそうした取り組みが進んでいますが、現在、私が意識しているのは、中途採用で当社に来て活躍している人材に紹介してもらうという形です。外部に委託してイチから募集をかけるよりも、ある程度当社の事業を理解された中途採用の方の人脈で紹介してもらい、新たに採用をさせていただく方が、必要なスキルや当社の社風に合った人材を集められると考えています。
田口 いろいろな企業の方にお話を伺っていると、やはりDXを推進する上で人材というのは一つの大きなポイントだと感じています。中でも「育てる」ことに関心が高く、育成で人材面の課題解決を目指しながらも、育成方法に迷う製造業の方たちが多い印象です。DX人材の育成について全社的にはこれからということでしたが、お二人の部署で育成に関して今現在感じている課題や手応えを感じた事例などはありますか。
笠原 例えばキャリア入社でデジタルマーケティングに精通している社員にカリキュラムを作ってもらうなどして育成をはかっていますが、若いメンバーは育ってきていると感じています。ただし、自社で全てやるのは時間がかかりますし、我々はもともとデジタルに特化した企業ではありません。そのため、育成についても外部との連携を活用しています。具体的には、先ほどお話したような資本業務提携をしているスタートアップや、彼らと立ち上げたジョイントベンチャーに開発者に出向していただき、実務の中でスキルを身に付けてもらいます。
実践を通じて学ぶことができるので成長も早く、出向したメンバーは、1年ぐらいかかるだろうと思っていたレベルを半年ほどで習得しています。アジャイル開発など、彼らが持ち帰ったものも社内に根付きつつあります。
リスキリングなども必要ですが、なかなか研修という形では定着しません。業務ではないので、その時は学ぶことができますが、実際に役立つものとして身に付けるのは難しいです。やはり、実戦をこなしながらというのが必要ではないかと思います。
田口 歴史のある大企業がデジタル人材をどう育成するのか、とてもヒントになるお話だと感じました。育てる環境をそれなりに整えてはみたものの、何とか内部で進めようとして壁にぶつかっている企業も多くあります。スピード感を持った人材育成という点で、外部を活用するのは一つの有効な手段ですね。最後に、同じようにDX推進に取り組んでいる製造業、読者の皆さんにメッセージをお願いできますか。
笠原 私の体験からすると、いろいろな企業、いろいろな人とつながりながら、オープンイノベーションで取り組んでいくことが一番の成功への近道かなと思います。歴史があり企業としての形が大きくなってくると、同じ目線で協力する、自分たちにないものを持つ外部を認めて教えを請うという意識を、忘れがちです。将来同じ姿を目指せるスタートアップとより良いコミュニケーションを取りながら、協力して社会に価値あるものを生み出していきたいと思います。
植村 私がDX推進で大切だと思うのは、失敗を前提にすることです。日本の企業は本当に失敗を許さない環境だと感じることがありますが、失敗を前提にしないと次のステップに進むことはできません。テクノロジーが変わっているのだから、過去の経験だけでは乗り越えられず、試行錯誤する必要があります。
トップの人たちが失敗は当たり前という意識を持つことで、社員が萎縮せず、どんどんチャレンジできるようになると思っています。
田口 リアルとバーチャルの境目にある製品、現実の世界からデジタル情報を収集できるサービスを多く持つというのは、素晴らしい強みだと思います。今後、より一層社会のデジタル化が進む中でリアルなものづくりを担ってきた製造業がどう成長を続けるのか、その方向性を見る上でも御社が担う役割は大きいのではないでしょうか。
今後の活躍を楽しみにしています。本日はありがとうございました。
【関連リンク】
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