この記事は2024年11月5日に「第一生命経済研究所」で公開された「国民民主党案では「年収の壁」をなくせない 」を一部編集し、転載したものです。
まずはマーケットが好感
トランプ氏が当選して、2025年1月に大統領に就任することが決まった。上下院も共和党多数の公算が高いから、トリプルレッドの様相だ。トランプ氏の政策は通りやすくなる。
選挙結果が判明する前から日経平均株価は急上昇した。開票途中からトランプ当選を市場が織り込んで動いた。まさにマーケット価格が「集合知」だと言われる所以だ。その評価は意外に当たりやすいとされるが、今回もそれが当たった格好だ。
市場の反応は、大幅な円安・株高である(図表1、2)。トランプ次期政権でインフレが加速するという予想の下、企業業績と長期金利が上がるという読みからだ。11月のFOMCでは追加利下げが予想されるのに、ドル高・円安というのは選挙要因の方が遙かに大きく効いているということだ。
世界経済は、以下で述べる通り、地政学リスクも高まるため、先々は景気拡大が順調に進むとは限らない。「短期楽観・中長期悲観」というのがトランプ当選後のシナリオだ。おそらく、論点は次のように列挙できる。
(1)保護主義の台頭
(2)インフレの加速
(3)脱炭素化の後退
(4)防衛費積み増し
(5)対中国封じ込め
(6)石破政権の苦境
である。ハリス候補が当選した場合に比べて日本経済はより波乱に見舞われる。
保護主義の台頭
日米株価は上がっているが、これで経済が万事ハッピーになるとは考えにくい。米国は輸入品に対して一律に関税率を引き上げる公算が高いからだ。10~20%と見込まれている。特に、対中国には60%の高関税を課すとされており、米中貿易には暗い影を落とすだろう。米国の貿易取引量は下押しされて、米国の消費者は割高の輸入品を買わなくてはいけなくなる。関税率の引き上げは、インフレ要因になる。日本も、自動車などの主要輸出品が打撃を被るだろう。円安が進んだとしても、期待される米国輸出が下押しされてメリットが失われる。
日本政府には、こうした保護貿易に対して、関税率がかからない自由貿易圏を積極的に広げる経済外交が求められる。トランプ政権1期目の2017~2021年も、安倍首相が米国抜きのCPTPPの加盟国を広げる活動を進めた。英国が加盟し、複数国が加盟申請をしている。米国の関税率引き上げに対して、関税率のかからないエリアを広げることが、石破政権には求められる。
日本にもインフレ圧力
トランプ氏が次期大統領として就任すれば、多種多様なルートでインフレが加速するだろう。日本にもその影響は及んでくる。日本経済にも物価上昇圧力が働くことが警戒される。
米国のインフレの原因は、①関税率の引き上げ、②拡張的な財政運営、③脱炭素化が停滞してエネルギー需要が高まること、④地政学リスクの高まりで原油高騰が促されること等、が挙げられる。こうしたインフレ傾向の下、FRBはいずれ利下げを進められなくなるから、米長期金利は高止まりする。日米金利差は広がった状態が予想されて、円安が進む。日本も輸入物価の上昇によってインフレが促される。日銀の追加利上げは、トランプ当選でその必要性が相対的に高まってしまった。
また、トランプ氏は、日本の通貨当局の為替介入を嫌うだろう。ドル高とは逆方向だから容認されるという見方もあろうが、日本の通貨当局としては動きづらいのではないか。そうなると、円安対策は、日銀の方に比重がかかる。国内政治情勢は逆風ではあるが、円安対策として追加利上げに向かう圧力は高まる。
日本の財政が膨らむ圧力
石破政権は、防衛政策に強い関心を持っている政権である。石破首相の持論は、日米地位協定の見直しだ。しかし、トランプ氏の前でこの話を持ち出すとやぶへびになって、日本側にさらなる防衛費負担増を求められかねない。防衛予算も膨らむ可能性がある。すでに、政府は防衛増税の開始時期を年内に決めると表明しているが、トランプ氏が2025年1月に大統領に就任すると防衛費の積み増しがさらに必要となって、2025年以降に追加的な防衛増税が不可避になる可能性すらある。追加的な防衛費積み増しを意識しながら、現在の防衛増税の判断をしていくことになる。
現行の防衛増税は、2027年度までに43兆円の財源確保に目途をつける方針で決まった。歳出改革、剰余金などで捻出できる余地は、ここで使い果たしているから、新たな防衛費の積み増しは、新たな防衛増税につながりやすい。
衆院選で与党が過半数割れしていて、増税を嫌っている野党との間で非常に厳しい調整を迫られているのに、新しい防衛増税を持ち出すことは途方もなく難しいはずだ。野党の要求を飲んで、政府の予算は拡大すると考えられている中で、トランプ氏から新たな防衛負担の要求を突きつけられることは、さらなる歳出拡大を招くという点で非常に頭が痛い。石破政権にも、追加的な防衛増税の圧力がかかることは政権維持に厳しい課題になるだろう。
石破首相の苦境
トランプ氏の当選で、最も頭が痛いと感じているのは石破首相だろう。国内では衆議院の過半数割れ、海外では2025年1月からトランプ氏を相手に対米外交を演じなくてはいけない。2017年のときは安倍元首相が実にうまくトランプ氏を御していた。石破首相に同じことができるだろうかと、ご本人も心配しているに違いない。文字通りの「内憂外患」になっている。石破政権は、この難局をどう切り抜けていくつもりなのだろうか。
トランプ氏は、対中外交でも1対1の首脳外交を好むだろう。この頭越しのディールを仕掛ける手法は、日本や韓国、EUを抜きに行われるということだ。ならば、日本としては自分の基軸をしっかり定めて、ある程度は自主外交を進める選択しかない。石破首相がそうした構想力を持って、アジア外交に臨められるかどうかの力量が問われる。
筆者は、先のCPTPPと同じく、日本が各国との連携の音頭をとる必要があると考える。韓国、フィリピン、豪州などとの防衛連携が考えられる。すでに、AUKASの枠組みがある米国・英国・豪州と、日本が連携をしている。こうした枠組みをうまく使って、石破首相が動く可能性はあるかもしれない。
トランプ当選は、日本以上に欧州に対して難題を突きつけている。今後のウクライナ支援をどう継続するかという問題である。東アジア各国の間でも、そうした安全保障の協力関係についての議論は、台湾有事に備えるという問題意識でも進められるだろう。石破首相にとって、外交面で求められる課題になる。