利益調整に着目した不正会計検出モデル

不正会計の検出モデルの一例であるMScoreモデル提案したBeneishは、利益を増加させる方向に利益調整を行う企業は、その程度が大きければ大きいほど翌年に不正会計を行う可能性が高いことを発見した。

一般的に利益調整は会計的裁量行動と実体的裁量行動に分類される。会計的裁量行動とは、一定の会計ルールの枠組みの中で、企業活動そのものには変更がないものの、財務諸表上の計算方法を変更することで利益調整を行うことを指す。

例えば、減価償却の方法の変更(定率法から定額法への変更など)、棚卸資産の評価法の変更(先入先出法から後入先出法への変更など)などが該当する。また、実体的裁量行動とは、値引販売、研究開発費の削減や広告費の削減といった企業活動そのものを変更することで利益調整を行うことを指す。

企業が公表する財務数値はその企業自身や経営者の評価に影響するため、企業には利益調整を行うインセンティブがあることが指摘されている。特に、財務諸表の数値が一定の水準を超えて悪化した場合は、金融機関等からの借り入れを行うことが難しくなる。

また、証券市場においても株価や債券価格が下落し、投資家や債権者の求めるリスクプレミアムが上昇するなどして調達コストが上昇するため、直接市場を通じて新たな資金調達を行うことも難しくなるであろう。

よって、企業の信用力がかなり悪化している状況において、一定水準以上の財務指標の悪化はすぐさま企業活動の継続に影響してしまうため、企業サイドに利益調整だけではなく不正会計を行って財務諸表を良く見せようとするインセンティブが強く働くことが想定されるであろう。

具体的に、Beneishは以下の8つのファクターを用いたMScoreモデルを提案し、利益調整と不正会計を行う企業行動との関係について説明を試みた(*3)。

MScore=-4.84+0.920×DSRI+0.528×GMI+0.404×AQI+0.892×SGI
+0.115×DEPI+(-0.172)×SGAI+4.679×TATA+(-0.327)×LEVI

(1)DSRI:DaysSalesReceivableIndex(売上債権の変化)
DSRI=[売上債権/売上高](t)÷[売上債権/売上高](t-1)
この数値が大きく上昇すると、過剰な収益認識の前倒しや架空売り上げの可能性が大きくなることが示唆される。

(2)GMI:GrossMarginIndex(利益率の変化)
GMI=[(売上高-売上原価)/売上高](t-1)÷[(売上高-売上原価)/売上高](t)
この数値が大きいとき、利益率が低下していることを示しており、利益調整のインセンティブが経営者に働くものと解釈できる。

(3)AQI:AssetQualityIndex(有形固定資産(償却なし)や無形固定資産の変化)
AQI=[1-(流動資産+有形固定資産(償却あり))/総資産](t)÷[1-(流動資産+有形固定資産(償却あり))/総資産](t-1)
この数値が上昇すると、無形固定資産等を通じて、費用を過大に資産化している可能性が示唆される(水面下の収益性悪化が生じている可能性がありうる)。

(4)SGI:SalesGrowthIndex(売上高の変化)SGI=[売上高](t)÷[売上高](t-1)
この数値の上昇そのものが不正を表しているわけではないものの、成長企業において不正会計を行うインセンティブがあることに依拠したもの。

(5)DEPI:DepreciationIndex(減価償却費の変化)
DEPI=[償却率](t-1)÷[償却率](t)
資産の償却率が減少すると、費用認識を後ろ倒しにするような利益調整を行っている可能性が高いことが示唆される。

(6)SGAI:SGAIndex(売り上げに占める販管費の変化)
SGAI=[販管費/売上高](t)÷[販管費/売上高](t-1)
この数値が上昇すると、利益調整を行う可能性が高まるかもしれないため導入したもの。

(7)TATA:AccrualstoTotalAsset(現金回収より先に把握した会計利益の変化)
TATA=[会計発生高](t)÷[総資産](t)
※会計発生高=当期利益(特別損益は含まない)-営業活動によるキャッシュフローこの比率と不正会計の発生において正の相関があることを仮定して導入したもの。

(8)LEVI:LeverageIndex(負債比率の変化)
LEVI=[負債総額/総資産](t)÷[負債総額/総資産](t-1)
この数値が上昇すると、負債による資金調達の比率が大きくなり、コベナンツ等の影響により利益調整のインセンティブが働くとの仮定に基づいて導入されたもの。

BeneishのMScoreモデルではこれらの8つのファクターを用いて以下のようにスコアを計算し、-1.78を基準としてそれよりもスコアが高い場合は、分析対象の企業が不正会計を行っている可能性が高いと判定する。特に係数が大きく、また上記の仮定と整合的に正負の符号が一致するもの(DSRI、GMI、AQI、SGI、DEPI、TATA)が不正会計の検出に貢献する可能性が高い財務指標と考えられる。