この記事は2024年11月25日に「第一生命経済研究所」で公開された「総合経済対策2024のポイント整理」を一部編集し、転載したものです。


目次

  1. 総合経済対策決定、岸田政権スタイル踏襲の色彩が強い
  2. 「103万円の壁引き上げ」が明記
  3. 25年度PB達成見込みは修正へ、目標修正の行方が焦点に

総合経済対策決定、岸田政権スタイル踏襲の色彩が強い

22日、政府は新たな経済対策である「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」を閣議決定した。主なテーマは賃上げ、半導体など重点分野への官民投資推進、物価高対策などであり、昨年度に岸田政権下で策定された経済対策のメニューの大枠を引き継いだものとなっている。財政支出(国+地方の歳出額+財政投融資)の規模は21.9兆円とされた。昨年対策の21.8兆円をわずかに上回る。国の一般会計補正予算における歳出追加額は13.9兆円と、昨年の13.1兆円をやや上回る規模とされた。

石破首相は総裁選や衆院選の議論において「昨年度を上回る経済対策」を標榜しており、それをギリギリ満たすような数字になっている。今年の骨太方針で掲げられた歳出構造の「平時化」(≒補正予算の縮減)と、選挙での石破首相の方針の間で「昨年対比微増」の規模感が決められたとみられる。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

内容は大きく3つの柱で構成されている。第1節の「日本経済・地方経済の成長」では、従来の岸田政権における「新しい資本主義」におけるメニューが並ぶ。賃上げ、三位一体の労働市場改革、投資立国・資産運用立国、官民一体投資などである。内容をみても旧来からの継続事項が多い。新しい点を挙げると、「最低賃金を2020年代に全国平均1500円に」(従来は30年代半ばに1500円)「地方創生の交付金を当初予算ベースで倍増」などがある。ただ、2024年時点で1055円の最低賃金を2029年までに1500円超に引き上げるには7~8%/年ペースでの急ピッチでの引き上げが必要となり、経済界の反対も含めて相応のハードルがある。地方創生交付金については近年計上の中心となっているのは補正予算だ。24年度当初予算への計上額は0.1兆円(デジタル田園都市国家構想交付金)であり、これを倍増してもマクロ的な影響はさほど大きくはならない。

このほか、「AI・半導体産業基盤強化フレーム」として、AI・半導体分野への複数年度の公的投資のスキームが示されている。2030年度までに補助及び委託等に6兆円程度、出資や債務保証などの金融支援に4兆円以上を充てるとした。財源として財政投融資会計からの繰り入れや既存基金からの国庫返納金が挙げられている。近年、重点分野への官民投資を充実させる観点で複数の基金が設立されており、それらを清算・集約するようなイメージになるとみられる。また、GX経済移行債の活用も明記された。AI・半導体への投資活発化が脱炭素にも資するとの考え方のもとで、AI・半導体投資へのGX債の利用を認め、エネルギー対策特別会計での区分経理を行う方針である。

第2節の「物価高の克服」では住民税非課税世帯への3万円給付や冬場の電気ガス代補助金の再開が盛り込まれた。また、地方創生臨時交付金を活用し、地方自治体主導での物価高対策を実施する。いずれも岸田政権下の経済対策の手法を踏襲するものである。第3節では、「国民の安心・安全の確保」として災害復旧や防災、減災、国土強靭化を盛り込んだ。最近の情勢も踏まえ、SNS等を通じた闇バイト対策が盛り込まれた。

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「103万円の壁引き上げ」が明記

今注目されている基礎控除等の引き上げ(年収の壁対策)やガソリン税の見直しについては、資料3の文言が明記された。103万円の壁について “引き上げる”と明記されたことにより、年末の税制改正大綱で何等かの措置が取られる方向性は定まったといえよう。もっとも、引き上げ幅や時期などはまだ流動的。弊著「基礎控除引き上げの論点整理」(24年11月5日発行)でも論じているが、最低賃金や物価などの尺度をもとに、どこまでの引き上げをインフレ調整の範囲と整理するか、という点を中心に今後議論がなされていくとみられる。

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25年度PB達成見込みは修正へ、目標修正の行方が焦点に

今回の経済対策によって、政府の財政目標である25年度のプライマリーバランス黒字化は難しくなったと考えられる。政府は直近(2024年7月公表)の「中長期の経済財政に関する試算」において、2025年度の国と地方の基礎的財政収支が黒字化、財政目標を達成する姿を描いている。ただし、この政府試算には補正予算の影響が織り込まれておらず、今回の24年度補正予算編成とその25年度への繰り越しを想定すると、収支はここから赤字方向に修正されることになるとみられる。さらに、基礎控除等の引き上げによる減税措置がなされることも加わる形だ。従来のスケジュール感であれば、政府は25年1月に予算案や税制改正を踏まえた新たな財政試算を示すことになる。ここで政府の25年度PB黒字化達成見込みは修正を迫られるとみている。

この結果を受けて、財政目標の修正がどのように行われるか、が財政政策をみるうえでひとつの焦点となろう。財政再建目標は毎年6月に策定される骨太方針で定められることになる。来年1月に“黒字化が難しい”との結果が公表されるタイミングで、目標修正の方向性が示されることも考えられる。

財政目標の在り方をめぐってはかねてから指標の見直しを含めて様々な議論がある。現在キャスティングボートを握る国民民主党は、これまでの主張を踏まえるとプライマリーバランス黒字化の達成時期にこだわるべきでないとの立場であることが想定される。財政目標の修正議論がどうなっていくのかが、財政政策をめぐる次なる注目点となろう。

第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 星野 卓也