秘書室システム一筋で四半世紀。“定点観測”したプロダクトマネージャーが見たものは

何かと移り変わりが激しいこの時代、ビジネスを取り巻く環境やチームの顔ぶれは、ときに数年で全く別物になってしまいます。とりわけ技術革新のスピードが速いITの世界では、同じ視点を維持した “定点観測”を長期間続けられるケースが珍しく、もたらされる洞察は希少な存在となっています。

そこで今回は、25年にわたって企業の秘書室向けシステム「Olive」を一貫して担当し、現在同システムの事業を統括する株式会社シーエーシーの情野涼子(新規事業開発本部 Olive事業推進室 室長)にインタビュー。これまでの経験と、そこで得られた知見について聞きました。

目次

  1. 「変わることにポジティブな時代に変わった」
  2. 転機を迎える「役員のスケジュール管理」
  3. コロナ禍中のオフショア開発で得た自信
  4. 秘書業務の課題解決をこれからも

「変わることにポジティブな時代に変わった」

秘書室システム一筋で四半世紀。“定点観測”したプロダクトマネージャーが見たものは

−まず、情野さんの現在の活動と略歴についてご紹介ください。

株式会社シーエーシーで、企業の秘書業務向けシステムとして提供している「Olive」のプロダクトオーナーを務めています。

Oliveは、秘書と役員の情報共有や、秘書業務の効率化に特化したツールとして30年以上の歴史があり、年商1兆円規模以上の大企業を中心に、現在80社以上でご利用いただいています。転職を機に2000年からOliveの顧客対応担当となった私はこれまで、導入時のユーザー研修や、不具合対応、新機能の企画などに携わってきました。

2016年からプロダクトマネージャーとして事業を統括する立場になり、2020年にリリースした新バージョンの開発から顧客ニーズを踏まえた開発の優先順位づけと納期管理の責任者も務めていますが、基本的には同じ仕事を続けてきたと思っています。

−Oliveは、ざっくり言うとどんなシステムですか。

メインの機能は「スケジュール管理」です。各業界を代表するような大企業は役員も秘書も多く、秘書業務の拠点を複数置く会社もあります。そうした状況を踏まえてOliveは通常のスケジュール管理機能に加え、「まだ公にできなかったり、限られたメンバーで予定や情報を共有したかったりといった秘書業務ならではのニーズに応えてきました。

簡単に使えるスケジューラーアプリがスマートフォンに標準搭載されるようになり、個人的にはOliveの将来性を悲観した時期もありました。しかし実際には汎用のアプリでは難しい、秘書業務ならではの使い方にマッチしていることへの評価が思った以上に高く、今日でもお問い合わせが絶えないロングセラーとなっています。

秘書室システム一筋で四半世紀。“定点観測”したプロダクトマネージャーが見たものは

−四半世紀にわたって“その道一筋”というキャリアは、IT業界では珍しいと思います。この間に起きたことで、何が印象的でしたか。

この20年余りで、秘書の方々が「変化すること」に対して抱くイメージが、ポジティブな方向に大きく変わったという実感があります。

具体的に言うと、Oliveはこれまで2005年と2020年に、外観と機能の大きなリニューアルを行いました。私はユーザーへのご案内を2回とも担当したのですが、2005年当時に目立った「変わっちゃったんですね」「できれば変えてほしくなかった」という保守的な反応は2020年になるとほぼなくなり、むしろ「新しくなりましたね」「今時らしい画面ですね」という好意的な声を圧倒的に多くいただきました。

この違いについて私は、Webサービスの頻繁な更新や、現状を大胆に見直す経営判断が珍しくなくなった時代の反映と捉えています。どれほど実績のある安定したプロダクトでも、ずっと変わらないことが最善とは限りません。今の時代に沿ったものをきちんとご提供できているか、ベンダーとして常に意識しているところです。

転機を迎える「役員のスケジュール管理」

秘書室システム一筋で四半世紀。“定点観測”したプロダクトマネージャーが見たものは

−役員と意識を揃えるのが秘書だとすると、近頃はスタートアップに限らず、歴史ある大企業の経営陣もデジタルの感覚になじんでいるのでしょうか。

そうですね。誰にとってもITが身近な存在になったと同時に、若い頃から活発に使いこなしていた世代が、少しずつ経営陣に加わりだしたことも理由だと思います。

初期のOliveはインストール用の記録媒体として、まだフロッピーディスク(2011年にメーカー販売終了、 2024年7月に行政手続での使用規定が全廃)を使っていました。この頃はパソコンを使える役員が少数派で、「毎朝パソコンとソフトを立ち上げ、当日の予定をすぐ確認できる状態にしておくのは秘書の役目」という会社が普通にありました。私自身「どうしたら役員にパソコンを使ってもらえるか」と、秘書の方からよく相談を受けたものです。

またOliveは2020年のリニューアルで廃止するまで、独自の「社内メール」機能を備えていました。なぜこのような機能を付けていたかというと、00年代半ば頃までは「そもそも社員全員にメールアドレスを付与していない」という企業が相当数あったためです。

その後モバイル端末が普及したタイミングで、メールや共有カレンダーを使ったコミュニケーションは大きく進展しました。iPhone(日本発売は2008年)とiPad(同2010年)の登場に前後して、国内の伝統的な大企業では、若手幹部などがスマートフォンのBlackberryを使いだし、出先で予定をチェックするようになりました。また、タブレット的なタッチ操作もできる社用パソコンとしてSurfaceが広まったことも大きかったと思います。

−テクノロジー以外でも、かなり環境が変わった気がします。

はい。私がOliveに関わってきた間に、秘書の業務に大きく影響する出来事がいくつかありました。例えば東日本大震災(2011年)をきっかけにBCP(事業継続計画)の策定が進みましたが、このとき多くの企業の秘書部門が、サーバー障害などに備え「直近の役員の予定をローカルでも保存する」といった対策を採るようになりました。

経営陣が新たなワークスタイルを実践するという意味では、2016年頃からの働き方改革や、2020年の東京五輪を想定したオフピーク出勤のシミュレーション、そして何よりコロナ禍が決定的でした。

社内の全員がオンラインのコミュニケーションに否応なく適応した結果、役員の間でも、従来のように秘書の確認を取ってから予定を入れるのをやめ、秘書と共有しているスケジューラーに直接書き込む方が増えたようです。「役員が従来通り、スケジュール管理の主導権を秘書に委ねるかどうか」の判断は、今ちょうど転換点を迎えていると思います。

コロナ禍中のオフショア開発で得た自信

秘書室システム一筋で四半世紀。“定点観測”したプロダクトマネージャーが見たものは

−情野さんご自身のキャリアの中で、特に思い出深い出来事は何でしたか。

真っ先に思い浮かぶのは、Oliveの2020年のリニューアルです。オフショアでのアジャイル開発がコロナ禍と重なり、私自身にとっても初めて尽くしの経験となりました。

無我夢中で走り、何とか予定通りリリースできましたが、もし「全く同じ条件で、同じ成果をもう一度再現できるか」と聞かれたら、「進んでやりたいかはともかく、やり遂げられる自信はできた」というのが本音です(笑)。

−苦労と自信がうかがえます。どのようなチャレンジだったのでしょうか。

それまで海外経験が全くなかったにもかかわらず、いきなりインドネシアの開発チームを、しかもリモートでコントロールするというのが、まずチャレンジングでした。

当社は日本国内にインドネシア国籍の社員もおり、言葉のサポートを得られる点では恵まれた環境でしたが、2つの開発チームを同時並行させたため打ち合わせ回数も多く、いつも時間が足りませんでした。「直接会った方が早いのに」というもどかしさを感じながらも、プロジェクト管理やナレッジマネジメントのツールに情報を集約するなどの工夫で、円滑な意思疎通を目指しました。

現地メンバーからコロナ感染者が出たときには、さすがに「大変なことになった」と焦りましたが、全員在宅勤務だったため拡大せず、誰も重症に至らなかったのは不幸中の幸いでした。

−外国と進めるプロジェクトで、ギャップは感じませんでしたか。

インドネシアにイスラム教徒が多く、礼拝などの習慣・行事が最優先であることは、あらかじめ織り込んだ上で進めました。そのため日本のチームが関係するオンラインミーティングや休暇についても、「最も厳しい制約に合わせる」というスケジュール調整の鉄則どおり、インドネシア側に合わせる形で統一しました。

さらに、Oliveが対応する秘書業務のうち「慶弔贈答」のような日本独特の要素については、開発依頼に先立って「そもそもどんな習慣か」を説明するよう心がけました。

「時差で2時間遅れのインドネシアに合わせた結果、自宅にいながらご飯時を逃す」など、当初思いもよらなかった体験をしたのは確かですが、お互いの事情を理解して対応すれば、言葉や文化が違っても開発は全く問題なくできるという確信が得られました。

秘書業務の課題解決をこれからも

秘書室システム一筋で四半世紀。“定点観測”したプロダクトマネージャーが見たものは

−最後に、フリップボードを用意しています。今後に向けた情野さんの思いや意気込みを、こちらに書いていただけますか。

秘書室システム一筋で四半世紀。“定点観測”したプロダクトマネージャーが見たものは

引き続きこれからも、時代ごとの新たなニーズに応えながら、秘書業務の課題を解決するツールとしてOliveを育てていきたいと考えています。

具体的な機能で言うと、「過去データに基づくレコメンド」など、AIにできそうなことが相当増えてきました。そうした機能が実際の現場で求められるかどうかを含め、ユーザーとの対話の中から答えを見つけたいと思います。

また同時に、先ほど触れたとおり役員自らスケジュール管理する傾向が強まっており、秘書業務として役員の予定を押さえるのとは異なるアプローチも必要です。例えば役員向けのスマホアプリを開発し、そこからOliveを操作できるようにする、あるいはそうしたアプリにOliveの一部機能を切り出すといった選択肢も出てきそうです。

さらに秘書専門部署を持つユーザーにとどまらない、より広い層に向けたプロダクト、例えば「社内1名での秘書業務が楽になり、手軽に使い始められるWebサービス」などの可能性も探っていけたらと思います。

>>関連記事「秘書業務のイノベーション」をエキスパートと考える。

(提供:CAC Innovation Hub