元BCGコンサルが教える事業開発入門

今後も企業が持続的成長を実現するために必要とされる事業開発。新しい分野への進出や、既存事業の変革によって成長を促す必要性は誰もが認めるものの、いざ実際に取りかかってみると、「何から始めてよいのかわからない」「アイデアが浮かばない」「利益を出せずスケールしない」といった壁にぶつかり、挫折するビジネスパーソンも多いのではないだろうか。

そうした課題を解決に導くため、『CAC Innovation Hub』では、事業開発の第一人者として数多くの企業をサポートし、『事業開発一気通貫 成功への3×3ステップ』などの著書も手がける秦充洋氏へのインタビューを実施。「元BCGコンサルが教える事業開発入門」と題して6回にわたり、秦氏の提言をお届けする。

最終回となる第6回は、「事業開発を実現させる組織、人のあり方」をテーマに、連載の締めとして組織・人に焦点をあて、改めて事業開発を進める上で大切なポイントを語ってもらった。

【特集・記事一覧】
#1 企業の成長を支える事業開発、成功に向けてトップに求められるものとは
#2 事業開発の最初のステップ「アイデア出し」 良いアイデアを生み出すためには?
#3 商品・サービスに適したマネタイズモデルの見つけ方と設計のポイント
#4 新規事業の全工程で必要なインプット 効果的に行い知識を深める方法
#5 事業開発でよくある失敗と落とし穴 成功に向かうために意識すべきこととは?
#6 事業開発を進めやすい組織やカルチャー、向いている人材とは(本記事)

秦充洋(はた・みつひろ)
秦充洋(はた・みつひろ)
株式会社BDスプリントパートナーズ 代表取締役CEO
ボストンコンサルティンググループ(BCG)にて既存事業の見直し、新規事業、人事組織戦略、M&Aなどプロジェクトマネジャーとして多岐にわたるプロジェクトを指揮する。医療従事者向け情報サービスを提供する株式会社ケアネットを共同で創業し、2007年に東証マザーズ上場(現在は東証プライム市場)。2017年に人材育成を専門とする株式会社BDスプリントパートナーズを設立。事業開発分野における第一人者として、体系化されたノウハウに基づいた実践的なアプローチで多くの企業や組織、起業家を支援している。一橋大学大学院MBAコース(HUB)客員教授、早稲田大学ビジネススクール非常勤講師を務める。

事業開発における組織づくりのポイント

――組織風土は、事業開発に何か影響を与えるものなのでしょうか。

 事業開発そのもののやり方が同じだとしても、組織にフィットするかどうかで結果は大きく異なります。やはり、携わる人たちが伸び伸びと力を発揮し、高いモチベーションで困難に立ち向かうためには、その事業に適した組織が必要です。

例えば、トップが事業開発にコミットしてしっかりリードしているか、新しいチャレンジを支援する仕組みが整っているか、そうした一つひとつの組織環境が結果を大きく左右するんです。事業開発支援のご依頼を受けて実際にサポートをしていても、やはりやり方だけ伝えてもうまくいかない、組織を整えないとダメだということをたびたび実感します。

その点、最近はビジネスにおける組織の大切さが認識されるようになり、事業開発に取り組む際に、組織づくりについてもご相談をいただくことが増えましたね。

――事業開発を成功に導く組織というのは、どういうものだとお考えですか。

 いろいろな考え方があると思いますが、私がポイントの1つだと思うのは「まぜるな危険」という考え方です。事業開発で新しいことをやる人たちと、既存事業に携わっている人たちを中途半端に一緒にしてしまうと、お互いに不幸だと思うんです。

既存事業の担当者は、堅実に効率的にコストダウンしてがんばって利益を出しているわけですね。その横で、実験だヒアリングだと直接的には売上の出ないことをやったり、「3ヶ月間検討したけど新しいアイデアが全く出てこないね」みたいな会話をされたりすると、ちょっとモヤっとしますよね。既存事業側からすると、少しはこっちを手伝ってくれよという気持ちが出てきてしまうわけです。

事業開発をしなければ未来に向けて持続的に成長することは難しいですし、既存事業の売上なくしては新たな事業を始めることはできません。どちらも企業にとって大切な存在です。お互いの無駄なストレスを生まないためにも、組織、予算、できれば事業所も分けたほうが良いと思います。

予算については、事業開発用の枠を設けるだけではなくて、そもそもの考え方、毛色の違うお金だという意識を持つことが必要です。例えば、既存事業の10億円と、事業開発の10億円だと、同じ金額の予算に対して目先の期末に上げられる成果・リターンは当然ながら違ってきます。せっかく事業開発の予算をとっても、具体的な案件を精査する段階で収益性を考えるとなかなか使えず、結局余ってしまった、使いきれなかったという話をよく聞きます。

研究開発や教育研修費のような予算と同様に、すぐに利益を生まないお金と位置づけて、使うと決めたらちゃんと使いきるというやり方、マネジメントの仕方をしないとうまくいかないのではないかと思います。

事業開発に向いているタイプ・向いていないタイプ

――組織づくりにおいて、その他にはどのような点が重要になりますか。

 既存事業と新規事業を切り分けることに加えて、もう一つ重要なのはトップのコミットメントの有無です。今までと同じことに取り組む場合は、権限移譲をしてある程度現場に任せることが必要な場面もあると思います。しかし新しいことに取り組む場合、歴史ある古い体質の企業などは特に、トップが強いリーダーシップを発揮して進めないと変革を起こすことはできません。トップの方針である、トップが力を入れていると社内に認識されているだけでも、担当者はずっとやりやすくなるはずです。

先ほどの「まぜるな危険」にもつながりますが、例えば既存事業の部門とは切り離して社長直下に事業開発チームを置くなど、トップが覚悟を持って関与すること、そしてそれを皆に示すことが必要です。とりあえず時流に乗って事業開発らしきものを始めたけれど、トップがよくわかっていない、「新規事業開発の担当者主導でいついつまでにやっておけ」みたいな会社で、うまくいった試しはないですね。

元BCGコンサルが教える事業開発入門

――人材面ではどうでしょうか。チームのメンバーを募ったり、新しく採用したりする際に考慮すべきことはありますか。また、事業開発に向いているタイプ、向いていないタイプというのはあるのでしょうか。

 事業開発には、やはり前向きな人が向いているでしょうね。壁にぶつかったり、予期せぬトラブルが起きたりすることが必ずあるので、そのたびに落ちこんでいられませんし、チーム全体の雰囲気を明るく保つためにも、前向きな人がいると心強いでしょう。

あとは学ぶのが好きな人、成長意欲が強い人でないと、続けているうちにしんどくなると思います。事業開発を進めていくと、フィードバックや修正が次々と入り、新しいことをどんどん取り入れていかなければなりません。楽しみながら新しいことにチャレンジできる、成長力のある人は向いていると思います。一方で、私はこれをやるつもりで参加したのでこれしかできません、他はやりたくありませんという方だと困ってしまいます。

新たに採用する際は、自分たちの会社のカルチャーとフィットするかどうかも重要です。会社のカラーに合うかどうか、普段から考慮して採用しているとは思うのですが、特に新規事業を見据えて特定のスキルを求める場合などは、そこを優先するあまり、自社の文化に合っているかどうかを見落としてしまう懸念があります。

例えば意見が割れたときにどのように決定をするのか、何が判断の軸になるのかといった仕事の進め方なども、会社のカルチャーの1つと言えます。事業開発をする上でここのずれが大きいと、すり合わせていくのに余計な時間がかかってしまうことがあります。それから、特に顧客と直接接する業種、サービスの場合は、その人の性格や持っている雰囲気なども重要ですよね。ここについても大きくずれると無駄なコストが発生してしまいます。

採用する場合は、事業開発が終わったあとも一緒に仕事をする仲間になる人ですし、一度入れてしまうと簡単に辞めてもらうことはできません。自社に合った人材かどうかという観点も含めて見極めることが重要だと思います。

事業開発がやりやすい環境になってきている

――アイデア出しの段階からダメ出しばかりする「アイデアキラー」(参考:連載第2回「事業開発の最初のステップ「アイデア出し」 良いアイデアを生み出すためには?」)や、過去の成功体験にとらわれる経営幹部などについても言及されていましたが、そうした新しいものをなかなか受け入れない人たちや、挑戦を良しとしない風土などに阻まれる事業開発もあるかと思います。そうした壁にぶつかった際は、どのような対応が必要になるのでしょうか。

 どんな立場にいるかによっても対処方法が異なりますが、イチ社員として事業開発に携わっている場合、アイデアキラーのようなタイプとは関わらないことが一番です。しかし、例えばそのようなタイプが役職的に必ず会議にいたり、直属の上司が事業開発に理解がなかったりすると、関わらないというわけにもいきません。

そういうときは、良いアイデアを理不尽に潰されてしまわないように、上手に立ち回ることが重要です。例えば、力になってくれそうな経営層などに事前に相談し、ある程度対策を練ってから会議に挑むとか、エンジニアの見立てやお客さんの声をあらかじめ集めておくなど、その人が何を言っても大丈夫なように先回りすると良いでしょう。

もし、その事業コンセプトに可能性があるなら、協力してくれる人、バックアップしてくれる役職者などが出てくるはずです。また、面倒くさがって新しい提案を黙殺するようなタイプが上にいる場合は、社内外のビジネスプランコンテストみたいな客観的な評価を得られるものを活用するのも1つの手ですね。

秦氏

――いろいろな視点で事業開発についてお伺いしてきましたが、最後に、事業開発に携わる、またはこれからやってみたいと考えているビジネスパーソンにメッセージをお願いいたします。

 以前に比べて、新しいチャレンジがしやすい、事業開発がやりやすい環境になってきていると思います。いろいろな企業の事業開発の成功事例が認知されたことなどによって、新しいことに取り組むべきという風潮が広がり、関係する制度も整ってきています。

また、会社を辞めてチャレンジする場合も、昔は「失敗したら人生が終わる」といった雰囲気がありましたが、今はスタートアップで経験を積めば、それを強みに次なるステップに進むことが可能です。

不確実で常に変化する今の時代、ビジネスの持続可能な成長を実現するためには、事業開発は必要不可欠です。ビジネスパーソンが伸び伸びと挑戦できる、未来につながるイノベーションが次々と生まれる環境が整えば、今よりも良い社会に近づき、未来も明るくなるのではないかと思います。

【特集・記事一覧】
#1 企業の成長を支える事業開発、成功に向けてトップに求められるものとは
#2 事業開発の最初のステップ「アイデア出し」 良いアイデアを生み出すためには?
#3 商品・サービスに適したマネタイズモデルの見つけ方と設計のポイント
#4 新規事業の全工程で必要なインプット 効果的に行い知識を深める方法
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#6 (本記事)

(提供:CAC Innovation Hub