◆個別地方公共団体における臨時財政対策債の発行

個別地方公共団体にとっては、すべての地域、すべての地方公共団体に共通して求められる地方行財政サービスだけでなく、地域独自の歳出や任意の歳出を賄ううえで、特に重要な財源と言えるのが、資金使途に制限が課せられない地方税、地方交付税と臨時財政対策債である。

とりわけ、税収に恵まれない地方公共団体に対して、国から交付される地方交付税や国から発行可能額が割当てられる臨時財政対策債は、なしでは済ませられない財源と言えるであろう。

これまで述べた地方交付税総額と臨時財政対策債の発行可能総額をマクロの地方交付税、マクロの臨時財政対策債と呼ぶならば、個別地方公共団体に対する地方交付税額および臨時財政対策債発行可能額はミクロの地方交付税、ミクロの臨時財政対策債と呼ぶことができる。

ミクロの地方交付税および臨時財政対策債とこれらを算定するための詳細なルールが決定されるのは例年7月末であり(*4)、それに5ヶ月先行するかたちで、マクロの地方交付税とマクロの臨時財政対策債が決められている。つまり、マクロの金額が先に決まり、それと整合的になるようにミクロの金額、ミクロの算定ルールが後で決まっており、本質的には、マクロの総額を按分したものがミクロの金額となっている。

マクロの発行可能額からの按分ルールに関して、2012年度までは人口に基づく算式が採用されていたことで、不交付団体にもミクロの臨時財政対策債発行可能額が付与されていた。そのため、本来は財源に余裕があるはずの不交付団体の中にも臨時財政対策債を起債する団体が見られた。

しかし、2013年度以降は交付団体のみに発行可能額が付与される制度へと改められた。具体的には、都道府県と市町村に分けて、ミクロの財源不足額の集計値に占める当該地方公共団体のシェアに基づいて、マクロの発行可能額が按分されるルールが採用されている。

いずれにしても、個別地方公共団体にとっての臨時財政対策債は、発行可能額が外生的に与えられるものであり、選択することができるのは、その範囲内で現実の起債額を決定することと、償還年限等の発行条件を設定することのみである。

臨時財政対策債 図4

そこで、都道府県と市町村に分けて、臨時財政対策債の発行可能額と実際の起債額を集計した。その結果が図表-4であり、折れ線グラフが発行可能額を、棒グラフが実際の起債額を示している。まず、発行可能額については、2007年度までは都道府県全体と市町村全体に付与された金額がほぼ同額であったが、2008年度以降は都道府県に加重している。

一般に、都道府県の方が市町村よりも財政規模が大きく、市場公募債であれ、銀行等引受債であれ、市場から円滑に資金を調達する能力や信用力は高いと考えられるから、より多くの発行可能額を都道府県に割当てる「都道府県シフト」は適切なものであったと言えるであろう。

また、発行可能額と実際の起債額の乖離に着目すると、次の特徴が指摘できる。第1に、都道府県の方が市町村よりも乖離幅が小さいことである。第2に、2013年度以降は、両者ともに乖離幅が縮小し、都道府県については乖離がほとんどなくなっていることである。

2013年度以降の乖離幅縮小は、臨時財政対策債の発行可能額が交付団体のみに付与されるようになった制度改正によるところが大きい。不交付団体は、本来は臨時財政対策債を必要としないはずであり、2012年度以前の時期において、発行可能額が割当てられているからといっても、堅実な財政運営を行う地方公共団体であれば、起債しないという選択が妥当な選択であったはずである。

恒常的な不交付団体が臨時財政対策債を発行した場合、その元利償還金に対して、国から財源補填が行われる効果は実質的に生じないから、償還時にはその全額を自ら調達する財源で賄わなければならない。その意味で、どのような分野にどれだけ歳出するのかという将来の選択の範囲を狭めてしまう。したがって、不交付団体が臨時財政対策債を発行する可能性を閉ざす制度改正は適切なものであったと言える。

これに対して、交付団体にとっては、臨時財政対策債は地方交付税の代わりとでも言うべき財源である。もし、国の税収が潤沢で、地方が必要とする地方交付税総額を国税に対する法定率分だけで賄うことができるほどあれば、地方財政計画上の潜在的な不足額は発生せず、その解消策としての臨時財政対策債を必要とすることもないはずである。

このように、個別の交付団体にとっては、臨時財政対策債は地方交付税のまさしく「代わり」に近しい存在であるから、発行可能な上限まで起債する地方公共団体が多いことが想像される。

都道府県の場合、制度としての臨時財政対策債が創設された2001年度以降において、常に不交付団体であったのは東京都だけであり、他は2006~08年度に限って、愛知県が該当するのみである。東京都を除いた46道府県ベースで発行可能額に対する起債額の割合を計算すると、2001年度を除いて、99.5%以上の値を続けている。一方、市町村全体の発行可能額に対する起債額の割合は、2001~10年度においては85%前後であった。

マクロの発行可能総額をミクロの発行可能額へと按分する際のルールが、人口に基づいて不交付団体にも全面的に付与されていた2009年度以前の方式から、ミクロの財源不足額に基づいて交付団体にのみ按分される2013年度以降の方式へと、段階的に移行したのが2010~12年度の期間であり、発行可能額に対する起債額の割合は緩やかに上昇していった。そして、この割合は、2013年度以降は94%前後となっている。

注目すべきは、国からの交付資金を必要とするはずの交付団体において、6%ではあるが、臨時財政対策債の発行が抑制されているという事実である。2013年度は53もの交付団体が起債を全く行わなかった。交付団体による起債抑制は、臨時財政対策債が地方交付税に近しい存在であるとしても、地方交付税とは異なるものであることを反映している可能性がある。

そこで、次節では、臨時財政対策債の償還と残高、元利償還金とそれに対する国からの交付税措置に焦点を当て、臨時財政対策債が地方交付税とは似て非なる存在であることについて考えてみたい。