順序ロジットモデルを用いた倒産確率の推定

これまでの議論を土台に、Accruals Ratioの特徴を織り込んだ信用リスクモデルについて提案してみたい。Accruals Ratioがクロスセクションだけではなく時系列の特徴をもつことから、次のように、会計年度末t時点のARScore(t)を過去5年間のAccruals Ratioの加重和として定義することにする。

ARScore(t)=β(t)×Accruals Ratio(t)+β(t-1)×Accruals Ratio(t-1)+β(t-2)×Accruals Ratio(t-2)+β(t-3)×Accruals Ratio(t-3)+β(t-4)×Accruals Ratio(t-4)

先の考察から、係数β(k)が正の数と考えると、倒産企業のARScoreは一定期間においてある水準よりも大きな値をとり続けるか、またはある水準よりも小さい値をとり続けることが多いことが想定される。また、非倒産企業のARScoreはある一定の幅に集中するはずである。その閾値を大きい方から順にTHHigh、THSmallとする。

次のように倒産確率(PD)を定義し、直近1年前をt時点として、最尤法により係数β(k)と閾値(THHighとTHSmall)推定した結果が図表10と図表11である(*9)。

信用リスク分析 図10-11

図表10より、B/SBasedAccruals Ratioを使用した場合は、倒産する1年前(t時点)と5年前(t-4時点)のAccruals Ratioが最もAR Scoreによる判定に影響することがわかる。特に5年前のAccruals Ratioが倒産確率に大きく影響するのは興味深い。

この点については、企業の資金調達の期間などが影響しているのかもしれない。また図表11より、CFBasedAccruals Ratioを用いた場合は倒産する1年前(t時点)、2年前(t-1時点)、3年前(t-2時点)がARScoreでの判定に最も影響することがわかる。

次に、推定された倒産確率の分布(図表12、図表13)から倒産確率が80%を越えた企業の数を確認してみよう(図表14)。非倒産企業において倒産確率が80%を超えた企業はB/S BasedとCF Basedにおいてそれぞれ2社(1.9%)で、両方において80%を超えた企業はなかった。

一方で、倒産企業で倒産確率が80%以上であったのは、B/S BasedとCF Basedそれぞれで48社(65.7%)と52社(71.2%)で、両方とも80%を超えたのは40社(54.8%)であった。特に2006年以降の倒産企業で見た場合に、B/S Basedでさらに説明力が高まることが分かる(65.7%⇒78.1%)。

また、2005年以前の倒産企業におけるAR Scoreと2006年以降の倒産企業におけるAR Scoreの傾向についても確認しておこう(図表15、図表16)。2005年以前はARScoreが正であっても倒産確率が80%超える水準までAR Scoreが高まることはなかったが、2006年以降の倒産企業についてはAR Scoreが大きな数字になることで倒産確率が80%を超えるケースが格段に増えていることがわかる。

つまり、このことは、特に2006年以降の企業倒産において、「粉飾」に限らず「過度な利益調整」であっても企業倒産の可能性を高めることを示しており、この場合においてもARScoreはうまく信用力の悪化を捕捉できている(*10)。

つまり、財務指標の数値はさほど悪く見えてなくても、水面下で企業の信用力が悪化していたようなケースが2006年以降に増えているものと思われる。一方でAR Scoreが負の数になった場合に倒産確率が高くなる傾向は2005年以前も2006年以降も変わらないことが分かる。

以上から、すべての倒産企業において説明可能ではないものの、特に2006年以降の倒産企業におけるAR Scoreの説明力や、非倒産企業においてB/S BasedとCF Basedの両方において80%を超えることがめったにないといった結果から、信用リスクの分析手法の一つとして活用できる可能性を秘めているものと考えられる。

信用リスク分析 図12-14

信用リスク分析 図15