塩崎 貴一氏
Photo by 田村 秀夫

いつもの薬の1錠1錠はいつも同じ。そんな「当たり前」がもたらす安全安心は、日々製造に携わる人々の努力と、確かな仕組みに支えられています。

医薬品製造を支える仕組みの中でも、ITシステムを検証し、想定通りの動作を保証するCSV(Computerized System Validation:コンピュータ化システムバリデーション)は、「品質保証」「IT」という2つの専門分野が重なる領域です。健康を守る厳しい法規制があり、直接薬を作ることとは別の知見も求められる領域で、2023年から「CSV支援サービス」を提供している株式会社シーエーシーの塩崎貴一(エンタープライズサービス統括本部 エンタープライズP&S部 サービスプロデューサー)に、取り組みの意義や現況を聞きました。

塩崎 貴一(しおざき・たかかず)
エンタープライズサービス統括本部 エンタープライズP&S部 サービスプロデューサー
1996年シーエーシー入社。入社以来、医薬系・産業系部門のプログラム開発からプロジェクトマネージャー業務まで、多くのプロジェクトに従事。
2021年、CSV対応クラウド環境の構築・運用サービスの立ち上げに携わり、CSV支援業務の一環として文書作成や検証作業を自ら実施し、プロジェクトを推進。
また、社内のCSVサービス担当者向けにGxPおよびCSV関連の教育研修を主導。

目次

  1. 専門性の“エアポケット”を埋めるサービス
  2. 「本業に専念してもらえる支援」を
  3. 厳格かつ唯一解なし。知見で見極める着地点
  4. 「一緒に考えるパートナー」と進める余力創出

専門性の“エアポケット”を埋めるサービス

塩崎 貴一氏
Photo by 田村 秀夫

−CSVは「薬の品質保証とITの複合領域」と聞きました。その概要を、まずうかがえますか。

薬を作る製造工程をはじめ、原材料や出荷記録、工場設備の管理や、それら業務に関するマニュアル類の整備などに、医薬メーカーは多くのITシステムを利用しています。

薬は、生命や身体の安全に直接関わる特別な製品である一方、一つ一つの品質を全てチェックするのが困難な量産品でもあります。そこで安全性を確保するために「常に想定通りのプロセスで作られる」ことを保証するのが、医薬分野の品質保証の基本となっています。

医薬品製造に関わるITシステムにも同様の考え方が当てはまり、常に想定通り稼働することを確かめ、証拠を文書で残すよう、法令で厳しい基準が示されています。CSVとは大まかに言うと、このガイドラインを製薬メーカーがクリアするための活動です。

−CSVに特化した支援サービスは珍しく、開始以来問い合わせが絶えないそうですね。

はい。サービスを始めてからよく分かったのですが、複合的な専門性が求められるCSVはニッチな領域で、知見を持つエキスパートが不足している「エアポケット」のような状態でした。私たちのサービスで今、そこを埋めていこうと考えています。

品質保証の取り組みはIT業界でも一般的ですが、医薬品の品質保証の手法にならうCSVは「文書化されていることが全て」というドキュメンテーション最重視のアプローチで、これは例えばアジャイル開発などとは全く勝手が異なります。他方、そうした医薬品の品質保証を熟知しているメーカーの現場の方々にとってITは専門外であることが多く、社内のIT部門もシステムの運用が主体で、システムの新規導入に伴うCSVはカバーできないという例が珍しくありません。

しかも安定稼働を重視する医薬関連のシステムは更新サイクルが長く、導入・更新の一時期に集中するCSV実務のノウハウは、いったん獲得しても社内に残りにくくなっています。こうした事情が重なり、特に業界中堅の製薬メーカーの品質保証部門を中心に「導入を検討しているシステムのためにCSVを支援してほしい」といったご要望を多く頂いています。

「本業に専念してもらえる支援」を

塩崎 貴一氏
Photo by 田村 秀夫

−CSVに関する国のガイドラインが示されたのは2010年だそうですが、適任者が少ない中で、従来はどうしていたのですか。

私が見聞きした限り、製造装置の制御システム、あるいは生産管理や品質管理のシステムなどでは、ベンダーが自社のシステムの検証に利用可能なCSV文書の雛形を提供し、ユーザーである製薬メーカーがそれにならってドキュメントを整備してきたケースが多いようです。

この方法は、標準機能で全てをまかなえる場合はとても効率的ですが、システムのカスタマイズや前後工程との調整があると、CSVにも個別対応が生じます。そうした場合にベンダーの支援は、どうしても提供製品の範囲に限定される傾向があり、ユーザーの品質保証担当者は通常業務のかたわら、半ば手探りでCSVの方針を決めたり文書をまとめたりすることも珍しくないようです。

しかも、製薬業界に特化していない汎用的な文書管理ソフトなどでは提供元がそもそもCSVを想定していないこともあります。この場合、対応のハードルはさらに上がります。

−ツールベンダーでもユーザーでもない、第三者が求められていたということでしょうか。

そうですね。特に、やるべきことを伝えるだけで終わらない伴走型の支援、例えば、個々のポイントについてリスクを踏まえた具体的な検討をしたり、実際に手を動かして文書案の作成をご一緒したりといったサービスが求められていたのだと実感します。

製薬メーカーの方々にとって最も注力したい“本業”は、やはり薬を作ることだと思います。人の命に関わる製品である以上、品質保証が大前提なのはもちろんですが、システムの品質保証に関しては、やはり“餅は餅屋”の感覚で社外リソースを活用いただくのが合理的で、その方がより早く確実に、総費用も抑えた導入・更新が実現できると考えています。

ごく一握りの新薬メーカーを除き、個別の製薬メーカー内部でCSV対応業務が発生する頻度は、さほど高くないのも事実です。だからこそ私たちのような外部のパートナーが各社の支援を通じ、より良い方法論を集約していけば、製薬業界全体として本業に専念しやすい環境をつくることにも貢献できるのではないかと思います。

厳格かつ唯一解なし。知見で見極める着地点

塩崎 貴一氏
Photo by 田村 秀夫

−塩崎さんはずっとシステム構築がご専門ということですが、医薬系やCSVのご経験は長いのですか。

私はエンジニアとしてCACに入社して30年近く経ちますが、ここ10年ほどは一貫して製薬業界向けのプロジェクトに携わっています。ただCSVに関しては、仕事として関わるようになったのは3年前から。その後CSV支援サービスを立ち上げたのも、かなり偶然に近い発見がきっかけでした。

−ニーズを狙いすましたサービスではなかったのですね。

はい。もともと私たちのCSV支援は別のサービス、具体的には「保存義務のあるデータを格納した物理メディアの破損リスクに備えるクラウドアーカイブ」をリリースした際、製薬メーカー向けに「導入時のCSV対応を私たちで支援します」とアピールしたのがきっかけです。

その後、このサービスサイトをご覧になった方々から「他のベンダーの製品を導入したいが、CSVだけ支援してもらえないか」というお問い合わせを立て続けにいただき、急きょ翌2023年から、単体の CSV支援サービスも始めたという流れです。

私自身、それまでシステムに関してはさまざまな経験を積んできましたが、医薬の品質保証については、専門家と言えるほどの知見はありませんでした。そこで改めて、医薬品製造時の安全性・信頼性確保に関する基本ルールである厚生労働省令(GMP省令等)を読み込むところから始め、CSV文書作成のノウハウや対策すべきリスクの検討方法などは、詳しいメンバーに付いて実践で揉まれながら身につけてきました。

CSVの対象になるシステムは千差万別です。厳格でありながら細部については解釈の余地が大きいガイドラインに対し、何をどこまでやればクリアしたと言えるのか、唯一の正解はありません。そこで私は、まず自分で納得できる“落としどころ”をいったん見極め、それをお客様にお伝えする中で最終案を一緒に考えていくようにしています。

「一緒に考えるパートナー」と進める余力創出

塩崎 貴一氏
Photo by 田村 秀夫

−ちなみに、CSV支援のメニューや、特に人気のサービスはありますか。

CSV全体の大まかな枠組み、作成すべきドキュメントは決まっていますが、そのサポートはリクエストを踏まえ、柔軟にご提案するオーダーメイドの形を採っています。

導入ご希望のシステムに対する要件を定義し、バリデーション活動全体の計画書作成から報告書のご承認まで伴走してご支援するのが基本ですが、ご要望があれば構想フェーズでのシステム選定におけるFit&Gapや、運用管理基準書の作成など、運用に向けた段階のサポートも行います。

また、システム導入に伴い、例えば紙文書を利用していた従来の作業と手順が変わるようなケースは、リクエストに応じて標準業務手順書(SOP)の改訂などもサポートしています。

どこか特定のフェーズ、タスクの支援でご評価いただくというよりは、CSV全体の段取りや方向性の“絵”を描き、進めていく中で「本当にこれでいいのか」と一緒に考えるパートナーの存在が喜ばれているように思います。

IQ(Installation Qualification): 据付時適格性評価
OQ(Operational Qualification): 運用時適格性評価
PQ(Performance Qualification): 性能適格性評価
SOP(Standard Operating Procedure): 標準業務手順書

−最後に、今後の展望についてもお聞かせください。

このところ薬不足が社会問題化していますが、安定供給を求める多くの人々が期待するような増産は、製薬メーカー社内に余力があってこそ実現可能となるはずです。

そうした中、医薬の品質保証とITへの理解がそろって求められるCSVは、多忙な通常業務の合間に社内で取り組んでもなかなか見通しを立てづらいものですが、外部のサポートを活用いただくことで、大きく負荷を減らすことができると思います。生産効率向上につながるシステム導入を円滑でスピーディー、かつ確実に進められるCSV支援サービスの意義や価値を、引き続きお伝えしていくつもりです。

さらに今後はCSV支援の対象を、製薬メーカーにアプローチしたいアプリベンダーや、医薬への参入を検討するメーカーなどにも広げ、システム導入と一体のワンストップサービスとして育てていけたらと思います。

−さまざまな新展開がありそうですね。今回は貴重なお話をありがとうございました。

(提供:CAC Innovation Hub