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(この記事は2014年2月20日に掲載されたものです。提供: Biglife21 )


◆取材・文:加藤俊

佐々木宏(ささき・ひろし)氏…経営&ビジネスコンサルタント。早稲田大学大学院生産情報システム研究科博士課程後期中退。早稲田大学在学中に、シンガポール国立大学MBA課程に派遣留学。日系シンクタンク及び外資系コンサルティング会社を経て、2004年、(株)テリーズ社設立、代表取締役に就任。中堅・中小企業向けの経営コンサルティング、ビジネスコンサルティングを数多く手掛け、中期経営計画策定、資金調達、各種プロジェクトマネジメント、システム導入など経営全般に関わる支援サービスを展開している。

都市銀行系シンクタンクを皮切りに、監査系コンサルティング会社、ITコンサルティング会社といった外資系コンサル畑を歩んで、2004年に株式会社テリーズ社を設立というキャリアを歩んできた。その私なりに、ブラック企業のブラックとは何を意味するのかを考えてみる。

そもそも、この言葉には幾つかの定義があると思う。人によってその定義は異なり、かなり主観的な解釈で捉えられるが、私は、何故働くのかという問いに対しての=食べるためや、=自己実現を果たすためという理由が、どちらかでも満たされない環境は、当人にとっては、ブラック企業と映る可能性が高い、と思っている。
つまり、=食べるためが満たされない言い逃れようのないブラックとして、法的、社会的に決められたルールを守らない会社が根底に有り、例えば、最低賃金を下回る、またはサービス残業の強要、あるいは、強要こそしないが、従業員に過度な無理を強いる空気が社風などと呼ばれ常態化している会社等がここに位置づけられ、これらは淘汰されて然るべきものと思う。

しかし、一方では、社会的に決められたルールは遵守してはいるが、=自己実現を果たすため、というレイヤーが満たされない環境もある。例えば、働いても将来の希望や見込みが立たない会社であり、私はこれもブラック企業と考える。希望が見出だせない状態で働き続けなければならない辛さは、経験した者にしかわからない。


マネージメントとしてのポリシーがない環境

その意味で言うと、私の最初の職場もホワイト企業とは言い難かった。銀行系のシンクタンクだったが、マネージメントとしてのポリシーがない環境だった。会社が向かう方向性が明示されないことに加えて、自由に動く裁量も与えられなかったので、苦しんだ。

言われることは、ハンコが曲がっているとか、そんなことばかりで、会社からのメッセージも制度も体制もないなかで、ただ、知的付加価値をつけろといった言葉が投げ交わされていた(肝心の知的付加価値の中身とは何なのかを問うても、納得できる解答が得られることがなかった。当時、上長の「お前が30歳になればわかる」、といった答えばかりが印象的だった)。

しかも実際に忙しかった。仮眠室があったので、時々休むのだが、レポート締め切り前はとても忙しく、日を跨いだ2時3時に寝転がりに行くと、警備員に「今日は早いね」と言われる、そんな環境だった。

そもそも私は、経営者から従業員までの気持ちがひと通り理解できるコンサルになりたかった。その会社にこの先20年いて、経営者の気持ちがわかるようになるかを自問した時に、答えが否だったため、入社から4年を経て、退社した。確かにブラック企業か否かはかなり主観に左右されるだろうが、最終的に、数十人いた同期のうち残ったのはほんの数人になったことを考えると、多くの人にとって良い環境ではなかったと言ってよいのではないだろうか。


監査系コンサルティング会社はホワイトだった

次は監査系で外資のコンサルティング会社に行った。ここはホワイト企業だった(笑)。もちろん外資系コンサルだから労働時間は長い。夕方5時頃になって、明日名古屋に行って来い、それで翌日の20時には会議があるから戻って来いとか、そんな毎日だった。

では、ホワイト企業たる所以は何かというと、結局、自分が成りたいと思える理想像に繋がるプロセスが、会社にいて得られるという確信が持てたことなのだと思う。端的に言えば、自己の成長を感じることが出来た。これは最初の会社にはなかった。そういえば、あの頃、マイクロソフトのキャッチフレーズで「月曜日が待ち遠しい」というのがあったが、正にそれだった。仕事が心底楽しいと思えた。